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残り九十九枚は無駄

作者: 阿木玲太郎

    

 僕は働くのが嫌いだ。


大学卒業間際、両親と資産家の叔父は、相手の一方的な過失で交通事故死した。

一人っ子で叔父以外には父方・母方ともに親族は誰もいなかったので、賠償金と両親・叔父の資産は全部僕が相続した。それは、結構な金額だった。正直、ラッキーだった。

金は幾らあっても「賭け事」や「女」につぎ込んだら直ぐに無くなってしまうことくらい、僕にだって分かる。それと、働かないにしろ朝から晩までテレビばかり見て過ごす訳にはいかない。金の掛からない“暇つぶし”をしなければならない。

 それで思いついたのが“私立探偵”だ。僕は一年間、探偵学校で勉強した。卒業後、L県の公安委員会へ届出を出し、自宅に看板を出した。自動車免許の他に、探偵業のためバイクの免許も取った。それと、名刺を百枚作った。


「娘さんが殺されて一ヶ月経つのに犯人は捕まらない? 」と、僕は六十男に言った。

「はい」と、男は言った。「一ヶ月程前、近所の仲間と温泉に泊りがけで遊びに行って、翌日、お昼前に自宅に帰ったら玄関に娘の死体がありました。娘を殺され妻は寝込んでしまいました。早く娘を殺した犯人が捕まらないと、妻まで死んでしまいます」

 その事件なら、隣町内の事件だ。僕にも覚えがあった。

 その女の噂も色々、聞いていた。“裸、或いは下着姿で窓辺に立つ”。

 それから、こんな噂も聞いた。“「タクシー」。誰でも乗せる。男でも女でも……”

「それで? 僕に調べて欲しいと? 」

「さしあたり一ヶ月お願いします」

 初仕事から美味い話だった。

「はい、お受けしましょう。精一杯、努力させてもらいます」と、僕。

「ありがとうございます」と男は言った。「よい、連絡を待っています」

「期待していてください」

「……。すみません。名刺、一枚、もらえますか? 」

 うっかりしていた。初めてのことで、仕事を請けていながら顧客に名刺を渡すのを忘れてしまっていた。僕はカードケースから名刺を一枚、その哀れな父親に渡した。


 翌日の夕方、僕は女を殺した容疑で警察の取調室にいた。

 父親に渡した名刺の指紋と、殺人現場に残っていた持ち主不明の指紋が一致したのだった。父親のお手柄だ。探偵が探偵されたのだ。

 観念した僕は取り調べに素直に応じた。


 あの日、日課にしていたジョギングで、あの家の前を通りかかると二階の窓辺に女がほとんど裸で立っているのが見えた。手招きすらしていた。「女」が未経験だった僕は玄関の呼び鈴を押した。

 でも、玄関に出てきた女はすっかり服を着ていて、その顔には嘲笑が浮かんでいた。

「あら、本当に来たの? 冗談じゃないわ、あんたなんか! 帰りさい! 」と女は言い、僕を突いた。反射的に僕も女を突いた。しかし、力がこもり過ぎていた。女は頭を下駄箱の角にぶつけ鈍い音を立て倒れ、目を剥いて動かなくなった。

 僕は慌てて逃げ出し、翌日からジョギングは止めにした。

 全てを話し終えた僕は言った。「あの女の人を殺すつもりは無かったのです」

 ふと、胸ポケットのごつごつが気になった。手を当てるとカードケースだった。

 名刺……。

 残り九十九枚は無駄になってしまった。



ヤフーブログに再投稿予定です。

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