魔物(ビーイング)との戦い
危険なスペルの説明を追加しました(2017/1/29加筆修正)
禁止カードを追加しました(2017/2/1加筆修正)
そこは森と思われる場所だった。
空には大きな赤い月と小さな青い月が空を照らしており、月の光でとても明るい。
そして、周りはうっそうとした木々で覆われており、遠くから動物らしき鳴き声が聞こえる。
「ここは本当にどこ??」
明らかに日本ではない。それどころか地球ですらない。
何しろ地球の月は黄色いし、そもそも1つしかないからだ。
「仮想世界?いやそれにしてはリアルすぎる」
仮想現実で生活する人が当たり前に存在する時代に生まれた幸太郎だが、さすがに今の技術でも現実と遜色がない仮想現実を生み出すには至ってなかった。
仮想現実にはどうしても微妙なズレや低い解像度、不完全な食感や味覚など、明らかにわかる違和感がいまだに存在している。
それが目の前の光景からは全く感じられなかった。
全ての五感がダイレクトでリアルタイムに伝えてくる情報はここは現実だと知らせて居た。
だから幸太郎は次に見た光景に目を疑った。
ガサガサと茂みが動きそこから何かが姿を現した。
それは角の生えたウサギといった生き物であった。
それが茂みの中から姿を現したのだ。
当然角の生えたウサギなんて地球には存在しない。
だが、幸太郎を最も驚かせたのは、それを幸太郎はよく知って居たからだ。
「ホーンラビット…」
その角の生えたウサギは、幸太郎が熱中しているリザレのビーイングカードのイラストと全く同じだった。
ホーンラビット
ビーイング
アタック100
ディフェンス100
マナコスト1
典型的な低コストビーイングであり、スタンダードカードパックを開けば高確率で入ってる典型的な外れカードである。
それが、VRやARで可視化された仮想ではなく現実の動物としてそこに居た。
幸太郎がホーンラビットを認めると同時にホーンラビットもまた幸太郎を認識した。
そしてホーンラビットは幸太郎に飛びかかって来た。
「うおおお!?」
幸太郎は突進を間一髪で避ける。
見るとホーンラビットはその突進の勢いのまま後ろの木にそのツノを突き刺していた。
「ウソだろ?」
ツノは根元まで深く木の幹に刺さっており、もし避けなかったら今頃幸太郎の腹に穴が空いていたことは明白だった。
全身から恐怖で汗が噴き出した。
(ヤバイ、とにかくヤバイ)
幸太郎は自分が危険地帯に足を踏み込んでいることを強く実感した。
そしてそのホーンラビットが木の幹からツノをゆっくりと抜く。
そして幸太郎に振り返る。
幸太郎はそれを見てダッシュで逃げ出した。
(ヤバイ、ヤバイよこの森!なんでホーンラビットが実在してるの?とかそれ以前に命の危機だよ!!とりあえずこの森から脱出しないと…)
「あっ!」
だが、地理も定かでない森の中、幸太郎はすぐに木の根につまずいて転んでしまう。
「ぐっ、痛…」
はいつくばり、痛みを堪えながら後ろを振り返ると、ホーンラビットが再び突進の構えを見せていた。
「あ、あ…」
(あれに刺されたら間違いなく死ぬ…死ぬ?こんなどこともわからない場所で誰にも知られることなく?)
幸太郎はホーンラビットが突進してくる様子が、ここにくる直前に突っ込まれた車と重なるのを感じた。
(また、俺は死ぬのか?訳もわからず、何もできないまま)
「嫌だ!」
幸太郎は叫んだ。
それは嫌だった。
ただでさえ自分は一度死んだのだ。
なのにこんな訳のわからない場所で何も成し遂げられないまま二度目の死を迎えるなんて認められなかった。
だから、幸太郎は立ち上がり、とっさに身近に落ちてた人の腕ほどの太さのある木の枝を拾って思いっきり振り回した。
そして幸太郎は突進して来たホーンラビットに木の枝ごと吹き飛ばされた。
「ッガァッ!」
吹き飛ばされて木の幹にたたきつけられる。
小さな身形なのにとてつもない突進力だった。
頭を打った衝撃で意識ももうろうとしている。
(クソ、ホーンラビットなんてコスト1のザコなのになんでこんなに強いんだよ…)
頰を液体が伝って来た。
触れると手が真っ赤に染まる。
どうやら頭のどこかを切ったらしい。
「ああ、畜生。貴様なんかフレイムタイガーがいれば一発で焼き肉にしてやれるのに」
だからその一言も意識がもうろうとした中でのホーンラビットに対する恨み言の類だった。
カチリ
頭の中で何かがハマるような音がした。
「うっ」
幸太郎の頭に衝撃とは違う類の痛みが走る。
それは仮想現実で過度な情報量を受け取った時に起こる情報痛に似ていた。
幸太郎は目の前に一枚のカードが現れる。
「これは?」
揺らめく炎のようなオーラをまとうそのカードを幸太郎はワラをもつかむ思いで手に取った。
フレイムタイガー
ビーイング
アタック400
ディフェンス400
マナコスト4
そのカードは幸太郎がつかんだ途端溶ける様に消えていく。
そして…
「ゴアアアアアアアア」
炎をまとう虎が幸太郎の前に姿を現した。
虎は幸太郎をかばうようにホーンラビットに立ちふさがり、口から灼熱の炎を吐き出した。
突進中のホーンラビットは避けることができずに炎に包まれる。
「ピギィ」
ホーンラビットは炎に焼かれて叫びをあげるが、それは間もなく聞こえなくなった。
炎が消えた跡にはこんがり焼けたホーンラビットの焼死体が残った。
「フレイム…タイガー…」
突然現れた炎をまとう虎もまたリザレのスタンダードカードパックに含まれるレア度ノーマルのビーイングだった。
それが今度はこちらにゆっくりと近づいてくる。
(ああ、ウサギの次はこちらの番か)
そう幸太郎は諦観と共にフレイムタイガーを眺める。
現実でも虎は素手の人間には決して敵わない猛獣である。
ましてや、幸太郎が敵わなかったホーンラビットを一撃で黒焦げにしたフレイムタイガーに敵う訳がない。
そういう諦めの境地で見ていた幸太郎は、フレイムタイガーが幸太郎の前で鼻を寄せてくる。
(ああ、せめて痛みをあまり感じないといいなぁ)
フレイムタイガーはくんくんと鼻をひくつかせて幸太郎の匂いを嗅いだ後、
「ゴロゴロ」
猫なで声で顔をこすりつけて来た。
「はい?」
幸太郎が困惑しているのを見ると、今度は全身をすり寄せてくる。
フレイムタイガーは炎をまとっているがその炎は全く暑くなくむしろ暖かくて心地よい温度になっていた。
生物を一瞬で丸焦げにする炎をはく虎が体から噴き出している炎がハリボテな訳がない。
どういう原理か、フレイムタイガーは幸太郎を傷つけない様に炎の温度をおさえている様だった。
その証拠に、体をすり寄せていたフレイムタイガーは今度は腹を見せて「触ってー」とばかりにアピールし始める。
恐る恐る触るとフレイムタイガーはその口から「ゴロゴロ」と猫なで声を出して気持ち良さそうだ。
ここまでくれば、フレイムタイガーが幸太郎に懐いていることは明白だった。
「一体どういうことなの?」
幸太郎には訳がわからなかった。
「いや、そうか」
幸太郎は思い出していた。
フレイムタイガーが現れる直前、自分はもうろうとした意識の中で、目の前に現れたフレイムタイガーのカードをつかんだことを。
あれが死を目前にした妄想の類でないならば、自分はあの時フレイムタイガーのカードに触れて、フレイムタイガーを可視化したことになる。
「いやいやいやいや、待て待て。可視化はあくまで3Dモデルを仮想的に可視化したものだろうが。なんでこのフレイムタイガーは現実に存在しているんだよ…」
そうリザレのVRAR機能は確かに電子化されたカード情報からビーイングやスペルを可視化できるし、触ることもできる。
だが、それでも現実に影響を、ましてや危害を加えることはあり得ない。
あれはあくまで唯の3Dモデルだからだ。
だが、ホーンラビットもフレイムタイガーも統合端末を通しての可視化ではなく、現実に存在して影響を及ぼしている。
ホーンラビットの突進の衝撃、焼死体となった後の香ばしい匂い、フレイムタイガーの炎の熱の残滓や、もふもふとした触感、それらは統合端末の機能で再現できるものではない。
いや再現できたとしても仮想現実法で禁止されるレベルだろう。
おかげで全身が痛みを発しているのだから。
「だけど現実にこのフレイムタイガーが具現化したのは事実なのか…その証拠に異常な程懐いているし」
「ガフッ」
そのフレイムタイガーはひととおりなでてもらって満足したのか、焼死体となったホーンラビットを持って来て、幸太郎のそばでそれを食べている。
それは野生動物としては当たり前の行動だが、当然3Dモデルであるフレイムタイガーはそんなことしないし、倒されたビーイングは普通は光となって消える。
「ビーンイングが現実に存在する世界か」
幸太郎はリザレのビーイングが現実に存在する世界に来たことを強く認識した。
(となると問題になるのは、どうやってフレイムタイガーを呼び出したのかなんだが)
幸太郎が覚えているのは、目の前に現れたカードをつかんだらフレイムタイガーが現れたということだけだった。
(あれと同じことをすれば再現ができるのだろうか…ん?)
ふと幸太郎は手に違和感を感じた。
手を見るとそこには数枚のカードが握られている。
「いつの間に?」
そのカードは当然リザレのカードであった。
それが7枚握られている。
「ドロースペル使わなかった時の3ターン目の最大枚数か?いや4ターン目か」
リザレは最初に5枚のカードを引いてからゲームを開始する。
そして1ターンごとにカードを一枚引くため、カードを使用しなければ、3ターン目には7枚になっている。
だが幸太郎はフレイムタイガーを使用していた。
そしてフレイムタイガーのマナコストは4。
マナコストというのは、ビーイングを召喚するのに必要なマナの量である。
マナは初期値が1であり、ターン経過で1ずつ最大値が上がり全回復していく。
マナコスト4ということは、普通なら4ターン目でなければ、使用できないはずのカードである。
つまり幸太郎は今4ターン目であり、8枚あったカードからフレイムタイガーを使用して一枚消費した結果、7枚になっていると推測できた。
問題はなぜ自分はカードを手元に持っているのか?だった。
その答えはすぐに出た。
気づいたら再びカードが増えていた。
そして今度は手元に注目してみる。
ついでにカウントも行いながら。
すると程なくしてまたカードが虚空から出現して手元に収まっていた。
カードが自動的にドローされている。
それも3分ごとに。
公式ルールでは、1ターンの持ち時間は90秒と定められており、3分というのは両者が最大に持ち時間を使った時の次の出番までの経過時間になる。
どうやら、今は対戦中扱いであり、自分のターンが来ると自動的にデッキからカードがドローされて手元に収まるようだった。
「でもマナとかデッキとかが見えないな。マナは暗算できるからいいけど、デッキはどうなってんだ?今までのカードから家出る時に組んだデッキみたいだけど…うお!」
突然幸太郎の目の前に、数値とカードの束が浮かび上がった。
墓地0
デッキ29/40
手札9
マナ7/7
「一体何が何だか…まあ出て来てよかったけど」
マナは最大値と現在値が表示されている。
マナはターン開始時に全回復するから、今は最大値も現在値も同じだ。
そしてカードの束としてデッキも浮かんでおり、残り枚数と墓地数が表示されている。
「配置もVR準拠か、迷う事なくて助かるけど…しかし終了はどう判定するんだ?」
リザレは、互いに2000のライフをビーイングやスペルで削りあい、0になった方が負けというゲームだ。
そのため、対戦相手か自分のライフが0になるか、降参してリザインすることでゲーム終了となる。
あと、デッキが引けなくなると敗北扱いになり終了するケースも存在する。
それ以外はカード効果による特殊勝利も存在するが詳細は割愛する。
しかしライフは表示されることはないし、そもそも対戦相手はいない。
ではどうやって任意で対戦を終えるのか?
答えは目の前にまた出て来た。
「リセットって安直な…まああるだけマシか」
幸太郎は目の前に出て来たリセットボタンを押す。
すると、手札とデッキが消えて、マナが初期値に戻った。
墓地0
デッキ34/39
手札5
マナ1/1
「っておい、フレイムタイガー消えてないぞ!」
フレイムタイガーは依然としてそこに居座っている。
そんなフレイムタイガーは後ろ足でわしわしと首をかいている。
慌ててデッキ枚数を確認すると39枚になっていた。
「もしかして召喚したビーイングはカードに戻らないのか?」
他のビーイングも試してみる必要があるが、それにはいろいろ問題がある。
一つは召喚したビーイングを戻せないということは呼び出した分は全て引き連れないといけないこと。
これから近くにあるかどうかわからないが、人里に向かおうとしているのにビーイングを連れていることは問題にならないかということ。
まだまだ他にも理由はあるが、主にそれらの理由からビーイングの呼び出しは断念した。
「何より現状デッキ39枚しかないって事は、それ以上のビーイングやスペル、アーティファクトが使えない可能性があるんだよな。せめて統合端末でサーバーにアクセスできれば、登録した全カードから自由にデッキ構築できるのに…ええええ???!!!」
幸太郎が素っ頓狂な声をあげたのは、突然目の前でカードの嵐が発生したからだ。
正確には大量のカードが幸太郎の周囲を回っている。
その枚数は数える気にもなれないほど。
「いや、でもこれ自分の所持カードまんまじゃない?」
それらは全部、見たことあるカードばかりだった。
試しに、あるカードを念じるとそのカードが目の前のカードの嵐から流れてくる。
そのカードと枚数は見事に幸太郎が把握している所持枚数と一致していた。
他にも何枚か試したが全て同じだった。
つまりこの嵐は幸太郎のカードコレクションそのものということになる。
「なんてこった…」
幸太郎はよろめきそうになる。
「コレクション全部って…」
ちなみに幸太郎のコレクションの中には、幸太郎が殺されかけたホーンラビットとそれを瞬殺したフレイムタイガーがそれぞれ数十枚単位で入っている。
総枚数は数十万枚以上あった。
「これ全部具現化できるのかよ…」
それがどういうことを意味するか?
その意味を考えて、うれしさよりも恐怖が先立つ程には、幸太郎はカードの効果や由来をよく知っていた。
幸太郎は取り敢えずこのカードの嵐から必要なカードを選んでデッキを構築することを決めた。
ふと幸太郎は思いついた。
それはちょっとした思いつきだった。
「この世界で禁止カード使ったらどうなるんだ?」
禁止カードとはあまりに性能がぶっ壊れているために使用が禁止されたカードのことだ。
「もし使えたら、元の世界に帰れそうなカードあるよな?」
禁止カードの中には、次元を超えると銘打たれたカードがあった。
それを駆使すると所謂「ずっと俺のターン」ができたりするカードであり、初期に出て速攻で禁止されたカードだ。
「もしかしたらそれで元の世界に帰れるかもしれない。無理でもこのカードならターンをスキップするだけ。リスクはないはず」
とはいえ、幸太郎は念のため、もう一つの禁止カードも組み込んでおく。
こっちは時を戻すと銘打たれたカードだ。
前のターンの状態に戻すという効果があり、出て速攻で禁止カードになった。
「なんで運営はこんなの作ったんだか…まあこんな状況だから助かるけど」
そして幸太郎は、スペルカードが使えるかどうかの実験も兼ねてそのカードを使用した。
そして世界は一度滅んだ。
キイイィィン
「はっ、俺は一体何を?」
幸太郎は辺りをキョロキョロ見渡す。
周りは静かな森であり、側にはフレイムタイガーがいる。
そして周囲をカードが舞っていた。
「あ、そうか。デッキを組もうとしてたんだった」
幸太郎はカードを吟味する。
「よくわからないけど、禁止カードは使わないでおこう。あれは絶対に使っちゃいけないやつだ…あれ?なんでそう思ったんだ?使ったことなんてないのに…まあ、いいか」
幸太郎はよくわからないながらも禁止カードは除外して他のカードを物色する。
「…とりあえず世界を破壊するとか物騒な全破壊系のカードは封印しよう」
自分もダメージを食らうまたは可能性のある効果を持つビーイングやスペルは使うことができない。
例えばこんなのだ。
破滅の代償
スペル
マナコスト5
自分のライフを500削る。
ディフェンス500以下の相手のビーイングをすべて消滅させる。
世界崩壊の日
スペル
マナコスト6
相手と自分のビーイングをすべて破壊する。
アタック100のホーンラビットに殺されかけたのだ。
リザレのようにライフが2000あるなんて保証は全くない。
むしろ100以下である可能性すらある。
アタックは言わずもがなだ。
それにこの世界は自分がビーイングである可能性も捨てきれない。
もしその可能性があった場合、これらのスペルはただの自爆スペルと変わらない。
しかも、この世界は場の概念があるかどうかも不明だ。
もし場の概念があるなら、リザレでは場に出せるカードは5枚までなので被害は最小限に済むかもしれないが、ない場合は効果範囲が予測できない。
(文字通り世界が崩壊してもおかしくないスペルだ。こんなの迂闊に使う奴の気が知れない)
禁止カードやそれに類する危険なカードを幸太郎は慎重に吟味していく。
(まるで迂闊に押してはいけない核のボタンを持たされた気分だ)
「召喚した結果が予測できない系も封印だな」
効果としてはそこまで危険はないが、由来とか説明が物騒なものはとりあえず除外した。
天罰で都市を海に沈めた存在を気軽に呼びたいとは思えない。
主に天使や悪魔、アンデッド系のビーイングやスペルのカードだ。
例えばこういうのだ。
天使シンパ
ビーイング
アタック600
ディフェンス500
マナコスト9
登場時、相手のビーイングかアーティファクトをひとつ消滅させる。
「審判の天使、その権能を持って最終戦争で数多の悪魔を葬り去る」
(天使シンパは能力的にはジョーカー、切り札になり得るけど、「審判の天使、その権能を持って最終戦争で数多の悪魔を葬り去る」とか書かれているし、そんなの物騒過ぎて使えないよ。よほどのことがない限りは封印かな)
その中には超絶レアカードの創造神も含まれる。
創造神と言うからには、多分この世界でも最上位どころか超越している存在だろう。
けどそれを具現化した結果がどうなるかは未知数だ。
神の怒りに触れるかもしれないし、無条件で従われるかもしれない。
だがどちらだとしても、それがろくな結果にならないのは明白だった。
「取り敢えず今呼べるのは、フレイムタイガーより弱いビーイングだけだな」
そうすれば万が一呼び出したビーイングがいきなり反旗を翻しても対応できる。
そうして幸太郎が選別して組んだデッキは、ビースト系を中心に組んだアグロ系デッキになった。
デッキを再構築すると、カードの嵐はかき消えて、後にはデッキだけが残った。
墓地0
デッキ40/40
マナ1/1
それは前方右斜め上を浮遊しており、すぐにこからカードが5枚引かれて、手元に収まった。
墓地0
デッキ35/40
手札5
マナ1/1
試しにカードを放ってみる。
カードは宙に浮き始めやがて左手に集約されて行く。
だが手を握ればそれ以上近づくことはなくなり、手を開くとそこに自然と収まっていった。
「どう考えても物理法則を無視しているぞこれ。いや物理法則無視と言えば…」
ふと引いたカードの中に回復系スペルがあったのが目に入る。
癒しの水
スペル
マナコスト1
マスターかビーイング1体を100回復
それを対戦で使うときのように手札から引き出して場に出す。
実際は何もない場所にカードを表向きで出すようなしぐさになる。
それによって使用と認識されたようで、カードは光の粒の集合となり、光の粒は拡散して消えた。
墓地1
デッキ35/40
手札4
マナ0/1
そしてスペルの効果が発動して、幸太郎の傷を癒し始めた。
さすがに擦れてしまった服までは元に戻らないが、ホーンラビットとの戦闘でついたかすり傷や打撲の痛みはキレイさっぱり消えた。
「スペルは本当に効果があるのか」
そして墓地のカウントが増えて1になった。
リザレのルールに従い消費されたカードは墓地としてカウントされたのだろう。
墓地1
デッキ34/40
手札5
マナ2/2
ガサガサ
茂みから音をしたので振り向くとそこにはまたホーンラビットが姿を現していた。
「ガルルル」
フレイムタイガーが唸り声をあげ、それをみたホーンラビットは慌てて逃げ出そうとする。
「…これも試しておくか」
ファイアーボール
スペル
マナコスト2
相手のビーイングに200ダメージ
ヒュゴオオオ!
「ピギイイ…」
現れた火の玉が逃げ出そうとしたホーンラビットに迫り、一瞬で丸焼きにした。
その余熱は風に乗ってこちらまで届くほど。
どうやら攻撃魔法も使えるらしい。
「…なんつー威力だ」
人を二人焼き殺しても足りない威力と熱量と言われて納得のスペルだった。
見たことはないが、可燃性の液体を放射する純軍事用の火炎放射器のそれに近い。
そして、幸太郎はリセットボタンを押す。
すると手札が消え、再びデッキだけが浮遊する状態に戻った。
墓地2
デッキ33/38
手札5
マナ1/1
フレイムタイガーは丸焼きになったホーンラビットにかじりついている。
しかしさっきと違い、今度はデッキのカウントが減っており、墓地のカウントが増えたままだった。
「使ったカードはやはり使えなくなるのか」
それはつまり貴重なスペルを使ってしまったら二度と使えないということ。
おそらくビーイングもそうである可能性は高い。
それは切り札のスペルやビーイングは安易に使えないことを示していた。
「いや、それが自然だよな。さすがに軍隊を殲滅できるスペルがデッキの切り直しで使えなおせるとかないわ」
カードゲームならカードは対戦し直せばいくらでも使い直せるが、現実世界では資源は使ったら消費される。
さすがにそこは現実世界のルールが適用されていた。
「いや、それ以前にカードの能力が現実として使えること自体がおかしいよ。ここどこなんだよ…」
ここで考えていても仕方ない。
取り敢えず、幸太郎はこの森を出ることを決めた。
「いや、でもどうやって移動すればいい?下手に動いて滑落したりやばいビーイングに会うのは危険だ」
ふと、あらためて引き直された手札を見てみると、今度はホーンラビットのカードがあったのでそれを呼び出してみる。
スペルと同じく場に出すことで使用され、カードが光り、ホーンラビットとして具現化された。
「っ!?」
急襲されたら対応できない至近距離に現れて、死にかけたことを思い出し身構える。
しかしホーンラビットは幸太郎を襲うことなく、むしろゆっくり近づいて角を幸太郎に当てないように慎重に足元ですりすりし始めた。
まるで「私は幸太郎様に忠誠を誓ってます」と言わんばかりだった。
「この森から出て近くの人里に行きたい。案内できるか?」
幸太郎はホーンラビットにそう話しかけける。
本来なら動物が人間の言葉を理解できるわけがない。
だが幸太郎はなぜか呼び出したビーイングは幸太郎の言葉を理解できるだろうという予感があった。
ホーンラビットは二本足で立ち上がり、確認するように周囲をキョロキョロして、鼻をヒクヒクさせると、コクリとうなずいて歩き始める。
幸太郎はそれを追い始め、フレイムタイガーもまた起き上がってついてくる。
どうやらフレイムタイガーも付き従うつもりらしい。
こうして幸太郎は訳もわからず異世界に来て、二匹のビーイングを従えて森を歩き始めた。
それを遠くから見ていたものにはついぞ気づかぬまま