第六十一話 幼馴染の話を聞くが無双できない
「それでお前は今まで何やってたんだよ」
憮然としながら地面に突っ伏す幼馴染を見下ろす、貴也。
そんな貴也を情けない顔で見上げる幼馴染は
「ここは感動の再開シーンじゃない。互いに涙を流して抱き合う場面だと思うんだけど」
「うざっ!」
「ひどい!」
一刀のもとに切り捨てる貴也に幼馴染は悲痛な叫びをあげていた。
貴也はこめかみをボリボリと掻きながら話を続ける。
「お前なあ。オレ達がどれだけ心配したと思ってんだ。突然、飛行機事故で行方不明だぞ。おじさん達の落ち込み方って言ったらなかったんだから」
その時のことを思い出して貴也は苦虫を噛み潰していた。
父親は明るく騒いで故人を送り出すのが川崎家の流儀だ、と言って大騒ぎをしていた。
不幸というか幸いというか遺体が発見されていなかったので火葬場に行く必要もないし納骨も出来ない。
だから、その宴会は三日三晩続いて、翌日からはケロッとした顔で仕事をしていた。
そして、母親の方はあの子は殺しても死ぬわけがないと大笑いして宴会料理を作りながら平常運転だった。
内心はわからないがなかなかの胆力である。
本当にこの親にしてこの娘ありだ。
そんな状況を貴也の顔を見て察したのか幼馴染は苦笑しながら立ち上がる。
「まあ、うちの親だもん。そんなもんだよ。だけど、貴也は心配してくれたんだ。ありがとうね」
身体についた埃をはたいていた幼馴染はニヤニヤしながらにじり寄ってきた。
貴也は狼狽えながら後退る。
「心配なんてするわけないだろう。お前がいなくなって清々してたんだから」
「本当に」
そう言って貴也の顔を覗き込んでくる、幼馴染。
貴也はそんな幼馴染を力づくで引き剥がした。
そんな貴也の対応に拗ねたのか
「そんな力一杯照れ隠ししなくてもいいじゃないかあ」
「照れてなんてねえよ」
と貴也は一発頭をはたいていた。
完全な照れ隠しなのは自覚している。
そのことを察しているのか幼馴染がボソリと呟いた。
「本当に昔から貴也の愛情表現は歪んでいるんだから」
呆れたように肩を竦める幼馴染に気付いたが、とりあえず聞かなかったことにしておく、貴也だった。
そして、話を戻す、幼馴染。
「まあ、わたしも悪いことしたとは思ってるんだよ。帰ったら、ちゃんと謝るから」
「帰るって、お前、ここがどこだか知ってるんだよな」
「当たり前じゃない。異世界でしょ。本当にびっくりだよね。こんな面白いことに巻き込まれるなんて。そろそろ、サッカーも引退かなあと思ってたから丁度良かったかもしれないわ。もう少し冒険を楽しんでから帰ろうと思ってるの。どうせなら行き来できればいいんだけどね」
本当にこいつはどれだけ豪胆なのだろう。
そう『彼女』は貴也の幼馴染の川崎優紀だった。
飛行機事故の時に彼女は異世界へ転移してしまったのだろう。
普通に考えれば途方に暮れて自暴自棄になっていてもおかしくないのに、こいつはこの世界を楽しんでいる。
本当に羨ましい性格をしている。
なに? お前も似たようなものだろう、って。
こんな奴と一緒にされるのは心外だと、一人で勝手に妄想しながら憤る貴也だった。
そして、貴也の中で何かが爆発した。
「それでお前はこの世界に来てなにやってたんだよ。他人に迷惑かけてないだろうな。飯はちゃんと食べられているのか? 住むところは? オレの居場所はどうやって知ったんだよ!」
「そんなに一片に言われても分かんないよ」
怒涛の質問に優紀は涙目で答えていた。
貴也は深呼吸をして落ち着くことに専念する。
生き別れた幼馴染に再会できたのだ。
口ではどう言っても動揺していないわけがない。
自分の言動を思い出して貴也は少し赤面する。
そして、彼はそっぽを向きながら一言。
「元気だったのか?」
「うん!」
優紀は今度こそ貴也の胸に飛び込んだ。
そして、貴也はそれを素早く躱して、地面に叩き付ける。
「貴也~~~~」
「うるせえ。オレ様に抱き着こうなんて百年早いんだよ」
地面に顔をぶつけて情けない声を上げる優紀に貴也は背を向けて憎まれ口を叩く。
決して泣き顔を見せたくなかったわけじゃないんだからね。
と言う訳で、感動の再会? を迎えた二人は立ち話も何なのでとりあえず工房の方に向かった。
話が長くなりそうなのでゆっくり出来る所に行きたい。
だからと言って部外者を城内の中に入れるのはどうかと思ったからだ。
えっと、部外者?
「ていうか。お前、どうやって城の中に入って来たんだ?」
一応、公爵の居城なので出入りは管理されている。
門には衛兵が複数常駐しているし、監視カメラや魔導具がそこら中に配備されている。
ここはそう簡単に不法侵入できるようなところではないのだ。
何か嫌な予感がする。
ていうか嫌な予感しかしない。
そんな貴也の気持ちなどお構いなしに優紀はあけらかんと。
「塀をピョ~ンと飛び越えて?」
小首を傾げながらなぜか疑問形で答えてくれた。
「三十過ぎが小首を傾げたってかわいくねえんだよ!」
「ひどい! こう見えても優紀ちゃんはいつまでもカワイイねって言われるんだよ! まだ、十代でも通じるんだから!」
「見得を張るな! いくらなんでも十代は無理がある」
いつもの調子で突っ込みを入れるが、そんなことをしても事態は好転しない。
青い顔をしている貴也に気付いたのか優紀が冷や汗を垂らしながら
「えっと、まずかったかなあ」
やっと自覚したようだ。
でも、時すでに遅し。
公爵の住まう城に不法侵入したのだ。
問答無用で切り捨てられても文句は言えない。
普通に裁判にかけられても良くて牢屋行き、最悪死刑だ。
公爵はそんな無駄なことをしないと思うが家臣がそれを許すかは別の話だ。
貴也は右手で顔を覆い項垂れる。
もう頭が痛くなってきた。
とりあえず、騒ぎが大きくならない内に城の外に逃がそう。
入ってこられたなら出ることもできるだろう。
うん、そうしよう。
こんなところにオレの幼馴染がいるわけがない。
と決意した時だった。
城内に警報が鳴り響いていた。
その後に続いたアナウンスが城内に侵入者があったことを知らせてくれる。
「あちゃあ、バレちゃったみたいだね」
全くの他人事のようなセリフに貴也は苛立ちを覚えたが何とか堪えた。
「ちょっと、貴也痛いよ! 引きづってる! 痛い、痛いって。全然、堪えてないじゃないか!」
貴也はとりあえず、思いっきり優紀の頭を殴った後、首根っこを引っ掴んで引き摺りながら城の方に戻っていくのだった。