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第八十三話 魔王はバカだが役に立つので無双できない

「えっと、今なんて言った?」


 貴也は何とか言葉を紡ぎだした。


「だから、断ると」


「なんで?」


「いや、なんとなく。言ってみたかったから」


 首を傾げつつも不穏な空気を感じ取ったのか顔が引きつっていく、魔王。

 そんな魔王の態度が貴也の怒りの炎をさらに燃え上がらせる。


「何となくだと。貴様、ふざけてるのか?」


「もうエリー。冗談を言っていい時と悪い時があるんだよ。ちょっとは空気を読まないと」


 どの口がいうのだと、いつもの貴也だったらツッコむ所だが、今はそんな場合ではない。

 怒りが頂点に到達しつつある。

 流石の魔王もそれに気付いたのか慌てて言い訳を始めた。


「まあ、待て。断ると言ったのは冗談じゃ。だが、協力はしてやれるがすぐには帰せないのだ」


「それはどういうことだ」


 何とか怒りを抑えながら貴也が尋ねる。

 調べればわかることと言うが魔王は空間魔法のスペシャリストだ。

 その系統のことなら誰よりも詳しいだろう。

 少しでも日本に帰る可能性を上げるためにはこいつでも利用しなくてはいけない。

 感情を理性で押さえつける。

 それでも、怒りで血管がぶち切れそうだった。

 そんな魔王は貴也の表情を伺うように話し始めた。


「まず、異世界に渡るのには非常に多くの魔力を使う。通常、高位の魔導士を何十人も集めて儀式を行う必要があるのじゃ」


「儀式と言うのは?」


「一人では不可能な魔法を集団で使うための技法と言えばいいかのう。幸いにもこの世界には転移魔法を使う古代の魔導装置が残っておる。それを使えば異世界だろうと飛ぶことが出来る。それに魔力を流し込み、制御するために儀式を行うのじゃ」


「では魔導士を集めればいいのか? どれくらいのランクの物を何人集めるんだ!」


 詰め寄る貴也を魔王は宥めながら話を続ける。


「いや、魔導士については気にすることはない。妾がおれば、魔導装置の制御は問題ないし、魔力については妾と優紀、あとアルとか言ったか。あの若造くらいの魔力を持つ者が三人もいればこと足りる。その辺は任せて貰おう」


 そこで言葉を切って顎に手を当て考え込む。


「それより問題となるのは触媒だ。魔導装置を動かすには触媒が必要となる」


「何が必要なのだ?」


「満月草の蜜にブルートパアーズ、あとは竜王の鱗だ。他にもあれば助かるものが有るが最低でもその三つは必要だ」


「竜王の鱗だと……」


 貴也は絶望していた。

 竜王。それはこの世界で最強の存在。

 現在、確認されている魔王の欠片は6つ。

 その内二つを身に宿している存在だ。

 そして、500年前に初代国王と共にこの世界を恐怖のどん底に叩き落した超魔王を打ち倒した英雄の一人、いや一匹。

 そんな相手を倒すか、鱗を奪わなくてはならない。

 その途方も無さに貴也は打ちひしがれていた。

 そんな貴也に魔王はあっけらかんと。


「別に竜王の鱗を得るのは難しくないぞ」


 そうかこっちには魔王がいるんだった。


「魔王が竜王に話をつけてくれるのか?」


「いや、それは無理じゃ」


 こいつ期待ばかりさせやがって

 苛立ちを抑えきれない貴也を優紀が宥める。


「怒っちゃダメだよ。竜王様の鱗を得るには本人が竜王様と戦わなくちゃいけないの。まあ、貴也が魔王と決闘したみたいにね。そこで知恵とか勇気とか力を示せば竜王が鱗を褒賞としてくれるのよ。最初から他人の力を当てにするような人には竜王は鱗をくれないよ」


「やっぱり、無茶じゃないか! 竜王と決闘して生きて帰れると思うのか?」


 貴也は首を振りながら優紀に応える。

 そんな貴也を魔王は呆れたように見て溜息を吐いた。


「貴様は妾に勝ったのだぞ。その貴様が竜王に勝てぬとは何事だ」


「そうだよ。竜王様は温和な方だもの。竜王様に認められるより魔王に勝つ方がずっと難しいんだから。貴也にだったら出来るよ」


 あんなインチキを勝ちと言われても困るんだけど

 と思いながらも、この話はとりあえず置いておいて他の二つについて確認する。


「それであとは満月草の蜜とブルートパーズだったか? 満月草はそこらへんに生えている薬草のことだろ?」


「うん、そうだよ」


「それなら、それは何とかなるか」


「何を言ってるのじゃ。満月草の蜜を集めるのが一番大変なんじゃぞ」


「お前こそ、なに言ってるんだ。満月草なんてどこにでもあるじゃないか」


「必要なのは満月草ではなくて満月草の蜜じゃ。貴様は満月草の花を見たことがあるのか?」


「そういえばないなあ」


 思い返してみるが花の姿を見たことがない。

 どこにでも雑草のように生えている草なので気にも留めていなかったが妙な話である。


「満月草は特殊な花で二つの月が満月となって南の空で輝く時しか花を咲かせないのじゃ」


 魔王の説明によると。

 満月草の花が咲くのは数か月に一度。それも1,2時間だけだ。

 その間に蜜を採取しなければならない。

 それもその蜜は一つの花から一滴程しか取れない。

 小瓶に一杯貯めようと思うと何千、何万の花を集めないといけないのだ。


 それとさらに問題となるのが満月草の蜜は劣化が激しく、取って数日でダメになってしまう。

 しかも冷凍や冷蔵は効かない。

 唯一の保存方法は時間経過のないアイテムボックスだけだ。


 アイテムボックスは便利な魔法だが、取得が難しい空間魔法だ。

 さらに時間経過を止めるには時間魔法が必要となり、二つの魔法を実用レベルで使える者はかなり希少だ。

 となると、今度はこの機能を持つ魔導具の存在だが、これが恐ろしいほど高価なのだ。


 そして、さらに問題が。

 この満月の蜜はある特殊な病の特効薬の原料となる。

 そして、その病の治療法は満月の蜜を使った薬しか存在しない。

 だから、満月の蜜はかなりの需要があるのだ。


「それでその病気って何なんだ? 死ぬような病気なのか?」


「ああ、死にはしないのだが……」


 言い難そうに言葉を濁す魔王。

 優紀は頬を赤らめている。

 なんでそんな顔をしているのか分からない貴也は魔王に再度問い質した。


「その役に立たなくなった男性の機能を元気にさせる薬なんじゃよ」


「なんだよ、それ」


 人の生死が関わる病気なら仕方がないがそんなものの為に日本に帰るのが難しくなるなんて。

 はっきり言って腹立たしいことなのだが、貴也も男だ、気持ちが分かってしまう。

 このやり場のない怒りをどこに向けていいのか分からない貴也は結局、肩を落として項垂れていた。

 まあ、いい。この件は深く考えるのはよそう。


 結論

 満月の蜜は採取するのに多額の人件費がかかり、保存のコストがバカ高く、希少な割に需要が高い。


「で、満月の蜜っていくらするの?」


「在庫が余ってる時で10億ギルくらいかのう。品薄の時はその十倍でも買えん」


 1ギルが1円くらいいだから10億ギルは……10億円。

 簡単なことなのにいちいち計算しなければならないほど動揺している、貴也。

 そして、情けない声を上げる。


「そんなの、無理やん」


「だから言ったじゃろ。一番入手が難しいと」


 貴也は縋るような目を魔王に向ける。


「そんな目で見てもやらんぞ。何なら願いを変えるか? それならくれてやるが」


 貴也は項垂れながら首を振った。

 魔王には儀式をやって貰わなければならない。

 儀式の難易度は10億ギル集めることより大変なことは容易に考えられる。

 そして、かすかな希望を託すように優紀を見るが


「わたしがそんなにお金を持っているわけがないじゃない」


「ですよねえ」


 こいつはあればあるだけ使っちゃうタイプだった。

 三十歳にもなってお金の管理を親に任してお小遣いを貰っている人間など、こいつくらいだろう。

 こっちの世界に来てどうしていたのか心配になる。


「お前、こっちの世界に来て借金なんてしてないだろうな」


 嫌な予感が頭を過り、そんなことを聞いていた。

 そんな貴也の予想を優紀は裏切らない。


「へっ? しゃ、借金なんてしてるわけないじゃん。バカだなあ。貴也は、あははははは」


 渇いた笑いが木霊している。

 そんな優紀に哀れな視線を送る魔王は


「心配せぬともよい。妾がすでに肩代わりしておるからの」


 貴也が優紀の頭を掴んで頭を下げさせたのは言うまでもないことだった。


「それで最後のブルートパアーズは?」


「これは次元の断層と言うダンジョンの最下層で掘れる宝石だ。出る鉱脈はわかっているのでそこまで行ければ採掘も容易だ。買おうと思えば1億ギルくらいかのう」


 1億ギルと聞いたら普通なら卒倒するレベルなのだが、感覚がマヒしてきたらしい。

 それなら何とかなるかと思い始めている貴也がそこにいた。


「はあ、問題は山積みだな。どこから手を付ければいいのやら」


 そんな風に貴也が途方に暮れていた時だった。

 魔王の客室のドアが激しい音を立てて開かれる。


「貴也さん。大変です」


「今度はエド様がですか? もう勘弁してください」


 思わずため息を漏らす、貴也。

 折角、アルの件が済んだばかりだというのに今度は兄の方かよ。

 そう思いながらもそれを口に出すような真似はしなかった。

 アルと違ってエドが慌てているなら余程のことが起きているのだろう。

 だから、貴也はこれ以上頭痛の種を増やさないでくれと嘆くことしか出来なかった。


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