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第二話 物理チートで無双できない

 今日、何度目かの絶望を味わう貴也。

 だが、そんなことはいまさらだ。

 日本でさえ理不尽なことはいくらでもあった。

 それが異世界ともなれば比べるまでもないだろう。


 ということで次に行こう。次だ!

 う~ん。

 異世界ものだと転移者は勇者だったり、救世主だったりするわけだろう。

 大抵が強いわけだ。


 でも、ここで一つ問題。

 最初っからステータス極限で無双するパターンと最初はレベル1で成長力が半端ないパターンがあるわけだ。

 今回の場合はどっちだ?

 希望としては最初から極限無双だが、世の中そんな甘くない。

 それじゃあ物語にならないと言うものだ。


 となると、弱いのか?


「くっ、やっぱりステータスが見れないのが痛いぜ」


 なんか口調がどんどん若返っている。

 というか、学生時代にも『ぜ』とかほとんど言ったことがない。

 貴也の中の厨二魂がふつふつと昂っている。

 その内、「俺の右手が!」とか言い出すんじゃないかと少し心配だ。


 そんなバカなことを考えていると、目の前に水色の物体があった。

 丸っこい『ぷにぷに』というか、『ポヨンポヨン』というか、柔らかそうなげゲル状のあのお方。

 見た目は某国民的大作RPGに出てくるあのお方そのものだ。


「嘘、スライム?」


 こちらに気付いているのか、プニョンプニョン跳ねながら森から出てくる。


「これはこいつと戦えということか?」


 神の考えが読めない。

 最弱キャラを出して自分の実力を知り経験値まで恵んでくれようとしているのか?

 もしかして、これは神が与えてくれたチャンスなのでわ?


 いや? この世界の神様がそんなにやさしいわけがない。

 今までの仕打ちを忘れてはダメだぞ、貴也! 

 と自分に言い聞かせる。


 まあ、異世界の神様が何をしたかというと何もしていない。

 貴也の存在すら知らない可能性の方が高いのだ。

 まあ、何もしないことが一番の仕打ちともいえるかもしれないが……


 とりあえず、それは置いといて問題は目の前のスライムである。

 最弱キャラなら戦うのもやぶさかではない。

 それどころか戦ってみたい。

 でも、ゲームによってスライムは物理耐性が強くて魔法攻撃じゃないと倒せなかったするものがいる。

 このタイプは強敵だ。

 レベル1で戦うようなモンスターではない。


 どうする? と貴也が逡巡していると

 ニヤリ、スライムがこちらを見て笑った。

 ピョンピョンとその場で飛び跳ねながらこちらを挑発している。


「おい、ヘタレ野郎。怖いんだろう。とっとと逃げて、お家でママのオッパイでもしゃぶってな」


 そんなことを言っている気がする。

 いや、確かに聞こえた。

 ふざけんなよ。

 貴也の頭に一気に血が昇る。


「上等だ! やってやるぜ~~~~~!」


 貴也はスライムに躍りかかった。

 目標は足元のスライム。

 渾身の力を込めて思いっきり蹴り上げる。


「なに? 躱しただと」


 以外にすばしっこいスライム。

 それに前後、左右、変幻自在に跳ね回るので狙いを定め難い。


「この野郎! 野郎! これでどうだ!」


 何度も、何度も蹴り抜くが当たらない。

 ピョンピョンと余裕の表情で躱していく。


「はっ、はっ、はぅ。こいつ避けるな、卑怯だぞ」


 貴也の息が上がっていた。

 攻撃の手が緩むとスライムはピョンピョンと跳ねて距離を取り、こちらに振り返る。


『キュキュキュキュキュ」


 右の口角を上げてこちらを小馬鹿にするように笑う。

 ここまで虚仮にされては貴也も黙ってはいられない。

 力を振り絞って突進。


「踏みつぶす!!!!」


 思いっきり足を振りあげてスライム向かって叩き落す。

 貴也の形相に一瞬あっけにとられたスライムだったが、難なく躱す。

 だが、今度の貴也はちょっと違う。

 逃げる方向をよんでいた貴也は着地点に向けて足を振り下ろす。

 叩きつける。叩きつける。叩きつける。叩きつける。


 地団駄を踏む駄々っ子のようにストンピングを嵐のように振り下ろす。

 だが、インドア人間の体力をバカにしてはいけない。

 あっという間にスタミナゲージは0だ。

 最後の一振り(フラフラ)を下したところで、膝が笑って崩れ落ちた。


 もう立ってもいられない。

 仰向けになり大の字になって倒れこんだ。


「俺の負けだ。好きにしろ!」


 スライムは貴也のお腹の上にのって嬉しそうにピョンピョン跳ねていた。

 どうやら、このスライム、貴也に遊んで貰えて喜んでいるようだ。

 

 貴也は天を見上げて嘆く。


「ちくしょう! 物理チートできねーのかよ!!!!!」


 このスライムはこの世界でそれほど強い部類ではないのだろう。

 スピードも普通に目で追えるし、力もそうあるわけでもない。


 いくらレベル1でもそんなスライムに、しかも、遊び気分の奴に勝てなかったのだ。

 貴也がこの先、成長してもモンスターを無双する姿など想像できない。

 勇者になんてなれるわけがないだろう。


 どうやら、貴也は物理チートにはなれそうもなかった。


「うん。そうだよね。運動神経なし、インドア運動不足、引き籠り気味の三十男が体力で勝負をしようというのが間違ってるよね」


 うん。うん。自分を納得させるように何度も頷く貴也。

 

 でも、異世界にきたら、やっぱり、剣を振り回してモンスターをバッサ、バッサと切り倒したいじゃない。

 

 勇者になって、お金もいっぱい、女の子もいっぱい、ハレーム作ってウハウハ人生。


 そんなこと夢見たっていいじゃないか!

 俺だって勇者になりたかったんだ。グスン。


 そんな貴也を不思議そうな目で見るスライムに気付いて、なんか急に恥ずかしくなってきた。

 貴也は誤魔化すように咳払いをすると、お腹の上に乗っていたスライムをそっと地面に降ろして立ち上がる。


 そして


「隙あり!!!!!」


 スライムを思いっきり蹴り飛ばした。


 スライムは何が起こったとビックリした目でこちらを見ている。

 そして、サッカーボールのように飛んでいき、木に衝突してベチャリ。

 スライムは平べったくなってその場に落下した。


「あれ? やりすぎた?」


 慌てて近寄る貴也。

 いくらモンスターだといっても心の通い合った友? である。

 死んでしまっては寝覚めが悪い。

 よく考えてみればスライムも途中から貴也の攻撃を避けるのを楽しんでいるようだった。

 それに貴也も少し楽しかった。


「どうしよう? ケガに効くようなもの持ってたかな? 絆創膏ってスライムにも効く?」


 なんてことを考えていたら、青い塊が飛んできた。


「グゲェ」


 鳩尾にクリーンヒット。

 実際はドッチボールを思いっきりぶつけられたくらいのダメージだったが、不意打ちだったのでひっくり返る。


 見上げるとスライムがお腹の上で元気にピョンピョン跳ねていた。

 そして、目が合うとこちらをバカにするように『キューッ、キュキュキュ』と笑う。

 元気そうでちょっとほっとしたが、笑われるのはいただけない。


 貴也は気付かれないように拳を握りこみ右フック。

 蹴った時ほど勢いは無かったが二、三メートル程飛んでゴロゴロ転がる。

 今度は貴也が笑ってやる番だ。


「人間様を舐めるな――ってこの野郎!」


 言い終わる前にスライムが飛んでくる。

 貴也はそれに合わせてカウンターの右ストレート。


「痛たたたたったた、放せ! この野郎! 噛むな!」


 突き出した右こぶしは見事に避けられて、スライムがガブリと噛みついている。

 歯がないのが救いだがこれが存外痛い。

 噛まれているというより締め付けられている。


「痛い、痛いって、血が止まる」


 貴也は腕を振り回して振りほどこうとするが、スライムはこれも遊びと思っているのか嬉しそうに笑いながら噛みついている。


「この野郎! 冗談じゃないぞ!」


 貴也はスライムに向かって残る左手で殴り掛かる。

 金槌を振り下ろすように何度も何度も殴り掛かるが、相手は不定形のゲル状生物。

 返ってくるのは弾力のある優しい衝撃のみ。


 どうやら貴也のパワーではスライムにダメージを与えることはできないようだ。

 不幸中の幸いといえば殴る左手が痛くないことくらいか。


「くぬうううう。この野郎! スライムの分際で!」


 悔しそうな貴也を振り回されながらも横目で確認するスライム。

 その目がニヤリと笑っているのを貴也は見逃さない。


「もう! あったまに来た! これでも喰らえ!」


 貴也は地面に思いっきり右手を叩きつける。

 もちろん、スライムが下になるようにだ。


「ギュイッ」


 今の攻撃は効いたのか、スライムの噛みつき攻撃がわずかに緩む。

 その隙を逃す貴也ではない。

 素早く、スライムを鷲掴みすると引き剥がせ…………ない。


 スライムは意地になっているのか、緩んだ口を急いで閉じる。

 そして、今まで以上の力で噛みついてくる。

 

 あかん。手が痺れてきた。


「うがあああああああ、手前! マジで痛いっつうの!」


 貴也は右手についたスライムをバシバシと連続で地面に叩きつける。

 だが、スライムが放す気配は微塵もない。

 それどころか、こちらを見て


「降参か? 降参するなら許してやってもいいぞ」


 と語りかけているようだ。(すべて貴也の妄想)


「この野郎! バカにしやがって!」


 貴也は今まで以上に右手を振り上げてスライム付き右手を渾身の力で地面に叩きつけた。


「――――っ!」


 右手には何もいなかった…………。


『キュキュキュキュキュ』


 貴也は右手を抱えてのた打ち回った。

 その周囲をスライムが実に楽しそうにピョンピョン跳ねながら笑っている。


 イラッと来た貴也は右手で横殴りのパンチを放つ。

 しかし、スライムは跳ねるリズムを一瞬だけ遅らせて拳を通過させる。

 ニヤッと笑うスライム。


 しかし、今度は貴也もいやらしく笑っていた。


「避けられることなど計算済みだ!」


 貴也はパンチを止めて素早く振り戻す。

 空中にいるスライムに躱す術はない。

 裏拳がクリーンヒットし、スライムは森の奥へと飛んでいく。


 貴也は高らかと拳を掲げると、会心のガッツポーズ。


 そこに青い弾丸が貴也に向かって飛び込んでくる。


「それはもう喰らった!」


 掲げた拳を思いっきり振り下ろす。

 ベチャッとスライムは地面に叩きつけられて潰れた。


「今度こそ、俺の勝ちだ!」


 貴也の勝利宣言。

 異世界に来てからの初めての戦いはスライム相手に辛勝であった。


 ……だから、痛いってスライム君。


 足元を見ると右足に噛みついているスライム。

 この生き物、無茶苦茶しぶとい。

 ペちゃんこに潰れていたのにまだ生きている。


 今まで戦ってみてこいつが弱いモンスターだというのは確定だろう。

 なら、何で初期モンスターのくせにこんなにしぶといのだろう。

 こいつ、核があるタイプでそれを壊さないと死なないとかじゃないだろうなあ。


「もしかして、思っている以上に俺が弱いと……」


 一番、当たっていそうな推測が頭に浮かぶ。


 いかん、いかん。それが確かなら、転移直後に死亡エンドなんて一番救いのないパターンになってしまうじゃないか。

 それだけは許容できない。


 貴也は頭を振って嫌な思考を追い出しにかかる。


 その間も少し怒っているのか、ガシガシと齧り続けているスライム。

 なんか牙みたいなの生やして貴也の足に突き立てているが、スライムのプニプニボディを変形させているだけなので別に痛くもなんともない。

 まだ、さっきのように締め上げるように噛まれた方が効果的だろう。


 なんか、そんな間抜けなスライムの姿を見て少し気分がなごんでしまった。

 やっぱりスライムは癒し系だな。


 半透明の青いボディ。

 プルンとしてツヤツヤでなんだかゼリーみたいでおいしそう。

 癒し系というより美味しい系。


 何だろう。

 それにしてもうまそうだ。

 実を言うと貴也は甘い物には目がない。

 最近、スイーツ男子が持て囃されているが、どうも気恥ずかしくて堂々とできない。

 でもここは異世界。

 知っている人は誰もいない。


 それに異世界に来てから何も食べてないじゃないか。

 こいつと戦って身体を動かした所為か、お腹が空いてきた気がする。

 意識しだすと、もう止まらなかった。


「ジュルリ」


 さすがモンスター危険察知能力が高いのか、ブルリと身体を震わせて、貴也から離れる。


「どうしたのかな? 逃げなくてもいいじゃないか。君は僕の足を齧る。僕は君の身体を食べるギブアンドテイク。なんていい響きだ。さあ、おいで僕のデザート」


 すでに貴也にはスライムが食料にしか見えない。

 愛しい愛しいスイーツにしか。


「いっただきま~~~~~~す」


 ルパンダイブで飛びつく貴也。

 それに対して必死の形相で逃げるスライム。

 そこには今まであった余裕など一切ない。

 脱兎のごとく逃げ出した。


「待て~~~! このデザートが!」


 貴也の動きも今まで以上に機敏だ。


 このスライム君。

 小刻みに動いて攻撃をひらり、ひらりと躱すのは得意だが、単純な逃走となると苦手なようだ。


 いくら素早くても歩幅? が違うので距離を稼げない。

 貴也は飛びつくのを止めて逃走経路をつぶしていく。

 そして、徐々に追い詰めていく。


「さあ、怖くないよ。少しその柔らかくて甘そうなプニプニボディを食べるだけだから。大丈夫だって、少しだけ、先っちょだけ。痛くないって。すぐに気持ちよくなるから」


 子羊のようにプルプルと震えるスライム。

 もう戦闘力の強弱など関係ない。

 捕食者と被捕食者だ。

 哀れなスライムはオオカミの前になす術もなく食べられてしまうかと思っていたその時だった。


 スライムの表情が一変した。

 そこに怯えは一切ない。

 周囲をきょろきょろと伺う。


「どうしたんだ?」


 貴也は悪乗りを止めて、スライムに尋ねる。


「キュキュキュ」


 何か懸命に訴えかけているが、スライムの言葉など解らない。

 業を煮やしたスライムは貴也のスボンの裾に噛みついて引っ張っていく。


「どうした? なにかあったのか? もしかして逃げろって?」


 貴也がそういうとスライムはコクコクと頷く。

 そして、森の中に入っていく。

 だけど、貴也の足は動かなかった。


 森の中に入って大丈夫か? 

 現代人の貴也にとって森の中は未知の空間である。

 子供の頃に森林公園で遊んだくらいだろう。

 人の手の入っていない自然の森は現代人にとっては恐怖の対象でしかない。


 ぐずぐずしている貴也に対してスライムが急げとでもいうように鳴き声を上げた。


 その時である。


 反対側の森の方からガサガサと何かが木を掻き分ける音が聞こえた。


 スライムはもう一度鳴き声を上げるとすごい勢いで森の中に消えていく。


 貴也はスライムの後を追うのではなく。

 反対側の森に視線を向けていた。


 そして、そこに現れたのは……





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カワイイ男の子が聖女になったらまずはお尻を守りましょう
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