第七十話 混ぜるな危険で無双できない
「貴様が妾の世話係なのだな。それは僥倖。こき使ってくれようぞ」
「残念ながら二人の世話係だからな。そこのところを認識しておいてくれよ」
「もちろんだとも、それより、ここの執事は客人に対する言葉遣いがなっておらんな。クロードとか申したか公爵家の教育はどうなっているのだ」
口角を吊り上げてそんなことを言い出す、魔王。
公爵家の名前を出すあたり貴族や王族の扱いに精通している。
その態度を忌々しくして思っているが、公爵家の執事として命令されたばかりだ口答えは出来ない。
そんな貴也を意識しながらもクロードは恭しく頭を下げる。
「それは申し訳ございませんでした。傅くだけの世話係がご所望だとは思っておりませんでした。早急に別の者を手配致します。それでは貴也さん。あなたは勇者様だけをお相手してください」
クロードの狙いを察知した貴也は無言で頷き。
「畏まりました。では、勇者様。こちらに。魔王様、申し訳ありませんでした。代わりの者が来るまでこちらでお待ちください」
そういうとさっさと貴也は出口の方に優紀を促す。
優紀が魔王と貴也の間で視線を彷徨わせていたがそんなものは一切構わない。
そして、貴也がドアノブに手を掛けたところで慌てたように魔王が声を上げる。
「待て! なんでユウキを連れていく」
「そう申されても、わたしのような無作法な者が近くにいてはまた魔王様に不快な思いをさせてしまうかもしれません。しかし、優紀の担当はわたしなので彼女も一緒に連れて行かなければお世話ができないではありませんか?」
「ユウキも妾の担当の者が世話をすれば問題ない」
「魔王様がああ申しておられますがどういたしますか、勇者様?」
突然、話を振られた優紀は驚いていたがはっきりと
「えっ? 話もたくさんあるし貴也がいいけど。あと、その言葉遣いは止めて。なんだか気色が悪い」
気色が悪いとは失礼な奴だ。
いつもならデコピンの一発ぐらいかますところだが、今の立場を考えてグッと堪える。
そして、表情を崩すことなく魔王に向き直る。
「勇者様の希望ですので申し訳ありません。それではまた後日にでも。本日は誠に申し訳ありませんでした。じゃあ、優紀。行くか。話ならオレの部屋で十分だろう」
「うん」
と嬉しそうに頷く優紀はご主人様の後ろに付き従う子犬のようだった。
そんな光景を見せつけられた魔王は「ぐぬぬぬう」と唸っている。
そして
「待て、待たぬか! 妾の担当は貴様でいい。だから二人きりで貴様の私室に行くというのはなしじゃ」
余程、貴也と二人きりにさせたく無いのか大きな声を上げる、魔王。
こいつの中で一体、貴也がどんな獣になっているのか聞いてみたい。
優紀と二人きりになったからって手を出すわけないだろう。
かなり頭に来たのでイラつきが表情に出てしまった。
優紀が軽くビクッとしている。
何をそんなに怯えているのかこいつにも一度問いたださないといけないな、と心のメモ帳にそっと記す貴也だった。
「申し訳ありませんがわたしは無作法ものでして魔王様みたいな高貴な方のお相手は分不相応です。魔王様みたいな賓客に失礼があっては公爵家の名折れ。どうかご容赦ください」
深々と頭を下げる、貴也。
貴也にとって頭を下げることになんの躊躇もない。
それどころか頭を下げるくらいで丸く収まるのなら安いくらいだと思っている。
昔から平気で土下座ぐらいする人間だった。
だが、人間の価値観とは不思議で、頭を下げることがさも重大なことだと思っている人種がいる。
これは上の立場に立てば立つほど多い。
魔王も例外ではないらしく。
こう深々と頭を下げられてはきつく言えない。
そもそも自分の嫌がらせから端を発しているので余計に言い難い。
魔王がまた唸っている。
どうやら、言いたいことはあるが言葉が出てこないみたいだ。
そんな魔王を見て魔王の国が心配になってくる。
国のトップがこうも口先だけで言い包められていては外交など覚束ないのではないか。
まあ、今も昔も魔王に逆らう人間など皆無だろうから問題にならないのだろうけど……。
それにオレには関係ないし、と貴也はそんな不敬なことを考えながら、この話は忘れることにする。
それで肝心の魔王なのだが残念なことに優紀が助け舟を出してしまった。
「もう、貴也も意地悪しないでよ。エリーも我が儘言わないで、いつも通りの貴也に接待してもらう。これでいいわね」
「はい」
しゅんと小さくなった魔王が返事していた。
貴也は盛大に溜息を吐き、結局落ち着くところに落ち着いたのを見て安堵する。
正直な話、魔王の相手を任せられる人間は貴也以外にはクロードくらいしかいないのだ。
しかし、公爵が不在のいまクロードは政務から抜けられない。
他国と言えど戦争がいつ起こってもおかしくない状態で領内の公務が滞ってしまう非常にまずいのだ。
他に当てを考えると公爵夫人が筆頭に上がるが、彼女は最初からその気がないので出てきていない。
公爵家の末娘カトリーヌ様も魔王に怯えているようだった。
他の使用人や官僚達はそれ以上だ。
魔王のいるフロアにさえ近づこうとしない。
エリザベートさんにお願いしてもいいが、それはそれで困ったことになるような気がする。
困るのは我々か魔王かはわからないけど。
本当に困ったものだ。
えっ? もう一人適任者がいるって?
その約一名は昨日からずっと魔王を睨み付けている。
こんな非友好的な者が接待など出来るわけがない。
貴也はもう一度溜息を吐きながら、魔王にも退出を促す。
ここに魔王達がいてはクロードの仕事に差し支えるだろう。
部屋は魔王が滞在している賓客用のスィートルームでいいかと思い。
一応、魔王にも確認を取る。
魔王は鷹揚に頷いていた。
そして、魔王の部屋へと向かっていたのだが……
「なんでお前もついてくるんだ」
貴也は頭痛を堪えながら聞く。
「なんでって、勇者に奴隷の首輪を嵌めるような極悪な魔王がいるのですよ。放置しておけません」
本人が目の前にいるのに大きな声でそんなことを言う、バカ。
これで公爵の次男だというのがいただけない。
相手は魔王と言っても一国のトップだ。
アルの首くらい不敬の一言で簡単に飛ばせる。
それどころか公爵の身さえ危ういことになる。
ここは一発殴って誤魔化すか、と思ったが魔王はアルなど眼中になかったようで
「先程から騒いでいるその者はなんだ?」
さも今気づいたというような感じで貴也に訊いてくる。
これが演技で嫌みを言っているのなら凄い策略家だということになるが完全に素だ。
あとで聞いた話だが、魔王は人間からの悪意に慣れ過ぎているためにそういう視線や言動に全く関心がないらしい。
と言うかいちいち気にしていたらきりがないのだろう。
だが、公爵家の人間として育てられてきたアルには少なからず自尊心がある。
日頃はそんなに大きくないものだが、嫌悪している人間に侮られたとなれば話が違うのだろう。
顔を真っ赤にして怒りを露にしている。
そんなアルを横目に気付かれないように溜息を吐いてから彼のことを紹介した。
「彼は公爵様の次男でアレックス様と申します。勇者様の件で思うところがあるのでしょう。無礼はお許しください」
先程注意されたこともあって少し言葉遣いを改めている、貴也。
そして、彼はアルに挨拶するように促す。
「公爵が次男、アレックス=フォン=タイタニウムです」
アルは渋々と言うのがお似合いな表情で名だけ告げた。
こいつ、あとで説教だな。
そして、魔王はと言うと
「そうか、貴君が公爵の次男なのだな。しばらくの間、滞在することになるのでよろしく頼む」
偉そうながら無難な返答をする。
この辺は一国の王の貫禄なのだろう。
それを見て格の差を見せつけられたのか、アルは歯をむき出しにして唸っている。
余程、悔しいのかアルは慇懃無礼な口調で挑発を始めた。
「魔王様はご滞在される予定なのですか? もう用事は済んだのですし、情勢も不穏です。すぐにでも帰られたらいかがですか?」
そこまで言われてやっとアルの悪意に気付いたのか、魔王は僅かに肩眉を上げる。
「貴也と言ったか。なんぞ妾はかの御仁を怒らせるようなことをしたのかのう?」
これを本気で言っているのがスゴイ。
貴也は頭痛を堪えて耳打ちする。
「彼は勇者に命を救われたものです。その思いは信望と言うより恋慕に近い物かもしれません。そんな相手を奴隷に堕とした魔王が目の前にいれば敵意を向けられても仕方がないのではないでしょうか?」
少しオブラートに包んでみたがそんな気遣いは魔王には届かなかったようだ。
「なんだ。こやつ、ユウキに惚れとるくせに妾が先に手を出したから僻んでいるのか。下らん」
大雑把に見ればそうなのかもしれないが、なんでそれを口に出すかな!
貴也が苛立ちに任せてツッコもうとする前にアルが切れてしまった。
こいつも勇者が関係すると沸点が低いなあ。
「貴様。先程から言わせておけば。魔王ごときが勇者様をさも自分の物のように。それに貴様は女であろう。何を考えておるのだ」
「女が勇者を愛して何が悪い。男だ、女だ、と固定観念に囚われる主こそ愚かだ。それに妾とユウキのことを変な風に勘ぐるな! だから、男は下劣で好かんのだ」
一番、卑猥な妄想をしているのは魔王だろうと叫びたかったが今はそれどころではない。
「二人ともその辺で――」
一応止めに入ろうとしたのだが
「ふざける。何が下劣だ。勇者様を騙して奴隷の首輪を嵌めるような卑怯者に言われたくない」
「あれは妾とユウキの絆の証だ。奴隷などと呼ぶ出ない」
「貴様、先程から勇者様のお名前を気軽に呼び追って」
「なんだ。羨ましいのか。それならユウキに許しを請って呼ばせてもらえばいい。ユウキは寛大だから、例えなんの感情も向けていないお前でも許してくれると思うぞ」
「ふざけるな。そういう貴様だって勇者様にどれほど愛されているというのだ」
「あっ、あのう」
「妾達は誓い合ったのだ。死が二人を分かつまで共に励まし合い、敬うことを」
「それってただの友情だろう。それどころか、勇者様は人と魔族を取り持つくらいにしか思ってないのではないか」
「その辺で……」
「この! 言ってはならぬことを! ユウキは確かに我との友好を誓ったのじゃ!」
「ほら見ろ。自分でも認めているじゃないか。恋愛じゃなくて友好なのだろう。貴様とわたしの立ち位置なんてほとんど変わらないじゃないか!」
「優紀。お前も二人を止めろよ」
優紀に助けを求めるが彼女は右往左往するだけで役に立たない。
やっぱりこいつは脳筋で使えねえ。
そうこうしていく内に二人はどんどんヒートアップしていく。
「貴様。いい加減にしろ! そこまで妾を愚弄したのじゃ覚悟はあるのだろうな」
「ああ、いいぜ。わたしの覚悟を見せてやる」
売り言葉に買い言葉。
アルはその勢いで胸元のポケットにしまわれていた白いハンカチを握る。
そして、躊躇することなく魔王に投げつけた。
それは決闘の合図。
魔王は凶悪な目でアルを睨みながらそれを喜々として受けるつもりだ。
避けるそぶりどころか胸を張ってハンカチを待つ。
それを貴也は華麗にキャッチした。
「「……………」」
気まずい沈黙が流れる。
決闘はハンカチを投げつけ、それを黙って受けることで成立する。
貴也はそれを掻っ攫ったのだ。
この場合、決闘は成立しない。
まあ、普通、このやり取りに横やりを入れるのは恥ずべき行為とされていて誰もやらないのだが、そんな慣習、日本から来た貴也には関係ないのだ。
「貴也さん。空気を読んでくださいよ」
「そうじゃ。無粋じゃぞ」
「お前らが言うな!!!!!!」
貴也の絶叫と高速で振るわれる拳骨が二人の頭上に見舞われたのは一瞬のことであった。
追伸、一番、痛そうに顔を顰めていたのは拳骨を受けていない優紀だったのは別の話である。
私事で執筆時間が取れなくなっております。
申し訳ありまっせんがしばらく水曜日の更新ができないかもしれません。
折角、ブックマークや評価、PVが増えてきたので更新を滞らせたくないのですが本当にすみません。
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ご容赦ください。