第二十九話 クロードさんの魔術指導を受けるが無双できない
投稿再開しました。
何とか休まず営業したいと思います。
よしなに
「では、明朝お迎えに伺います。それまでに挨拶などお済ませください」
クロードが一礼して去っていった。
貴也は思わず安堵の息を吐く。
だって、しょうがないじゃないか。
あの人の雰囲気は尋常ではない。
強者オーラが全開で傍にいるだけで緊張を強いられる。
あの人が実は公爵だったと言われても貴也は納得しただろう。
それほどの貫禄があった。
多分、一生かかってもあの人には頭が上がらないだろう。
っていうか、これからあの人が直属の上司になるわけか。
マジに逃げたくなってきた。
そんな感じで苦笑いを浮かべている貴也にアルが。
「大丈夫ですか?」
心配そうに声をかけてくる。
こちらも苦笑いだ。
「大丈夫……ではないかな。マジであの人何者なの? 冒険者ギルドのギルドマスターが元SS冒険者って聞いてたけど、あれよりよっぽど化け物だったよ」
「あはははは。まあ、そうですね。純粋な戦闘力だけで比較すればギルドマスターの方が強いんでしょうけど、クロードはそれだけでなく何でもできますからね」
「なんであんな人が執事なんてやってるんだ。あの人なら国の高官になれるんじゃないのか」
「あれ程の人だから執事になれるんですよ」
「えっ? どういうこと?」
首を傾げる貴也にアルが説明してくれる。
まず、第一に正式な場所で執事と名乗れるのは専門の教育機関を優秀な成績で卒業した者だけらしい。
あとの者は単なる使用人。
呼べて執事見習いということになる。
その学校も難関で基本貴族の次男や三男が厳しい受験を乗り越えて入学する。
平民でも何年か貴族の家での執事見習いを経て入学することもあるが、かなりの狭き門だ。
しかも、完全な実力社会である。
執事を志してから諦めるか、引退するまでの間、基本的にファーストネームしか使用しない。
公式な場で名乗るときは仕える家や学校の名前を用いることになる。
執事となる最初の心得が身分などを捨て主に忠誠を尽くすことなのだ。
クロードも伯爵家の三男坊であまりにも優秀で彼こそが当主に相応しいという声が上がり始めるのを感じ、お家騒動になる前に執事を目指したらしい。
そんな彼はこの世界で最古で最大の国 サフィール帝国の国立執事学院を首席で卒業している。
この首席はダダの一番ではない。
最高何度の基準をすべての科目でクリアし、さらにその学年で一番にならなければならない。
学院が設立して1200年、首席の称号を得られたものは三十八人しかいない。
世界中から天才と呼ばれるものが集まって、その中でも三十年に一人しか出てこない。
そんなとんでもない存在なのだ。
下手すると小国の国王より権威のある人なのだ。
聞けば聞くほど信憑性のなくなる話だが、彼を見た後だと妙に納得が出来た。
やはり、あんな人の下でなど働きたくない。
天才は好きだが、その相手をするのがどれほど大変かは身に染みてわかっている。
「やっぱり、逃げよう」
貴也が独り言をこぼし、荷物を取りに行こうとするとアルにガッシリと肩を掴まれた。
「逃げちゃ、ダメですよ」
「やだよ。悲惨なオレの未来が見えるんだ」
困り顔のアルをふり解こうとするが力では敵わない。
それでも抵抗を続ける貴也にアルが
「どうせ、逃げても捕まりますよ。クロードの捜索能力を甘く見ない方がいいです。逃げて捕まると心証が悪くなりますよ」
「それは嫌だなあ」
ガクリと肩を落とす貴也。
そんな彼にアルはにこやかな笑顔を向ける。
「それに心配しなくても大丈夫ですよ。クロードは仕事には厳しく、容赦がありませんが普段は優しいですから。ああ見えて冗談とかも言うんですよ」
それって仕事上の付き合いになる貴也にとっては何のフォローにもなってないんじゃないか。
天才型の人間は妥協という言葉を知らない。
しかも、あの執事長は他人を使う立場の人だ。
きっと、こちらの実力を完璧に把握して、限界ぎりぎりよりちょっと上の仕事を押し付けてくるのだ。
そして、それをクリアするとさらに難易度を上げた仕事。仕事。仕事。
確かに成長は出来るのだが、心身ともにボロボロになる。
しかも、それすら見極めて倒れる寸前まで働かされて……
あかん。暗い未来しか見えてこない。
逃げ場もない。
貴也はトボトボと自室に戻っていった。
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次の日の朝、カインの家の前にリムジンが止まっていた。
うん。長い車体のアレである。
この村の景観には非常にミスマッチなのだが、この世界の科学水準だと納得いくものだ。
運転席にはなぜか顔色の悪いラインがいた。
クロードの話によると今回の報告と不手際に対して再教育が施されるらしい。
どうも、酒場で貴也に言い負かされたことがクロード的に問題になっているそうだ。
斥候が主任務なので酒場の業務などそれなりでいいのではないかと思うのだが、それを言うとこちらにも矛先が回ってきそうなので黙っておいた。
恨めしそうなラインの視線には気付かないでおく。
クロードは恭しく後部座席のドアを開けて控えている。
「どうぞ、アレックス様」
アルは何の気概もなく車に乗り込む。
そして、躊躇う貴也に向かって
「貴也様もどうぞ」
クロードが一礼した。
「あの。その貴也様というのは止めてもらえませんか? あなたはわたしの上司になるわけですし」
「いいえ。現段階では貴方様は執事見習いではありません。ご主人様が任命してそれを了承するまでは貴方様は当家のお客様です。お客様に存外な言葉遣いは出来ません」
クロードの言葉は有無を言わせぬものだった。
逆らっても勝てる気がしないし、彼の心証を悪くすることは極力控えたい。
だから、貴也はそれ以上何も言わずに車に乗り込む。
沈み込む革張りの座席に驚いてるうちにドアが閉まる重厚な音が静かに響いた。
クロードがドアを閉めたのだろう。
クロードは素早く助手席に乗り込み車は音もなく走り出した。
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「はあ、こんな空間で長旅するのか」
思わずため息が漏れてしまった。
「乗り心地が悪いですか?」
「良すぎて困ってるんだ。何? この広さ。こんな高級車乗ったことがない。それにこのフカフカのシート。沈み込み過ぎて逆に気持ち悪いよ」
「そうなんですか? いつもこんな感じなんでどう違うのか僕にはわかんないんですけど」
嫌みのない返事に貴也はイラッと来る。
これだからブルジョワわ。
「あと、クロードさん。なんか緊張感あるし、見てみろよ。運転席のラインさん顔真っ青だぞ。休憩をどれだけ挟むか知らないけど二日近く運転しなきゃならないのに、あんな状態じゃ持たないぞ」
それにはアルは苦笑していた。
「じゃあ、こちらにクロードを呼びますか? 少しはラインさんの心労を和らげる効果があると思いますが」
「ごめん。ライン。事故らないように頑張ってくれ」
貴也はそう祈りながらシートに身体を投げ出した。
車内は非常に静かで快適だった。
窓のそとを景色が凄いスピードで流れていくが振動は全くない。
はっきり言って暇だ。
貴也はアルに視線を向けると彼は目を瞑って何かを考えているようだ。
話しかけるのも躊躇われたので貴也は視線を車窓に向ける。
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「貴也さん。休憩ですよ。起きてください」
「ああ、悪い。寝てたみたいだ」
「それはいいですけど、休憩中にトイレと食事を済ませてください。まあ、周りが森ですからいつでも止めて用を足せるんですけど、やれるときにやっておいた方がいいので」
そんなことを聞きながら貴也は車から降りた。
そこは森の中にあるちょっとした広場だった。
車が数十台単位で止められるスペースがあり、簡易トイレが設置されている。
店などはないが水場やかまど用意されており、ちょっとした休憩をする場所なのだろう。
太陽の位置からすると今はちょうどお昼時。
パルムから車で三、四時間の距離というところか。
あとからアルに聞いてみると、こういう場所は100km~200kmに一つはあるらしい。
この辺は田舎なので店などはないが主要な幹線道路だとそれは大層賑わっているそうだ。
高速道路のパーキングエリアみたいな感じかな。
そんなことを聞きながらクロードが用意してくれた昼食をいただく。
サンドイッチにスープという簡単なものだったが、その味は流石としか言えなかった。
本職のルイズ顔負けである。
貴也はそれにかぶりつきながら、アルとクロードの話を聞いていた。
これからの予定から雑談へと変わっていく過程で話がこちらに飛んでくる。
「貴也様は退屈などしておりませんか」
「ええ、ちょっと暇ですね。こんなことなら車内でも練習できる魔法を教えて貰ってくればよかったです」
「ほう、魔法ですか? ちなみに貴也様はどのような魔法が使えるのですか?」
クロードの瞳に怪しい輝きが灯っているのに貴也は気付けなかった。
だから、素直に受け答えする。
「まだこちらに来たばかりですからね。四大元素の生活魔法が使える程度です。と言っても魔力容量が少ないものですから他に覚えられるものも少ないとは思うんですけどね」
「そうですか。では、次は強化系魔法を覚えられたらいかがですか。強化魔法は魔力消費が少なく有効なものもありますよ」
「そうなんですか? 強化魔法なら車内でも使えそうですね」
「じゃあ、貴也様に取って置きの魔法をお教えいたしましょう」
「取って置きですか?」
「はい。クロックアップという魔法です」
「クロックアップですか? いったいどんな魔法なんですか?」
「なっ!」
アルとラインが絶句していた。
それをクロードは視線で制する。
貴也は魔法の話と言うことで我を失っていた。
冷静だったらラインやアルの反応を見逃すことなどなかっただろう。
クロードはニヤリと笑って
「身体強化系の魔法の一つで思考力をアシストする魔法です。まずは、魔力を脳の前頭葉のあたりに集めてください」
「前頭葉と言うと頭の前の方ですか?」
額を指さす貴也にクロードは大きく頷く。
「イメージですのでそこまで厳密に考えなくていいです。思考を司る部分が大体そのあたりにあるので魔力をそこに集める感じで、そして、自分の思考が速くなっていくのをイメージするんです。脳内のニューロン間を光が行き来しているのを感じてその往復の数を増していく。イメージです」
「はい」
貴也はイメージを膨らませていった。
テレビで見たニューロンの画像。
ある一転から光が走る。
その光が別の起点から違う起点へと走っていく。
それが数を増し、忙しなく動き回る姿を。
イメージをしていると頭が少しボウーッとしてきた。
そこにクロードの声が聞こえてくる。
「我が思考よ。時を超え、光を越え、無限にスピードを上げよ。すべてを感じ、すべてを判ずる。一は二に、二は四に加速し、高まれ。クロックアップ」
貴也はその呪文を靄のかかる思考の中で呟く。
「我が思考よ。時を超え、光を越え、無限にスピードを上げよ。すべてを感じ、すべてを判ずる。一は二に、二は四に加速する。昂れ、我がシナプス。クロックアップ」
呪文を唱え終わった瞬間、視界がクリアになった。
「ぬうあにいいぐわあおおくおてええるううんんんどうわああああ」
妙に間延びした声が耳に届いてきた。
一瞬、この声を自分が発していることに気付かなかったが、すぐに気を取り直す。
そして、驚いた拍子に後ろに倒れかかっているのを感じた貴也はバランスを取ろうと身体を前に倒そうとした。
しかし、身体は全く反応しない。
いや、している。
すごく反応が悪い。
と言うか、ゆっくり動いている。
そうか、時間の動きが遅いのか。
いや違う。
時間の動き方が遅いのではなく。
自分の思考だけが速くなっているのだ。
それに気付いてこれはマズいことに気付いた。
身体の感覚と思考の感覚がマッチしていない。
と言うことは下手なことをすれば危険が伴うことになる。
人間の身体はそれほど丈夫ではない。
反応しきれない動きを強要されれば無理をさせどこか痛めることになる。
現にいまバランスを取ろうとちょっと身体を前に倒しただけなのに、力が入りすぎて斜め前へと身体が倒れていく。
貴也は瞬時にそこまで判断して動きを止めた。
バランスを崩したままゆっくりと倒れていくのを感じられたが、下手に動けば余計な被害を増やしそうだったからだ。
貴也は咄嗟に受け身を取ろうとするのを無理やり抑え込む。
そして、どれくらいの時間をかけて倒れたのか分からないが身体に衝撃がやってきた。
地面に肩から突っ伏して反動で少し跳ねる。
それがスローモーションで感じられた。
肩と地面がぶつかる痛みが断続的に感じられる。
これが結構きつい。
普通なら一瞬で終わる痛みが、痛む個所を移動しながらゆっくりと続くのだ。
多分、現実時間では数秒の出来事だったのだろうが、貴也の主観時間では優に五分は経過している。
そして、この奇妙な感覚が途切れた。
貴也は現実に戻ってくる。
「くわああ。痛ってええええ」
「大丈夫ですか。貴也さん」
アルがすぐに助け起こしてくれた。
「ああ、何と……」
いいきる前に頭に激痛が走った。
貴也は頭を抱えて転げまわる。
「クロード!!!」
アルの怒声が遠くで聞こえたがすぐに意識がなくなった。
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「えっと、ここは」
「目が覚めたんですね。良かった」
目の前にアルの顔が見えた。
どうやら貴也は車内で寝かされていたらしい。
アルの隣に座るクロードが似合わない表情をしていた。
態度を崩すことなどないと思っていたクロードが神妙な面持ちでこちらの様子を伺っている。
そして
「申し訳ありませんでした。あなたが倒れたのはクロックアップの魔法の所為です」
信じられないことにクロードが頭を下げていた。
貴也は慌ててクロードの頭を上げさせる。
「大丈夫ですから頭を上げてください」
言った通り、まだ、軽く頭が重いがそれだけだった。
あんな倒れ固したのだから、どこかに擦り傷くらいありそうだったが、それもない。
多分クロードが治療したのだろう。
そんなことを考えながらも話を続ける。
「それで何が起こったんですか?」
クロードが説明してくれた。
貴也が教えて貰ったあの『クロックアップ』の魔法は思考強化魔法。
思考を加速させ、体感時間を引き延ばす上級魔法だそうだ。
この魔法は魔力量や熟練度によって、その有効時間、加速倍率を調整できるという。
つまり、現実では一秒しか経過していないが頭の中では五分経過している。
と言うチート魔法なわけだ。
この魔法を使えば相手の攻撃を感じた後に、どう対処すればいいかゆっくり考えられる時間が得られる。
ただし、肉体は現実世界と同じスピードで動いているのが欠点と言えば欠点だ。
だが、慣れ次第ではとても有効な魔法である。
それで今回のことだが、その魔法が額面通りの効果を発揮した。
正確な数字はわからないが、10秒が5分近くに感じられた。
つまり、300倍と言う加速を味わったわけである。
通常、魔法初心者が上級魔法を一度で発動などできない。
普通は初めて使うときは成功しなかったり、効果が下級魔法以下になったりするものだ。
だから、クロードは危なくないだろうとこの魔法を教えた。
魔法の一般的な教え方は初級から徐々に難易度の高い物へと順番に教えていく。
この方法は失敗することが少なく、危険もない。
しかし、デメリットもある。
一つ一つ覚えていくため時間がかかるし、中級、上級など上位の魔法の威力が落ちることがあるのだ。
初級火炎魔法と中級火炎魔法は似ているが全く違う魔法でただの発展形ではない。
それを知っていても順番に覚えていくと無意識にそういう感覚が生まれて魔法を阻害するのである。
だから、素質のあるものには最初から高位の魔法を指導した方がいいというものもいるのだ。
そして、クロードもその一人だった。
クロードは貴也の魔法の素質を知っていたので、上級魔法を教えてみたのである。
その結果がこれだ。
どうやら、クロードは貴也の素質を侮っていたらしい。
貴也は一発で魔法を成功させてしまったのだ。
身体強化系魔法全般に言えることだがこの魔法には副作用と呼べるものが存在する。
通常の何倍も身体を酷使することになるので身体にかかる負荷がすさまじいのだ。
この負荷に慣れるということも初級魔法から始める要因ともいえるだろう。
さっきの頭痛は300倍もの加速に脳が耐えられずにオーバーヒートを起こしたわけだ。
一歩間違えれば廃人になっていたということだ。
クロードの態度は納得のいくものだ。
「本当に申し訳ありませんでした」
クロードはもう一度深々と頭を下げる。
「そんな頭を下げないでください。大丈夫ですから」
貴也はそんなクロードを軽い態度で許していた。
そして、嫌な笑い方をする。
それに気付いたアルが慌てて
「ダメですよ。貴也さん。クロックアップの魔法は禁止です」
「大丈夫だって、さっきは持続時間や倍率を意識していなかったから最大限の効果が発揮されたんだろ。だったら、今度からはその辺もちゃんと盛り込んで魔法を使うよ。この魔法って倍率や持続時間を指定して発動できるんでしょ」
クロードに疑問を投げかける。
クロードは目を白黒させながら。
「はい。初級魔法の思考加速は大体1.1倍~3倍程度ですが、上級魔法のクロックアップは下も上も上限はありません。まあ、5倍以下の倍率で使用するのは難易度が上がりますが」
「う~ん。5倍か。ちょっと微妙だなあ。3倍くらいなら脳の負荷も大したことないと思うんだが……まあ、物は試しだ。やってみるか」
「って、だからダメですって。今日はゆっくり寝てください」
アルの叫びが車内を木霊するが貴也の耳に届いているとは思えなかった。
そんな彼を見るクロードの目が変わっていることに貴也は気付いていなかった。
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