第三十五話 第一種危険野菜が危険すぎて無双できない。
反省が伝わったのか土下座状態から解放された貴也とスラリン。
そんな中、カインの咳払いが周囲に響いた。
「ゴホン。少しトラブルがあったみたいだが講義を続けるっぺ。まずは、バーニングナップルだっぺ」
そういいながら徐に低木の前に近づいていく。
低木は高さ一メートルくらい。
剣のような鋭い細長い葉が上の方で開いており、根元の部分に三、四個の実が出来ている。
その実の見た目は緑色のパイナップルだ。
葉が上の方にあるのに実が地面すれすれになっている植物は見たことがない。
この位置だと受粉とか大変なんじゃないかと不思議に思う。
まあ、不思議植物について考えても仕方がないだろう。
「このバーニングナップルは大人しくて穏やかな植物だ。育てるときは優しく声をかけて誉めて伸ばせと教えたんだけど……んだ。なかなか、いい、バーニングナップルだっぺ」
一部で歓声が上がっている。
きっとこの村の農家の人なんだろう。
自分の育てた作物が褒められるのは嬉しいのだろう。
「んだば、収穫するっぺ。ただ、特殊植物はそれぞれ特殊な収穫方法が存在するだ。特殊植物には感情があることは知ってるだな」
周りから一斉に同意の声が上がるが、貴也は首を捻ることしかできない。
でも、この場でそれを問いただすことは出来なかった。
貴也でも少しは空気を読めるのである。
「収穫にはこの感情を利用するものが多いんだっぺよ。収穫方法は大まかに分けて二種類。その性格に沿ったものと、それに反する行動をするもんだ。今回収穫する二種類は反対の行動をすることによって旨味が増すんだっぺ」
深く頷きながらメモを取る生徒一同。
なんか貴也だけがついていけない。
ツッコみどころ一杯の話でうずうずする貴也だったが、何とか黙って話を聞いている。
講義は淡々と進んでいく。
「バーニングナップルはさっきも言った通り、穏やかな植物だっぺ。だから、こいつを怒らせる必要があるだ。こいつは怒ると膨らんでいき、一定以上に大きくなると今度は赤くなっていくだ。そして、限界まで赤くなったら素早く収穫するだ。怒らせ過ぎても、身を傷つけても危険だっぺ。あと、怒らせて膨らんだ後、放置するとすぐにしぼみ始めるだ。しぼみ始めたところで収穫すると味がグンと落ちるから注意するっぺよ。んだば、見本を見せるだ。膨らみ具合、色の変化をよく見ておくだ」
「「「「「はい!」」」」」」
一斉に響く声に貴也は引き気味だ。
そんな中、カインは低木の根元にある実の前にかがみ込む。
「お前はなんて出来損ないなんだっぺ。無駄にとげとげしてて不味そうだっぺ」
そう語りながらツンツンバーニングナップルを突っつく。
しばらくするとバーニングナップルに変化が見えだした。
カインはそれを確認するとツンツンと突く速度を上げ、力も上げる。
「お前は肌触りが最悪だっぺ。形も悪いし売り物にならねえだ」
バーニングナップルが震え、さらに大きくなり、徐々に赤みが増していく。
「味もさぞかし悪いんだっぺな。出来損ない」
そう言いながら平手でペシペシ叩きだした。
すると、バーニングナップルが一気に膨れ上がり脈打ちながら真っ赤に染まっていく。
そして、マグマのように赤黒く脈動し始めたところでカインは素早く腰に差した鉈を取り出して幹と実の間の茎を切り落とした。
バーニングナップルは真っ赤に膨れたままの状態でコトリと落ちる。
「ザッとこんな感じだっぺ」
ドヤ顔のカインが胸をそらしていた。
貴也はイラッとして皮肉の一つも言ってやりたかったが周囲が歓声を上げる中でそんなことを出来るわけがない。
貴也はなんだか釈然といかなかった。
そんな中、カインは手を上げて歓声を抑える。
「んだば。実践してもらうっぺ。まずは……そうだ。貴也、やってみるずらか?」
「えっ、オレ? オレ、農業なんかやったことねえぞ」
そんな声は周りの喧騒に消されていた。
曰く
「おお、あれほどの体術が使えるんだ。さぞ、高名な農家に違いない」
「いや、彼はクロード様のお弟子さんで執事見習いだそうだよ」
「何? あのクロード様が直々に手解きしてるって」
「それはスゴイ実力に違いない」
「そんな人の技術を見られるなんて光栄だ」
ざわざわと騒がしい。
なんか貴也の噂が勝手に独り歩きしていて居心地が悪かった。
もうここで断ることなんてできないだろう。
恨みがましくカインを睨むが彼には貴也の気持ちなど届いていない。
親指をグッと突き出して貴也を激励している。
貴也は大きなため息を吐きながらカインが収穫した木の根元に座り込んだ。
まだ、二つ実が残っているので、その内の一つの実を掴む。
確か、怒らせればいいんだったな。
カインのやり方を思い出しながら、貴也はバーニングナップルを掴み優しく微笑んだ。
「お前はなんて美味しそうな。バナナなんだ」
ピシッと緊張感が走る。
そして、貴也の掴んでいたバーニングナップルがシオシオと萎れていく。
それだけでは収まらず、同じ木になっていたもう一つと両隣に植えられていた実もすべて萎れていた。
「あれ? なんか反応が違うぞ」
貴也は意味が分からずあたりを見回す。
そんな貴也を見ていたみんなが口に手を当てて驚愕していた。
「あんな美味しそうになっているバーニングナップルをバナナ呼ばわりするなんて」
「笑顔であんなこと言うなんて信じられない」
「彼は悪魔か?」
「ひとでなしよ!」
「丹精込めて育てた作物にあんなこと言えるなんて、えっぐ」
呆然とするもの、
激しく罵るもの、
突然、泣き出すものまでいた。
一体何が何やら意味が分からない。
貴也がカインの方に目を向けると彼は額に手を当てていた。
「貴也。ちょっと言い過ぎだべ。バーニングナップルにバナナはねえべよ。せめてマンゴーくらいにしとくべきだ」
なんだよ。その基準。
意味が分からない。
だが、貴也が言ったことは余程酷いことだったみたいだ。
農家の皆さんの反応もそうだし、あまりの発言に怒るどころか萎れるほどバーニングナップルはショックを受けている。
それも言われてない他の実まで……。
う~ん。バナナって言われるのがそんなに気付くなんて思いもよらなかった。
異世界の感性が分からない。
だって、バナナだよ。
バナナ美味しいよ。
こいつらの方がよほどバナナに失礼な気がする。
でも、貴也の周りに味方はいなかった。
クロードも苦笑いを浮かべている。
貴也の株は高かっただけに大暴落中だ。
なんか納得がいかない。
そんな中、スラリンが貴也の前にやってきた。
そして、ニヤニヤ笑いながら跳ねている。
なんか、凄いムカつく。
だが、カインは別の印象を持ったのか
「どうしたんだっぺ? あっ、もしかしてスラリンも収穫してみたいんだっぺか?」
「キュキュキュ~~~!」
甲高くなくスラリン。
カインが頷くとスラリンは二つ隣の木にむかい、『キュキュ』と鳴きながら飛び跳ねる。
すると、バーニングナップルがあっという間に膨れ上がり
ド~~~~~ン!
轟音が響き渡り、バーニングナップルから火柱が立ち上った。
その高さ五メートルはあったろう。
熱気が少し離れていた貴也にも伝わってきた。
そして、少し間隔をあけて同じ木に生っていた残り二つの実も火柱を上げる。
しばらくすると火柱が収まり、黒焦げになった木の残骸だけが残っていた。
「なにいまの?」
貴也は冷や汗を垂らしながらカインの方を見る。
すると、カインも頬に汗を垂らしながら
「ああ、バーニングナップルは怒らせ過ぎたり、怒っている時に実を傷付けたりすると爆発して火柱を上げるんだっぺ。みんなも怒らせ過ぎには注意だ」
「マジか。あんな火柱が簡単に上がるのか?」
それは周りの農家の皆さんも同じ気持ちだったみたいで怯えている。
そんな中、カインは
「いまのは例外だっぺよ。普通はあんな一瞬で爆発したりしないだ。それに火柱もあんなに高く上がらないっぺ。オラが見たことがあるのは最大で一メートルも無かっただ。木が燃えることも普通無いだよ」
フルフルと首を振るカイン。
彼が嘘を言っているようには見えない。
と言うわけで……
おい。スラリン。お前、一体なにを言ったんだ。
そんな気持ちを込めてスラリンを睨み付けると
彼はテヘペロって感じで舌をだした。
本当に器用なスライムである。
と言うわけで、貴也達は何の役にも立たないどころか、農家の人たちにバーニングナップルへの恐怖を植え付けただけである。
このままでは農業研修失敗と言うことになりそうだったが、ここで颯爽と現れるクロードさん。
クロードは「次はわたしが」と言って木に近づいていく。
そして、みんなが止める中、淡々とバーニングナップルに丁寧な口調で罵詈雑言を浴びせて爆発させる。
爆発はカインが言った通り火柱が軽く上がった程度。
フライパンに火が回って火柱が出来て前髪が焼けた程度と言えばわかるだろうか。
決して死の危険はない。
その後、もう一度バーニングナップルを無事収穫する。
農家の皆さんはホッと、胸を撫で下ろし「クロード様にやらせておいて自分たちが手を拱いていてはいられない」と次々とバーニングナップルにむかって行った。
結果は
上手くいくもの、
刈り取りに手間取り軽く萎れさせてしまったもの、
刈り取るときに実に鉈を当てて爆発させてしまったもの
といろいろいた。
火傷を負ったものもいたが回復呪文でみんな治療済み。
死ぬような重症、後遺症が残るようなケガを負うようなこともなく無事バーニングナップルの収穫研修は終わった。
終わったのだが……
何故か、周囲の目が痛い。
収穫を自分でしてみて皆さん気付いたのだろう。
バーニングアップルを一瞬で萎れさせたり、爆発させたりするのがいかに異常なことであるか。
農家の皆さんの畏怖の視線が痛かった。
貴也とスラリンは身を縮めてその場で恐縮していた。
どうやら、自分には農家は向いていないと改めて感じる貴也だった。
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