第三十一話 執事の仕事が多彩過ぎて無双できない。
あの後、速やかに謁見の間から離れることになった。
通常、あれくらいの話なら謁見の間など使われないそうだ。
先にも述べられたが謁見の間は公的な行事や会合に使われる場所であり、その文言はすべて記録され公式見解と言うことになる。
普通、公爵家と言えど家族のゴタゴタにこんなところは使わない。
使った理由は単に貴也を怯ませ、こちらの要求を断れないようにする為だった。
あとで聞いてただただ呆れるだけだった。
と言うわけでいい時間にもなったので晩餐に招待された。
公爵と一緒に食事など御免被りたいんで「使用人が主人と同席するのは不適切だ」と言ってみたが通用しなかった。
曰く、契約がまだなので君は我が家の使用人ではなく客人だ。
曰く、使用人が主人と同席するのは不適切ではない。そうだ。クロードも出席させよう。
曰く、使用人が主人に逆らうな。素直に食事の相手をしろ
だそうだ。
もう、言ってることが支離滅裂だ。
こんな人が国の重鎮でこの国は大丈夫なのか心配になる。
まあ、公私の区別はしっかりしてるんだろうけど……。
と言うわけで、今日の夕食は公爵とクロード、貴也の三人で摂ることになった。
アルはと言うと罰と言う名の再教育中だ。
今日の夕食はマナー教育という話だ。
アルのテーブルマナーはどこに出しても恥ずかしくないレベルだと思ったが、それは貴也の視点での話だ。
王宮で指導もしたことがあるエリザベートからすればまだ穴がある。
それを一から十まで指導されるのだ。
食べた気なんかしないだろう。
ご愁傷さまだ。
クロードに聞いた話によるとエリザベートは教育係として公爵家にやって来たらしい。
長男のエドワード、次男のアレックス、そして、一番下の長女カトリーヌの教育が主な業務。
それ以外にも使用人の教育。
公文書や書簡の代筆。
公爵への助言も彼女の仕事である。
だから、この家で彼女に逆らえるものはいない。
クロードでさえ彼女には文句を言えない。
と言うより言う隙がないとのことだ。
絶対に関わらないでおこうと思うが、まあ、無理だろう。
貴也は重いため息を吐いた。
公爵との晩餐は和やかで意外に楽しいものだった。
ルイズの親父さんの料理もなかなかのものだった。
流石はルイズの師匠だ。
少し話をしたが、娘をまだまだだと貶しながら嬉しそうに話す彼はいいお父さんなのだろう。
そんなこんなで長い夜は終わりを告げた。
明日からは執事としての一日が始まる。
これから、貴也は異世界で執事としてのし上がっていくのだ。
完
なんて話を終わらせられたらいいのにそううまくはいかない。
執事の仕事はすごく。すご~~~~く、大変なのだ。
聞いてはいたが、少々、いや、かなり甘く見ていた。
まず、最初に執事長からの挨拶。
「貴也さんは執事の仕事についてどれだけ知っていますか?」
「あの、執事長。さん付けではなく呼び捨てでお願いできませんか?」
「それは出来ません。使用人、家臣、衛兵にはさん付けか役職名。それ以外のすべての人間には様付けがが規則です」
「軍人や公務員の方は?」
「当家から出向しているもの以外はすべて様付けです。彼らは公爵領が雇用している領民です。我々はタイタニウム家に雇われたタイタニウム家の家人となります。便宜上は準公務員の国民扱いとなります」
なるほど、日本でいえば県庁で働く公務員と知事の私設秘書の関係と考えればいいのかな?
ちょっと違う気もするがそう思っておけばいいだろう。
頭の片隅にメモを取りながら貴也は頷いておく。
クロードはそれを見て再度同じ質問をした。
「それで貴也さんは執事の仕事をどの程度理解していますか?」
「申し訳ありません。主人の仕事の補佐と言うことしか理解していません」
ふむと頷き、クロードは説明を始める。
「では、最初から説明しましょう。貴也さんの言う通り、主人、当家では公爵様ですね。公爵のサポートが我々の仕事です」
貴也は大きく頷き、先を促した。
だが、ここから先が酷かった。
覚えられるか心配なくらい。
とりあえず、箇条書きで書き出していく。
・炊事、洗濯、掃除、身の回りのお世話。
まあ、執事やメイドと言えば普通これだよね。納得、納得。
・他家の客人や国のお役人のおもてなし。
そうだよね。お客様が多いだろうからそのお相手はしないとね。
・出入り業者との商談
へえ、基本は各担当者が手配するが最終決定権は執事にあって決済するそうだ。
お金の支出は基本執事が行うとのこと。
・公爵家の衛兵の配置、スケジュール管理、訓練計画、教導。
スケジュール管理はまだわかるけど教導?
・公爵家の個人資産の管理、運営。
うん。そうだよね。資産の管理もやらないと
って、えええ~~~。個人資産運営ってなにこれ。
1.農園(領内に点在、総面積 約7万ヘクタール 琵琶湖が約6.7万ヘクタールで同じくらい?)
農産物の種付け、刈り取りなど耕作スケジュール管理、人の手配、消耗品の管理発注。
収穫物の加工、販売。
来年度の見込み、作付け量や休耕地の選定、計画立案、実行。
2.商店
大小含めて798社
小はルイズの店のような店
大は100の事業所を持つ国をまたにかける貿易会社
そのすべての会社の経営監査
主な監査項目
経理、人事、経営指導、年次月次の目標設定、評価。
商品開発、新規事業開発、店舗縮小、拡販計画。取引相手との折衝、接待。
海外法規のアドバイス、仲介、調停。
税務コンサル
3.水産業
公爵家、所有の領海、湖での漁業活動の統括
漁獲量の計画発案、決定。
違法操業の取締り。
道具や新漁法の購入、開発。使用方法の指導。
漁船の製造、開発
加工、製造、販売
4.林業(未開発の公爵領の森はすべて公爵家の所有物)
私有林の手入れ、管理計画立案。
材木の販売、経理。
魔物の駆逐計画立案実行、領軍、国軍の出動要請。
5.鉱業(鉄、石炭、レアメタルの鉱山を多数所持)
鉱夫の募集計画、採用。
採掘事業、安全基準の作成、実行、見直し。
鉱物資源の開発、加工、販売。
6.有価証券、債券、通貨の運用、管理。
7.所有施設の保守点検、整備、営業。
8.各事業の収益管理、税処理。
他にも多数資産あり。
総額 約35兆ギル
大体 1円=1ギルなので個人資産35兆円
バカなの、ビル・ゲイツが8~9兆円だよ。その4倍なんて
呆れてものが言えない。
何この金額。
それを監査しないといけないの?
誰が?
まじで?
確かに公爵が経営しているのだから最終決済はすべて公爵がやらなければいけないが、こんなもの一人で出来るわけがない。
それを専門家チームが取りまとめる。
その専門家チームすべてに参加し取り纏めるのが執事らしい。
もう勘弁してください。
その他に公務
・公爵領、公務員の人事決済、予算計画、決定、実行、検証。不正取締
・外交業務(国内他領や国相手および外国との交渉)
・国会議員としての活動
公爵は貴族院議員で魔法省の大臣でもある。
・公爵軍の人員整備、訓練、魔物討伐、領境の警備、国軍との連携
などなど。
お役所の仕事もすべて最終決済は公爵がやることになる。
官僚と公爵の間に入ってそれを取りまとめるのも執事の仕事。
執事はすべてを把握して情報収集、人材集めから配置、公爵への助言をしなくてはならないらしい。
ざっと上げたところでこんなところですか、だって。
聞いてるだけで頭がおかしくなる。
公爵の業務は多岐に及び細かいところまで把握してられない。
だが、意思決定をしなければならない。
そのために専門の文官がおり、それを取りまとめるのが執事の仕事。
公爵の目や手が届かないところをフォローするのが執事の仕事らしい。
最悪、領主に代わって実務もこなさなければならない。
文官に任せられないのではなく。
この世界はスピードが求められる。
商売では当然だが、魔物のいる世界なので簡単に人の命が失われることがあるのだ。
公務員や各事業責任者はいろいろとしがらみがありその動きは遅い。
書類を上げていちいち判断を仰いでいては間に合わない。
それに利害が反した時に公爵のために動くとは限らない。
だから、それらに縛られることなく、公爵の利益優先で動ける部隊が必要となる。
それがトップダウンで行動できる独立部隊、執事以下の公爵家使用人と言うわけだ。
っていえば格好は良いがこんな業務、誰が出来るか!
えっ、「わたしはやっていますよ」だって。
これだから天才は手に負えない。
貴也の前途は暗かった
軽い気持ちで引き受けたわけではないが、執事の仕事が多彩過ぎて無双できそうにはなかった。
初めて評価いただきました。
思いのほか嬉しいです。ありがとうございます。
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