第七十一話 魔王とアルが決闘するので無双できない
「お前らバカなの? ええ? バカなの?」
「なんで二回続けて……」
「重要だから二回言ったんだよ。このバカ!」
貴也は青筋立てて怒っていた。
その勢いに押されて魔王もアルも肩を竦めている。
「いい加減にしろよ。折角、戦争回避の目が出てきたのに今度は魔王の国と戦争するのか? お前は貴族としての矜持はないのか? なら、オレがこの場で殺してやる」
この場に剣があれば抜きかねない勢いで貴也はアルに詰め寄る。
「まあまあ、貴也。アル君も勢いで言っちゃっただけなんだからそんなに目くじら立てないいでよ」
その一言にカチンときた貴也は
「ふざけんな! それが貴族としての自覚がないって言ってるんだ。勢いで外交問題をおこしてどうする。貴族がなんで裕福な暮らしをしていると思ってるんだ。民の生活を豊かにするため。そして、もしもの有事に命を張るためだ。私情で国に危機を招くような奴はその時点で貴族失格なんだよ」
貴也の言葉に自分の愚かさを悟ったのかアルが項垂れている。
しかし、いくら落ち込もうとも今回ばかりはフォローできない。
そして、今度は魔王に視線を向ける。
「あんたも、あんただ。こんな若造の言葉に乗せられて何やってるんだ。それでも一国の王か!少しは自分の民のことを考えろ。色ボケ女が!」
「貴様、言うに事欠いて」
ぐぬぬと呻く魔王。
そんな魔王を貴也は見下しながら
「なら王らしく、寛容にアルのことを許してやれよ。それで騒ぎを起こさずにとっとと自分の国に帰れ」
「それとこれとは話が別だ。妾はユウキと一緒じゃないと帰らんぞ」
「ちっ、要らんところで冷静だな、こいつ。どさくさに紛れて追い返そうと思ったのに」
「こやつ、油断も隙も無い奴だな」
ぶつぶつと本音を呟く貴也を見て、戦慄する魔王だった。
そんな魔王を無視して貴也はこの場を纏めにかかる。
「と言うことでこの話はここで終わり。この件は公爵に報告する。アルは何らかの処分が下るのを覚悟しとけよ。それまでは自室で謹慎だ」
そう言って扉を開けてアルに退出を促す。
しかし、自分の失態を自覚していても気持ちは納得いってないみたいだ。
不満を露にして口を開く。
「確かに、僕は軽率でした。でも、何の覚悟もなく決闘を申し込んだわけではありません。僕は勇者様の屈辱を晴らせるのなら死んでもいい」
「だから、貴族ならそういう感情を表に出すなと言ってるんだ」
「それなら僕は貴族の位など捨てる」
こいつマジでそんなことを言ってるのか?
バカもここまでくると清々しいものだ。
ただ、貴也の立場では素直に認めることなどできない。
本当にバカの相手は疲れる。
そして、頭を抱える貴也を見てアルは
「心配しないでください。決闘で起こったことについてはお互いに何も言わないと法で定められています。例え、僕が死ぬことになっても誰も魔王を咎めるようなことはしません。それをすれば、その者も罰せられますから」
澄み切った笑顔を浮かべるアルが貴也には頭のネジがぶっ飛んでいるとしか見えなかった。
そして、ここにはもう一人ネジがぶっ飛んだ人間がいる。
「ほほう、そなたの覚悟しかと受け止めた。こうなれば誰も文句は言うまい。全力で相手をしてやるぞ」
「魔王! アレックスフォン=フォン=タイタニウムはあなたに決闘を申し込む」
そう言ってアルはハンカチを取り出し魔王に向けて投げつけた。
一体こいつは何枚ハンカチを持っているのだと、そんなことを考えながら貴也は華麗にハンカチをキャッチする。
「「「………………」」」
気まずい沈黙が流れる。
「そなたは本当に空気が読めないのう」
「貴也、それはないよ」
「貴也さん。決闘を妨害するのは最も恥ずべき行いの一つなんですよ」
二度目の間抜けな展開にヒートアップしていた気持ちが途端に冷めてしまったのか当事者二人と部外者一人は何とも言えない顔でそんなことを言っていた。
「お前らに空気が読めないとか言われたくない! それにオレは貴族どころかこの世界の人間でもない。自分たちの勝手な価値観を押し付けるな。オレの目の黒いうちは決闘など何度だって妨害してやる」
貴也の気迫に押される二人。
そんな二人を見ながら肩を竦める。
「まあ、そう言っても二人とも今更引けるもんでもないんだろう。でもなあ。決闘と言ってもアルと魔王じゃ相手にならないだろう? そんなのただの弱いものいじめじゃないか」
「何を言ってるんですか! 僕は弱くなんて」
「お前、ちゃんと魔王の力を見極められてねえのか? それこそ、オメエに戦う価値なんてねえよ。公爵に勘当されてその辺で野垂れ死んでおけ」
そう言われて口を噤む、アル。
はっきり言ってアルの実力は魔王の足元にも及ばない。
本人に自覚があるのか、ないのか、わからないが、無意識に垂れ流される魔力だけでDランク並みの魔力はあるんじゃないだろうか。
それに転移系魔法。
別にあの魔法は移動だけに使える物じゃない。
回避にも奇襲にも使える。
魔王ほどの存在が戦闘中に使えないとは思えない。
それに転移魔法なしでも膨大な魔力を使った攻撃魔法はどれほどの威力になるか想像できない。
あと、根本的にあの垂れ流される魔力だけで通常の魔法や攻撃はすべて無効化されるだろう。
本当に魔王とはチートな存在である。
「でも、負けるとわかってても人は戦わないといけない時があるんです!」
悲壮な顔でそう断言するアルに向かって貴也は
「そうだな……でも、いまじゃない!」
こちらも力強く断言してやった。
反論ができないのかアルは呆然としている。
そんな中、魔王がおずおずと
「ここで一つ提案なのだが、妾は魔力を使わないというのなら、まだ決闘になるんじゃないのか? 妾は強いからのう。そういう風に決闘することも多々あるのじゃ。なんなら、誓約の首輪に誓ってやってもいいぞ。決闘に魔力を使わないと」
「貴也さん。それなら決闘を許してくれますか?」
「お前にはプライドとかないのかよ。手加減してもらって勝って嬉しいのか?」
「はい。魔王に決闘で勝つというのは名誉なんですよ」
やっぱり、こちらの世界の常識はわからないと嘆く貴也だった。
後日、聞いた話だが、魔王が魔力なしで決闘するのはよくあることらしい。
それどころか、身体能力を下げる呪いの魔導具を身に着けて戦うこともしばしば。
そうやって勝っても、勝った者は英雄として崇められる。
魔王に枷を嵌める交渉能力もその者の力と考えられるのだろう。
この世界の人は信じられないほどのリアリストなのだ。
過程より結果を重視する。
まあ、逆を言えば、それほど魔王は規格外の力を持っているということなのだろう。
と言うことで
「ふむ。今日は魔力封じの魔導具は持っておらぬから、この首輪に誓ってやろう。妾は決闘に魔力は使わぬ」
おもむろに誓いの言葉を述べて首輪に魔力を流そうと手を伸ばす、魔王。
貴也はその手を慌てて引っ叩く。
「何をするのじゃ」
いきなりのことに驚く魔王に貴也は苛立ちの声を上げる。
「お前、ふざけんなよ。なに誓約の首輪を使おうとしてんだ。そんな危険物を適当な条件付けで使うんじゃねえ」
「何を言ってるんだ。決闘にだけ効果を及ぼす誓約だ。妾がちゃんと約束を守ればよいこと。ルールを破るなど恥ずべきことをしたら死を持って償うことになんら躊躇いはない!」
そう言い切る魔王は凛々しく恰好いいが問題はそこではない。
「お前、本当にバカだなあ。そのルールだと、垂れ流される魔力はどうする。自覚していないかもしれないが、お前が無意識に垂れ流す魔力だけで人間の攻撃は無力化するか、減衰する。その時点でルール違反。お前は死亡だ」
「あっ……ふむ。それぐらい理解しておる。妾クラスになれば湧き出る魔力もただ事ではないからな。だが、妾の魔力操作をもってすれば身体から滲み出る魔力を抑えることも可能だ。うん。それで問題はないだろう。では、早速」
あっ、て分かってなかっただろう、こいつ。
それに上手く繕ったつもりかもしれないけどこいつはなにもわかっていない。
貴也は魔王の頭にチョップをかます。
「早速じゃねえよ」
「痛いではないか」
魔王は涙目で貴也を睨み付けてきた。
そんな魔王を見ながらため息を堪えた貴也は
「お前はバカか。それともそんなに死にたいのか。万が一死の恐怖を感じた時、咄嗟に防御するだろ。そんな時に魔力を抑えきれるのか? わずかにでも漏れてそれが攻撃力を減衰させたらその時点で死亡だぞ」
「そっ、そんなミスを妾は犯さぬは!」
動揺しつつも憤る魔王を無視して貴也は続ける。
「それに条件付けが甘い。決闘って言ったがそれはいつまで有効なんだ。その条件付けではアルの決闘だけとならないぞ。これから行うすべての決闘にお前は魔力が使えなくなる。それでいいのか?」
「うぐ。だ、大丈夫だ」
流石にまずいと思ったのか、でも魔王の矜持が自分の誤りを許さない。
それを察した貴也はさらに畳みかける。
「オレなら決闘を申し込み、期日を有耶無耶にしてその日の夜に寝込みを襲う。感知魔法が咄嗟に出たら死亡。寝起きの防御で咄嗟に魔力が出ても死亡」
「それはあまりにも――」
「ていうか。決闘はハンカチをぶつければ成立するんだろう? なら、バレないようにハンカチをぶつけてその場から全力で逃る。気付かず魔力を使えばその時点で死亡。気付いても貴也を倒すまで魔王は一生魔力が使えなくなるんじゃないのか?」
「なんという恐ろしいことを思いつくのだ」
魔王は驚愕してわなわなと震えている。
これ程、怯えている魔王を見られるのは滅多にないだろう。
確かに言ってみた貴也もあまりにもひどい思い付きだと思った。
だから
「よし、魔王。盛大に誓ってくれ。それが世の為、人の為だ」
「そんなこと言われてするわけないだろうが!」
うん。それはそうだろうね。
貴也は大声で笑っていた。
そんな貴也を優紀はやっぱり貴也は凄いねと何故か誉め称えている。
こいつのメンタリティーもよくわからん。
と言う訳で、話を戻す。
「魔王。これでよくわかったろう。その誓約の首輪はすごく危険で融通の利かないものなんだ。思い付きの誓約などいくらでも裏道を考えられる。多分、いくら吟味しても防ぐのは難しいんだ。だから、そう簡単にその首輪を使うのは止めておけ。優紀との誓約もそうだ。オレならお前だけを殺す方法を三つは思いつくぞ。まあ、誰にその首輪が飛ぶか分らんからやらんけどね」
魔王は首輪に指をあてて唾を飲み込んでいた。
あと、何かいろいろ言いたいことがあったけど、魔王はそれどころではなかったらしい。
すぐに優紀に頼んで首輪を外して貰っていた。
よっぽど怖かったのだろう。
それから魔王は貴也と目を合わそうとしない。
これで万事解決と思ったのだが……
決闘話はなくなりはしなかった。
マジで決闘すんのかよ。
めんどくさいなあ。
せ、せせせせせせ星球大賞!
見事! 一次通ってませんでした。
ええ、ええ、知ってましたよ。
こんな冒険しない異世界物が通るわけがないって
悔しくなんかないんだからね!
と言う訳でやはり落ちてました。
だが、オレはこの路線を変えるつもりはない!
これからも独自路線でやっていくのだ。
と強がりを言う作者でした。
……誰か慰めて