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第六十四話 公爵の一手を聞くが無双できない

 次の日、公爵家の朝食の後、いつも通りに財務部に向かおうとすると公爵に呼び止められた。

 どうやら、昨日の話の続きをしたいそうだ。

 公爵とクロード、それにエドと連れ立って公爵の執務室へと向かう。

 そこになぜかアルがついてきた。


「お前は呼ばれてないんじゃないのか?」


「何言ってるんですか。勇者様が来ているんでしょ。僕が行くのは当然じゃないですか!」


 目を見開いて驚いている、アル。

 こいつは一体なにを言っているんだろう。

 いつものアルなら百歩譲って同席させてもいいような気がする。

 しかし、今の残念なアルを連れて行ってもろくなことにはならない。


 そう思いながら助けを求めるようにエドに視線を向ける。

 ここで公爵に話を振らなかったのはせめてもの武士の情けである。

 エドはそんな貴也の視線に気づいて大仰に溜め息を吐いた。


「アル。今日は少し込み入った話があるんだ。国家間の機密にも関わる。残念だけど席を外してくれ」


 公爵家の嫡男としての発言なのだろう。

 淡々とした口調でそこには兄弟の情など挟まない。

 どうやら、公私の区別をちゃんとわきまえているようだ。

 しかし、今日のアルは違った。

 いつもならここで引き下がるのだが、グイッと一歩前に出る。


「わたしも公爵家の一員です。重大な案件ならわたしにも何か出来るはず。その場に参加させてください」


 必死に食い下がるアルを見てエドと貴也は目線を合わせて苦笑する。


「アル。お前が聞いていい話じゃないんだ。自重しろ。これ以上、我儘を言うなら本当に牢屋に送るぞ」


 エドが厳しいことを言う。

 アルは項垂れ渋々自室へ引き上げようとしたが意外なところから助け舟が出た。


「まあいい。アルも同道するように」


「父上!」


 驚き振り返る、エド。

 そんなエドに口角を吊り上げた公爵は


「これだけ言われても聞きたいというのだ。それなりの覚悟があるのだろう。なあ、アル?」


 はっきり言って貴也はガクブル震えていた。

 正直、回れ右して逃げ出したい。

 しかし、貴也は参加が義務付けられている。

 そして、公爵の悪魔のような笑みを向けられたアルは顔を引きつらせながらも


「もちろんです。お願いします」


 と答えていた。

 流石は公爵の次男と誉める所かもしれないが、さっさっと尻尾を巻いて逃げ出さないアルに貴也はエドと一緒に肩を竦めることしか出来なかった。


 と言う訳でアルは貴也達の後をついて来ている。

 フンスと鼻息荒いのは、この際、目を瞑っておこう。それにしても


「エド様。ちょっとアルに危機意識っていうのを学ばせるべきではないですか? 公爵のあのセリフを聞いてついてくるなんてバカのすることです。こいつが将来何になるか知りませんが、危険回避能力のない奴は早死にしますよ」


「そうですね。わたしなら間違いなく逃げてましたね。あんなことを言われたらどんな仕事を押し付けられるか分かった物じゃない。死にはしないでしょうが大変なことにはなるでしょうね。わたしも巻き込まれないようにしないと」


 はあ、と二人で深い息を吐く。

 それをアルは黙って聞いていた。




 公爵の執務室に入るとあまり時間を置くことなく優紀がやってきた。


「勇者様。ご無事でしたか!」


「アレックス。静かにしなさい」


 アルが勢いよく立ち上がり、勇者に駆け寄ろうとしたが公爵の一言を受けて慌てて座りなおす。

 愛称でなく本名を使った公爵の声は大きくはないが冷たく厳しい物だった。


 別に自分が叱責されたわけでも無いのに貴也は背中に冷たい物を感じてピシリと背筋を伸ばす。

 優紀も何か感じたのか貴也の耳元に口を寄せ


「あの人っておっかない人なんだね」


「あの方は公爵様だ。あまり失礼な口を利かないようにな」


 小声で注意する貴也だったが、同じ部屋にいるのでそう距離がない。

 公爵には丸聞こえだったみたいで彼は大きな声を上げて笑う。


「あはははは。貴也。勇者にそんな気遣いをさせる必要はない。冒険者は身分など関係ない者達だ。多少の無礼など気にせぬのが貴族の度量と言うものだぞ」


「そっか。礼儀作法って苦手だから助かったよ」


 ホッと胸を撫で下ろす優紀を見て、イラッとした貴也は彼女の耳を引っ張り


「良いわけあるか。最低限の礼儀は尽くせ」


 と小声で忠告する。

 それに関しては公爵を始めこの場にいる全員が苦笑を浮かべるだけで何も言わなかった。

 ただ、アルだけが何故か憮然としている。


「それでは話を始めるか。昨日の件と前からの調査報告の結果を――」


 公爵が口火を切って説明を始めた。

 昨日の話の概要から調査結果の報告からジルコニアの思惑など貴也の耳に入っていなかった情報もいくつかある。


 って言うか。

 これって聞いていい話なのだろうか。

 小心者の貴也としては早急に逃げ出したくて仕方がない。

 視線を周囲に向けるとクロードはいつも通りのポーカーフェース。

 エドは眉間に皺を寄せて考え込んでいる。

 そして、優紀はフンフンと興味深そうに相槌を打っている。

 多分、半分も事の重大さをわかっていないのだろう。


 この部屋の中で貴也と似た反応をしているのはアルだけだ。

 彼は顔を真っ青にして話を聞いている。

 やっと事の重大さに気付いたのだろう。

 だから、あれだけ来るなって言ったのに、本当にいい気味だと現実逃避気味にアルを非難していた。


 そして、公爵が結論を口にする。


「おそらく、ジルコニアの狙いは軍事行動を起こしても文句の言われぬ状況を作ること。そして、その矛先が魔国 トパーズホーンとは限らない」


「やはりそうですか。狙いは西のガーネット共和国ですか? それとも我が――」


 エドも薄々感づいていたみたいで答えを口にしようとした。

 しかし、肝心の言葉を言う前に公爵は手で制した。

 エドは慌てて口を噤む。


「軽々しく口にするな。これはあくまでもわしの予測であって確定情報ではない。ここに耳はないと思うが不用意な発言は慎め。いまの件は他言無用だ。心得よ」


 ひそめても氷のように鋭く皆の心に突き刺さる声。

 貴也だけでなく全員が息を飲んで頷いた。


 沈黙が場を支配する。

 聞こえるのは遠くになく鳥の声くらいだった。


 その沈黙を破ったのはクロードだった。


「それで最悪の事態を想定してどう動きますか?」


「まだ、情報不足なところもあるが、このまま手を拱いていれば手遅れになる可能性がある。まずはジルコニアを牽制する必要性があるな」


「では思い切って軍を派遣しますか?」


「そうだな。幸い、ジルコニアは勇者奪還を大義として掲げている。義勇兵の名目で軍を送り出すことは可能だろう。だが、ジルコニアの目的がトパーズホーンでなかったら、転進した軍に真っ先に襲い掛かられるのは義勇兵だろう。目標がガーネットなら捕虜で済むかもしれないが、そうでなければ全滅だろうな」


 公爵はそう言って何か考え込むように目を閉じた。

 肩に何か重い物が圧し掛かってくる。

 貴也は目の前に迫る戦争の重みに、ただ、口を閉ざして聞いていることしか出来なかった。


 しかし、エドはキリッと公爵と相対し自分の考えを口にする。

 その考えが例え非道な物だとしてもそれが貴族の務めと言うものなのだろう。

 彼等には一部の軍人の命と大多数の民の命を天秤に掛けなければいけない時があるのだ。

 エドはその覚悟を持って口を開く。

 ただ、まだ若さからかその顔は苦渋に歪んでいた。


「ですが、それをしないと奇襲を受ける可能性があります。彼等の犠牲で時間と情報を得ることが出来ます」


 公爵は頷き目を開く。


「王宮が今騒がしくなっている。一部勢力がジルコニアに援軍を送るべきだと主張しているようだ。奴らを煽って火を大きくしてやれ。ただ、その火の粉は奴らに被ってもらう。陛下や重臣への根回しはわしがやる。扇動はエドに頼む」


「はい。心得ました」


「では、我々は明日、王都に発つ。領都のことはクロードに任せる」


「はっ、畏まりました」


 恭しく礼をするクロード。

 だが、貴也には気がかりがあった。

 だから、開きたくなかったが重い口を開く。


「それでこのバカの件はどうしますか? あと、方針としては間違っていないと思います。だけど、その手だけでは後手に回ります。何かこちらから仕掛けられませんか?」


 公爵はニヤリと笑いながらこちらを伺う。

 貴也は余計なことを言ったかなあと思いながら頭を掻きむしり話し始めた。



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