第六十二話 誓約の真相を知っても無双できない
非常時だというのに女性の首根っこを掴んで引き摺りまわす貴也を見ても衛兵たちは何も言わなかった。
貴也が執事見習いだと知っていても普通声くらいかけるだろう。
だが、衛兵たちは貴也の異様な雰囲気にのまれて何も言えないでいた。
そんなか報告が上がったのかクロードとエドが慌てて駆け下りてきた。
貴也達は公爵城の玄関口、エントランスのところで遭遇する。
「申し訳ありません。幼馴染がわたしに会いに来る為に不法侵入してしまったようです。今後、決してこのようなことはさせませんので今回ばかりは許してください」
華麗にジャンピング土下座する貴也に二人は呆然としている。
そして、我に返ったエドが土下座する貴也を立たせて
「貴也さん。やめてください。事情は分かりませんが不法侵入の件は不問にしますから、とりあえず事情を。それにその女性――勇者様?」
「勇者だって?」
貴也は振り返りどうしていいのか分からずに気まずそうに立つ優紀に視線を向ける。
彼女はポリポリと頬を掻きながら
「一応、勇者って呼ばれてます」
そこでふと幼馴染の首についている物に目がいった。
「お前、それって……」
「ああ、これ? 誓約の首輪っていう魔導具なんだけどね。ちょっとこれの所為で困ったことになってるの」
貴也は頭を抱えていた。
「お前、どこの世界にいてもオレに迷惑をかけるんだな」
ガクリと項垂れる貴也を見ながら状況が分からないクロードとエドが視線を合わせて首を傾げていた。
「それでなんでお前はこんなところにいるんだ」
今日、同じ質問を何度しただろうか?
そういえば一回も真面に答えて貰ってない。
イラッとしたのが通じたみたいで優紀は親に叱られる子供のように首を竦めている。
「貴也さん、そんなに怒らないでください。勇者様が怯えているじゃないですか。それじゃあ、話が聞き出せないですよ」
エドが貴也を窘めてくる。
こんな奴が勇者を名乗っているのが納得いかないがここは主家の人間の一言なので何とか怒りを治める。
まあ、こいつが勇者だったなんていつもの貴也ならすぐにでもわかったことだ。
それにあれほど目立つ首輪をしていたのだ。
気付かない方がどうかしていた。
思っているより幼馴染の登場に動揺していたのであろう。
それにしてもこいつが勇者だったなんて……
あれ?
「確か勇者の名前ってホンダ=ツバサって言いませんでしたっけ?」
「わたしはそう聞いていましたよ」
クロードや公爵も頷いている。
「優紀!」
貴也が睨むと素直に白状する。
「異世界に来たから別の名前を名乗るのも良いかなあって。翼様(某有名サッカーマンガの主人公)には憧れてたし。バイクはやっぱりカワサキよりやっぱりホンダでしょ?」
「お前、そういう危険なことを言うなよ。カワサキファンは怖いぞ」
あまりのバカなセリフにさらに頭痛が増していた。
「それにお前が偽名なんて使ってなかったら、もっと早くに再会できてたかもしれないんだぞ!」
「まあ、いいじゃない。こうやって再会できたんだし。あははははははは」
笑って誤魔化そうとしている優紀に貴也は白い眼を向けている。
それと対照的にクロードやエド、公爵様も戸惑っているようだ。
この世界の人とって優紀は強く、明るく、慈愛に満ちた勇者様だったのだ。
それがこんな残念な女だったと知って戸惑っているのだろう。
こいつどんだけ猫を被っていたんだろう。
っていうか。いつも通りの行動をしていただけか。
優紀は昔から責任感が強くて困った人を放って置けない性格をしていた。
ただ、それが自分の手に負えることだけなら問題ないのだが、手当たり次第に首を突っ込むのだ。
そして、毎回、貴也に助けを求めてくる。
何度、『助けて、ドラ○もん』と泣きつかれたかわからない。
こいつ、オレのことを本気で未来から来た猫型ロボットだと思ってるんじゃないだろうなあ。
四次元ポケットなんて持ってないつうの。
秘密道具はあったら嬉しいけど。
ちなみにお気に入りは『もしもボックス』。
もしも、優紀のいない世界だったらって言ってみたい。
もう嫌になって現実逃避を始める貴也だった。
しかし、現実はそんなに甘くない。
公爵が貴也を引き戻す。
「それで勇者殿、その首輪の件で詳しい話を聞きたいのだが」
公爵は誓約の首輪とは言わずに言葉を濁していた。
優紀に配慮してのことだろう。
自分が奴隷と言われて愉快な人間はそういない。
だが、全く気にしない人間がここにいた。
「この誓約の首輪のことですか? これは魔王に貰ったんですよ。なんでも太古のアーティファクトで友好を誓ってお互いに身に着けたんです。わたしとしてはもう少しカワイイデザインだと嬉しかったんですけど」
「なんと、それはオリジナルの誓約の首輪なのか」
公爵を始め、クロードもエドも驚いていた。
公爵が素で驚いたところなど初めて見た。
ちなみにアーティファクトというのは失われた技術で作られた秘宝のこと。
強大な魔力を込められた非常な有益な魔導具だ。
現在は太古の遺跡から発掘する以外に入手する方法はない。
そして、発掘された物のほとんどは国などに買い上げられ厳重に保管されることになる。
中にはこの大陸くらい消滅させられるくらいの魔導具も存在するそうだ。
一般的に非常に有益な物だが、それ以上の危険物という認識をされている。
この誓約の首輪も非常に危険なものである。
使い方は簡単。
首輪をつける者とつけられる者が誓約を決め、互いに魔力を流し込む。
そして、その誓約は必ず順守させられる。
この首輪の恐ろしいところはその誓約を成就させようとありとあらゆる手段を使うところだ。
首輪でありながら……
そして、首輪が誓約を成就できないと判断するとその人を殺し、一番近い血縁にその首輪が受け継がれる。
そして、肉親がいなくなれば縁のあるものに移っていき、それもいなくなれば、最終的にはすべての人がランダムに選ばれる。
この時には人間とは限らない。
魔族や獣人などの人以外の人族にも効果を及ぼすのだ。
この誓約を破棄する手段は首輪をつけた者とつけられた者が同意して魔力を流すことだけ。
破壊も封印も不可能だった。
そして問題点が一つ。
首輪をつけられた者は誓約の首輪という目印があるのだが、首輪をつけた者には目印がない。
つけた者が死ねば誰が継承者かわからなくなる。
普通は血縁の者になるのだが戦時中などで一家が一斉に死ぬようなこともある。
そうなると、誓約の破棄が困難になるのだ。
昔、この首輪を無謀な契約に使ったものがおり、その時は小国が全滅した。
文字通り、その国にいた人間が全て死んだのだ。
不幸中の幸いというか、その国が滅亡した後に首輪を受け継いだ娘の親が首輪をつけた者の後継者となったため、ダメもとで誓約の破棄を行って事なきを得た。
そんな偶然がなければこの世界の人族は全滅していたかもしれないという怖い話だ。
そんな危険物を平気な顔をして身に着けている幼馴染に呆れというか怒りが湧いてくる。
「それで、どんな誓約をしたのですか?」
公爵は至極当然な質問をした。
貴也としてはその回答を聞きたくなかった。
うん。こいつはバカだ。
さあ回答をどうぞ。
「はい。二人の友好を誓いました。『病める時も健やかなるときもお互いに助け、慰め、喜びを分かち合うことを誓い合います』みたいな感じですか?」
「お前! それって魔王と結婚したってことか?」
貴也は驚いて声を張り上げた。
他の面々は言葉も出ないようだ。
危険で絶大な力を持つ秘宝を結婚指輪代わりに使うなんて考えられなかったのだろう。
そんな中、優紀は笑いながら
「そんなわけないじゃない。魔王は女の人だよ。友情の証にくれただけだよ」
そんなわけないじゃないか!
と怒鳴りたかったが、そんな気力さえ湧いてこなかった。
そういえばこいつって昔から女にモテたんだよなぁ
と現実逃避気味に考える貴也だった。