第二十五話 アルを見る不穏な目があって無双できない
翌朝、気分は幾分ましになっていた。
幼馴染にユウキに会えるか、と思ったときの取り乱しように貴也は恥ずかしさを覚えると共に、やっぱり二度と会えないという現実が心を重くさせた。
毎日、顔を合わせていた時は鬱陶しくて迷惑にしか感じていなかったが、いなくなって初めて気付かされた。
あいつといた時が一番楽しかったということを。
あいつだったら、こんなことを考えている貴也の尻を蹴っ飛ばすんだろうなあ、
なんて考えていたら笑いが込み上げてきた。
貴也は笑い声を上げながら一筋の涙をこぼす。
そして、袖で涙を拭い立ち上がった。
いつまでもクヨクヨしてても仕方がないのだ。
貴也は気を取り直してリビングに降りていく。
リビングではアルとカインが朝食を摂っていた。
会話の感じからアルはカインにも自分のことを話したのだろう。
貴也はリビングに入っていく。
「おう。貴也。大丈夫だっぺか?」
心配そうに尋ねるカインに貴也は笑顔を向ける。
「昨日は心配かけたな。もう問題ねえぞ。いつも通りだ。アルも悪かったな」
「そんなことはいいです。太郎さんじゃなくて貴也さんの気持ちは分かりますし」
オレの気持ちがお前に分かってたまるか、
と一瞬だけイラッと来たが自分のことを思って言ってくれていることは分かる。
だから、ここは笑顔で返す。
「そうか。ならこの話は終わりだ。カインは今日どうするんだ?」
「昨日、粗方仕事を終わらしたから、午前中に畑をちらっと見た後は家でゆっくりしようかと思ったんだけんど……貴也はどうすんだべ」
「オレか? オレはアルからもう少し話を聞いて今後の対応を考えよと思ってたんだけど」
「今後の対応というと?」
アルが心配そうに聞いてきた。
「いつまでも家出しているわけにはいかないだろ? せめて親御さんに連絡とらないと。お前、家を出てから一週間以上たってるんだろう。これ以上はオレたちも目を瞑っておくのはな」
視線をカインに送ると彼は頷いていた。
「んだ。親御さんも心配してるっぺ。別に帰れとは言わねえだが。せめて元気なことだけでも伝えるだ」
「でも連絡したら連れ戻されるじゃないですか」
「お前、親も説得できねえのに勇者に弟子入りしたかったのか? オレならそんな奴、絶対に弟子なんかにしねえぞ」
貴也の突き放すような言葉にアルは何も言えない様子だった。
「なあ、一度家に帰ったらどうだ。ここにいても強くなれないだろ。家に帰って剣の修行でもして待ってろよ。幸か不幸かこうして同姓同名の相場貴也がここにいるんだ。お前が言うようにその内、勇者がやってくるかもしれない。その時は必ずお前のところに行くように説得するからよ」
貴也の言葉に渋々アルは頷いた。
とりあえず、今日一日はゆっくりして、明日、ルイズたちに挨拶してから連絡を取ることにしたらしい。
まあ、連絡せずに逃げるような奴には見えないが、思い込みの激しい若者が暴走するのを止めるのは大人の仕事だ。
貴也は目を離さないようにしようと心に決めた。
その後はカインも入れて三人で色々な話をした。
こういう男子会もたまにはいい。
まあ、アルがする勇者様の話の独演会だったのだけどそれなりに楽しめた。
翌朝
「じゃあ、行ってくるだ」
「おう、今日はアルの送別会をやるからな。ランチタイムが終わったころにルイズの店まで来てくれ。しっかりこき使ってやるから」
「ほどほどで頼むだ」
カインは苦笑を浮かべながら畑に向かって歩いていく。
その背中を見送りながら
「じゃあ、オレたちも行くぞ」
「はい」
俯いたまま返事をするアル。
その声は幾分元気がなかった。
そんなアルを見て貴也は溜息を吐き
「あのなあ。連絡するのは明日なんだろ。どうなるかわかんねえけど、今からそんな顔しててどうすんだよ。どうなるにしてもルイズの店で働くのは今日が最後だ。最後くらいしっかりやって見せろ!」
「はい!」
顔を上げて元気よく返事するアルを見て思わず頬を緩める。
そんな顔を見せたくなかった貴也は背中を向けて歩き出した。
「というわけで、今日でアルは最後になります」
「そうなんですか? 折角、慣れてきたのに残念です」
「アル君? でいいの? また、何かあったらいつでもいらっしゃいね。まあ、貴族だと難しそうだけど」
「え? ミラノさんも知ってたんですか?」
「何言ってるのよ。あなたが貴族のお坊ちゃんって気付いてなかったのはルイズくらいよ」
「ふえ? アルさんって貴族なんですか?」
ミラノのセリフに肩を落とすアルと目も丸くするルイズ。
その表情の変化に貴也とミラノは吹き出していた。
そんな貴也達の態度を見て頬を膨らませるルイズ
「むう。もう知りません。早く開店準備始めてください」
そう言い残して厨房の方に下がっていった。
怒ったというより拗ねた姿は可愛いだけだった。
開店からしばらくして貴也は妙な視線に気づいた。
今日も商売繁盛。
満席状態で店の前には少しだが待っているお客様が並んでいる。
そんな中に見知らぬ客がいた。
店内にも二組ほど見覚えのない顔が……。
この店は冒険者も利用するので一見さんも結構いる。
だが、そのお客にはどこか違和感があった。
店内にいるのは商人風の二人連れと冒険者風の三人連れ。
店の外で待っているのは冒険者風の四人連れだ。
なんだろう。雰囲気が……。
そうか。こいつ等、ランチタイム時のお客様と違う顔をしている。
昼時に来るお客様の目的は昼食だ。
腹が減ってそれを満たすために来るものだ。
だが、この三組は違う。
仕事のためにきている顔だ。
こういう顔をしている奴は日本でよく見ていた。
笑顔で談笑しながら自分の利益を相手に飲ませようと頭をフル回転させている。
美味しいと言いながら食事を口に運んでいるが、一切味わっていない。
働いていたのは一年なかったがお客様の本気の笑顔を見抜くことくらいは出来る。
「こいつ等、いったい何をしに来たんだ」
貴也は誰にも聞こえないように一人ごちる。
「貴也さん。どうしたんですか。一四番テーブルのお客さんの注文がまだですよ」
「おう。いま行く――」
その時、商人風の男と目が合った。
一瞬のことだったが間違いない。
商人風の男は自然な感じで目をそらし、正面に座る連れとの会話に戻っていく。
なんだ、これ?
貴也の頭に警鐘が鳴っていた。
危険が迫っている。
どんな危険かはわからないがあいつ等は敵だ。
放っておいたら何らかの被害を受ける。
貴也の勘はよく当たる。悪いこと限定ではあるが。
「貴也さん?」
貴也が眉間に皺を寄せているのを心配そうな顔でアルがのぞき込む。
「何でもないよ。ちょっと考え事をしていただけだ。ほら、一二番の水がなくなってるぞ。急げ」
「はい」
と返事をするもののアルの顔はまだこちらを訝しんでいる。
そんなアルは放っておいて貴也は仕事に戻った。
ホールに出た貴也の態度は変わらない。
接客をしながらも意識の四割はホール全体を俯瞰するように見ている。
いまはその内の一割を怪しい三組のお客様に向けていた。
そうして分かったのは
あいつ等、アルのことを見ている。
気にしていなければ分からないようなわずかな視線がアルをとらえている。
周囲に溶け込みながら人を観察するのは意外と難しい。
多分、諜報の訓練を受けている者達なのだろう。
となるとこいつ等はいったいどっちなんだ。
アルを保護するためにやってきた親の使いか?
それとも……
アルの話を聞いていた時から嫌な予感はしていたのだ。
貴也は何食わぬ顔で奥に下がると慌ててカインに連絡を取る。
昼の閉店時刻。
「あれ? アル君は?」
ルイズがコック帽を外しながら厨房から出てきた。
今日も満員御礼だったので満足そうに額の汗を拭っている。
「ああ、アルは送別会をやるので先にそちらに行ってもらっています」
「送別会ならここでやればいいじゃないですか。わたし、腕を揮っちゃいますよ」
腕まくりしながら細い二の腕を見せてくるルイズは可愛かった。
本気でお持ち帰りしたい。
「あははは。そういうと思ったのですが、ラインさんの店でお願いすることにしました。どちらかというとルイズさんやミラノさんへのお礼がメインですからね。夕方の六時ころに来てもらえますか?」
「わたしは大丈夫ですよ。今日は夜の予約はありませんし、ミラノさんは?」
「わたしも大丈夫よ。あっ旦那も連れてって良い? それなら夕食が浮くから」
「いいですよ。ついでにマリアさんも呼んじゃってください」
「わかったわ。連絡しとく」
「それじゃあ。オレも先に行きますね」
「は~い。片付けはこちらでやっておくわね」
「お願いします」
そういいながら貴也はエプロンを外して裏口から出て行った。
その表情からは笑顔が抜けていた。
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