第五十九話 魔王について聞いてみたが無双できない
「あのバカは!」
イラついているのか珍しくエドが荒い声を荒げていた。
結局、アルは全く引かなかったのでエドが腹パン一発で沈めた。
その後、衛兵を呼んで牢屋に入れておけ、と命令していたが、それは何とか衛兵と貴也の説得で事なきを得た。
と言っても自室で軟禁ということになった。
それにしてもエドは強かった。
アルは勇者に憧れているだけあって身体を鍛えている。
基本、魔法使いの素養が高く、戦士としては凡庸なのだが、軍で訓練もしているので並の冒険者なら身体能力だけで相手が出来る。
そんなアルを腹パン一発で気絶させるのだ。
流石、クロードを持ってして文武両道と言わしめるだけある。
そんなエドは今は落ち着いているみたいで取り乱してしまったことを少し恥ずかしがっているみたいだ。
そんな貴也とエドは場所を移していた。
いまは公爵の執務室にやってきている。
「父上、とりあえず、アルは自室に軟禁しておきました」
「そうか、手数を取らせてすまなかったな」
公爵は忌々しそうに顔を顰めていた。
アルの勇者贔屓にいい加減うんざりしているのだろう。
「それで、父上。対応はどうします」
「とりあえず、斥候を出して様子を見るしかあるまい。陛下もバカじゃない。援軍の要請が出されても断るだろう。ただ、その時に反発する奴への対応を考えないといけないな」
さも面倒くさそうに公爵は応えていた。
「それで、被害はどの程度になると思いますか?」
「どれだけの戦力を出すかにもよるが、全滅だろうな。我々としてはジルコニアが兵の数をケチることを祈るだけだよ」
「そんなに戦力に差があるのですか?」
貴也は思わず疑問を口にしていた。
それにエドが答えてくれる。
「トパーズホーンの主力は魔族です。魔族はみな魔力が高く優れた魔法使いです。それに身体能力にも優れています。一般人でもDランク冒険者くらいの実力を持っています」
「それは驚異ですね」
魔族の強さに貴也は息を飲んでいた。
だが、エドは首を振る。
「いえ、一人一人は精強なのですが戦力としてはそれほど大きな差はないんです」
「どういうことですか?」
「トパーズホーンの兵は精鋭ですが魔族は数が少ないです。用意出来て三千ってところですか。それに対してジルコニアは少なくても三万は用意できます。魔物を利用してカバーしたとしても、数の暴力には敵いません」
「それでなんで負けるんですか?」
「地の利がないからです。トパーズホーンはサラボネ山脈の北にある極寒の地です。まず、サラボネ山脈を車で走破は出来ません。移動手段は航空機か徒歩です。吹雪の舞う中、航空機による大量輸送は不可能です。また、徒歩でサラボネ山脈を越えるのは至難の業です。運よく山を越えた後に待っているのは極寒の吹雪の中を何百キロも行軍しなければいけません。一体、王都に何人辿り着ける事やら」
呆れたように首を振るエド。
だが、貴也は疑問に思う。
「でも、そんなことジルコニアの首脳部もわかっていることでしょう? それでも踏み切るんだから何か秘策があるんじゃないですか?」
う~ん。と公爵とエドが考え込んでいた。
しばらく待ってみるが考えは纏まらなかったみたいだ。
だから、もう一つの疑問を投げかける。
「そんな場所に勇者はどうやって行ったんですか?」
「ああ。それは転移魔法を使ったんじゃないですか」
「転移魔法?」
そんな便利な魔法が存在するのかと貴也は身を乗り出す。
「残念ですが、転移魔法は魔王トパーズホーンの固有魔法です。彼女は空間魔法に長けていて世界中どこにでも瞬間移動ができます。首都トパーズホーンにも通信が繋がるので連絡を取って会いたい旨を伝えて呼んでもらったんじゃないでしょうか?」
「自分の命を狙うものを態々、呼び込むんですか?」
貴也は首を傾げていた。
そして、貴也の言ったことが分からなかったのかエドも公爵も首を傾げている。
「ああ、貴也さん。勘違いしてませんか? 勇者は別に魔王を討伐に行ったわけじゃありませんよ。ただ、話がしたくて行っただけです。魔王トパーズホーンは人間関係の柵は嫌いですが、基本、来客は拒みません。それどころか勇者や異世界人など話のタネになりそうな人は歓迎されます」
「それを知って勇者は尋ねたというわけですか?」
「あの人は好奇心旺盛な方ですからね。この世界に来てすぐに魔王ルビーアイに会いに行って仲良くなって魔剣を拝領したくらいですから」
アグレッシブだなぁ、勇者。
それにしても勇者が魔王から剣を貰っていいんだろうか?
あと、勇者が魔剣を持っているってのにも疑問だ。
貴也的には首を傾げざる負えない。
「この世界の魔王って何なんですか?」
貴也にとって素朴な疑問だった。
それにエドは素直に答えてくれる。
「魔王には二通りあります。一つが魔族の国の王様です。そして、もう一つが魔王の欠片を持って生まれたものです」
「魔王の欠片?」
「はい。かつて神話の時代に破壊神が生まれて、この世界を滅ぼしかけました。その時、魔族や人、エルフやドワーフ、獣人や神々が手を取り合って破壊神を倒したのです。その時に魔族の勇者が破壊神の魂を砕きました。その魂はいくつにも分れて何百年に一度、魔族の身に宿るそうです」
ツッコみどころの多い話だなあ。
「えっと、魔族の勇者というのは何なんですか?」
「勇者は人族以外にもいますよ。というより、勇者は職業とか特殊な技術を持つ者ではありません。周りの人が勇者と言えばその人は勇者なんです。逆にどんなに偉業を達成した強者でも素行が悪くて勇者と呼ばれない人もいます」
なんか伝説の剣を抜いたとか、宝玉が光ったらとか、神からの啓示があったとかよりよっぽど納得がいく物だった。
でも、ファンタジーらしいことがあってもいいのに、と理不尽にも思う貴也だった。
まあ、それは置いといて
「魔王の欠片を受け継いだ魔王はどうなるんですか?」
「はい。魔王の欠片を持つ者は強大な力を得ます。魔王ルビーアイはその紅の瞳、トパーズホーンは黄色の角が魔王の欠片だと言われています。そして、魔王の欠片には固有の能力があるのです」
「空間魔法というのがトパーズホーンの力だというわけですか?」
「その通りです」
話が早くて助かるとエドは頷いていた。
しかし、エドの顔がすぐに曇る。
「それにしてもジルコニアの王は何を考えているんだ!」
憤りで声を思わず荒げてしまったようだ。
「トパーズホーンは驚異ではないんですよね」
「ええ、トパーズホーンは人との争いに辟易として、百五十年ほど前に北の僻地に居を移したと言います。いままでトパーズホーンの軍がサラボネ山脈を越えたことはありません」
そこでふと疑問が浮かんだ。
「でも、ジルコニアと小競り合いを繰り返しているんですよね」
その疑問には公爵が答えてくれた。
「あれはジルコニアの方便だ。サラボネ山脈には強い魔物も多いでな。その争いを含めて小競り合いと言っているみたいだ。我々の調査では実際にトパーズホーンの兵と交戦したという記録はない」
「それって何かおかしくないですか? なんでジルコニアはそんなにトパーズホーンと敵対していることを喧伝しないといけないのか……」
貴也の呟きに公爵がわずかに反応していた。
気のせいと呼べるような変化だったので確信はない。
そして、公爵は話を切り上げた。
「情報が少なすぎて判断できんな。現状ではジルコニアがどんな秘策を持っているのかそれとも全くの無策なのかさえわからん。時間は惜しいが情報収集をする以外に今は出来んな。アルの監視だけがしっかりしておこう」
溜め息交じりの公爵の一言を持ってこの場は解散となった。
それにしてもファンタジーな世界でも政治とは面倒なものなんだなあ、
と他人事のように考えている貴也だった。




