第八十五話 エドもクロードも壊れてしまって無双できない
魔王が帰ってから貴也達はクロードの執務室に集まっていた。
もちろん、薔薇騎士団とやらの対策の為だ。
ちなみに公爵は王都から戻ってきていない。
王都でまだやらないといけないことがあるそうだ。
「逃げたな」
「逃げましたね」
「逃げたんだろうなあ」
三者三様の言い方だったが結論は逃げたということだ。
まあ、本当に手が離せない状況なのはわかるが、この件を押し付けられたエドは気の毒としか言いようがない。
はっきり言って貴也には関わる気はないのだ。
「では、わたしは下がらせていただきます」
「何言ってるんですか。今回の件は貴也さんがいないと解決しないんですから」
「ええ、面倒くさいことになるんでしょ」
「そうですね。多分、面倒くさいことになるんでしょうね」
エドは遠い目をしている。
普段からは考えられないエドの態度に『こいつも騎士団と何かあったじゃねえのか?』と勘ぐりたくなる。
そんな時にクロードが
「では、わたくしは執務があるのでこれで」
そそくさと立ち去ろうとするクロードの襟首をむんずと掴む。
「クロードさんはどこに行こうとしているのですか? ここがあなたの職場でしょ」
「いくつか、監査が残っているのです。そうです。そろそろ視察旅行に出ようと思ってたんですよ。一か月ほど遠出します。探さないでください」
襟首を掴まえられた状態でジタバタするクロードさん。
いつもの凛とした老紳士姿が崩壊している。
「何を言っているんですか。公爵がいない時にあなたがここから離れられる訳ないじゃないですか」
「ですが、薔薇騎士団ですよ。あいつらとは関わりたくない」
本気で嫌がるクロード。
クロードの身体能力なら貴也の手など軽々と振り切って逃げることが出来るはず。
だが、動揺が激しいのか普段の10分の1も実力が発揮できていない。
貴也はもう呆れるしかなかった。
ていうか、クロードがここまで壊れる相手って……
考えたくもない。
「なんなんですか? その薔薇騎士団と言うのはクロードさんをここまで壊れさせる存在って。勘弁してほしいんですけど」
「それは仕方がないんですよ。クロードは元々サフィーネ帝国の貴族ですからね。幼少の頃から聖教会のこと、特に花を冠する騎士団については散々聞かされていることでしょう。あんな話を何度も聞かされ続けたら逃げ出したくなる気持ちも分かります。と言うか、わたしが逃げたい」
盛大な溜息を吐く、エド。
そして、華の騎士団の偉業? を話し出した。
曰く
ある国の姫君と隣国の皇太子は恋に落ちていた。
しかし、両国は敵同士。
決して結ばれるはずのない関係だった。
そんな中、姫君の縁談話が持ち上がる。
相手は同盟国の王。
隣国を滅ぼすためにある国の王は親子ほど年の離れた同盟国の王に姫を生贄として差し出そうと考えたわけだ。
そのことを知り、悲嘆にくれた姫は教会で自分の身の上を泣いて語ったそうだ。
だが、それはただの愚痴。
姫にも王族の誇りがあり、自分が政略の道具にされる覚悟はあった。
だから、最後に嫁ぐことを神に誓った。
最初に身の上を話したのは誰かに、せめて神様にだけでも、自分の気持ちを話して置きたかっただけなのだ。
しかし、残念なことに神以外の者もこの話を聞いていた。
そう、薔薇騎士団がいたのである。
そして、薔薇騎士団は立ち上がった。
このような純真無垢な乙女を泣かせてはならないと。
「なんかいい話じゃないか?」
「ここまでは」
そう言ってエドは続きを語りだす。
彼らは剣を掲げ、王宮に乗り込みました。
そして、王都を制圧し、王の身柄を確保。
次に隣国になだれ込み、こちらの王も確保したのです。
「…………冗談だよね?」
「いいえ。実話です。ちゃんと公式の記録として残っています」
エドは話を再開する。
その後、王たち両者を縛り上げ、説得と言う名の拷問を行いました。
が、結局、合意には至らず、王達は死にました。
そのことを知った兵達は怒り狂い、騎士団に襲い掛かったのです。
しかし、力及ばず、すべて返り討ちにあいました。
結果、両王家は滅び、内乱が起こって別の国が誕生します。
あまりの展開に貴也は唖然として言葉が出ない。
だが、一つ確認しておくことがある。
「それで姫と皇太子は?」
「内乱の最中に殺されました」
「…………それで薔薇騎士団はどうなったのですか?」
「国を滅ぼした原因を作ったとして死刑を宣告されたのですが、その前に自分で首を切って自害したそうです」
「…………」
「結果は不幸なことになったが、望まぬ結婚を防げて良かった。天国で姫と王子は結ばれているだろうと満足げな顔をして自害したそうです」
最初は善意からの行動だった。
王を説得しようとするところまではわかる。
だが、剣を持って王都を制圧、王を拉致するのが分からない。
普通に考えればそんなことしないし、出来るわけがない。
しかも、その後、国を滅ぼしてしまうのだ。
普通、為政者は大多数を助けるために小を犠牲にする選択をする。
それが常識だろう。
しかし、薔薇騎士団は違う。
一人の少女の涙を止める為には何万人どころか国さえ滅ぼしてしまうのだ。
うん。こんな奴らに逆らう所か関わり合いにならない方がいい。
そう思うのは当たり前だろう。
「これは最も有名で酷い実話です。ですが、これほどの被害はないにしろ、似たような話は数え切れないほどあります。華の騎士団とはそんな存在なんです」
エドは天を仰いで瞑目している。
「なんでまだそんな騎士団が存在してるんですか?」
「残念なことに彼らは基本善良なんです。彼らは教会の管轄なのでどのような国の権力も及びません。それにお金に執着がないので買収も利きません。だから、国では罰することのできない力ある貴族や王族を断罪することのできる唯一の存在なんです。騎士団が不正の抑止力になっているのは間違いありません」
必要悪と言うのは聞いたことがあるけど、必要善は聞いたことがない。
この行き過ぎた善人集団は果たして必要なのか、必要ないのか。
いつまでも議論が尽きず現在も存続しているらしい。
「そんな奴らが来るんですか?」
「はい。残念ながら。――と言うことで貴也さん。お願いします」
そう言って期待と言うか縋るような目をこちらに向けてくる、エド。
部屋を沈黙が支配する。
そして、その沈黙を破ったのは優紀だった。
「これは貴也が対応するしかないんじゃない」
そんなこと分かってはいる。
クロードとエドは完全にビビっていて役に立たない。
薔薇騎士団についてあまり知識のない貴也の方がうまく立ち回れるだろう。
だが、貴也だってそんな面倒な連中の相手ははっきり言ってしたくないのだ。
したくないのだが……
そんな時だった。
クロードの執務室にノックの音が鳴り響く。
やって来たのは伝令の者だ。
「ただいま、薔薇騎士団 団長 アスカ=ホウジョウ様が参られました」
幾分、緊張した声で告げる、伝令。
部屋に全員の重い息が吐かれる。
そして、貴也に視線が集まった。
ああ、もうくそ!
貴也は髪をグシャグシャに掻き乱した後に
「応接間に通すように伝えてくれ。エド様が対応するから」
「えっ、わたしが――」
「くれぐれも丁重にお願いします。急いで」
貴也はエドの声に被せる様にして伝令の人を急かす。
「畏まりました」
そう言って伝令は足早に去って行った。
「貴也さん」
泣きそうな顔でこちらを見てくる、エド。
「心配しなくてもわたしも同席します。でも、騎士団長が相手なのにわたしだけだとまずいでしょ。公爵の代理が必要なんです」
そう言い切ると情けない顔で項垂れた。
「じゃあ、わたしはこれで」
逃げ出そうとする優紀の襟首を掴む。
もうこのやり取り今日何回目だろうか。
「お前も一緒に来るんだよ」
「ええ、教会関係者って堅苦しくてわたし苦手なんだよ」
普通に考えて自由気ままな優紀と気が合う相手ではないだろう。
だからと言って当事者を連れて行かないわけにはいかない。
「お前は黙って立ってればいいから。ていうか、聞かれたこと以外しゃべるな。面倒ごとが増える」
「なんか酷いこと言われている」
「ああ! なんか言ったか!」
貴也が睨み付けるとしゅんと小さくなる優紀だった。
「それでは参りましょうか」
「貴也さん、頼りにしてます」
「あなたは次期公爵なんですから、このようなことは自分で対処できるようになってください」
そういうとすごく嫌そうにエドは頷いていた。
ああ、もう! なんで執事見習いのオレがこんなことしなきゃいけないんだ!
と怒鳴りたかったのだが、それでも対応に奔走するしかない貴也だった。
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