第五十八話 勇者が奴隷になったそうだが無双できない
修正 タイタニウム王国→ディアマンテ王国 16/11/21
「勇者様が奴隷になったそうです!」
「はあ?」
貴也は?マークを頭に浮かべながら首を傾げていた。
そんな貴也の反応に憤っているのかアルは大きな声を上げていた。
「大変じゃないですか!」
「ああ、大変だね」
「なんですか。その反応は他人事みたいに」
まあ、他人事だよね。勇者とは面識がない。
存在自体もアルから聞くまで知らなかった。
そんな人に肩入れなんて出来ない。
まあ、奴隷にされたのは気の毒だけどそれ以上でもそれ以下でもない。
魔王に奴隷にされたというなら、それは討伐に行って負けたのだろう。
命があっただけ儲けものなんじゃないだろうか。
相手を殺しに行ったのだから、殺されても奴隷にされても文句は言えないだろう。
貴也に言わせれば先に手を出した方が悪いというものだ。
だからと言って勇者に憧れ、家を飛び出し貴也の名前まで騙ったアルにそんなことはいえない。
それくらいの分別は貴也にもあった。
だから
「そうだね。大変だね」
貴也は難題を抱えたように眉間に皺を寄せて答えておく。
だが、貴也が浮かべた苦慮の表情はアルには通じなかったみたいだ。
「なんですか。この非常時にトイレを我慢してるんなら早く行ってきてください」
本当に失礼な奴だ。
本気でトイレに行ってそのまま逃げてやろうかとも思ったがとりあえず大きな溜め息を吐く。
「もういいや。そんでアルはどうしたいんだ」
うんざりとした顔を隠さずに貴也は言った。
アルはそんな貴也に詰め寄って
「勇者様を助けに行くんですよ!」
お前はバカかと怒鳴ってやろうかと思ったが何とか言葉を飲み込む。
「お前はバカか」
飲み込んだが結局言ってしまった。
「バカとは何ですか。勇者様が囚われたんですよ。助けに行くのは当然じゃないですか!」
「で、どうやって?」
「どうやってって……」
「囚われている勇者はどこにいるの? 敵は誰? こちらはどれだけの味方がいるの? 救出する戦力は足りるの? 国を超える許可は? 軍勢を出すなら補給はどうするの? スケジュールはどれくらい? その間の公爵領の警備はどうするの? その資金は?」
「貴也さん。あんまりいじめるのは可哀想ですよ」
畳みかけるように問題を羅列する貴也をバルトが窘める。
少し大人気ないと思ったがこれくらい素人の貴也でもすぐに思いつくことだ。
腐っても公爵の次男としては取り乱していたにしてもこれくらいのことには答えられないといけない。
貴也はそれを説明して睨み付けるとアルは肩を落としていた。
そして、最後のとどめを刺す。
「それで助けに行くにしても公爵の許可は貰っているんでだろうな」
本当に容赦がなかった。
「それくらいで勘弁してあげてよ。貴也さん」
助け舟を出したのは彼の優しい兄であるエドだった。
「エド様? まさかエド様も……」
貴也が嫌そうな顔でエドを見る。
それを見たエドが肩を竦めた。
「わたしはアルが勇者のことを聞いて飛び出していくのが見えたから追いかけてきただけですよ」
「じゃあ、エド様はアルを止めてくれるんですね」
「そうだね。流石に今回のことは認められないかな」
「兄様!」
「アル、例え恩があろうが、勇者は公爵領の領民でない。それどころか、冒険者でこの国の民でもないんだ。他国で囚われているのなら僕たちに口を出す権利はないのだよ。行くなら、公爵家を捨てていくんだね。まあ、公爵家の人間でなくなったアルが勇者を助けに行くまで何年かかるかは知らないけど」
少し怒っているのかエドの言葉は冷たかった。
流石に公爵家の嫡男だけあって日頃の温和な彼から想像できないくらい迫力がある。
かくいう貴也も軽くビビっている。
そんな貴也に気付いたのかエドは笑顔を作った。
「貴也さん。少し驚かしてしまったかな」
「いいえ、流石は公爵の息子だと感心しただけですよ」
「それならよかった」
どこかホッとしたように息を吐く。
なんで、どこの馬の骨かもわからない貴也をこれ程気に掛けるのかはっきり言って疑問だ。
だが、今はそんなことは関係なかった。
エドが言葉を続ける。
「それで貴也さんはどうしますか? 貴也さんなら執事見習いの身分のまま勇者救出に出向くことも可能ですが」
どこか面白がっているような、それでいて期待しているような目でエドがこちらを伺う。
それにうんざりしながら貴也は正直に答えた。
「まあ、勇者には悪いですがオレが助けに行く義理はありません。それにオレが言っても何の役にも立たないでしょう。まあ、オレの名前を知っていたことだけは気になりますけどね」
「そうなんですか? それは残念ですね」
本当に残念そうにしている、エド。
一体この人はなにを期待しているのだろうか?
疑問しか浮かばない貴也だった。
「それに本当に勇者は魔王の奴隷になったんですか?」
貴也は根本的なことを聞いていた。
だって、慌てたアルの話だけでは疑わしい。
高度に発達した情報網があっても、誤情報なんていくらでもある。
それに殺されたのならわかるが、奴隷というのはなかなか難易度が高い。
奴隷にするには本人の同意が必要だからだ。
誓約の首輪は従者の承諾がなければ効力を発揮しない。
倒れたものに強引に誓約の首輪を嵌めても効果はないのだ。
では、なぜ犯罪奴隷や戦争奴隷が存在するかというと、彼らは刑務所の塀の中で強制労働させられるか、奴隷になるかの二者択一を迫られるからだ。
基本的に刑務所などの施設での労働は過酷なものになる。
それに自由は殆どない。
刑期を終えるまで毎日規則正しく働かせられる。
飯もまずいし、給料も出ない。
流石に出所の際に一時金を貰えるが労働の対価としては釣り合わない少額だ。
それに奴隷にならないと恩赦などがない限り刑期の短縮がない。
この世界には模範囚制度などないのだ。
懲役五年なら五年間努めなければならない。
それが奴隷になれば約二割短縮される。
そして、働きいかんでさらなる短縮もある。
奴隷にも給料が少ないが出るのでそれで見受け金を返済しさらなる刑期を短縮できるのだ。
また、刑務所ではお酒や性的なサービスどころか娯楽もない。
その点も大きな考慮材料だろう。
だから、みんな奴隷を選ぶ。
まあ、奴隷にできない重犯罪者などの収容施設には一定の娯楽はあるらしいが。
だから、勇者が奴隷にされたなんて信じられない。
勇者と言われるような人が殺されそうだからと言って奴隷になるだろうか?
貴也は首を傾げることしか出来なかった。
だが
「残念ながら勇者が奴隷になったのは事実のようです。その証拠に勇者が誓約の首輪をつけた姿が多数目撃されています。何より、ジルコニア王国が正式にそれを認め、勇者奪還のため軍を派遣すると発表しました」
「ジルコニア王国ですか?」
ジルコニア王国はタイタニウム王国の北にある隣国でこの大陸では中規模の国だ。
北にサラボナ山脈がそびえ立ちそこに多くの鉱山を抱えている。
農業は寒冷な土地なのであまり盛んではないが潤沢な鉱物資源や酪農で有名な国である。
最近はサラボナ山脈の北側にある極寒の地トパーズホーンと小競り合いを続けている。
この魔国トパーズホーンは国と同じ名前を持つ魔王が治める国だ。
ただ、領地としては魅力が全くない。
凶暴な魔物が跋扈し、極寒の地であるので農作物など育たない。
魔王の恩恵で一部地域だけが人が住める領域となっている。
一体、そんなところと争ってなんの価値があるのだろうか。
ちなみに魔王は相手にしていない。
北の魔王トパーズホーンと南の魔王ルビーアイは全く領土的野心などないことで有名だ。
元々ジルコニア王国のあたりはトパーズホーンの領地だったのだが、人との付き合いに疲れて当時親しかった人間に統治を任せて極寒の地に引っ込んだ。
その後、その者が周辺の小国などをまとめ、魔王の許可を貰って国を興したのがジルコニア王国の起源だと言われている。
残念ながらこのことを現ジルコニア国王は認めていないが
多分、自分の先祖が魔王の手先だったというのが認められなくて小競り合いを起こしているというのが周辺各国の見解だ。
そして、今回、勇者が奴隷にされたというのはジルコニア国王にとって朗報だった。
いくら魔王が統治する国とは言っても問答無用で攻め込めば非難を受けるのはジルコニアの方だ。
だから、勇者が奴隷にされたのを大義名分にして戦争を仕掛けようとしているわけである。
でも……
「勇者って言ってもたかが冒険者ですよね。そんな人が奴隷にされたぐらいで戦争出来るんですか?」
「そこが微妙なところでね。勇者がジルコニアの親書を持っていたそうなんだよ」
「それは正式な外交官としてですか?」
「ジルコニアはそういってるね」
なんか胡散臭さがプンプンする。
これって勇者や魔王が嵌められただけじゃないのか?
そんな顔をしているとエドはこちらを見て頷いていた。
どうやら彼も同じ意見みたいだ。
かなり、ややこしいことになっている。
どう考えても手を出さない方がいい案件だ。
だが、それを聞いて余計に憤っている男がただ一人いる。
「それじゃあ、余計に助けに行かないといけないじゃないですか!」
大きな声を張り上げるアルにエドと貴也は盛大に溜息を吐いていた。
折角、『歴史編纂委員会』のことが片付いたのに次から次へと面倒臭いことがやってくる。
うんざりしながらも貴也はアルを宥めるのに尽力するのだった。