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第三十四話 あいつが来て無双できない


「明日から農業研修に行ってもらいます」


「農業研修?」


 朝、いつも通り、クロードの執務室に向かうとそんなことを言われてしまった。

 貴也は首を傾げて問い返した。


「はい。農業研修です。年に二、三度、外部の専門家を呼んで我が家の農家に講義をしてもらっています。明日から三日間ありますので貴也さんも参加してください」


 貴也は素直に頷いて詳細を聞いた。

 今回の農業研修はタイタニウムから車で二時間ほどの農村で行われるらしい。

 この農村は公爵家の私有地に作られた村で村民はすべて公爵家の使用人となる。

 そこで特殊な農作物を育てているそうだ。


 この世界、農作物は基本的に工場で生産されている。

 衛生面、栄養面を考えると無菌状態の工場で作られたものの方がいいらしい。


 ただし、最高級品を生産しようとすると未だに人の手には敵わないらしい。

 あと、特殊な農作物は工場では作れないのだ。


 だが、特殊な農作物は特殊な農家にしか扱いきれない。

 だから、一流の農家に定期的に指導をしてもらっているそうだ。


 一度は見物しておいた方がいいと言われて今回参加することになった。

 まあ、貴也にしてみればカインと言う超一流の農家に会っているのであんまり意味があるとは思えないのだが、折角なので参加することにした。




 と言うわけで、早朝に城を出て農村に向かう。

 今日はリムジンではなく大型バスに乗っている。

 城の中にも農地があり、そこで働く使用人もこぞって参加しているのだ。


 なんでもこのイベント大変人気があるらしい。

 全員で行く訳にはいかないので抽選で選ばれた人たちなのだが、みんなホクホク顔で座席に座っている。

 一番前の席にクロードが座っているのに表情を緩められるなんてよっぽど嬉しいのだろう。

 声を弾ませながら雑談に興じている。

 いつものクロードならお小言の一つもありそうなものだが黙っていた。

 きっと、この行事は息抜きも兼ねているのだろう。

 『地獄の前くらい楽しませておこう』なんて考えていないことを貴也は祈っていた。

 


 

 しばらくするとバスが止まった。

 貴也が降りると目の前の光景に圧倒された。

 本当に見渡す限りの農地だった。

 この辺は麦畑なのか黄金の穂が頭を垂れている。

 金の草原はなかなかの見ものだった。


「これも特殊農作物なんですか?」


「いいえ。ここにあるのはタダの小麦ですよ。特級品で市場価格の倍ほどの値段はしますが。その分味は保証します」


 へえと貴也は感心しながら周りをキョロキョロする。

 その間にも使用人たちは先に行ってしまっていた。

 小麦畑を抜けると、成人男性くらいの高さの塀に囲まれた一角に出た。

 その門の周りに人だかりが出来ている。


「講師の先生はすでに到着されていたみたいですね」


 クロードはそういいながら人ごみの中に入っていく。

 クロードが近づくと見事に人垣が割れていった。

 クロードは人垣の先頭まで行くと


「今回も講師を受けてもらいありがとうございます」


「クロードさん。そんな風に頭を下げるのは止めるっぺよ。オラも楽しんでるずらから」


 聞き覚えのある声と言葉遣い。

 貴也は前に出て件の人物に目を向ける。


「なんで、カインがここにいるんだ!」


「おう、貴也。ひさしぶりだっぺ」


 カインが手を上げて言っていた。

 今回の講師はカインだったのだ。

 一流の農家が呼ばれていると聞いて思いつかなかった自分が情けない。


 そして、クロードは


「貴也さん。いくら知り合いだと言っても職務中に呼び捨てはいけません。様付けか、先生と呼んでください」


 窘めるクロードの目の奥が笑っていた。

 多分、知ってて黙っていたのだろう。

 アルがこの人のことをイタズラ好きと言っていたことを思い出した。


 何か納得がいかないと思いながらも黙って「カイン様」と言っておいた。

 カインは何かむず痒いのか止めさせようとするが、職務上仕方のないことだ。

 仕事じゃなければ誰が『カイン様』など呼ぶか。


 そんなことをやっている間に参加者が全員集まったようだ。

 クロードはカインに講義を始めるように促す。


「んだば、今日の講義はバーニンナップルとスピアキャロットだっぺ」


 なんか物騒な名前だなあと思いながら門から塀の中に入ると右側には根元にゴツゴツしたものがある背の低い木が、左側にはギザギザの葉っぱが生えている。

 名前の感じから言って右側のパイナップルみたいなのがバーニングナップルで左側がスピアキャロットなのだろう。


「VRで土壌の作り方、育て方を指導すたが復習だ。んだば、一番左の――」


 次々に質問をしていくカイン。

 意外なことにしっかり講師をしている。

 そして、流石、公爵家の使用人と言えばいいのか生徒も優秀だ。

 誰もがカインの質問に戸惑っている者はいない。

 すらすらと応えている。

 そんな講義は終盤に突入した。


「んだば、本日の本題だっぺ。今日は皆さんに収穫作業やってもらうべ。どちらも第一種危険野菜なんで十分注意して収穫するだ。それじゃあ、資格のあるものは前へそれ以外はちょっと離れて見学するだ」


 少しざわついたが、カインの指示に従い二つのグループに分かれる。

 なんだろう。

 第一種危険野菜って名前だけで不穏なのに専門家がマジで緊張しているのが怖い。


 これって資格持ってないオレって関係ないんだよね。


 貴也はクロードに視線を向けると彼は優し気な微笑みをしてた。

 こっ怖い……。


「んだば、まずはバーニングナップルから収穫するっぺ。まんず、用意するのは鉈。爆発する前に一瞬で刈り取らないとダメだかんな」


 そういいながらカインは自分のカバンを開けた。


 すると、青い閃光が


「ゲハ」


 貴也は腹に衝撃を受けて蹲る。

 この感触には覚えがあった。


「キュキュ~~」


「てめえ、何しやがるんだ」


 貴也は青い物体めがけて蹴りを放つ。

 しかし、奴は青い残像を残して姿を消した。


 そして


「そこだ」


 貴也が拳を突き出す。

 予想通りに飛んできた青い閃光。

 貴也の狙い通りにカウンターが炸裂したかに見えたが


「グファ! ……なに、フォークだと」


 青い影は貴也の拳に当たる寸前で落ち、見事に鳩尾を抉った。 

 貴也が倒れこみ、その背中で跳ね回る存在がいた。


 周囲の農家の皆さんが唖然として事の成り行きを見守っている。

 しかし、立ち直った者が数名、それぞれの得物手に取って緊張を走らせた。

 カインは慌てて農家のみんなの間に入る。


「心配いらないっぺよ。あのスライムに危険はないだ。あれは人を襲わないっぺ」


「何言ってるんですか。執事見習いの人が襲われているじゃないですか。助けないと」


「ダメだっぺ。下手に手を出すとケガするっぺよ」


「何言ってるんですか。ただのスライムじゃないですか」


「あれがただのスライムに見えるべか?」


 カインは溜息交じりに後ろを見る。

 その間に貴也は何とか立ち上がることに成功していた。


「ゴフ。なかなかやるじゃないか、スラリン。でも、成長しているのはお前だけじゃないだぞ。行くぞ。『ライトアクセル! ライトスピード!』」


 貴也はたからかに叫ぶ。

 覚えたての思考加速魔法と身体加速魔法を唱えたのだ。

 これらは上級身体能力強化魔法で『ライトアクセル』は脳からの情報伝達速度を上げる魔法。

 脳内の伝達速度も上がるため思考能力もある程度加速する。

 そして、ライトスピードは全身の筋肉の反応速度収縮速度を上げ、素早さを上げる。

 お互いに約通常の五倍の能力を上げてくれる。


 簡単に言うと100mを十五秒で走る人が三秒で走れるようになる。

 一般人ではこのスピードはとらえられない。


「行くぞ! スラリン」


 貴也は飛び出し蹴り上げる。

 素人のサッカーキックだが、スピードが常人のそれではない。

 間違いなく捉えたと確信した貴也だったが、


「なに!」


 スラリンの姿がぶれた。

 そこにいたのは空振りし足を蹴り上げた間抜けな貴也だけ


 さっきのスラリンもとんでもないスピードだったが、さらに加速している。

 スラリンがほのかに光っているように見えた。


「まっ、まさか。身体強化魔法だと」


「キュキュキュ」


 スラリンが勝ち誇ったように笑う。

 スラリンが使ったものは貴也の使う魔法とは別物だろう。

 だが、効果は似たようなものだ。

 となると上げ幅勝負となる。

 素の身体能力ではスラリンには勝てない。


「負けられるか!」


 今度は油断しない。

 貴也はスラリンを視界に捉えてツッコんでいく。

 スラリンは左右に身体を振り、弾けるように逃げ出した。

 だが、加速中の貴也は見失わない。


「遅いわ!」


 貴也はスラリンが逃げた方に再度ステップ。

 手刀を作って斬って落とす。

 スラリンはまさかと目を見開いて地面に叩きつけられて潰れた。


「ふふふ。今までのオレと思うなよ」


 貴也は手刀に息を吹きかけて勝ち名乗りを上げる。

 しかし、そんな貴也の背中に衝撃が加わる。


「この野郎。相変わらずしぶとい奴だ」


 スラリンはいつも通り復活して体当たりしてきていた。

 貴也は振り向きスラリンに相対する。


 しばしにらみ合い。


 そして


 二人は同時に地を蹴った。


 スラリンは槍のように尖ってツッコんでくる。

 貴也はそれを右手の手刀で受け流す。

 さらに通過するスラリンを振り向きながら左手で掴みにかかる。


 だが、スラリンは形状を変え平面に。

 貴也の手は空を掴む。


 スラリンはさらに形状を変えブーメランになると回転しながら貴也の顔に向かってきた。

 貴也は首だけそれして何とかかわす。


 いや、躱しきれなかったのか頬に一筋の跡が残っていた。


 少し離れてお互い対峙する。


「ふふふ、腕を上げたなスラリン」


「キュキュキュ~」


 嬉しそうにスラリンが鳴いた。

 きっと、『お前もな』と応えているのだろう。


 だが、これまでの攻防でわかったことがある。

 今までスラリンにスピードでは圧倒されていた。

 が、魔法を使えば僅かだが貴也の方が上だ。

 力はわからないがこれも魔法で凌駕できるだろう。

 一つ厄介なことがあるとすればあの形態変化と撃たれず良さだ。


 やはり打撃系ではスラリンを仕留められない。

 貴也は武器を持っていない。

 攻撃魔法もない。

 奴を倒す決め手に欠ける。


 そんなことを考えている間にスラリンが先に攻撃を仕掛けてきた。


「愚か者め。お前の攻撃はすでに見切られているとわからないのか!」


 言葉通り、貴也はスラリンの動きを見切っていた。

 貴也はスラリンの突進を半身をずらすだけで躱す。


 そして、手刀を振り下ろす。


 だが、すれ違いざまスラリンと目が合った。

 そして、その眼が笑っていることに気が付く。


 なんでこちらを向いている。


 マズイ。

 背筋に冷たい物が走った。

 貴也は全力でバックステップ。


 目の前を青い物が駆け上がっていった。

 貴也の前髪の幾筋が宙を舞っているのがスローモーションで見える。


「お前、本気で殺す気か!」


 スラリンの水魔法だった。

 口から高圧の水を吹きだしたのだ。


 水は鋭利な刃物と化して貴也に襲い掛かった。

 その通過したところは貴也の首があった位置だ。

 貴也の反応がもう少し遅れていたら、頭と身体は離れ離れになっていただろう。


 そこからはあまり覚えていない。


 水魔法もあると知っていれば加速中の貴也には容易く躱せる。

 そして、貴也の攻撃もスラリンに致命傷を与えることはできない。

 

 最終的にはスラリンが貴也の足に咬みつき、それを貴也が殴るという泥仕合で落ち着いた。


 そして、我に返った頃にクロードがやってきた。


「気が済みましたかな」


 にこやかにそう言うクロードだが、全然、目が笑っていない。


 貴也とスラリンは二人でガクブル震えながら正座するのだった。


 ひさしぶりにスラリンと再開し戦ってみたが無双できませんでした。

 クロードさん。調子に乗ってました。

 すみません。反省。




いかがだったでしょうか?

あいつの正体でいろいろ考えた結果、スラリンにしてみました。

本当のあいつの登場はもう少し先ですと含みを持たしておきます。

誤字脱字報告、感想など頂けたら嬉しいです。

それにしてもお盆休みで書き溜めするつもりが一字もかけていない。

非常にまずい状態です。


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良ければ読んでください。

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