兵士りくや
「モスルーシからの子だな。逃げるところを見ると間違いない。その子を渡せ」
兵士がアルアを見ながら言った。
「この子をどうするつもりだ」
「お前の知ることではない」
兵士は槍を突き出した。ナタクは身をかわしながら、なんとか武器を奪おうと試みた。
「モシルーシの住民を襲撃した目的はなんだ」
「命令に従っただけだ」
兵士がじりじりと近寄ってきた。
「命令なら何でもするのか。お前に心はないのか。それならただの殺人兵器だな」
「うるさい、黙れ。その子を渡すんだ」
兵士が槍をナタクに向けて突く。ナタクは槍の柄を握り引き寄せようとしたが、兵士が槍を引いて、ナタクの手をはらった。
「兵士は民を守るためのものだ。その兵士が理由も知らないで民を殺すのか。ここの兵士は最低だな」
「全員殺さなければ、俺たちが殺されるんだ。さぁ、子どもを出せ」
「自分が助かりたいだけか。私なら命を投げ出しても民を守るぞ」
アルアは足元にあった石を拾って、兵士めがけて投げる用意をした。薄暗い中、ナタクに当たらないように、ナタクと兵士が離れた時をうかがって投げた。石は兵士の左腿にあたり、兵士がアルアに目をやった瞬間、ナタクが飛びかかり槍を奪った。ナタクは槍を兵士の喉元に突きつけた。
「アルア、上出来だ。助かったよ。ありがとう」
アルアは満足そうに笑った。
「アルア、ひもを持ってないか。こいつを縛るんだ」
アルアはリュックの中を探して、バンダナを二つ取り出した。
「これでもいい?」
「ああ、大丈夫だ」
ナタクは、アルアに兵士を後ろ手にして縛るように教えた。そしてもう一つのバンダナで兵士の口を塞ぎ、頭の後ろで結ばせた。
「さぁ、早くここから逃げよう。この兵士からはもう少し聞きたいことがある。連れていこう」
「人質にするの?」
「人質の価値はないさ。ここの兵士は道具のように使われている。使えない兵士は見捨てられるはずだ。こうなったら、この兵士も逃げるしかないだろう。戻れば殺されるんだから」
ナタクの話を聞いて、悔しそうに睨みつけていた兵士は肩を落とした。
三人はビステルの森に入った。座れるくらいの広さの場所を見つけて休むことにした。
「名前はなんだ」
ナタクが兵士の口に当てられたバンダナをほどいてやった。
「りくや」
兵士は素直に答えた。
「誰の命令で町を襲った?」
「俺たちはメルダ様の命令でアベニューに行くように指示された。アベニューに着くと仮面を付けた男が、マッスル・キングと名乗り指揮をとり始めた」
「マッスル・キング?初めて聞く名前だが、メルダ家のものか?」
アルアは思い出した。
「洞窟の前で聞いた名前だ」
兵士は驚いた顔をした。
「洞窟にいたのか。みんな殺したと聞いていたが。マッスル・キングはメルダ様の側近に最近なったらしい」
「女の子はどこに連れて行ったんだ?メルダ家か?」
「たぶんそうだ。ルシス様の養女になるって噂だ」
「なぜ養女に?知らない娘を養女になんてしないだろう。アルア、その子はメルダ家と関係があるのか?」
「ないと思うよ。そんな話聞いたことない。でもルシス様といえば、少し前に町に来たことがある。領主になったばかりの頃だ。その時、花束を渡す係りをサムがした」