第二十六話 ラインさんの話が思ったより深刻で無双できない
「どうやら今ははいないようだな」
裏口から顔を出してあたりを見渡す。
昼食時間が過ぎて仕事中の人が多いのか人の気配はない。
さっきの怪しい人達もどうやらどこかに行ってしまったようだ。
やはり目当てはアルだったのだろうか?
そのアルはと言う閉店の三十分以上前に店を出ている。
カインに早めに来てもらって先にラインの店に行ってもらったのだ。
カインの実力があれば余程のことがない限り襲われても心配はいらないと思うが、念を入れて大きめの籠を持ってこさせた。
出ていくときにアルをその中に入らせた。
カインが食材を持ってきて帰ったのを装って連れ出したわけだ。
アルは状況が分からなかったようだが、これも送別会のサプライズ演出だと言ったら何か嬉しそうに籠の中に入っていた。
この世界の住民はみんな騙されやすくて本当に心配になる。
まあ、それは置いておいて、どうやら作戦は上手くいったみたいだ。
念のためにアルに皿洗いをやっておけと言ったのも
料理人見習いにアルの格好をさせて皿洗いさせていたのも
効果があったのかもしれない。
怪しい三組はアルがこっそり裏口から出て行っても食事を続けていて、ランチタイムの営業が終わるちょっと前に出て行った。
だから、出て行ったのに気付かれていないのであれば見張りの一人や二人いるものと思っていたのだがその気配はない。
まあ、貴也が気付いていないだけかもしれないが。
貴也の感覚は店の中では鋭敏だが街中では人並みだ。
諜報の訓練を受けたものが本気で隠れたら察知できないだろう。
だから、いないと断言するわけにはいかない。
だからと言ってあからさまにキョロキョロすれば怪しまれるだろう。
貴也は極力怪しまれないように平常心を装ってラインの店へと向かう。
あそこの店にさえつけば何とかなるだろう。
「ふう。無事にたどり着くことが出来た」
額の汗を拭きながらホッと息を吐く。
そこにラインがやってきた。
「おう、貴也。突然、どうしたんだ。カインが籠に人を入れてくるし、パーティーするから準備しろっていうし。理由を説明しろって言っても貴也に聞けとしか言わないしどうなってるんだ」
「まあ、待て。それより水をくれ。喉が渇いてるんだ」
いつも通りの傍若無人な態度の貴也にラインは呆れながらも水を取りに行く。
貴也の喉は緊張からかカラカラに渇いていた。
いつ襲われるかわからないと冷や冷やしながら歩いたことなんてないのだから当然だ。
貴也はラインから冷たい水をもらって一気に飲み干す。
「プハアあ。美味い。もう一杯!」
「お前、いい加減、説明しろよ」
嘆くラインを余所にもう一杯水を飲み干す。
人心地ついた貴也はキョロキョロと店の中を見渡す。
「あれ? アルは?」
「アル? ああ、籠に入っていた若造だろ。あいつなら厨房でカインと一緒に料理の仕込み中だ。あいつは何者なんだ」
「何者って、知ってるのに惚けるのか?」
「ああん」
ラインの目の輝きが変わっていた。
ぞっとするほど冷たいものになっている。
貴也は怯みそうになるのを懸命に堪え、表面上は笑顔で対応する。
「何すごんでるんだよ。この村に冒険者でもない身元不明の人が入ってきてラインさんが把握してないわけないだろ。仕事熱心だもんな。ラインさんは」
「ただの酒場のマスターがなんでそんな奴の情報を持ってないといけないんだ」
「ただの酒場のマスターじゃないからだろ」
店内の雰囲気が凍り付いた。
ラインから浴びせられる殺気で貴也の膝は震えだす。
「誰に聞いた?」
低い声でラインが問いただす。
その声は今までの気の良い酒場のマスターとは別物だった。
貴也は背筋に流れる汗を意識的に忘れて笑顔を作る。
多分、ぎこちないものになっていると思うがそれは仕方がないだろう。
でも、ここで引くわけにはいかないのだ。
「誰にも聞いてないよ。一緒に働いていればそれくらいわかるさ。あんたの身のこなしはタダの冒険者上がりの酒場のマスターじゃない。一流の者だけが出来る動きだ。それにたまにあんたがお客様を見る目が違った。あれはお客様に向けるような視線じゃなかった。何か相手のことを探る目だ。オレの店で店員があんな目でお客様を見てたらすぐに首にしている」
「気のせいだろ」
この期に及んでまだ惚けようとするラインに貴也は肩を竦めてお道化てやった。
「おいおい。往生際が悪いんじゃないか。この店は冒険者向けの酒場だけじゃなくって情報収集のための諜報機関ってところじゃないのか? 多分、オーナーは領主様ってところだろ」
言い切る貴也を値踏みするように睨むライン。
しばらく、緊張感が続いたが、観念したとばかりにラインが笑い出した。
「あはははは。マジで凄いな、貴也。お前、本気でオレのところで働かないか?」
「勘弁してくれよ。荒事は苦手なんだよ」
「荒事以外にも仕事はいくらでもあるんだけどな。まあ、考えといてくれ」
「おう」
と返事するが貴也にその気は全くない。
それに今はそれどころではなかった。
「で、アルの件はどこまで把握している。多分、あいつは随分前から命を狙われている。貴族の坊ちゃんが従軍しての任務で情報が間違っていて危うく死にかけるなんて怪しいと思ってたんだ。そこにきて今日変な奴が十人くらい店に来た。もう、これは決まりなんじゃないのか」
ラインは顎に手を当て考えている。
何を話すべきか、話さないでおくべきか悩んでいるのだろう。
そして
「ここから先のことを聞けば完全に巻き込まれるぞ。いまなら、まあ、何とかなるかな?」
「そこは今引くならオレが命の保証をしてやるくらい言えよ」
貴也はラインのなんとも微妙なセリフに脱力していた。
「まあ、お前たちは深入りし過ぎたかもな。アレックス様をこの店に隠して連れてこなければ問題にはならなかっただろうが。もうあいつ等の中ではお前も我らの仲間扱いになってるだろうな」
そんなセリフをいけしゃあしゃあと宣いやがった。
実際問題、逃げ道はもうないのだろう。
不本意だがアルを見捨てる気がないのだ。
全力で巻き込まれてやるしかない。
貴也が真剣な目をラインに向けると
「彼の名前はアレックス=フォン=タイタニウム。タイタニウム公爵家の次男坊だ。つまりこの公爵領の領主の息子。オレとお前の雇い主だよ」
マジか?
貴族だとは思ってたけど公爵、
しかも、ここの領主の息子とは思ってなかった。
でもよく考えれば、家出した貴族のボンボンがおいそれと遠くまで足を運べるだろうか?
しかも刺客付きで。
隠れて護衛が付いていたとしてもそれは難しいんじゃないのか?
いや、待てよ。
ラインの言い方だと刺客がいることは分かっていたんじゃないのか。
それなのになんで家出なんてさせる。もしかして……
そこまで思考が巡ってハッとした貴也は慌てて顔を上げた。
ニヤリと笑うラインと目が合う。
「お前の考えた通りだ。坊ちゃんには丁度いいから囮になってもらった」
「それは公爵の考えなのか?」
「ああ」
貴族だからなのかは知らないが普通なら自分の息子を囮にするなんて考えられない。
命がかかってるのだ。
なんだか今更ながら怖気づいてきた。
「どうする? これ以上、聞くのはやめておくか」
正直逃げ出したかった。
が、気持ちとは反対に貴也は首を横に振っていた。
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