アベニューの町のおじさん
なぜ兵士がここにいるのか、町を襲撃し焼き尽くした兵士の仲間なのだろうか、自分を追いかけていたのか、それとも誰か逃げた者がいないかと探していたのか。アルアは兵士をじっと見つめた。
「ありがとう」
とりあえずお礼は言っておこうと思った。
「どこか怪我はしなかったか」
兵士がアルアに近づいてきたが、アルアは相手がどういう人なのかわからない不安で後ずさりした。その様子を見て、兵士が首とかしげた。そしてアルアの頭から足まで目を走らせた。
「君はあの焼かれた町から逃げてきたのか。安心しろ。私はメルダ家の兵士ではない。仕事でここを通っていただけだ。私はナタク。君の名前は教えてもらえるかい」
この男の言っていることを信じていいのだろうか。メルダ家の兵士ではないことをどうやって見分ければいいのか、アルアは知らなかった。助けてくれたことは確かだ。今は信じることしかできないように思えた。
「僕はアルア。ナタクさんの言うとおり、僕はモスルーシから逃げてきた。僕が逃げたあと、街は焼かれたんだ」
「焼かれる前に町で何が起きたんだ。靴に血がついているぞ。その時についたんだろ。アルアはどこも怪我してないじゃないか」
アルアは朝からの出来事を話して聞かせた。
「サムがいないんだ。家にも広場にもいなかった。生きているかもしれない。アベニューの町に行けば何かわかるかもしれない。もう知り合いはサムしかいない」
ナタクはアベニューまで一緒に行くことになった。ササラを通り抜け、ナガミ河沿いを東に歩き、アベニューの町に着いた。ナタクは鋼鉄の胸当てを付けていたが、町に入る前に大きめの上着を羽織った。腰につけた剣も隠れた。背中に背負った弓と矢筒は上着の上から背負いなおした。
「あまり目立ちたくないんでね」
もう夕方近くになっていたので、宿を見つけ、それから食べ物を買いに町を歩いた。広場の隅に置かれた椅子に座り、買ったパンを食べながら、近くにいる話好きな顔をしているおじさんに聞こえるように話し始めた。
「あれなんだったんだ。馬に乗った兵隊が南に走ってたじゃないか」
「うん、10頭くらいだったかな。どこに行ってたんだろう。僕、狩りに夢中であまり見てなかったから、わかんないや。ウサギに逃げられたのが残念」
おじさんが話に割り込んできた。
「あんたらどこから来たんだい」
「コロナの方から森を歩いて来たんだ。おじさん何か知っているの」
おじさんは、ナタクの横に座り直し、声を小さくして話してくれた。
「モスルーシの町が焼かれたんだ。そこから誰も逃げて来ていないんだ。不思議なことだ。誰か逃げて来てもよさそうだ。わしら、喜んで匿ってやるぜ。同志だからな」
「同志って?」
おじさんはますます声を小さくした。
「領主様が変わってから、税金がべらぼうに高くなっちまった。みんな生活ができなくなって、それで抗議のための話し合いをモスルーシの人たちが始めたと聞いている」
「領主が町を一つ消し去ったというのか。そんなことして何の得があるのか」
「それがわからんのだ。最初に兵隊が出ていって、戻った時、馬に女の子を一人乗せてたぞ。それから、また出ていって火で焼き払ったんだ。恐ろしいことだ」
「女の子!おじさん、その子を見た?どんな子だった?」
アルアは身を乗り出し、おじさんの顔を見た。