第四十話 エドワード=フォン=タイタニウムが現れて無双できない
「兄様!」
アルは兄、エドワードの登場に驚いていた。
でも、隣がエドワードの工房なら現れても当然だろう。
貴也は彼を見ながら居住いを正す。
エドワード=フォン=タイタニウム。
公爵家の嫡男だ。
アルとは違い優し気な顔立ちの中に精悍さが見え隠れする容姿。
剣の腕もたち魔法の才能は歴代の公爵の中でもトップクラス。
政治力は現公爵の英才教育の賜物で文句ない。
その上、気さくで民の人気もある。
とび抜けた才能だけでない努力の人らしい。
貴也から見ると実に嫌いなタイプだ。
イケメン、死ね。
そんなことを貴也が考えているとは思ってないのだろう。
エドワードは貴也の前に手を出してきた。
「エドワード=フォン=タイタニウムです。アルが随分お世話になったみたいで貴也さんとは少し話したかったんだ。今後ともよろしく」
貴也はその手を握り返しながら
「相場貴也です。さん付けはおやめください。エドワード様は公爵家の次期当主です。使用人にさん付けでは他者に示しがつきません」
畏まった返事にエドワードは苦笑する。
「ここにはアルとわたししかいない。そんなに畏まる必要はないだろう。それに貴也さんはいま非番なんだ。わたしは公私をしっかり分けるタイプなんだ。プライベートの時間まで堅苦しいのは勘弁してほしい」
エドワードは気さくに笑う。
嫌みなど一切感じない爽やかさだ。
貴也はアルを見ながらため息を吐く。
実の兄弟にしてこの違いは何なんだろう。
爪の垢でも煎じて飲ませたい。
「エドワード様がそうおっしゃるのなら」
「エドでいい」
「はい?」
「エドだ。それに公の場以外では敬語は止めてほしい」
「そういうわけには……」
「アルとはため口なんだろ。わたしにもそういう態度で接してほしい」
う~ん。貴也は唸ることしか出来なかった。
今更アルに敬語を使えと言われてもはっきり言って困る。
仕事ならいくらでも対応できるがプライベートでは話は別だ。
特段、貴也は言葉遣いや作法に自信があるわけではない。
いつも気にしていては肩が凝ってしまう。
貴也が苦し気にしているとエドワードは大きく笑った。
「あはははは。そんなに難しく考えることはないよ。父もわたしも貴也さんのことは使用人として見てるわけじゃない。面白そうな異世界人を傍に置いておきたいそれぐらいの気持ちなんだ。嫌になったら出ていけばいい。まあ、有能そうだから家にいて欲しいという気持ちもあるけどね」
エドワードの言葉に貴也の顔は引きつっていた。
何となく気付いていたことだが本人から聞くと身もふたもない。
「公爵にとって異世界人なんて珍しい物でもないでしょうに。それにわたしはそれほど優秀じゃありませんよ」
「そんな謙遜しなくてもいいよ。クロードが一目置くだけで君は十分評価に値する。それに電話とはいえ、開口一番、父に皮肉を言える人間はいないよ。それが無知が故とは言ってもね」
くくくとエドワードは笑い声を漏らした。
その時のことを思い出して貴也は冷や汗を掻く。
あれは異世界に来た混乱と若気の至りと言う奴だろう。
自分でもどうかしていたと思う。
貴也が何も言えないでいるとエドワードはこちらを伺いながらフォローしてくれる。
「まあ、父はそんなことでは怒らないよ。父の周りには意見をする者などほとんどいないからね。優秀すぎるのもあるんだけど、公爵と言う身分はそれだけで他者を圧倒する。だから、逆に身分など気にせず意見してくれる人は貴重なんだ。貴也さんは好感をもたれたんじゃないかなあ」
それを聞いて貴也は余計にあの時のセリフを後悔していた。
あそこで余計なことを言わなければここに来ることもなかっただろう。
ガクリと肩を落とす貴也に
「そんなにがっかりすることはないだろ。待遇面で考えればここほどの好条件は他にはないよ。当分は父が無茶振りすることもないと思うし」
「当分と言うことは、その内、無茶振りがやってくるんですね」
「やっぱり、貴也さんは頭の回転が速いなあ。うん。しばらくは大丈夫だと思うけど、タイタニウム家は敵が多いからね。と言うより、父に敵が多いのかな」
言葉を含ませるエドワードを見て頭が痛くなってきた。
一体、公爵は何をやってきたのだろう。
だが、その先は聞きたくなかった。
確実に巻き込まれる。
やっぱり、早めに逃げ出した方がいいかもしれない。
密かに貴也が決意しているとエドワードはこちらをジッと観察していた。
その眼は決して笑っていない。
やはり、この男は公爵の息子だ。
底が見えない強者の雰囲気が見える。
アルとは一味も二味も違った。
そんな二人のやり取りをハラハラしながら見ていたアルが
「兄様。それで何の用なんですか。貴也さんへの挨拶ならもう済んだのでしょ。僕たちはもう行きますよ」
「そんなに邪険にしなくてもいいじゃないか。今日は暇だからどこか行くならわたしも付き合うぞ」
アルは一瞬嬉しそうな顔をしたが貴也の方を見て表情を変えた。
エドワードと一緒にいられるのが嬉しいのだろう。
尻尾があったらきっとブンブン振っている。
だが、さっきの二人の会話を聞いて貴也の気持ちを察したのだ。
こういう他人に気遣いが出来るところは褒めてやってもいいかもしれない。
でも、それを悟られるのは減点だ。
貴也は盛大に溜息を吐いて妥協する。
「この後の予定は決まってませんがエドワード様が宜しければご一緒しませんか」
「エドだ」
エドワードはそれだけ言って黙り込む。
貴也は唖然としていた。
子供のような言動に若干呆れている。
この人も存外頑固なのかもしれない。
ここは貴也が折れなければ話が進まないだろう。
「では、エド様で、これ以上はいまは譲れません」
その返答にエドは不服そうな顔をしていたが何とか納得してくれたみたいだ。
「いまはだな。わかった。あと、気が向いたら、いつでも呼び捨てにしてくれていいからね」
そんな日は来ないだろうと思いながらも貴也はそれに苦笑で答えておいた。
それで満足したのかエドはアルに視線を戻す。
「それでこれからどこに行くんだ」
エドが尋ねると、アルが嬉しそうに答える。
「奥の初代の遺品を見て貰おうと思ってました」
「それは良い。わたしが案内してあげよう。魔道具についてはアルよりわたしの方が詳しいからね」
心持ちエドのテンションが上がっていた。
あとから聞いた話だが、タイタニウム家は初代が規格外の魔導士あり、魔道具の研究家であったため、その子孫もそういったことに興味を持つ者が多かったらしい。
現公爵みたいに領地経営や政争に明け暮れる人は珍しいそうだ。
エドも自分の工房を持つくらい熱心に魔道具の研究をしている。
まあ、仕事の合間に細々とやっているので趣味レベルなのだが。
そんなエドに連れられて、奥の倉庫へと向かった。
そして、目に入ってきたのは
「なんでこの世界にこんなものが……」
貴也は驚愕に目を見開いていた。
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