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第三十八話 執事の休日 スラリンがモテモテで無双できない。


 貴也達は大通りの公園から少し離れたところを歩いていた。

 通りの一本内側。

 そこは外からやってきた人向けの宿屋や食堂、お土産やなどが軒を連ねている。


 お土産屋には工芸品のような置物や何に使うのか不明な魔道具、本当に美味いのか分からない独特なお菓子などが置いてある。

 そんな中、三角形のペナントや戦闘には使えないような木刀が置いてあったのを見た時には思わず笑ってしまった。

 多分、これも日本から来た人の悪ふざけなのだろう。

 アルもこういう土産物は見たことがないのか興味津々に店をひやかしている。


 二人そろってお上りさん状態だ。


 今はお腹が満足なのかスラリンは大人しく貴也の頭に乗っている。

 あの後、残っていた串焼きを結局三等分して食べた。

 本当にこいつの胃袋は宇宙だ。

 自分の身体より大量なものを食べられるなんて意味が分からない。

 やはりこいつはマリアに解剖してもらった方が良かったのかもしれない。

 うん、今度、機会があったら頼んでみよう。


 そんな不穏なことを貴也が考えているなんてつゆ知らず、スラリンはニコニコ能天気に貴也の頭に乗っている。


 それに、たまにだが「スラリン、こっち向いて」などの声援に応えている。

 さっき、屋台の傍にいた人なのか、それともボディに書かれた赤い『スラリン』の字を見たのか、スラリンは大人気だった。


 特に女子供の人気はスゴイ。


 パルムでのスライムの印象は雑魚扱いやお小遣い稼ぎの道具と言う感じだった。

 だが、領都では悪い印象を持っている人が少ない。

 確かに見た目はカワイイがスライムも魔物だ。

 貴也は首を捻らずにはいられなかった。


 アルに聞くと冒険者が多いので領都周辺には魔物自体が少ないそうだ。

 その上、軍も定期的に魔物の掃討をしている。

 それにそもそも領都に住む人のほとんどが領都内で生活を完結しているため外に出ることが稀だそうだ。

 だから、魔物を見たことがない人も多いという。


 なるほどと感心しながら貴也は観光を続けていた。



 そんな時だった。

 何か違和感を覚えたのは。


 店の間にある、人が二人も並んで通れれば十分な細い路地。

 そこに三人の大柄な男が立っているのが目に入った。

 それだけなら別に通り過ぎる所なのだが、その男たちの影に女の子の姿が見えてしまっては放っておけない。


「アル」


 貴也が声をかけるとアルも気付いたのか目を細めて路地に入って行こうとする。

 そのアルの肩を掴んで止めた。


「何するんですか、貴也さん」


 アルは止められると思ってなかったのか大きな声を上げていた。

 その声に気付いたのか怪しい三人の男がこちらに振り向く。

 その隙を見て女の子たちが男たちの脇をすり抜けてこちらに走ってきた。


「助けてください」


 アルは女の子を背後に庇いながら男たちを睨み付ける。

 三人の大男はこちらを威圧するようにゆっくりと歩いてやってきた。

 貴也は溜息を吐きつつ、軽く屈んで


「スラリン! 君に決めた!」


 スラリンを掴むとアブナイ発言をしながら思いっきり投げつけた。


 突然の不意打ちに男たちは驚いていた。

 が、飛んできたのがスライムだと気付いて一番前にいた男はイライラしながらお腹に飛んできたスラリンを手で払いのけようとした。


「スラリン。フォークだ」


 叫ぶと同時に軌道が変わった。

 真っ直ぐお腹に向かって飛んでいたスラリンは男の手を掻い潜るように落ちる。


 そして


「グォ」


 スラリンは股間にダイレクトアタック。

 男ならではのダメージ。

 男はたまらず膝から崩れ落ちてのた打ち回っている。


 仲間の二人もアルと貴也も彼の痛みを思って股間を抑えて内股状態になっていた。


 場を静けさが支配していた。

 そんな中、スラリンがピョンピョンと戻ってくる。


 貴也はスラリンの前で片膝を付いて


「スラリン、例え悪党が相手でもやって良いことと悪いことがあるんだ。あそこの痛みは男にしかわからない。いいか。お前が男として生きていくなら、例え殺されてもあそこを攻撃してはいけない。わかったか」


 アルも残りの二人もウンウンと頷いている。

 貴也の妙な迫力にスラリンも躊躇いがちに頷いた後、そうかと何かを思い出したのかしきりに頷きだした。

 こいつ本当に分かっているのかと思い、もう一度、注意した貴也は


「わかってくれて良かった。それじゃ、スラリン。もう一回だ」


 そう言いながら問答無用でスラリンを男たちに向かって投げつける。


「キュキュキュ~~」


 スラリンはどこか嬉しそうに鳴きながら飛んでいった。

 しかし、今度は男たちも油断していなかったようだ。

 途中で変化しても対応できるように構えている。


 スラリンはそのまま真っ直ぐツッコんでいき、右側の男に体当たり。


 が、男の手で振り払われる。

 スラリンは壁に向かって飛んでいき、弾け――なかった。


 スラリンは壁に当たった反動を利用して横から男の顎に強襲。

 でも、それは間一髪で躱された。

 隣の男も慌ててよける。


 スラリンはそのまま反対側の壁に突撃。

 そして、その反動を利用して再度攻撃だ。


 う~ん。実に面白い展開だ。

 狭い路地なのでスラリン跳弾が猛威を振るっている。

 微妙に角度を変えながら反射を繰り返すスラリンに男たちはジタバタと不格好に避けることしか出来ない。

 しかも、慣れてきたのか、スラリンは跳ね返る瞬間に自ら壁を蹴って加速しだした。


 スラリンの速度は徐々に増していき、現在は青い線が走っているように見える。


 そして、捌ききれなくなった左側の男の顎にクリーンヒット。

 男は白目をむいて膝から崩れ落ちていった。


 残りはあと一人だ。


「なあ、スライムにすら勝てない冒険者。そこの二人を連れてそろそろ逃げたらどうだ?」


 貴也がそういうとスラリンも「キュキュキュ」と揶揄うように跳ね回る。

 残った男は屈辱に唸りながらその腰の剣を抜いた。


「お前、剣を抜いたらもうタダでは済まんぞ。本当にいいのか?」


「うるせえ。これだけ舐められて黙ってられるか!」


 男はスラリンめがけて剣を振り下ろす。

 なかなかの実力者だったのか剣は線となりスラリンの身体へと。


 しかし、スラリンのスピードはそれを凌駕していた。


 青い身体が一瞬ぶれると男の周りに青い閃光が幾筋も駆け巡る。

 そして、水しぶきがあたりに散った。


 スラリンは着地し、フッと笑う。


 その瞬間、男が身に着けていた革鎧と服がバサバサと落ちた。


 そして、残ったのは全裸状態の男だけ。


 スラリンは男の周りを駆け巡りながら超高圧の水を吹いて鎧や服を切り刻んだのだ。


 真っ裸の男はフ○チンで呆然としている。


「なんなんだ。このスライムは……」


「それはオレも同感だ」


 貴也が満面の笑みでそう言った。

 これで一件落着と貴也は油断していた。

 だから、これから起こる悲劇を止めることが出来なかった。


 スラリンは忘れてなかったのだ。

 お約束を


 スラリンはフル○ン状態の男に向かってダイブ。

 見事狙いは的中、防具どころか服もパンツもない状態でダイレクトアタックだ。

 一瞬、苦悶の表情を浮かべた男は泡を吹きながら倒れてしまった。


 その惨い仕打ちに貴也はスラリンの頭を引っ叩く。


「お前、やっちゃいけないってあれだけ言っただろ!」


 スラリンは可愛らしく小首を傾げている。

 こいつに『お約束』なんてことを教えるんじゃなかったと後悔する貴也だった。

 本当にこれにて一件落着となったところでアルの影に隠れていた女の子二人が小走りにやってきた。


 そして


「本当にありがとうございました」


 と頭を下げていた。


 そうスラリンに


 あのぉ、確かに三人を倒したのはスラリンだけど飼い主はオレだし、オレの指示でスラリンは動いた訳だから感謝はこっちにして貰ってもいいんじゃないのかなあ。

 そんなことを思いながら手を女の子たちの方に伸ばすが貴也はグッと堪えた。


 その間にもスラリンは女の子たちに感謝の言葉を受けながら頭を撫でられている。


「きゃ、カワイイ。スライムってこんなにカワイイのね」


「それにすっごく強いし」


 キャッキャッとスラリンを囲む女の子達。

 それを見ながらなんだかイライラが募っていく。

 そして、調子に乗ったスラリンは女の子の胸に飛び込んでいた。


「きゃ、もうくすぐったい」


 胸の谷間に埋もれるスラリン。

 幸せそうに厭らしい笑みを浮かべているのはきっと気のせいではない。

 しかも、あいつ飛び込む相手を選んでやがる。

 スラリンが選んだのは胸の大きいカワイイ娘だった。

 もう一人は胸の大きな娘に比べると地味な普通の娘である。


 しばらく黙っていたが、胸の谷間でプルプル震えてその柔らかさを堪能しだしたスラリン見て貴也の我慢の限界を迎えた。


「あの野郎。調子に乗りやがって」


 貴也が腕まくりをしてスラリンを叩き潰してやろうとすると


「貴也さん、堪えてください。ここで手を出したら完全な悪者です」


 アルに肩を掴まれて止められてしまった。

 そんな二人を女の子の胸越しにニヤリと笑うスラリン。

 二人は血の涙を流して堪えていた。


 それから、永遠に続くと思われるような苦渋の時間に耐え、女の子がこちらにもお礼を言って帰っていった。

 貴也達は表面上はにこやかにその二人を見送り、


 そして……


 第二ラウンドが始まった。


 二人の激闘をアルは黙って遠い目をしながら見守っていた。

 二人の激闘は衛兵が駆け付けるまで続けられた。


 後日、スライムには手を出してはいけないと語る三人組の冒険者が現れ、皆に失笑を買っていたのは別の話だ。


 それにしてもスラリンがあれほどモテるとは思っていなかった。

 時代は男らしいではなくカワイイなのかと貴也は一人語ちるのだった。


 貴也がハーレムエンドを迎える日はまだまだ遠そうだった。




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