第九十話 騎士団長が怒っているので無双できない
対策会議は何の実りもなくあっけなく終了した。
そのことに思うところのある貴也だったが何を言っても仕方がない。
切り替えの早いところは貴也の長所である。
と言う訳で、早速、通常業務に向かおうと思った貴也だったが……
「貴也さん。今日は騎士団長様との立ち合いに専念してください。メイドを一人付けますのでここで寛ぎながら英気を養ってください」
クロードが恭しい態度でそう言っていた。
「心配しなくても大丈夫ですよ。あくまで稽古なんですから。午前中に仕事をしていても問題なんてありませんよ」
「いえ、そう言う訳には参りません。今日はこちらで控えていてください。命令です」
「ちょっと、こんなことに命令を使うんですか?」
「はい。命令です。ここを動くことはなりません。幸い護衛が魔導騎士団の1小隊ドアの前に控えていますので、要件があればメイドかその者に伝えてください。最大限の要望は聞き入れさせていただきます」
「これって軟禁っていうんじゃなあいですか?」
「いいえ、見張りではなく護衛です。足りなければもう一小隊追加しますか?」
「……いいえ、結構です」
ガクリと肩を落とす貴也。
そう言い残すとクロードは部屋を出て行った。
「すみませんね。クロードはサフィーネ帝国の貴族でしたから薔薇騎士団と敵対するかもしれないと思うだけで、ああなってしまうのです。勘弁してあげてください」
「はああああ。わかりました。本当にクロードさんがあんな風になっちゃうなんてどんな団体なんですかね」
「聞きたいのならお話しますよ。この前話した以外にも騎士団の逸話は数え切れないほどありますからね」
貴也はブルブルと首を振って否定する。
はっきり言ってお腹いっぱいです。
「結構です。いまからその騎士団長と剣を交えるんですよ。余計なことでビビらせないでください」
「あっはははは。貴也さんなら聞いてもいつも通りの態度で臨めると思いますけどね」
大きく笑ってエドは部屋を出ていく。
それを貴也は肩を竦めて見送った。
そして……
うん。暇だ。
いきなりの監禁生活でやることがない。
時間が空いたのならバルトと今後の研究方針についていろいろ話したいのだが、この部屋から出られそうになかった。
どうしようと思いながら、とりあえず予告通りに優紀の説教を始めるのだった。
昼食を摂りしばらくしてから貴也達は訓練所に足を運んでいた。
今回は決闘の時のようなことはなく観客は酷僅か。
隊長クラスが何人かと回復魔導士が何人かいるだけだった。
流石に貴也がボコられるだけのイベントなので皆さん自重してくれたのだろう。
貴也としても助かるというものだ。
「それでは早速始めようか。こちらは準備万端なのだが、貴也殿はどうする。準備運動など必要か?」
「いいえ、軽く身体を温めてきたので問題はありません」
時間が余っていたので部屋で軽くストレッチなどをして身体をほぐしてきた。
あと、ここに来るまで軽くランニングもしている。
決して場所を間違えて急いで走ってきたわけではない。
そんな貴也に輝かんばかりの笑顔を向けてくる、アスカ。
その曇りない無邪気な笑顔に応えらそうにない貴也ははっきり言って心苦しかった。
「では始めよう。最初は軽く打ち合うことにしようか」
「わかりました。わたしからでよろしいですか」
貴也はアスカの正面に立ち木剣を中段に構える。
それに合わすようにアスカも木剣を前に出した。
「いいぞ。来い!」
裂帛の気合いが放たれる。
そして、軽く剣を触れ合わせた。
貴也はその威に飲まれ掛けながらも渾身の力で討ちかかる。
貴也は一足で間合いを詰め真っ直ぐ木剣を振り上げ振り下ろす。
貴也に剣の覚えはない。
高校の時に授業で剣道をやったのと、こちらの世界に来てから護身術として軽く剣の振り方を教わったくらいである。
だから、それは何とか剣を振れているというレベルで本物の剣士から見ればお粗末な物だった。
アスカは剣を軽く払って貴也の剣をはじき飛ばす。
貴也の木剣は訓練場の壁に見事に突き刺さっていた。
「ふざけているのか? 例え、稽古でも真剣にやらないとケガをするぞ」
「真剣なんですけどね」
苦笑交じりに応えるが聞いてくれない。
やっぱり、アスカは怒っている。
どうやら、エドの予想通り、こちらが手を抜いていると思われているようだ。
貴也は内心、かなりへこんでいた。
さっきの一振りは我ながら会心の一振りだったのだ。
あれだけ綺麗に真っ直ぐ振れたのは初めてだった。
だが、本物の剣士にしてみれば悪ふざけにしか見えないのだろう。
ガクリと肩を落とす、貴也。
そんな貴也を哀れに思ったのか、エドが間に入ってフォローする。
「騎士団長様。貴也はこの世界に来るまでは剣を握ったこともない生活をしてきたのです。剣技が拙いのは当たり前なのですよ」
「日本が平和な国で一般人が剣など持たないことくらいは知っている。だが、この者は魔王と決闘するほどの剛の者だぞ。剣の腕に覚えもなくて魔王の前に立てるわけがなかろう!」
別に好きで決闘したわけじゃねえ! と叫んでやりたかったがそれをしないくらいの分別はある。
というか、アスカが怖かった。
アスカはかなり怒っているようだ。
口調がいつもの丁寧な物ではないし、貴也をこの者呼ばわりだ。
それによく見ると怒気で彼女のカワイイ尻尾が逆立っている。
まあ、彼女の言うことは正論である。
それほど魔王と言うのは強大な存在なのだ。
だからと言って、それを貴也に言うのは酷である。
魔王の策略で無理矢理舞台に上げられたのだから。
それを説明しても良かったのだが、冷静でない彼女にそれを話しても聞いてはくれないだろう。
その証拠に
「もういい。下らん話など聞かん。そんな物わたしが撃ちかかればすぐにわかることだ。さっさと構えよ!」
控えていた騎士が木剣を取りに行っていたのかスッと差し出す。
貴也はそれを受け取りたくなかったのだが、アスカに鋭い目付きで睨まれてはそれも叶うまい。
貴也は渋々とそれを受け取ると剣を構える。
すると
アスカがさっきと同じように剣を振れ合わせた。
いや違う、剣が弾かれた。
貴也の手にはしびれが走り、剣はまた壁に向かって飛んでいく。
そして、一瞬で貴也の目の前に迫ってきたアスカと線にしか見えない木剣。
貴也は反射的に魔法を使っていた。
貴也が一番使い慣れた体感速度を上げる時間魔法を唱える。
そして、敏捷性UP、思考加速、反応速度UPと次々と魔法を唱えていく。
いづれの魔法も一瞬で発動していき貴也はすぐに回避に移る。
貴也は時間の遅くなった世界で、なお素早く振り下ろされる剣を必死の形相で躱していた。
全力で右に飛ぶ貴也の目の前を剣が掠めるように通過いく。
風圧だけで身体がひりひりしている。
何とかかわせたとホッとした時だった。
軌道が変わったのだ。
真っ直ぐに振り下ろされた剣が追ってくるように跳ね上ってくる。
貴也は何とか手を翳して頭への直撃を避けた。
転がるように距離を取って何とか立ち上がろうとするが手に力が入らない。
それもそのはず、両手とも変な方向に曲がっていた。
いまの一撃で折られてしまったのだろう。
あの一瞬では防御力を上げる魔法までは手が回らなかった。
と言うより、貴也の魔力量では既に魔力枯渇気味だ。
いくら回復力に自信があっても瞬間的に使える魔法の数は少ない。
貴也は痛みに堪えながら魔力が回復するのを待つ。
そんな貴也を見下ろしながら
「ちゃんと動けるではないか! なぜ最初からそれをしない」
憤りのままにアスカが吠える。
その言葉に貴也の奥で何かが切れた。
その表情を読み取ったのは優紀だけだ。
彼女は顔を覆って天を仰いでいた。
余談ですが2月1日に新作を投稿します。
タイトルは『月刊パパラッチ創刊』です。
宜しければ読んでください。
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