第三十三話 執事見習いのお仕事 ルーチンワークでも無双できない。
執事見習いの朝は早い。
午前六時起床。
動きやすい格好に着替えてランニングへ。
この世界に来て真っ先に感じたのが体力のなさだ。
モンスターと戦うにしても、
農作業するにも、
飲食店でウェイターをするにも
体力は必要だ。
貴也はそれが自分に最も欠けていることを痛切に感じていた。
カインほどになれるとは思ってないが最低限の体力はつけておくべきだろう。
主に、命のためとか、命のためとか、命のためとか。
本当にこの世界は危険に満ちている。
地球では科学で野生動物を駆逐してきた。
残る脅威と言えば未知のウィルスくらいだろう。
なのに、この世界は驚異が多すぎる。
地球より科学が発達しているのに魔物には勝てないのだ。
おっと、話が逸れた。
命のことを置いておいても執事に体力は必要だ。
掃除を始め、炊事、洗濯は意外と体力を使う。
特に掃除だ。
なんといってもこの城は広い。
この前、公爵の執務室周りの窓掃除をしたのだが、ワンフロアの片面だけで百枚以上あった。
次の日に腕が筋肉痛になったのは言うまでもない。
と言うわけで一念発起してランニングを始めたのだ。
三十分ほど、ランニングをして締めにラジオ体操をする。
このラジオ体操、本気でやると結構ハードなのだ。
学生時代、会社員時代にやる機会はいくらでもあったのだが、照れもあってまともにしたことがなかった。
だが、この世界で運動しようと思ったときに学生時代にマッチョ体育大生に言われたことを思い出した。
『ラジオ体操をバカにするなよ。あれほど洗練された体操はないんだぞ。真剣にやったらマジで
きついんだから』
と言うわけで実行してみたのだが……
結果から言うとまともに出来なかった。
大まかな動きは覚えているのだが、何か違和感がある。
と言うわけで考えながらやっていると、これがなかなか奥が深い。
これってここの筋肉を伸ばすのか、
ここを意識するとフォームが綺麗になるぞ。
なんてやっていると一通り終わるころにはじっとり汗を掻いている。
うんうん。今の俺にはベストかもしれない。
そんな感じで続けている。
でも、準備運動なんだからランニングの前にやった方がいいのか?
ふと、そんなことが頭を過ったが、まあ、その辺は置いとくとしよう。
ひと汗かいた貴也は汗を流すために風呂場に向かう。
使用人用に浴室は二十四時間営業なので本当にありがたい。
そして、汗を流したら朝飯だ。
ご飯は食堂で二十四時間いつでも食べられる。
夜勤の人や公爵軍の人も利用するので朝からガッツリしたものを食べられる。
かくいう貴也は朝からガッツリ食べるタイプだ。
かつ丼、カレーなんて平気でいける。
と言うわけで今日も朝から揚げ物をいただく。
丼にご飯をよそってそこに揚げ物、ソースにマヨネーズをかけてオリジナル丼の出来上がり。
うん、美味い!!
この世界、驚くべきことにマヨがある。
マヨラーとしてこんなに嬉しいことはない。
なければ自作するところだった。
もしかして過去に来た日本人が作ったのかもしれない。それならそいつに感謝だ!
貴也は丼飯を搔き込んであっという間に完食。
途中、マヨを何度か追加する貴也を周りが見ていたがきっと気のせいだろう。
食事を終え、食器を返却口に片付けて食堂を出る。
この間、大体十五分。
早飯はいつも注意されるのだがなかなか治せるものではないのだ。
食事を済ますといよいよ執事のお仕事。クロードの元に向かう。
クロードの執務室は相変わらず綺麗だった。
貴也が部屋に入るとクロードは書類仕事の真っ最中。
いつから仕事をしているのか、すでに決済済みと保留のボックスは書類で山積みになっている。
こちらに気付いたクロードは書類に目を落としながら
「もう少しで終わるのでちょっと待っててください」
と言い、残りの書類を片付けていく。
時間は七時二五分。
公爵家の朝食時間が八時なのでまだ時間に余裕がある。
貴也はクロードと自分の分のお茶を用意して応接セットの方に置いておく。
しばらくすると、クロードがソファーに座り、二人で軽く休憩をとる。
この時、話す内容はまちまちだ。
雑談だったり、
公爵家の人たちや使用人のことだったり、
仕事の話だったりする。
どれも興味深い話でなかなかためになる。
そうこうしているうちに七時四五分。
主人の朝食の時間だ。
朝食の時間に執事の仕事は特にない。
調理はもちろん、サービスも専門の使用人が行う。
貴也たちは公爵の後ろに控えているだけだ。
朝食は家族団欒の場だ。
マナーにうるさい家だと黙って食事を摂ることになるのだろうが、公爵家の面々はあまり細かいことに拘らない。
とりとめのない話で盛り上がっている。
食事が終わり、食後のお茶が出てくると、やっと、執事のお仕事だ。
本日のスケジュール確認となる。
クロードは今日の予定を家族全員に説明する。
と言っても、仕事があるのは公爵本人と長男 エドワードくらいだ。
他の面々の仕事は何かイベントがあるときに少しあるくらいだ。
スケジュールの確認が終わると解散となり、公爵とクロードは公爵の執務室に向かう。
この時、貴也は至急案件の書類を小脇に抱えて付き従う。
そして、公爵の執務室で書類を渡すと早々に貴也は追い出される。
まあ、入って間もない男に重要な話は聞かせられないだろう。
っていうか重要書類を触らせていること自体が破格の待遇と言える。
よく考えるとちょっと怖い。
ガクブルと震えながら今日の研修先へと向かう。
午前中の仕事は掃除の研修だ。
この城の構造を学ぶ意味合いも込めて日替わりでいろんな場所を回っている。
そこで責任者の指導のもと掃除をするのだ。
はっきり言ってこの城にいるのは全員プロフェッショナルだ。
動きに無駄がなく洗練されている。
窓ふき研修の時に腕を曲げる角度まで指定されたときは少々うんざりした。
まあ、実際やってみると理に適ってるんだけど……。
と言うわけで本日はトイレ掃除だ。
これが本当に奥が深い。
主任の持つ掃除道具はブラシだけで一五種類及ぶ。
磨く場所、シミの質などによってブラシの形状、毛の固さなどを使い分けなければいけないらしい。
洗剤はそれ以上で三十種を超える。
いちいち、その説明をしようとする主任を躱すのは大変だった。
トイレ主任はトイレマニアで話が長い。とにかく長い。
下手に話を振ると三十分は続く。
昨日、それを知らずに話を振ってしまい大変な目にあった。
他の場所は一日なのにトイレ研修が三日になっている時点で何かあると気付くべきだった。
待てよ?
三日あると言うことはまだ落とし穴が控えているのか?
貴也は気を引き締めて掃除を始める。
お昼になると食事を摂って休憩だ。
昼食は特別なことがない限り公爵家族は集まらないので執事の仕事はない。
だから、仲間内でわいわい話しながら昼食となればいいのだが、貴也は新参者でまだ仲のいい人はいない。
話しかければ応えてくれるが、そう仲の良くない奴が割り込んで来られるのも困るだろう。
貴也は空気を読んで一人で食事する。
別にハブられてるわけでも、話しかけて断れるのが怖いわけでも無いんだからね。
と言うわけで今日も悲しく一人ランチ。
トイレランチはしませんよ。
午後は膨大な資料読み。
色々な作業の使用人マニュアルから始まって、
公爵家が経営する各施設の資料、
部署ごとの公務員のマニュアル、
過去の決済書類、
軍の資料などなど。
部外秘どころか国家機密に関わる書類が無造作に置かれている。
あれ? マジで、オレ、イノチ、アブナイ?
ここで今日二度目のガクブル。
三時になると休憩。
お菓子片手にティーブレーク。
優雅だと思われるかもしれないが頭脳労働には糖分が必要なんだ。
いいわけじゃないよ。
糖分はマストなんだよ。
だから、太らないように朝、ランニングも始めたし。
しまった。
裏の事情を話してしまった。
三時以降は自由時間。
基本は書類読みの続き。
たまに、魔術の勉強や体術の指導してもらえる。
主な先生はクロードだが、それ以外にアルや公爵家につかえる騎士さんなんかも教えてくれる。
公爵家の皆さん、上の人ほどフレンドリーで親切なのだが負けず嫌いで困る。
できないとむきになるし、できたらできたで自分の方がスゴイとケンカ腰になる。
本当に困った人たちだ。
そんな人たちの相手を適当にしながら五時まで頑張る。
特別なことがない限り、五時になると業務終了。
貴也は食堂で夕食を取って、部屋で一人酒。
本当は日本酒を飲みたいところだが、似たようなものはあるが美味いものは高すぎて手が出ない。
だから、そこそこのウィスキーをチビチビとやる。
クロードの執務室、書類棚の奥の方にあった酒をちょろまかしたわけではない。
バレたらまずいかなあ……
つまみは外に出しても問題のないマニュアル類だ。
なかなかに仕事人間な貴也だった。
こうして、貴也の何気ない日常は進んでいく。
えっ? 無双?
何それ、美味しいの?
貴也が無双する日はまだまだ先のようだ。
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