第三十話 領主と初対面するが無双できない
あの後、途中で大きな町で一泊し、さらに車を走らせること二日目の夕方。
窓の外に大きな都市が見えてきた。
高い外壁に囲まれた中世ヨーロッパに見られる城塞都市。
その中心にそびえ立つ城。
まだ、かなり遠いはずなのにその偉容に貴也は戦慄を覚えていた。
城は好きだったので日本国内の城は結構見てきたが、現役のヨーロッパ風の城というものは迫力が違う。
外壁の高さ含めて驚くべきものだった。
「どうですか。ここが我が領都タイタニウムです」
どこか誇らしげに語るアル。
いつもなら皮肉の一つもかけるところなのだが、今は素直に感嘆していた。
「本当にすごいな。あんな大きな外壁にお城は見たことがない」
「でしょう。初代が作り上げたこの都市は王都にさえ劣らないんですよ」
誉められたことが余程嬉しかったのか、城や都市について語りだす。
それをBGMにしながら、どんどんと近づいてくる都市を貴也はただ見詰めていた。
都市を囲む見上げるような壁、そこに備え付けられた巨大な門は開け放たれている。
日没と共に門は閉じられるのでこの時間は車通りや人通りが激しい。
その中をゆっくりと車が都市へと入っていく。
タイタニウムの町は外だけでなく中もスゴかった。
レンガ造りの家や石畳が連なっている。
どこも似たような二階建ての建物が規則的に並んでいる。
高い建物や奇抜な建築物はあまりない。
しかし、そこには趣があった。
パルムの村では田舎臭くて不便そうにしか感じなかったが、流石領都だ。
洗練されている。
それによく見てみると似たような建物に見えて一つ一つに個性がある。
街灯もアンティークな一品だ。
多分、都市の雰囲気、いや、空気がそう感じさせるのだろう。
貴也は車から出てこの街をグルリと回ってみたかったが、そうはいかないみたいだ。
車はまっすぐに都市の真ん中、城の方へと進んでいく。
城に行くまでにもう一つ壁と門がそびえ立っていた。
外壁側と違って、ここは立派なお屋敷が多いようだ。下町と山の手と言う感じだろうか? この辺は高級住宅街となっているみたいだ。歩く人の身なりもいいように感じる。
そして、車は城門の前で一度止まった。
門番の兵士が近寄ってきて運転席のラインに一言二言かけると両開きの城門が重厚な音を立てて開いていく。
この音も演出なのか、貴也は自分が場違いなところに来てしまった、と今更ながら感じいていた。
城門を車がくぐりしばらく林の中を走る。
都市の中、しかも中央にある城門の中にさらに林があることに驚いているうちに視界が開けてきた。
そして、そこには赤く染まった城が立っていた。
元は白の城壁が夕日に染められて赤く輝いている。
飾り気のない威圧感のある武骨な城はまるで血に染まっているようだった。
貴也は背筋に冷や汗を感じつつもそこに美しさを感じていた。
貴也が魅入られていると、堀に橋が渡された。
この都市に入って四回目の門を潜ることになる。
門から建屋まで左右対称に花壇や植木が設置され、噴水を中心に据えるロータリーの前で車が止まった。
そんなにスピードは出ていなかったが、城門を潜ってから実に五分以上経過している。
バカみたいな広さだ。
貴也はもう驚き疲れていた。
後部座席のドアが開き、クロードに降りるよう促された。
貴也はキョロキョロと視線を彷徨わせながらクロードたちの後に続く。
礼を欠く行動だと自覚はあるが好奇心には勝てなかった。
高級ホテルのエントランスを思わせる吹き抜けのホールを抜け二階に続く階段を昇る。
そこからまっすぐ続く廊下は貴族のお屋敷のお約束と言うのか毛並みの高い絨毯が敷かれ、甲冑や彫刻、絵画が一定間隔で飾られている。
そして、突き当りには槍を抱えた衛兵が二人、門の前に控えていた。
衛兵は槍で門をバツ印に封鎖する。
「アレックス=フォン=タイタニウム。ただいま戻りました。父上に謁見を賜りたいと存じます」
ザッと足音をそろえて槍が上がり、兵が左右に下がる。
そして、門がゆっくりと開いていった。
大広間の向こうに公爵家の紋章と国旗が飾られ、その前の一段高いところに玉座のような厳かな椅子が見えた。
そこに座っているのが公爵閣下なのだろう。
アルは物おじせずに前に進み、段の手前で膝を付く。
クロードはいつの間にか公爵の隣に侍っていた。
取り残された貴也は慌ててアルの左斜め後ろに膝を付く。
「顔を上げよ。アレックス」
一度電話で聞いたことのある声だった。
貴也はあの時のことを思い出して改めて額に汗をかいていた。
一般庶民が貴族に、それも公爵に啖呵を切ったのだ。
この世界の貴族がどのような倫理観をもっているかは知らないが、中世の地球ならそれだけで首が飛んでいても仕方がない。
表情には出さないが内心ガクブル震える貴也だった。
その間も公爵とアルの話は続いている。
「勝手に家を空け、皆に心配をかけたこと何か弁解はあるか?」
「いいえ、ありません」
「そうか。では、処分が決まるまで謹慎をもうしつける。処分はエリザベートに一任してあるので彼女に従うように」
「そ、それは……」
ギョッとするアルにニヤリと悪い笑みを向けた公爵は
「弁解はないのだろ。なら、黙って処分を受け入れるがいい」
「はい」
と肩を落とす、アル。
何をそんなに気落ちしているのかと思っていると、大広間の奥の扉から初老のご婦人が現れた。
品がよく、姿勢がいい。
そして、その視線は穏やかで良家の奥方様と言った感じだ。
そして、彼女はアルの前までやってくると
「アレックス様。では、まいりましょうか」
ビクッと肩だけ震わせる、アル。
そして、貴也はエリザべートの目を見て総毛だった。
あ、あかん。この人、クロードさんの同類だ。
素早く目線を外そうとしたがエリザベートはこちらを見て柔和に微笑む。
その微笑みが本質を見抜いた貴也には余計に恐ろしかった。
どうやら、公爵家と言うのは百鬼夜行の巣窟であるらしい。
公爵に、クロードに、エリザベート。
この三人で打ち止めだと思いたい。
実は他にもいると聞かされたら貴也は命がけで逃亡しなければいけないだろう。
まあ、逃げられるとは思わないけど。
そんなことを考えている間にアルは連れられて行った。
首にロープが括られ、BGMにドナドナが流れているのは貴也の想像力の賜物と思いたい。
そして、この場に貴也は取り残された。
えっと、どうすればいいのかな?
もう帰っていいですか?
真剣に聞きたいところだったがそんなこと言えるわけがない。
貴也は重い沈黙に耐えていた。
「相場貴也と言ったな」
「はい」
「そなたにはまず礼を言いたい。我が愚息が迷惑をかけてすまなかった」
頭を下げる公爵を見て貴也は固まっていた。
そして、何とか声を絞り出す。
「頭をお上げください。わたしは頭を下げられることなど何もしておりません」
「そうは言うが勝手に名前を使われた挙句、寝る所と仕事の世話をしたそうではないか。公爵としてではなく親として礼をするのは当然ではないかな」
「でも、その仕事も公爵家の店ですよね」
「あはははは。言われてみるとそうだな。なるほど、なるほど」
何がツボに嵌ったのか公爵は大笑いしていた。
そして、笑いを収めると目つきが変わった。
貴也は緊張する。
「まあ、細かいことはどうでも良い。貴殿には借りが二つできた。パルムの店の繁盛とアルの世話の件だ。成果を上げたものに褒賞を出さねば貴族の名が廃る」
「いえ、パルムの店の件は公爵様に電話で失礼な発言をしたことで帳消しにしてください。アルの件については寝食の面倒を見たのはパルムの村の農家カインの手柄です。人の手柄を横取りするような真似はわたしには出来ません」
つらつらと言い訳をして褒賞を受け取ろうとしない、貴也。
貴也はこのとき勘づいていたのだ。
これが褒賞と言う名の罠だということを。
「そうか。では、カインには何か褒賞を送らせよう。カインにも褒賞を出せば手柄の横取りにはならぬだろう」
「そうですね。カインに与えられる褒賞の何分の一かであれば」
恭しく頭を下げる貴也とそれを値踏みする公爵。
貴也が顔を上げると公爵はニヤニヤと嬉しそうに笑っている。
見た目だけでは四〇代くらいの精悍な男性なのだが、その愉快犯的な笑みが全てを台無しにしている。
公爵くらい偉い人間ともなると娯楽に飢えているのかもしれない。
それとも日頃の激務からストレス発散で庶民をいたぶって楽しんでいるのだろうか?
貴也の相手をするのは格好の暇つぶしなんじゃないだろうかなどと、貴也は邪推していた。
そんな中、公爵は次の一手に出てくる。
「そうそう、忘れていた。パルムの村の酒場の経営にも口を出してくれたそうだな。店主に酒の美味しい飲み方などを教授してくれたそうな」
「いえいえ、それほどのことではありません」
「そんな謙遜をするな。聞いておるぞ。その証拠に売り上げが二〇%も上がっている」
「ですが、その分、手間暇がかかって利益率は落ちてるんじゃないですか? 利益ベースで見たら誤差の範囲内だと思いますよ」
「そんなにわたしからの褒賞を得るのがいやか?」
「そこに何かしらの思惑がなければ喜んでいただきますとも」
二人は軽くにらみ合い笑い出した。
笑ってみたものの心の中では冷や汗ものだった。
現状、すべてが綱渡りだ。
いまの発言も不敬と言われれば反論は出来ないだろう。
でも、話している間に公爵がそんなことで咎めるような人物ではないことを理解していた。
なら、もう少し攻めて見て公爵をある程度楽しませたら、逃げれるのではないかと貴也は考えていた。
別に油断をしていたつもりはなかった。
が、余計なことを考えて公爵から気をそらしてしまったのは失敗だった。
「貴殿は酒場でラインと口論になり暴力を振るわれたそうだな」
「……はい。でも、それはお互いに非があったことすでに解決しています」
「いやいや、これは立派な傷害罪だ。刑事事件に当事者の思惑は関係ない」
この人はいったい何を言い出しているんだ?
貴也は思考を加速させ公爵の意図を見抜こうとするが話はどんどん進んでいく。
「しかも、彼は我が臣下だ。職務中に口論になったとは言え民間人に暴力をふるった。これは軍法会議にかけられてもおかしくはない」
「軍法会議とは大げさではないですか」
「そんなことはない。軍で一番大切なものは規律だ。それを破るものに武力は与えられない」
貴也は自分がどんどん不利な立場に追い込まれているのを感じていた。
ここから一発逆転を狙える札を貴也は持っていない。
そんな貴也の信条を悟って、公爵は賽を投げた。
「軍規に照らし合わせればラインは死刑だ」
貴也は息をのむことしかできなかった。
自分のバカな行動で人が死ぬ。
そんなこと到底許容できることではない。
貴也は額に汗をかきながら考えていた。
そこにクロードが助け舟を出してくれる。
「閣下。少々お戯れが過ぎませんか。謁見の間での発言は公式のものとなります。いまの発言もすべて記録されますがよろしいですか」
場にピンと緊張の糸が張った。
クロードから放たれる冷気を感じて冷や汗を掻くのは公爵の番となった。
「うむ。そうだな。余が間違っていた」
「間違っていた。さて、何のことでしょう。わたくしは何も聞いていませんが。貴也様はいかがですか?」
「わたしも何も聞いておりません」
「そうか。余の勘違いだったみたいだな」
「そのようですね。では、貴也様への褒賞はわたくしの一存で決めさせて頂きます」
公爵は目を白黒させて慌てていた。
「それとこれとは話が……」
「公爵様。よろしいですね」
「お前はずっと反対してたではないか。そのお前に」
「よろしいですね」
「わかった。良きに計らえ」
渋々、公爵はそう答える。
「それでは貴也様。褒賞ですが……」
軽くクロードはためを作った。
貴也がごくりと喉を鳴らす。
「公爵家で執事見習いとして奉公する栄誉を与えます。期限は半年。雇用条件などは後日、話し合いの場を設けます。如何ですか?」
如何も何もここで断れるものではないのでしょ?
と視線でクロードに問うてみたが彼は満面の笑みしか返して来なかった。
公爵は驚きの表情でクロードを見ている。
そんな中、貴也は盛大な溜息を吐いて
「謹んでお受けします」
貴也が頭を下げると満足げなクロードの顔があった。
どうやら、この執事には一生敵いそうもないと思う貴也だった。
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