第五話 異世界の科学技術が凄くて無双できない。
「やっと、着いた」
「ご苦労様だっぺ」
貴也はうっすらと流れる額の汗を拭う。
ここまで、来るのに大体三十分くらいかかった。
十分くらいで着くと言われていたが、別にカインが嘘を吐いたわけじゃない。
純粋に貴也の足が遅かっただけだ。
だってそうだろう。
現代人の貴也は未舗装の道など歩いたことなどほとんどない。
それに履いているのは革靴だ。
せめてスニーカーならもう少し速く歩けただろう。
「足がいてェ」
「その靴だとこの辺は辛いだな。早めに新しい靴を新調した方がいいだよ」
「まじでそうする」
涙目になりながら貴也は前に足を進める。
「それにしても、マジで異世界なんだなあ」
貴也は視界に入ってきた村を見て改めて実感した。
森の中に現れたのは二階建てくらいの高さの丸太で作られた塀。
それが左右に広がっており村全体を囲っているのだろう。
門らしき所には三階建てくらいの高さの見張り台が立っている。
「へえ、堀まで作ってあるんだ」
門の近くまで来ると、塀の手前に深さ2、3mくらいの堀があることに気付いた。
のぞき込むと水が流れていることに気付いた。
魚なんかはいなさそうだ。
「まあ、森の中にある村だからな。塀と堀は必要だっぺよ。この辺は強いのはいねえと言っても獣やらモンスターに村の中を歩かれたらおちおち寝てらんねえからな」
「なるほど、なるほど」
貴也はカインの言葉を聞き流しながら頭では別のことを考えていた。
村の中はまだ確認できていないが、どうやらここは中世ヨーロッパくらいの文明レベルなんじゃないだろうか。
剣と魔法の異世界ファンタジーにありがちな魔法が便利だから科学技術が発達しにくい設定なのだろう。
ということは……
「技術チート系か?」
貴也は今度こそをニヤリと笑う。
そうだよ。何を今まで見当違いのこと考えていたのか。
なんといっても貴也は技術屋だ。
技術屋なんだから技術チートで無双するのが当たり前じゃないか。
理系を舐めんなよ。
現代日本の科学力をこの世界に知らしめてやる。
専門はロボットだが、初歩的なことなら工学系に限らず、化学系も、医学系にも、精通している。
興味のある分野での記憶力には自信があるのだ。
高校、大学と無駄に溜め込んできた知識。
伊達にラノベや漫画を読んでない。
これらに出てくるような技術系チートの方法などはネットで調べたり、図書館で調べたり、学科の違う友達と一緒に実験したりしている。
だてに、人脈は広くない
街中でやれば犯罪だが、研究課題をでっちあげての実験ならグレーゾーンだ。
(違法です。教師などの指導者が適切だと思われる行為以外でこのような実験はしないでください。よい子のみんなはマネしちゃだめだよ)
「ふふふ、好奇心でやってきたことが陽の目を見る日が来るとは」
興奮すると考えが口から出てしまう貴也だった。
そんな貴也を心配そうに見るカイン。
「やっぱり、お腹がいたんじゃないだか。早く入って休んだ方がいいずら」
「だから、腹は痛くないって言ってるだろ!」
「そうだか?」
遠慮していると思われているのかカインの心配顔がウザい。
さっきから、貴也が悪だくみをしていると腹の調子を気にしてくるのだ。
自分はいったいどんな表情をしているのか、ちょっと気になりだした貴也だった。
「そろそろ、村の中に入るべよ」
「入るって言うけどどうやって入るんだ。門はしまってるじゃん、悪いけど俺じゃあ、塀も堀も飛び越えられないよ?」
堀の幅は大体3mくらい。
助走をつけて跳べば届かないとは思わないが、革靴に黒のスラックス、腰から下がる丈の長いエプロン姿は動きやすい恰好ではない。
届かなくて堀になんか落ちたくない。
それに堀の向こうには塀がある。
あんなもの普通の人間が飛び越えれるわけがない。
そんな貴也にカインは笑って答える。
「心配いらねえだ」
そういうと、門の向かいに立ってる石造りの柱に手を置く。
ガタンと音がすると門が下がってきて、橋になる。
「すげえ」
貴也は目を見開いて驚いている。そんな貴也を微笑ましく見ながら
「門番をいちいち置くのも大変だかんな。ここに手をかざせば魔力の波動を読み取って門が開く仕掛けになってるだ。まあ、事前に登録は必要なんだけどな」
「事前に登録してなかった場合はどうするんだ」
「やってみればいいっぺよ」
ニコニコ笑うカイン。貴也はおっかなびっくり石の台に手をかざす。
………………
「なんの反応もないぞ」
「あははは、ちょっと待つだよ」
とカインが言い終わる前に門の方から人の駆けてくる音が聞こえる。
「なんだ。カインじゃねえか。何やってるんだ」
「ああ、異世界から客人がきなすったから、門について説明してたっぺよ」
「そんなことでいちいち呼ぶなよ。走ってきて損したじゃねえか」
「あはははっは。それもお前の仕事ずら。どうせまたさぼってたんだべ。隊長さんに言っちゃるぞ」
「それは勘弁してくれ。隊長は怒ると怖いんだ。回復魔法があるからって平気で骨の二、三本折ってくるからなあ」
「あはははは。そうならないようにちゃんと働くでよ」
「うっ、わかってるよ。それより、そっちの男が異世界の人か?」
「んだ。貴也」
「日本から来た相場貴也です」
「俺はこの村で衛士をやってるケリーだ。なんかあったら遠慮なくいってくれ」
カインに促されて貴也は挨拶する。
軽く雑談を交えて三人で話してみたが、本当に異世界人が珍しくないみたいで門番の人もこちらを怪しむことはない。
しばらくするとカインが話を切り上げた。
「こっただ所にいつまでもいてもしゃあないべ。中に入るだよ。んじゃな。ケリーちゃんと働くだよ」
「うっせえ!」
軽口を叩きながらケリーと別れる。
ケリーはこのまま門付近の見回りに出るらしい。
貴也は村に入るため橋を渡る。
「あれ?」
足の感触に違和感を覚える。
木造だと思ってたのに違う。
橋の素材がわからない。
金属のようだが、普通の鉄とは感触が違う。
塀もそうだ。
ただの丸太かと思っていたが、普通の木ではなさそうだ。
若干、光沢があり、触ってみたら表面が凄く滑らかだった。
「なんなんだ。この木は?」
貴也が不思議そうに何度も塀を叩いているのに気付いたカインが楽しそうに答えてくれる。
「これはただの木じゃないっぺよ。元はこの辺に生えてる木なんだけんど。熱しながらいろいろやって五分の一くらいに圧縮するとこんな感じになるらしいずら」
「へえ。すげえんだなあ」
さすが魔法のある異世界だ。
日本でも圧縮木材はあるが、これは全くの別物だ。
五分の一に圧縮するって言うが形を保ったまま、そんなに木を圧縮出来るだろうか?
貴也の知識にはそんな方法ない。
多分、いろいろやっての部分で本当にいろいろなことをしているのだろう。
じゃなければ、こんな物が出来るわけがない。
触った感じ、表面はダイヤのような鉱物的硬さを持っている。
が、芯は木材の軟らかさ保っているのだろう。
硬いものは力を逃がせないので意外に脆い。
しかし、芯が軟らかければ衝撃を逃がすことができる。
しかも、表面の感触から、水が掛かっても木材のように腐ることもないだろう。
それに金属じゃないので錆びない。
何かで破損しても周りが森なので原料の木はいくらでもある。
塀にはもってこいの素材だ。
「マジか。これで加工性が良ければとんでもないぞ」
さすが魔法のある世界は違うと唖然としながら門を潜る。
すると、今度は村の中の景色が目に入ってくる。
木造の家と石造りの家が半々ぐらいか。
建物は一階建てがほとんどでちらほらと二階建てがある。
それ以上の高さの建物は数えるくらいしかないだろう。
通りには街灯が設置されており、淡い光を放っている。
道端には幌のついた荷車が止まっている。
馬やモンスターに引かせるのだろうか?
見た目はやはり中世ヨーロッパ風。
イギリスのガス灯みたいな街灯があるが、あれも魔石灯とかそういうたぐいの物だろう。
科学の匂いはしない。
これはやはり俺の時代かもしれない。
貴也はそっとほくそ笑む。
貴也がそんな風に悪巧みしているなど考えもしないカインはこちらに振り返ることもなく先に進む。
太陽は沈みかけあたりも大分暗くなってきた。
「う~ん。このまま、冒険者ギルドに行こうと思ってたけど、案外遅くなったべな。どうすっぺか?」
「時間が遅いと冒険者ギルドは閉まるのか?」
「んなことねえだ。冒険者ギルドは二十四時間開いてるども、異世界人の対応には結構時間がかかるっぺよ。貴也、おまんが良ければ今夜はオラん家に泊まって朝一に冒険者ギルドに行かねえか?」
「それはいいけど、カインはいいのか?」
「オラは一人暮らしだかんな。貴也の一人や二人平気だっぺよ」
ドンと胸を叩いて笑うカイン。
貴也はカインの家でお世話になることに決めた。
「ここがオラの家だべよ」
カインの家は門から十分くらい歩いた塀沿いにあった。
二階建ての木造建築。
しかし、木造と言っても素材は塀と同じような不思議木材で作られているようだ。
二階には大きなガラス窓もあり、カーテンが掛かっている。
遠目で見てる時は中世の古びた建物だと思っていたが、近くで見ると何か違和感を覚える。
アンティーク調の現代品。そんな感じか?
貴也が首を捻っていると
「そんただ所にいないで早く入るだよ」
カインはドアを開けると先に家の中へ入っていく。
カインが家に入ると明かりが一斉に付いた。
貴也は慌ててカインに続く。
「えっ?」
家の中を見て貴也は唖然としていた。
「ああ、そこで靴は脱いでくんろ。スリッパはこれを使うだ」
貴也は言われた通り靴を脱ぎスリッパに履き替える。
板張りの廊下を歩きながらきょろきょろと周りを見渡し、突き当たりのドアから中に入る。
「ここって異世界なんでよね?」
思わず呟いてしまった。
そこは日本の一般家庭にあるような普通のリビングだった。
部屋の真ん中にテーブルと革張りのソファー、壁紙はシックな白に近いクリーム色。
床はフローリング、ただの板張りではなく、現代にあるフローリング材みたいだ。
滑らかに磨かれ、コーティング剤が使われている。
しかも、床板の下にも何か遮音材や断熱材、クッション材などが入っているような気がする。
足に伝わる感触が軟らかい。
それに……
「テレビ!」
「なに驚いてるだ。テレビくらいうちにもあるべ」
口を開けっ放しにして呆けている貴也を不思議そうに見るカイン。
「何でテレビなんかあんだよ。ここは異世界なんだろ? 町並みも中世ヨーロッパみたいな感じだったし、どこにも科学の匂いも感じなかったじゃないか!」
カインの肩を掴んで激しく揺する貴也。
若干、目を回しながらもカインはその手を振りほどく。
「落ち着くだ。これじゃ説明もできないっぺよ。とりあえず座ってけろ」
カインはそういってキッチンに向かう。
貴也が振り返るとカインと目が合う。
なんと、対面式のキッチンだ。
カインがカウンターの向こうでごそごそしていると水の音がしてきた。
どうやらお茶でも淹れてくれるのだろう。
もう、なにが何やらわからない。
科学未発達のファンタジー世界じゃなかったの?
家の外と内では時代感覚が全く違う。
テレビがあるし、壁を見ると通風孔みたいなものがある。
そこから緩やかな風が吹いていた。
どうやらエアコンのようだ。
リビングには大きなガラス戸があり、アルミサッシのような外枠がある。
キッチンを見ると換気扇にミキサーぽい物や冷蔵庫みたいなものまである。
もしかしてあの箱は電子レンジではないのか?
この世界の科学技術がどうなっているのかさっぱりわからない。
見た目が近いだけでこれらはすべて魔法による産物なのだろうか?
それとも、この世界は……
「お待たせ」
考え込んでいるとカインが戻ってきた。
手には陶器のマグカップが二つ。
表面にはデフォルメされた猫と犬のキャラクターが描かれている。
アラサーの男が使うには可愛すぎるものだ。
「ありがとう」
礼を言って猫のカップを受け取る。
貴也は犬より断然、猫派だ。
というか小さい頃に祖父の家で飼っていた犬にじゃれつかれて以来苦手だ。
はっきりとは覚えていないが、大型犬が3歳児に跳びかかってきたのだ。
幼心に食われるとでも思ったのだろう。
大人になって、チワワのような小さな犬をかわいいと思えるようになったが、実物を見ると怖くて震えてしまう。
そんなことはどうでもいい。
貴也は落ち着くために淹れてくれたお茶で舌を湿らす。
「……うまい」
透明度の高い琥珀色のお茶。
芳醇な香りと渋み、そして仄かな甘味。
淹れ方がいいのか、いい茶葉なのか、かなりおいしい紅茶だ。
紅茶の香りの効果か少し落ち着いてきたのを感じる。
そんな貴也を見ながらカインは微笑んだ。
そして、本題に入る。
「そんで、なにを驚いでたんだ?」
「そうだ。これ、テレビが何であるんだ?」
「テレビくらいどこにでもあるだよ?」
首を傾げるカイン。
どうも話がかみ合っていない。
だから、切り口を変える。
「言い方が悪いけど、町の中ってどこも古臭くて機械なんてなかっただろ? だから、この世界は科学技術がそれほど進歩してないかと思ってたんだ。だから、テレビを見てびっくりしたんだよ」
「なるほどなあ。それなら納得だ。よく言われるっぺよ。不便だから道路を舗装しろとか、町並みが田舎っぽいからもっとまともな家を建てろとか。でも、趣味だからどうしようもねえだな」
「趣味?」
「んだ。ここの領主がアンティークが好きなんだべ。だから、わざと外観を中世風にしてるだ。オラたちも気に入ってるだ。まあ、機械を使わないと不便だから家の中は別だけんどな」
笑うカインの顔がムカついた。
どうやら、この世界の科学技術はかなりのレベルらしい。
「それにしても、外に電線なんてなかったけど電気とかどうしてるんだ」
「家庭用の電気はエネルギーキューブジェネレータを使うだ」
「エネルギーキューブ?」
「これだべ」
カインは腰に吊るしていたポーチから掌大の立方体を取り出し貴也に渡す。
色は半透明の黄色。
お菓子のグミのような柔らかい不思議な物体だ。
「こいつは熱を溜め込む性質があるだ。そんで――説明するより実践してみた方が早いだね。ちょっとそれを握ってみるだ」
貴也は訝しみながらもモミモミとキューブを揉んでみる。
すると
「熱っ!」
慌ててキューブを放り出した。
そんな貴也の反応を見てカインは笑っている。
貴也は恐る恐るキューブを拾い上げ、しげしげと眺める。
キューブは少し温度が下がり温かい程度になっている。
「なんだこれ? 突然、熱くなったぞ」
「さっきも言ったけどこのキューブは熱を溜め込む性質を持っているだ。んで、一定の刺激を与えると熱を放出する。強い力を加えたり、揉み続けたりすればどんどん熱くなるだ」
「なにそれ、すげえ便利じゃん」
「んだ。外じゃあ火を起こすのも面倒だでな。暖を取るのも煮炊きするのもこれ一つで十分だ」
「これってどれくらい熱を貯められるんだ」
「さあ、大きさや質によって違うけど、オラん家でなら二週間は持つっぺよ」
一人暮らしのカインが一日でどれほどのエネルギーを使うかはわからないが、明かりに空調、炊事などでかなりの量のエネルギーを消費しているだろう。
それがこの掌サイズのキューブ一つでまかなえるなんて……
「それでこれに熱を貯めるにはどうすればいいんだ」
「日当たりのいいところに置いておけば勝手に溜まるだ。ちゃんと貯めたければ天気のいい日に集光機に入れておけば1日かかんないで満タンになるだよ」
「そんな簡単に……これって高価なのか?」
「んなことねえべ。このサイズなら一万ギルくらいだな」
「一万ギルってどんなもん」
「そっだなあ。村の食堂で一食が千ギル前後だ」
その食堂がどんなところかわからないが、普通の食堂なら一食五百円から二千円ってところだろう。
となると高く見積もっても二万円くらい……。
「そんなに驚くことだべか?」
「驚くことだよ! これがあればエネルギー問題なんて全部解決する。この技術を巡って戦争が起こってもおかしくないような代物だぞ!」
すごい剣幕で怒鳴る貴也に怯えるカイン。
それを見て素早く謝る。
それにしてもとんでもない物が存在するものだ。
さすが、ファンタジー世界。
貴也の想像の一歩も二歩も先をいっている。
でも、これがあればいろいろなものが作れるだろう。
ジェネレーターがどれくらいの大きさかわからないが小型化できればレーザーガンなども夢ではない。
少し工夫すれば今すぐにでも火炎放射器くらいは作れるだろう。
それに小型化できないにしてもレ―ザー砲やビーム砲を搭載した小型戦車くらい作れるんじゃないか。
これは夢が膨らむぞ
……って待てよ。
いま、俺が想像するだけでこれだけの兵器が考え付くのだから……。
「なあ、カインこの世界に銃とかあるのかな?」
「あるだよ。レーザーガンが主流かな。でも、この国では所持するには免許がいるからオラは持ってねえだよ」
「もしかしてミサイルとか戦車とかも」
「軍では使うんじゃねえだか?」
終わった。
どうやら、貴也の持つ科学技術では無双できないようだ。