第八十八話 脳筋はやっぱり脳筋なので無双できない
「貴也殿、わたしはあなたに決闘を申し込みます」
「へ?」
この娘は一体なにを言っているのだろう。
理解できない貴也は聞きなおすことにする。
「えっと、いまなんとおっしゃいましたか? 決闘とか、結婚じゃないですよね?」
「何を言ってるんですか! 初対面で結婚なんて申し込むわけないじゃないですか! 決闘です。決闘! 貴也殿、あなたに決闘を申し込みます」
顔を真っ赤にして否定された。
貴也としては結婚なら十分考えてもいいのだけど、決闘は……
「あのぉ? なぜ、決闘をしなければならないのですか?」
「はい。わたしはどうも口が立ちません。貴也殿が言っていることは何となくわかります。嘘も吐いていないのでしょう。ですが、世の中には嘘を吐かずに事実を捻じ曲げる人間がいくらでもいます。だから、決闘です」
「ちょっと待ってください。なんでそこで決闘なんですか?」
貴也が慌てて口を挿む。
アスカはキョトンと首を傾げながら答えた。
「決闘をすればその人の為人がわかるじゃないですか。剣は嘘を吐きません」
自信満々に答えるアスカを見ると頭が痛くなってきた。
横でウンウンと頷く優紀も殴りたい。
「申し訳ありませんがわたしは一介の執事です。騎士団長様と決闘できるような腕は持っておりません」
「そんなご謙遜を。魔王との決闘は見させていただきました。身体強化魔法も、魔王を手玉に取る策略もただ者ではできません」
「あれは事前に準備が出来たからであってわたしの実力はこの城の兵達にも通用しないのですよ」
「またまた、そんな御仁が魔王と決闘などするわけないじゃないですか」
アスカは貴也が冗談でも言っていると思っているのか笑っている。
だが、当事者である貴也としてはすんなり受け容れる訳にはいかない。
ああ、もう! なんでこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。
これも全部魔王の所為だ!
貴也は大声で叫びたいのを懸命に堪える。
それにしてもどうすればこの決闘を回避できるだろうか?
見た目ではわからないがアスカは相当の腕を持っているのだろう。
二十歳前後で騎士団しかもエリート部隊の隊長を務めているのだ。
普通の腕であるはずがない。
魔王には及ばないだろうけど、魔導騎士団の団長クラス。
下手すると優紀と同等なんじゃないだろうか。
無理、無理、無理。あんな化け物たちと決闘なんて出来るわけがない。
魔王の決闘は向こうの油断とはめ技に近い策があったからどうにかなっただけだ。
今回の決闘ではそんな物は使えない。
どういう訳かアスカは貴也の実力を買被っている。
しかも、唯一真面に使える身体強化魔法まで見られている。
手の内を晒してさらに実力で数十段劣る相手に勝てるわけがない。
それにアスカは貴也の実力を見誤っている。
これでは大怪我しかねない。
それどころかしんでしまうのではないだろうか。
不吉な言葉が頭に浮かんでしまった。
これフラグじゃないよね。
正直言ってこのクラスの人間の軽い一撃は貴也にとっては死に直結するのだ。
本当に冗談では済まないのだ。
マズい。マジで生命の危機だ。
でも、この手のタイプは言い出したらテコでも動かないだろう。
思い込みが激しくて頑固な人。
そんな人に心当たりがある。
生まれた時から知っているあいつも言い出したら聞かない。
そして、いつも貴也が酷い目に遭うのだ。
もう、だから脳筋は嫌いなのだ。
貴也は盛大に溜息を吐く。
それを見ていたアスカが
「もしや、わたしとでは決闘する価値などないと思っているのですか?」
表情が少し険しくなる。
それを見た貴也は慌てて
「だから、そうではないのです。わたしが相手では勝負にならない」
「それはわたしの実力が足りないとおっしゃるのか」
声音が低くなり険悪な空気が流れる。
騎士団長まで上り詰めたのだ。
アスカは自分の腕に相当自信があるのだろう。
それを侮られたとなれば怒るのは当然だ。
全面的に勘違いなのだが……
貴也はどうすればいいのか分からず、困り果てて結局
「はあ、わたしが弱いと言っているのに理解してもらえないようですね。わかりました。手合わせさせてもらいます」
「そうか、それは良かった」
さっき程までの険悪さが嘘みたいに耀かんばかりの笑顔を浮かべる。
なんか騙されたような気分になるが、これは天然なのだろう。
もう頭痛さえ起らない。
だが、釘は指しておく。
「ただし、決闘は致しません」
「うむ。それはどういうことですか?」
「さっきも申しましたがわたしはあなたと戦うほどの実力がないのです」
「貴也殿、謙遜は行き過ぎると嫌みですよ」
貴也は溜息を吐きながら
「もう、謙遜でも何でもいいです。貴方はわたしの剣を見てその本質を見抜きたいのですね」
「うぬ? おっ、そうだった。その通りだ」
こいつ、本題を忘れてやがったな。
ただ決闘がしたいだけなんじゃないのか?
そんな疑問を抑えて話を続ける。
「でしたら、決闘ではなく。わたしに剣の稽古をつけてください。そうすればわたしの実力も本質もつかめるのではないですか?」
「だが、やはり互いに鎬を削り合う決闘の方がいいと思うのだが」
「これがわたしのできる最大限の譲歩です」
しかし、今回は貴也の方が折れない。
なんて言ったって命が掛かっているのだから。
そんな貴也の気持ちがわかったのか
「仕方がない。それで了承しよう。では稽古の後に時間があれば決闘と言うことで」
こいつどんだけ決闘したいんだよ。戦闘狂かあ?
「はあ、もうそれでいいです。稽古の後に決闘をしたいと思うのならいくらでもお相手いたします」
「うむ。それならいいだろう」
どうやらアスカも満足してくれたようだ。
貴也は明日の午後に約束をして、逃げ出すように部屋を離れた。
「もう疲れた。早く部屋に帰って寝よ」
他人事のように貴也は呟く。
それにしても明日も大変な一日になりそうだ。
まだ少し違和感のある背中に意識を向けながら足取り重く歩く貴也だった。
申し訳ありませんが私事と体調不良で年末年始に書き溜めが出来ませんでした。
来週は人物紹介などが入って本編はお休みさせていただきます。
本当に申し訳ありません。出来るだけ早く再開させていただきます。
あと、更新を月曜木曜に変更します。
これからもよろしくお願いいたします。
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