ライトリザレクション
創造神のカード説明を追加、VR対戦を追加(2017/1/29加筆修正)
ネットニューストピックス
「ライト・リザレクション」カードがギネス認定 全世界で1000億枚を販売
サイケデリックコード社は2045年2月13日、「ライト・リザレクション」カードが累計販売枚数1000億枚を突破し、ギネス・ワールド・レコーズ社から認定されたと発表。世界で最も販売枚数の多いTCGとして、同社の持っていた世界記録を更新した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
都内某所
「頼むぞ!頼むぞー!!」
佐藤幸太郎は、本日100パック目のカードパックを祈るように開封した。
これで出ないと、幸太郎はさらに追加のカードパックを購入せねばならず、そうすると予算超過になり、今月は極貧生活確定なためである。
ちなみにカードパックは1パック200円なので、本日は二万円をつぎ込んだ計算になる。
カードパックは10枚入り、本日だけで千枚のカードを入手したことになるがその中に幸太郎のお目当はなかった。
幸太郎がいるのはワンルームマンションの一室であり、その一部はカードで埋め尽くされている。
その枚数は数える気になれない。
そして、幸太郎はついに目当てのカードを引き当てた。
創造神
ビーイング
アタック1000
ディフェンス1000
マナコスト10
速攻、一撃。このカードはビーイング、スペル、アーティファクトの効果の影響を受けない。このカードが破壊された時、創造神を場に出す。
「創造神キタアアアアアア!!!」
幸太郎は目当てのカードを見つけて雄たけびを上げる。
「うるせえ!」
「す、すみません」
隣の住人から壁をたたかれた。
「キタキタキタキタキタア!」
小声で幸太郎は喜びを表現する。
このウルトラレアカードを手に入れるために幸太郎は身を削って残業し、資金を稼いだのだ。
食費すら切り詰めたおかげで体重も5キロ減った。
文字通り命を削って得たカードだった。
幸太郎はどこにでもいる平凡な新卒社会人である。
しかしその人生は予想外な失敗の連続だった。
少なくとも幸太郎はそう思っている。
良かれとやったことが全て裏目に出て失敗ばかり。
唯一予想できたのは勉強のことくらいだ。
もっとも勉強はやらないぶんだけきっちり自分に返ってくるという悪い意味での予想通りだったが。
幸太郎は良くも悪くも凡人であった。
だから先を高度に予測することなんて簡単にできなかった。
特に何も考えずに手を出して、失敗したことは数知れず。
友達に裏切られ、告白した相手に振られる。
修復できない致命的な関係を作ったこともある。
そんな失敗や挫折を繰り返し、なんとか大学を卒業して仕事にありつけたものの、それ以外は特に目標もない人生を送って行くのかと思っていた。
そんな中で出会ったのがライト・リザレクション(通称リザレ)というTCGであった。
このTCGの特徴は、従来のTCGと同じ様に物理的なカードでデッキを構築して遊べる点に加えて、電子化機能によって、ネット上でもカードを電子化して対戦可能な点が挙げられる。
つまり現実でもネットでも対戦相手を探すのに事欠かないのである。
そして電子化したカードを3Dモデルとして可視化することで、カードから召喚されたビーイング達が迫力のバトルを仮想現実で繰り広げることができた。
しかし最大の特徴はそれを仮想現実だけでなく、現実でもAR(拡張現実)技術を駆使することによって行える点だろう。
その秘密は、サイケデリックコード社が販売しているライト・リザレクション用の統合端末にある。
これは、カードを電子化するスキャン機能、仮想現実にダイブしてバトルするVR機能、現実にビーイングを可視化させて戦うAR機能全てが盛り込まれている。
文字通り統合端末であった。
それを使えば、カードをスキャンして電子化してネット対戦も可能だし、VR機能を起動して仮想現実で可視化されたビーイングやスペルによる迫力のカードバトルを展開することも可能だ。
また統合端末を持ち歩き、同じ統合端末を持つ相手に対戦を申し込んで、現実を舞台にAR機能で可視化させて戦うこともできる。
またその発展系として、VR機能を使っているユーザーが仮想現実から、現実にいるユーザーにAR機能を通して戦いを挑んだり、その逆が可能であった。
それら夢の機能がユーザーの心に火をつけた。
統合端末を持ったユーザーが対戦相手を求めて、現実体あるいは仮想体で街を徘徊して対戦を挑む通称、決闘は、テレビでも大きなニュースとして取り上げられ社会現象になった。
だがそれらは幸太郎にとってはおまけである。
幸太郎にとって何よりも素晴らしかったこと。
それはリザレをしている時だけは、幸太郎の予想通りに物事が進むことだ。
リザレには高度な戦略と読みあい、幅広いカード知識、そして適度な運が必要。
だが、それを把握さえしていれば予想外なことはなに一つ起きない。
というより仮に予想外であっても全く悔しくなかった。
むしろ「やられた!」と思い一層精進することになる。
何しろ予想外な原因は自分の知識や技術不足からくるものであり、それがゲームであるがゆえに悔しいとは思ってもくじけることは全くなかった。
納得のいく予想外だった。
そして気づいたらそれが生きがいになってた。
リザレのユーザー達は、マスターと呼ばれている。
由来はリザレのルールブックから。
リザレのヘビーユーザーことマスターである幸太郎も統合端末を持っており、そのカードを幸太郎は統合端末に通す。
統合端末のスキャナーに通されることでカードのIDは、サイケデリックコード社のゲームサーバーに所有者登録される。
AR機能で浮かび上がった管理画面には、登録された証としてエフェクトと共に創造神のカードが出現し、そして可視化される。
「ありがたやありがたや」
出現した創造神の神々しさに思わず祈りをささげ、そしてデッキに組み込む。
「よしこれで完璧だ」
キーカードである創造神三枚を組み込んだカードができたことに幸太郎は満足する。
「早速組んだコレ、試してみようか」
そして幸太郎はデッキの試し切りをするために統合端末のVR機能を起動した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
直後に、世界が切り替わった。
正確にはVR機能によって、五感がすべて接続されたというべきだろうか?
とにかく、幸太郎の意識は現実を離れて仮想世界へと降り立っていた。
だが完全に幸太郎は現実を切り離したわけじゃない。
いや正確には現実体は確かに自分の部屋に置いてきた。
だが、今自分が仮想世界へと降り立つ際に使っている仮想体もまたこの現実の世界に立っていた。
正確には自分の部屋に設置したカメラによって計測された情報を元に擬似的に再現された3D映像によって作られた世界に。
リザレ統合端末VR機能の最大の特徴というべきものは、この現実を忠実に再現した仮想世界というべきものだった。
だから幸太郎は今、仮想世界に入っていながら現実の自分の部屋にいる。
試しに幸太郎は目の前で寝ている自分に触れてみようとする。
すると確かに触ることはできた。
しかし、そこからはビクとも動かない。
仮想体は現実体に干渉できず、逆もまた然りであった。
だから幸太郎は現実には干渉できない。
それを確認して、幸太郎は窓を開ける。
すると今度は仮想体なのに窓を開けることができた。
いや正確には、現実の窓は開いていない。
だが、ここは現実を忠実に再現した仮想世界。
幸太郎が開けた窓は、その現実の情報を元に構成された仮想世界の窓だ。
だから窓はすんなりと開く。だが現実の窓は開いていない。
そして幸太郎はそこから外の世界に飛び出す。
仮想世界では仮想体は重力の楔にとらわれない。
だからこうして空高くジャンプすることができた。
現実世界な仮想世界を飛ぶようにジャンプする。
それは仮想体のみに許された特権でもあった。
幸太郎が飛び出した直後、仮想体を外に出せるようにするために開いていた窓は現実の状態に従ってすぐに閉まった。
幸太郎は都会の街を飛ぶ。
この景色は、衛星画像や、街の監視カメラ映像を元に再現されているらしい。
(それにしては別に景色が荒くもなく、どころが現実と変わらないくらい現実じみているのは運営元の技術力が化け物じみている証拠なのだろうな)
実際に、どういう仕組みかは不明だが、道路を走る車や歩く人々まで再現されているのだ。
一応プライバシー保護の観点から、近づくと人の顔にはモザイクがかかって見えなくなる仕組みが導入されているが、それを除けば、現実の街を歩いているのと変わりない。
(うわさでは、国の支援を得て、仮想世界と現実世界を完全に融合させることで、その境界をなくすプロジェクトの一環とか言われているよな。
今はアドレスでしかアクセスできない仮想店舗や仮想オフィス、仮想学校をこの世界とつなげて、直感的かつ自由に様々な仮想空間へとアクセスできる仮想国家になるとか)
そんな馬鹿げた噂が広がる程度には、ただのVRゲームに使うにしては凄すぎる技術が使われていると言える。
すると、どこかのビルの屋上で、激しい爆発音が聞こえた。
どうやら他のマスター達のバトルが行われていたようだ。
目を凝らすことで、そのバトルの様子がうかがえる。
10ターン目(Bのターン)
対戦者A
先攻
ライフ100
デッキ20/40
手札1
マナ0/10
対戦者B
後攻
ライフ800
デッキ25/40
手札3
マナ3/10
Aの方にはビーイングが一体もおらず、すでに満身創痍。
今はBのターンで、しかも攻撃できるビーイングを残している。
どうやら、決着はすぐに着きそうだった。
「グオオオオオオオオオ」
Bのドラゴン型のビーイングが咆哮をあげて、Aに襲いかかる。
「うわあああああ」
Aはドラゴンに食われて咀嚼される。
「B Win!」
それによってアナウンスが鳴り響き、周囲の観戦者たちがBに拍手を送る。
それにBは手を振って答えて、その後復活したAと握手を交わして、そこからログアウトして消えていった。
一方Aはどうやら近くに現実体があったようで、そこに仮想体が吸い込まれてから動き出した。
どうやらAはAR機能を使っているようだ。
AR機能を使えば、現実から仮想を覗くことができるようになる。
またARからVRへのシームレスな移行もリザレの特徴であり、一時的にVRに移行して仮想体で戦っていたようだ。
とはいえ幸太郎からは、プライバシー保護のため、現実体の姿ははっきりと見えない。
基本的に幸太郎達VR機能を使ったマスターに見えるのは、仮想体の姿であり、マスターはそうであるとわかるように、みんな仮想体で覆われて、上部にユーザー名を示すアイコンがついている。
Aが現実体で近くにいるとわかったのは、仮想体が現実体に吸い込まれて同化するという挙動があり、その後の行動が現実に沿ったもの、つまりジャンプしたりしないためである。
どうやらそのまま次の対戦相手を探すつもりなのだろう。
リザレはプライバシー保護の考えは大切にしており、AR機能を使っているマスターがログアウトすれば、仮想体と現実体はかき消えて、一定時間は見えなくなるオプションまである。
VRユーザーも基本的にはログイン時は自宅から始まるが、家の周囲数百メートルでは、対戦はできなくなるが、仮想体を不可視にしたりするオプションを搭載したりしている。
「おっと見とれている場合じゃないな。自分も対戦相手探さないと」
幸太郎は近くにいる対戦希望者とバトルできるランダム対戦のボタンを押す。
それを押すことで近くの対戦希望者のところに移動することができる。
すると視界が切り替わり、近くの公園にジャンプした。
「ヘイヘイヘーイあんたが今回の対戦相手?」
目の前のマスターに声をかけられた。
「そうですが。この辺では見ない顔と名前ですね」
「まあな。最近友達に誘われたんだ!ルビンっていう。よろしくな!」
相手を見ると確かに頭の上には「ルビン」と書かれていた。
「私はタロスです。よろしくお願いしますね」
「じゃあ早速バトルしようぜ!」
そういうと「対戦を行いますか?」という文字とともに「OK」「キャンセル」ボタンが現れる
フレンドリーなやつだと思いながら、幸太郎は相手の対戦申し込みを受諾した。
(どうも初心者っぽいし、創造神組み込んだお試しデッキにはちょうどいいかな)
そして対戦がスタートする。
互いにライフが2000と設定され、先攻後攻を決めるコインがトスされる。
コインは相手のアイコンが表示され、相手が先攻、幸太郎が後攻になる。
そしてカードが5枚配られた。
(ふむ、いい感じだからマリガンはなしでいいか)
そして相手は、カード内容に不満があったようで、5枚中5枚全てをマリガン(とりなおし)していた。
それによって一枚減って4枚になった状態で相手はスタートする。
ルビン
先攻
ライフ2000
デッキ35/40
手札4
マナ1/1
タロス(幸太郎)
後攻
ライフ2000
デッキ35/40
手札5
マナ1/1
「じゃあ、俺のターン!…だけど、出せるカードないからターンエンド」
ルビンはカードを出すことができなかったので、ターンはこちらに移る。
「ならこっちはホーンラビットを出してターンエンドだ」
ホーンラビット
ビーイング
アタック100
ディフェンス100
マナコスト1
「キュイ」
幸太郎が手札から一枚のカードを抜いて場に出すと、カードが場にあわられ、そこからツノを持ったウサギが可視化される。
「こっちのターン!サンベアを出してターンエンドだ」
サンベア
ビーイング
アタック200
ディフェンス200
マナコスト2
「グマア!」
カードが場にあわられ、どう猛な熊が可視化される。
「されタロスさんどうする?これに対処できなかったら、次のターンにこいつが牙を剥くぜ?」
基本的にビーイングは出したターンは攻撃できない。
なので、次のターンまでに相手側は何らかの対処をする猶予がある。
「ならこちらは、ファイアボールでサンベアを攻撃」
ファイアーボール
スペル
マナコスト2
相手のビーイングに200ダメージ
幸太郎がスペルカードを場に出すと、炎の球が可視化される。
炎の球はサンベアに直撃する。
「グマアア…」
炎に焼かれて、サンベアは破壊された。
「そして、ホーンラビットでダイレクトアタック」
「キュイ!」
ホーンラビットが突進して、ルビンを攻撃する。
「ぐう!」
ホーンラビットに攻撃されて、ライフがアタック分減らされる。
ルビン
ライフ1900
仮想現実法では、痛みを再現することは法律で禁じられているから痛みはない。
だが衝撃はあるので、ライフが減ったことと合わせて呻いてしまうことは初心者には多い。
「まだまだ!戦いは始まったばかりだぜ!」
「ああ、そうこなくっちゃ」
こういう元気のいいマスターのと対戦は幸太郎にとっても楽しみの一つだった。
そしてルビンと幸太郎の攻防は続いた。
「ゴブリンの笛でゴブリンを三匹召喚するぜ!」
ゴブリンの笛
スペル
マナコスト3
ゴブリン(100/100)を3体場に出す。
すると相手の場にゴブリンのカードが3枚現れる。
「グギャ」
「ゲギャ」
「ゴギャ」
一枚のカードからゴブリンが3体可視化され、計9体のゴブリンが現れる。
とはいえ、ルール上はゴブリンは3体で一体の扱いだから、実質的には3体である。
「ターンエンド!これでホーンラビットにどれか一匹倒されても、二匹でダイレクトアタックできる寸法だ!」
「なるほど、ならこちらはこれを出しますね」
スケリトルドラゴン
ビーイング
アタック300
ディフェンス300
マナコスト3
守護
「……」
骨でできた竜が可視化される。
「守護持ち!?」
「ええ、守護持ちがいると、守護持ち以外には攻撃できないようになりますからね。ターンエンド」
これでルビンはスケリトルドラゴンを攻撃するしかなくなった。
「ぐぬぬ」
こうして、一進一退の攻防が続き、ついに10ターン目に突入する。
ルビン
先攻
ライフ1000
デッキ25/40
手札2
マナ10/10
タロス(幸太郎)
後攻
ライフ1000
デッキ23/40
手札4
マナ10/10
「やるじゃないかタロス」
「ええルビンさんもなかなかやりますね」
「だが、これで決めさせてもらうぜ。アンドレアス!」
アンドレアス
ビーイング
アタック500
ディフェンス900
マナコスト9
一撃、墓地-4で速攻を付与
「ハハハハハハ!!」
ルビンがカードを場に出すことで、巨大な悪魔が可視化される。
「そして、墓地カードを消費することで速攻が有効になる。つまりはすぐに攻撃できるということだ。なのでタロスにダイレクトアタック!」
「ハァ!」
巨大な悪魔が腕を振るう。
「くっ」
タロス
ライフ500
「ターンエンド!さあチェックだ。タロスさんはこの悪魔にどう対処する?」
「まずいな。アンドレアスは一撃も持っているから、500以上のビーイングを出しても返り討ちだ」
「そうだぜ!降参するなら今のうちだぜ?」
「…いや、すまないですが、別に速攻はルビンさんの専売特許じゃないですよ」
創造神
ビーイング
アタック1000
ディフェンス1000
マナコスト10
速攻、一撃。このカードはビーイング、スペル、アーティファクトの効果の影響を受けない。このカードが破壊された時、創造神を場に出す。
幸太郎が創造神を場に出した。
ウルトラレアカードは、特殊出現エフェクトが設計されており、荘厳な鐘の音とともに天使達が舞い踊る中、創造神がその姿を現した。
ルビンはそれを呆けたように見上げた後、
「嘘だろおおおおおおおお」
その創造神の鉄槌を受けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そうやってルビンを始め、幸太郎は心ゆくまでマスター達との対戦を楽しんだ。
そうして…気づいたら朝になっていた。
「ふぁ」
仮想現実からログアウトして、朝日を見た幸太郎は欠伸で大きく口を開ける。
仮想現実のランダム対戦では、創造神のカードは予想以上に素晴らしい成果をあげた。
超絶レアカードである創造神を見た対戦相手のマスターは誰もが驚き、そしてその能力の前に敗北していった。
これがあれば負ける気がしないと言えるほど幸太郎は全戦全勝したが、ついついやりすぎて既に朝になっていた。
「今日が大会で本番なのに徹夜とかどういうことよ?」
と思わず昨日浮かれて徹夜した自分に物申すが時既に遅し。
取り敢えず、冷蔵庫から赤牛を取り出して一気飲みしたが、眠気はなかなか抜けない。
幸太郎は眠気と戦いながら、デッキをまとめたカードケースをかばんに突っ込み、統合端末を腕に巻き、身だしなみを整えてから、リザレ全国大会予選に出場するために家を出た。
今度こそ優勝するために。
幸太郎の夢はそれであり、そのために寝る間を惜しんで研究に明け暮れ、食事を切り詰めるほどカードを購入してきた。
予選は、仮想現実と現実両方で行われているが、幸太郎は現実で申し込み、参加権を取得した。
仮想現実だと遠隔地から仮想体で会場にログインすることになるが、仮想体は現実の感覚フィードバックが薄いためイマイチ盛り上がりに欠ける。
現実だと会場にはたくさんの参加者や観客がいて盛り上がる雰囲気をダイレクトに受け取れるため、遠隔地に住んでるなどの事情がなければ、現実を希望するマスターは多かった。
外に出た幸太郎は駅に向かって歩き出す。
「あー眠い」
天気はあいにくの曇天であり、朝日を浴びないためか眠気はなかなか抜けない。
そうしてもうろうとしながら、幸太郎は道を歩く。
だからそれは必然だったのかもしれない。
フラフラと歩いている幸太郎は寝不足のために外界への注意が散漫になっていた。
くしくも仮想体で対戦相手を求めて外を徘徊しており、その時の感覚が抜けていなかった。
そこでようやく幸太郎は気付いたのだ。
「あれ?ジャンプしない?」
つんざくクラクションが幸太郎がこの世界で聞いた最後の音だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
何もない空間を幸太郎は浮遊していた。
(ここは?)
声を出そうと思ったが出すことはできない。
あたりは薄闇に包まれている。
(なぜ自分はここに?)
直前の事を思い出そうとして、幸太郎はさっき起こったことを思い出した。
自分はリザレの全国大会予選に出るために外出して、そこで仮想体の感覚で道路をショートカットする移動法で渡ろうとして当然失敗し、車にひかれたのだと。
(うわ、やっちゃった…)
幸太郎は後悔の念に苛まれる。
リアルで仮想体の感覚が抜けずジャンプをかまそうとするなんて、ボケ老人がたまに起こす事故そのものだ。
そんな間抜けな事をして死んでしまった事に気付いて後悔しない人間は居ない。
(全国大会に出る事なく死んでしまったのか?)
もしそうだとしたらこれ以上はない程に悔いのある死に方だ。
幸太郎が後悔の念に飲み込まれそうになった時、突然空間に変化が生じた。
薄闇の空間に突然流れが生じるそれは川の流れのように身動きできずに浮遊していた幸太郎の体を運んでいく。
(な、流される!?)
その流れはだんだん強くなり、幸太郎はなすがままに流されていく。
(アババババババババ!!!???)
多分、ジェット気流とか台風に巻き込まれたらこんな感じといったレベルの流れに達した時、突然幸太郎の体は流れの外に放り出される。
そして一瞬の浮遊感の後、幸太郎は地面にたたきつけられた。
「いったああああ!!」
腰から思いっきり地面にたたきつけられて、しばらく転げ回ってから幸太郎は気付いた。
自分が五体満足であることに。
「あれ、俺は確か交通事故に巻き込まれたはずなのに?」
痛みを堪えて起き上がると、先ほどの地面にたたきつけられた痛みこそあるものの、それ以外は全て無事だった。
「交通事故にあったけど、たまたまこの程度で済んだ?」
その可能性はすぐに否定された。
「あれ、ここ…どこ?」
家の近所で車にひかれたはずの幸太郎は、全く見たことのない場所に立っていた。
次回からはVR要素はなくなり、現実となった異世界冒険物が始まります。
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