第五十一話 バカとハサミは使いようだが無双できない
いつまでも頭を抱えてられないのでとりあえずバルトに向き直った。
彼は「こっちも素晴らしい。いや、こちらの方が」と魔道具を手に取り迷っているようだ。
どうせ、目の前にあるお宝を目にして何から研究しようか迷っているのだろう。
頭痛がしてきた頭を押さえて
「バルトさん。エド様から今後について何か聞いてますか?」
「いえ、特には。貴也さんの指示がなければ自由にして良いと言われています」
丸投げかよ! と嘆きたかったが、予想の範囲内だ。
大きく深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
少し冷静になると助手と言うのは案外良いかもしれない、と思った。
貴也には執事見習いの仕事があるので今まで研究に没頭できなかった。
やりたいことはいくらでもあるが手は足りないし、何よりまとまった時間がない。
研究と言うのは意外と地味に手間と時間を取られることが多いのだ。
そのような雑務をこいつに押し付ければ、貴也の時間が有効に使える。
少し悪い笑顔を浮かべていた。
「じゃあ、お願いしたいことがあります」
「なんですか?」
バルトは魔導具から目を離さずに聞いてきた。
態度は悪いがこの手の人間にマナーなど求めても仕方がない。
そんなことを気にしてたら付き合ってられないのだ。
貴也はイラッとする気持ちを軽く流してバルトに
「ここにある初代の遺産の分類整理をして下さい。効果、使用目的などで分類してナンバリング。種別ごとに整理してください」
「ここにあるもの全部ですか?」
「はい全部です」
流石に量の多さに怯んだのか少し溜飲が下がる。
だが、それは貴也の勘違いだった。
「素晴らしい。ここにある全ての魔導具の調査が出来るなんて」
バルトは歓喜に震えていた。
こいつの感性を甘く見ていたことに貴也は盛大に溜息を吐く。
だから、軽く釘を刺しておく。
「詳細の調査は不要です。と言うか禁止です。今回は分類と整理、整頓がメインです。時間はかけてはいけません」
貴也の言葉を聞くと表情は一転した。
この世の絶望を一身に受けたかのように顔面蒼白になっている。
存外、この人は表情豊かなようだ。
無表情に淡々と研究を熟すタイプかと思ったが、その辺は認識を修正しておかなければならない。
「時間をかけてはいけないということですけどどれくらいですか? 一つにつき一日くらい?」
「いいえ」
「じゃあ、半日?」
「いいえ」
「一時間?」
「十分で十分でしょう」
「そんなあ……」
いい大人が泣きだした。
目の幅の涙が滝のように流れている。
こんな涙、漫画でしか見たことがない。
貴也は盛大に溜息を吐いた。
「あなたも研究者ならわかるでしょう。こんな無造作に置かれているだけじゃなく、用途の分からない物まである。こんな状態じゃ研究もままなりません。それにこれを製作したのは初代ですよ。凡人の我々じゃあ、一つの魔道具を見るだけじゃ仕組みのわからないことも多いでしょう。だけど、類似品を解析すればそこから糸口が見えるかもしれません」
「おお」
目の輝きが戻ってきた。
もうひと押しかな。
「それにここには使途不明の物も多い。あなたのような優秀な研究者じゃないと分類もままならないでしょう。王立研究所で室長まで上り詰めた人に頼むような雑用ではないのですがあなたくらいの優秀な人しかできないのです。やってくれますか?」
「はい!」
バルトは貴也の言葉に感銘を受けたのか腕を掴んできて了承してくれた。
はっきり言って暑苦しいが貴也にとっては好都合なので笑顔で答えておく。
こいつ意外とちょろいな。
「はっ、何か言いましたか?」
「何でもないよ。じゃあ、よろしくね」
「わかりました。誠心誠意頑張ります」
バルトは敬礼でもするかのようにビシッと答えた。
うん。上手くいった。
実はクロードに倉庫が乱雑なのをどうにかしろと言われていたのだ。
これまでは工房や研究所と言うのはどうしてもこういう風になってしまうものだ、と誤魔化してきた。 だが、理系とは縁遠いクロードにはやはり理解の出来ないことだ。
見習いと言っても執事を名乗るものがいていい空間ではないと思っているようで日に日に圧力が高まっているのを感じていた。
うん。言っていることは間違ってないし、暇なバルトにやって貰うのが一番だよね。
別に面倒ごとを押し付けた訳じゃないよ。
それに時間があると余計なことをしそうで怖いし
実はそれが一番の本心だったりする。
と言うわけで、貴也は逃げるようにその場を後にした。
それから三日ほど経った。
ちょっと、忙しくてあれから工房には顔を出せていない。
仕事を押し付けた身としては少々悪いことをしたと思っている。
それにバルトが暴走していないかと気が気でなかった。
何とか時間を作って工房に行ってみると
「おお、これは凄いなあ」
貴也はバルトのことを甘く見ていたらしい。
あんなに雑然としていたガラクタが積み上がった倉庫が綺麗に整頓されている。
どこから持ってきたのか棚が備え付けられ小さな魔導具が並べられていた。
奥の方の壁際にはゲージを組んで大型の魔道具が並んでいる。
博物館の展示室と言って問題ないレベルだ。
中央に作られたスペースには分解された魔導アーマーが並べられており、バルトはそれとは別の作業台で魔導具をいじっていた。
もしかして、これを一人でやったのか?
バルトの有能さに軽い戦慄を覚えていた。
その時、貴也の存在に気付いたのかバルトが顔を上げた。
「ああ、貴也さん。丁度いいところに来てくれました。この魔導具で作業終了です」
そういいながらタブレットを渡してくる。
タブレットを除くとそこには表が表示されていて魔導具の名前がずらりと並んでいた。
「えっ? 魔導具って確か1000点近くあったよね」
「正確には1282点です」
「その全部の調査、分類が終わったの?」
「はい。大変でしたけどすごく楽しかったです」
バルトは曇りの一手もない清々しい顔で答えてくれた。
「この棚なんかはどうしたんですか?」
「ああ、ここには廃材もいっぱい置いてあったのでそれで作りました」
「一人じゃ持ち上げられない物もあったでしょう」
「魔導研究者ですから一通り身体強化魔法は使えます。これくらいなら軽く持ち上げられますよ」
「それにしても早すぎませんか?」
「思考加速と速度強化、あと、回復魔法を連発しましたからね。これくらいなんでも無いです」
「回復魔法?」
「はい。眠くなったらリフレッシュで状態異常を回復すれば問題ありません」
いやいや、リフレッシュの裏技で睡眠不足を無理やり回復させる方法はあるけど、それはあくまで緊急時にやる最終手段だ。
そんなことやってたら身体が持たない。
だが、止めろと言っても聞いてはくれないだろう。
彼は未知なる探求のために全力で当たるのだ。
これだからマッドな人は……
貴也は頭を抱えて何とかバルトを工房から追い出し、ベッドに放り込んだ。
流石に疲れていたのかベッドに入ったら気絶するように眠りだした。
どれだけ疲れているんだよ、と呆れるよりも怖かった。
バルトに中途半端な指示と放置は危険だと再確認する貴也だった。




