第六十五話 秘密兵器が使えなくて無双できない
貴也は余計なことを言ったかなあと思いながら頭を掻きむしり話し始めた。
「公爵様の案は非常に正しいです。でも、それだけでいいのですか? 対処療法では根本的な解決にはなりません」
「貴也さん。そんなことは父上も分かっています。でも、事態は既に動いてしまっています。それはもう止められません」
「本当にそうでしょうか?」
貴也の疑問にエドは驚いている。
公爵は頬を緩めたままで何も言わない。
ただ、先を促した。
貴也は一つ頷いて話を進める。
「エド様、ジルコニアは何と言って軍を集めていますか?」
「そんなことわかっているだろう。勇者様が魔王に無理やり奴隷にされた。それを解放するためだ」
当たり前のことを聞く貴也にエドはイラついたのか、若干、口調が荒くなっている。
しかし、貴也はそこには気付かないふりをした。
「そうです。勇者が魔王に無理やり奴隷にされたわけです。その前提が崩れたら? 幸いなことに大切なピースはここにある」
貴也が視線を優紀に向けるとみんなの視線も一点に集まった。
「えっ? わたし?」
自分を指差しキョトンとする優紀。
お前意外に誰がいるんだよ、とツッコみたかったがここはグッと堪える。
折角、盛り上がって来たのに話の腰を折りたくない。
貴也は溜息を吐きながら気を取り直す。
そこにエドが声を荒げた。
「崩れたらって言っても勇者が出ていって『魔王に無理やり奴隷にされていない』って言ってもジルコニアは納得しないぞ。『勇者様はお優しいから戦争を回避するために、自ら奴隷になったと嘘を仰っている』とか尤もらしいことを言うんだ」
その通りだろう。
だけど
「わたしが言いたいのはそこではありません。無理やりを否定するんじゃなくて、奴隷であることを否定するんです」
そこで何かを思い出したのかアルと優紀以外の三人が納得した顔をした。
エドは声を荒げたことを恥ずかしそうにしている。
そして、蚊帳の外に置かれた二人は首を傾げていた。
そして、アルが
「貴也さん。勇者様が奴隷じゃないというのは無理があるんじゃないですか? 首輪が付いているのが何よりの証拠です。奴隷じゃないと我が国の国王が宣言しても勇者様が出ていかない限り納得しませんよ」
こいつも意外と知恵が回るじゃないかと半ば感心するが、そこまでなら誰でも思いつくかと貴也はアルの評価を元に戻す。
それにしてもバルトとあれだけ話していてなんでこいつは気付かないかなあ、と思っていたらエドが助け舟を出してくれた。
「あの件はアルに話してないんですよ。だから知らなくて当然です。クロード、工房にいるバルトを連れてきてください」
「畏まりました」
と一言残してクロードは退席した。
なんでバルトを?
とアルは小首を傾げている。
優紀は話に飽きたのか欠伸をかみ殺して眠そうにしている。
本当に当事者のはずなのにこいつはいい気なものだ。
腹が立ったので優紀の頭をはたく貴也だった。
「失礼します」
そう言ってクロードとバルトが部屋に入ってきた。
そして、部屋の中にいる面々を見てバルトは首を傾げている。
しかし、変化はそれだけいつも通り、それどころか研究の邪魔をされたせいで若干機嫌が悪そうだ。
本当にこいつの頭の中を見てみたい。
どうしたら、そんなに図太く生きられるものか。
普通、公爵家の重鎮が集まる中に連れてこられたら緊張して固まってしまうものである。
貴也は溜息を吐きながら話を切り出した。
「バルト、こいつを見てくれないか?」
そういいながら優紀の身に着けている首輪を掴んだ。
「痛いって貴也。そんな乱暴に扱わないでよ」
優紀が非難してくるが貴也は一向に構わない。
そんな貴也達のやり取りを見ながらバルトが首輪に意識を向ける。
「こっ! これは!」
バルトは一目でその首輪の価値に気付いたのか勢い勇んで飛びついた。
首輪を触り、顔を近づけマジマジと観察している。
いつ首輪をもぎ取ろうとするか貴也は不安だったが、流石に僅かなりとも分別が有ったみたいでそこまではしない。
だけど……
「貴也。ちょっと気持ち悪い」
「お前、ちょっと失礼だぞ」
と言いながらも優紀の気持ちはよくわかる。
もし、同じ立場なら間違いなく貴也も同じことを言っているだろう。
それどころか一発くらい殴っていると思う。
そうこうしているうちにとうとうバルトが匂いを嗅ぎだしたので頭を一発殴って引きはがした。
「それはやり過ぎだ。それでこれなんだが――」
貴也が切り出す前にバルドが身を乗り出した。
だから、顔が近いって。
それに唾も
「これはオリジナルの誓約の首輪ですね。太古のアーティファクトを見られるなんて。これだけでもここに来た価値があるというものです。それにしても素晴らしい魔力だ。首輪自体から意志さえ感じる。素晴らしい」
恍惚とした顔で天を見上げるバルトはやはり気持ち悪い。
と言う訳で本題を切り出す。
「これを外して貰いたいんだけど。出来そうか?」
「無理ですね」
考えるそぶりも見せずに答えるバルトに若干驚く。
不審に思った貴也は疑問を口にする。
「あの発明を使えば何とかなるんじゃないのか?」
魔力の波長を変える魔道具。
流石にこれを口に出すのは憚られた。
たとえ盗聴の恐れはないとしても漏れていいことではない。
最新の注意を払う必要がある。
だが
「魔力の波長を変動させる魔導具ですね?」
「魔力の波長を変える魔導具ですって!」
ほら見ろ。
不用意な発言をするから知らなかったアルが驚いているじゃないか。
バカなアルでも事の重大さが分かってるんだぞ。
だから、わざわざ言葉を濁したのにオレの気遣いを無駄にしやがってと貴也はバルトを睨み付ける。
しかし、こいつに気配りを期待する貴也の方がバカなのだろうと思い至った。
貴也は溜息を吐きながらも説明を促す。
「魔力の波長を変動させて首輪に本人と誤認させることは可能だと思います。ただ、その波長が分からなければ調整の使用がありません。一から確認していけば当たりが出るかもしれませんが天文学的数字になりますよ」
「あっ、そうか。でも、身分証には魔力の波長は記録されているんだろ。と言うことはギルドや国には国民の魔力の波長が記録されているはずだ。そこから調整できないのか?」
「そういうことは出来ますが、この魔力の持ち主の記録があるとは思えませんね。これって魔王が関わっているんじゃないんですか?」
周囲に沈黙が降りる。
バルト曰く。
魔力の波長まではわからないが首輪に込められた魔力の量や質で契約者が規格外の魔力を持つ者だと予想できるそうだ。
そんな説明を聞きながら視線を公爵に向ける。
公爵は首を横に振りながら
「残念ながらバルトの言う通りだ。他の国なら条約締結などの調印書から魔力の波長を調べることもできただろうが、魔国トパーズホーンとは我が国は国交がない。それに魔王トパーズホーンは冒険者登録もしてないからそちらからのアプローチも無駄だ」
「首輪を解析して、契約者の魔力波長を特定はでいないのか?」
「それこそ無理ですよ。失われた技術で作られた秘宝具はそう簡単に解析できません。そちらのお嬢さんの首からもぎ取って年単位の研究をしても結果が得られるかどうか?」
ぎろりと首輪を見るバルトの目に怯えて優紀が貴也の背中に隠れる。
それを見ていたバルトが舌なめずりしながら
「心配しなくても大丈夫ですよ、お嬢さん。その秘宝具は装着者が死ぬと転移して次の契約者の首に移ります。わたしとしては研究対象が手元からなくなるようなことはしませんよ」
「全然、フォローになってないからな」
とりあえずツッコんでおく、貴也。
こいつの話の裏を読むと研究対象の所在が分からなくなるのが嫌なだけで、優紀の首を切って首輪を回収すること自体に何ら罪悪感はないと言っているのだ。
全然、大丈夫じゃない。
もし、その問題点がなくなれば平気で首を刈る気でいるのだから……
「もう冗談ですよ」
貴也の表情を見て考えていることを読み取ったのか、バルトがニタリと笑って答える。
はっきり言って怖かった。
だから、二発殴っておく。
そんなやり取りを見ながら肩を竦めるエドが
「困りましたね。それではどうしますか?」
「なら、トパアーズホーンにここに来てもらいましょう。彼女を説得して首輪を外させるのは無理だと思いますが、魔力波長の測定は出来じゃないですか?」
バルトに視線を向けると
「魔法を使って頂ければ可能です」
はっきりと答えるバルトを見て貴也は頷く。
そして、作戦の詳細をみんなに説明し始めた。
はてさて、こんなバカバカしい作戦が上手くいく物やら。
考えた本人なのに苦笑いを浮かべる貴也だった。