第四十六話 貴也、山小屋に向かうが無双できない
「それでさあ――」
あれからカタリナは一方的にしゃべっていた。
女性のおしゃべりを遮るような恐ろしいことを貴也は出来ない。
ここは黙って話を聞きながら適宜相槌を打たなければならない。
空返事だと「ちゃんと聞いてるの?」と怒られるし、
大げさにすると変に気を使われてると思うのか機嫌が悪くなる。
かといってこちらが興味津々な態度をとるとそれこそ話が終わらない。
飽きて欠伸をしようものなら……。
面白くない話を聞き流しながら丁度いい返事をするのは難しいのである。
そんな風にカタリナの話を聞きながらふと疑問が
「ごめん。カタリナさん。これからどこ行くの?」
突然の出会いに動揺していたのか何も考えずについて来ていたことに初めて気づいた。
カタリナはキョトンとしながら
「別に目的地なんてないわよ。喫茶店でもあればお茶でもするけど、この村何もないもの。宿屋でぼおっとするのにも飽きたから散歩してるのよ」
ここは工事現場に一番近くの小さな村だ。
一番近いと言っても車で三時間ほどかかる。
そして、カタリナの目指す場所はさらに車で一時間、山の中を歩いて二時間の山小屋だ。
今日はこの村で休んで英気を養い。
明日、朝一番に山岳調査のベースキャンプになる山小屋に行くらしい。
山岳環境調査は専任の者がおり、彼らはこの山のガイドと共に既に現地で調査を始めている。
カタリナの仕事はと言うとその調査が安全に行われているか、結果に不正がないかを確認することだ。
まあ、何の知識もないカタリナが来たことを考えると体裁を整えただけとも言える。
現場からすれば偉いさんに来られて気を使わないといけないので邪魔なだけなのだが、規則なので仕方がない。
それに万一問題が発生した時に判断する人は絶対に必要なのだから。
この世界には魔物や魔法が存在する。
想定外のことなどいくらでも起こりうるのだ。
そこで勝手な判断をして後々大問題になることは多々ある。
こういう、査察官が同行するのは責任を分散させる為でもあるのだ。
まあ、責任能力のないカタリナが来てる時点で破綻してるのかもしれないけど
そんなことを考えながら貴也達は宿屋の方に足を向けた。
この村は畑くらいしかない農村で本当に何もないのでカタリナは散歩にも飽きたのだろう。
どうせ、おしゃべりするなら宿屋でお茶を飲みながらした方が楽しそうだとも思ったのだろうか。
そこに思い至って貴也は頭を抱えていた。
どうやら、今日一日はこの不毛なおしゃべりに付き合わなくてはならなそうだったから。
おしゃべりに付き合うのは一日では済まなかった。
軽率な一言を貴也ははっきりと後悔していた。
「山小屋から少し歩くと切り立った崖があるんだけどそこからタイタニウム領が一望できるの。朝日が昇ってくるところなんて絶景よ」
「へえ、そんな景色のいいところがあるんですか? 見てみたいなあ」
「そう。じゃあ、貴也君もいく?」
「えっ?」
貴也が返事する前にあっという間にカタリナは手配を始めていた。
そして、貴也の言葉が出ない間にあっという間に手配は終わっていた。
「うん。これで大丈夫。明日は朝一番で出発だから寝坊しないでね」
とにこやかに言われてしまった。
もう断ろうにも断れそうになかった。
その手腕は流石エリートとしか言えない。
あれ? この娘、ただの事務員じゃなかったっけ?
頭に疑問符が浮かぶが怒涛のおしゃべりが再開されたので、そんなことあっという間に押し流されてしまった。
と言うわけで山小屋まで来てしまった。
部外者なのに本当にいいのかなあ、と思っていたのだが、周りは非常にウエルカムムードだった。
「いやあ、人手があるのは正直嬉しいんですよ。調査員は基本、山の中でしょ。おっさんなら放置しとけば問題ないですけど、若い女の子を一人で放って置くのはね。どうしたもんかと考えていたんですよ」
「普段は放置してるんですか?」
「ええ、我々の仕事は山の中に入っての生態や環境の調査ですから。仕事の人員を割いて接待しろと言われても承服できないです。そんなことを言えばしっかり報告しますからね。公爵様はそういうことに厳しい人ですから助かってますよ」
彼の目から尊敬の念が読み取れた。
あの公爵、領民に随分慕われている様子だ。
公爵の評判はすこぶるいい。
不正に厳しいが情に厚い。
広く意見を求め取り入れるが一線をちゃんと守っている。
それに公的機関に珍しく現場重視を徹底している。
上から何か横やりを入れて現場を混乱させるようなものはすぐに配置転換させられる。
うん。書いてみるとすごく立派な経営者だ。
まあ、貴也にしてみれば何を考えているか分からない恐ろしい妖怪爺でしかないのだけど。
まあ、貴也の気持ちは置いておく。
「でも、女性となると話が変わってきます。山小屋は頑丈に作られているので魔物に襲われても問題は置きません。それでも一人にしとくのは不安ですからね。そういう意味でも貴也さんにここにいてもらえるのはありがたいんですよ」
あははははと笑いながら調査員は山に入る準備を始めている。
「いまから山に出るんですか?」
時間はお昼を過ぎて夕方に差し掛かろうとしていた。
「ええ、日暮れに顔を出す珍しい鳥がいるんですよ。この地方の固有種で生態を調査できるタイミングがなかったのでこれを機会にやっておきたいんです」
「夜の山は危険じゃないんですか?」
「危険ですよ。でも、我々はプロですから。安全はちゃんと確保しています」
その顔は輝いていた。
仕事にプライドを持っているというより、動物好きで好奇心がスゴイのだろう。
研究者というより子供の顔だ。
貴也も自然と笑顔になる。
そこでふとある疑問が
「珍しい鳥がいるということですが、トンネル工事による環境への影響とか大丈夫なんですか」
いきなり、真面目な話を振られて驚いていたようだったが調査員はにこやかに答えてくれる。
「ないとは言えませんね。我々には感知できない振動を感じ取る野生生物は多いと思います。トンネル周りの木が枯れてそれが徐々に広がる可能性もあります。それに長期で見れば水の流れに変化が起こることもあるかもれません」
「それってまずいんじゃあないですか?」
「全然、問題ないですよ。トンネルを十本、二十本掘ろうと言うなら問題が起きますが、一本だけです。この雄大な自然はそれぐらい許容してくれます。それにちゃんと我々が監視しているので問題が起こればすぐに報告を上げます。その時にちゃんとアフターケアをすれば被害は止められますからね」
「そうなんですか。じゃあ、今のところ問題とかないんですね」
「ええ、拍子抜けするくらい問題ないですよ。普通、こういう工事では湧き水とか落盤とか問題が起こるのに、そういうこともないみたいですし」
「耳に入ってないだけで色々問題が起こっているんじゃないですか?」
「小さな問題はあるでしょうけど、事故レベルのことが起こったら何となく山に違和感が出るんです。それにそう言う時って人の雰囲気が変わりますし。隠してもそういうのって分かっちゃうんですよね」
「なるほど。流石、プロですね」
「そんなにおだててもなにも出ないですよ」
「あはははは。素直に感心してるんですよ。それにしてもここって雰囲気がいいですね。査察みたいな仕事ってどうしても相手に嫌われるじゃないですか? それなのに会う人みんながギスギスしてない。これってすごいです」
「そうなんですよ。僕は工事の環境調査に駆り出されることはあまりないんですけど、普通は雰囲気が悪いんです。でも、流石大手と言うべきか、我々みたいな調査員にも腰が低くてすごく対応がいいんですよ。おかげで我々も楽しくやれてます」
「工事現場の人に会ったことあるんですか?」
「ええ、責任者だけですけど。山に入る前にあいさつに行った時と三日くらい前に調査の進捗確認がてら陣中見舞いに来てくれました。その時、料理を持ってきてくれてすごく美味しかったです」
貴也は軽く苦笑して
「料理の話はカタリナさんにはしないでくださいね。処罰まではされないと思いますが利益供与の疑いがかかりますから。オレも聞かなかったことにします」
「マジですか? 気を付けますね。それにしても貴也さん、よくそんなことわかりますね。公務員じゃないんでしょ」
「オレはどちらかと言うと渡す側の立場ですから、出入り業者も大変なんですよ。お土産を渡すにもお菓子は良いけど高めの置物やアクセサリーはダメとか、ランチならいいけど高級レストランでお食事はアウトとか。領都は足の引っ張り合いですからね。出来るだけ相手に付け入る隙は見せられないんですよ」
「うわあ。それは大変だ」
調査員さんに同情の目を向けらえてしまった。
そして、しばらくすると調査員さんは準備を終えて山に調査に向かった。
現在、カタリナと二人となった山小屋はかなり静かだった。
カタリナは長時間の移動と山登りの疲れからか部屋に引っ込んで休んでいる。
シャワーでも浴びて軽く昼寝でもしているのかもしれない。
貴也はキッチンに向かいいながら今の話を思い返していた。
調査員の話に矛盾はないように思われる。
現状、環境に問題が出るようなことは起こってないみたいだ。
科学が進歩しているこの世界ではトンネル工事で有害物質を垂れ流すようなことはなく、
燃料はエネルギーキューブを使っているので排気ガスの問題もない。
事前調査が良かったのか、技術水準がスゴイのか落盤や漏水なども起こってないみたいだ。
なら、なんで山岳環境部に賄賂を贈ったのか?
何か問題があるから、
それとも起こる可能性があるから、
それを揉み消すために賄賂を贈ったと考えるのが普通だろう。
でも、その問題が見えない。
貴也は料理をしながら考え続けていた。
追伸
考え事に夢中でかなり作り過ぎてしまったのだが、山を駆け回ってきた調査員たちには丁度いい量だったみたいだ。
皆さん、美味しい、美味しいと言ってくれました。
「貴也君。家にお婿に来ない?」
真顔で聞いてくるカタリナさんには正直ドン引きでしたのはここだけの話。
滞りなく山小屋での一日目の夜が更けていった。
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