第二十四話 偽物の正体を突き止めるが無双できない
「太郎さん? 何言ってるんですか?」
うん。無難な反応なのかな?
彼はまだ混乱中なようだ。
だから、貴也は彼をジッと見詰めながら待つ。
しばらくすると、なんだか重い溜め息を吐いて彼は確認してきた。
「本当に相葉貴也さんなんですか?」
「そうだよ。これギルドカード。まあ、こっちに来た時に偽名を使ってたって言われたら反論できないけどね」
貴也はそういいながらギルドカードを渡す。
彼はそれを受け取り確認するとガクリと肩を落としていた。
「なんで、僕が偽物だって知ってて面倒を見てくれてたんですか? しかも自分の名前を騙るような奴を」
「まあ、最初は家出少年が身分を隠すために日本人のふりをしてるんなら少し付き合ってから親御さんのところに帰そうかなあって思ってたんだよ」
「えっ、名乗る前から僕が異世界人じゃないってバレてたんですか?」
驚いている彼を見て貴也の方が驚いていた。
「もしかして今までバレてないと思ってたの?」
コクリと頷く偽物。
それに呆れて思わず笑い声を上げてしまった。
彼は少しムッとした様子でこちらを睨んでくる。
「で、いつから僕が嘘をついていると思ってたんですか?」
「最初からだよ」
「えっ、最初から」
「うん。最初から。まず、転移者は自分のことを異世界から来たって言わないよ。だって、オレ等にとって異世界はこの世界だもん。それに日本人は基本、黒髪黒目。そんな金髪で彫りの深い顔をしてない。あと、あの時、オレがいくつか質問をしたけど、君はそれに見当違いな回答をしていたんだ。中途半端な日本の知識が仇になってたね。わからないで通してた方がよかったかも」
肩を落とす偽物の肩に手を置き慰める貴也。
「とりあえず、家に帰ろうか? 詳しい話が聞きたいしね」
そういうと、店の片づけを手早く済ませて店を出た。
偽物君は気もそぞろな状態で手が付かないみたいだったが、逃げ出すこともなく貴也の後をついて来ていた。
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「本当にすみませんでした!」
カインの家に着き、リビングに彼を座らせると貴也はお茶の準備をするためにキッチンに向かう。
そして、戻ってくると開口一番、偽物君が大声を上げていた。
「まあまあ。そんなに畏まらないで。オレは別に気にしてないから訳を聞かせてもらっていいかな」
「はい」
と力なく答える偽物。
しかし、彼は口を開きかけては閉じ、顔を上げては俯けてを繰り返すばかりで何から話せばいいのか困っているようだった。
貴也は溜息を堪えながら助け舟を出す。
「じゃあ、君の名前から聞こうか」
偽物はごくりと息を飲んだ。
「アレックスと言います。親しい人にはアルと呼ばれているのでそう呼んでください」
「じゃあ、アル。家名はなんなんだ」
「それも名乗らなくちゃいけないですか?」
「いや、名乗りたくないなら別にいい。大体察しはついているし。どこかの貴族の子息なんだろ? 貴族なら家名を名乗ればすぐに身元が分かっちゃうからね」
「そんなことまでわかってるんですね」
「半分はかまかけだよ。貴族か大商人の子供だとは思ってた。ちょっと商人の子供にしては素直すぎるかなと思っただけだよ」
アルは苦笑いを浮かべている。
そんな彼を見ながら貴也は質問を続けた。
「で、アルはなんで家出なんかしたの? 家を継ぐのがいやになったとか?」
「そんなことはないです。確かに父は頑固なところがありますが立派な人で尊敬しています。それに僕も貴族として誇りを持っています」
「ならなんで家出をしたの?」
「それは……」
アルは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
照れているのは分かるがどうしてかわからない。
これに関しては予想を立てようがなかった。
だから、待つことしかできない。
しばらくすると意を決したようにアルが顔を上げた。
「実は勇者様に弟子入りしたいんです」
「はい?」
「勇者様は、強く、気高く、そして、凛々しい方でした。どんな困難にも笑顔で飛び込んで行って他人に勇気を与えてくれる。そんな素晴らしい人でした」
目をキラキラと輝かせて語るアルはどこかの世界に逝ってしまっていた。
なんだか相当美化されているようだ。
「僕が軍の演習に参加してた時です。オークの集落の討伐作戦。その時、情報にない敵が現れたんです」
遠い目をして思い出を話し出すアル。
なんだか話が長くなりそうだなあと面倒くささを感じながら貴也はお茶のお代わりを注いでいた。
「オークキングでした。オークの集落には百匹近いオークとオークジェネラルが一、二匹という話でした。でも、行ってみたら規模は倍近く、その上、オークジェネラルは五体。その上にオークキングです。残念ながら部隊は全滅を覚悟しました。それでも僕だけは逃がそうと隊長さんたちは頑張ってくれたんです。でも……」
悔しそうに呻くアル。
ねえ、まだ話は続くの?
なんだか飽きてきたんだけど
「その時です。風のように現れました。僕たちに『もう大丈夫だから』と笑顔で言うとオークキングに向かって走り出したのです。みんな、止めようとしたのですが、あっという間にオークキングの目の前に。そして、真っ二つにしようとオークキングが振り下ろす斧の一撃を躱すどころか逆に踏み台にして飛び上がってオークキングの顎に蹴りを一閃。その一撃でオークキングの頭は弾け飛びました」
うわ。頭部破裂とかグロイ。見たくねえ。
なんてことを考えているのは貴也だけらしい。
アルは恍惚とした表情で話を続けている。
「それからはあっという間でした。残りのオークジェネラルを勇者様が瞬殺するとリーダーを失ったオークたちは動揺して逃げ出したんです。あとは軍のみんなで殲滅して作戦は終了しました」
「それでアルはその勇者に憧れたというわけか?」
「はい。僕もあんな風にみんなを助けられるような勇者になりたいんです」
恥ずかしそうにアルはコクリと頷く。
貴也としては呆れることしかできない。
こいつ、どんなだけ思い込みが激しいんだよ。
これも一種の吊り橋効果という奴なのだろうか?
命を助けられてその強さに魅せられて自分もそうなりたいと憧れる。
なまじ現実にいるものだから日本の子供がテレビのヒーローに憧れるより現実味があるのだろう。
でも、こちらの世界では勇者のような存在がいるのと同じように危険な魔物も存在する。
その夢は命に関わる夢なのだ。
多分、勇者は特別な存在だからお前には無理だとか、
貴族としての仕事があるだろうとか、
色々な人が諦めさせようとしたのだろう。
しかし、反対されれば反対されるほど意固地になって憧れの気持ちは燃え上がっていく。
そして、アルの中で勇者は神聖化されていたのだろう。
まあ、思いつめたアルが勇者を求めて旅立つことは安易に想像できる。
もう言葉が出ない。
呆れすぎて逆に感心してしまう。
貴也には理解できない気持ちだ。
だが、逆にここまで純粋に思い込めるアルを羨ましくも思う。
そんな気持ちを悟られないように貴也は話の続きを促した。
「で、なんでこの村に来たんだ。アルの言うような凄そうな人は見たことがないぞ」
「はい。勇者様の消息は分かってません。それどころか勇者様についての情報はほとんどありません」
「有名人なんだろ。なんで情報がないんだ」
「勇者様は一年程前にこちらの世界にやってきて、あっという間にSランク冒険者になりました。あまりにも短時間での偉業なのと異世界出身ということで勇者様自身の情報はほとんど知られてないんです」
異世界転移でチート持ちがいやがったよ。
そのポジションはオレの物なのに、と歯噛みしたい貴也だったが、今はそんなことはどうでも良い。
悔しいけどオレには出来なかったんだ、
と貴也は気持ちを押さえつけて疑問を口にする。
「消息が分かってないのになんでアルはこの村に来たんだ」
「勇者様は北の隣国、ジルコニアにあるサラボネ山脈に住むブルードラゴンを倒した後、北の魔王に会いに行くと言っていたそうです。それ以降の消息はつかめていません。だから、逆に勇者様に見つけて貰おうと考えたんです」
「えっ? 見つけて貰う?」
「はい。ここパルムの村は遺跡のすぐ傍にあって異世界人が初めに訪れる村です。だから、ここに相場貴也が現れたと知ったら勇者様のことだから必ずやってくると思って」
この村がパルムの村って名前だったことにも驚いたが、いまなんて言った。
相場貴也を知ったら勇者がやってくる。
しかも、勇者は一年前にやってきただと!
「おい! その勇者の名前はなんていうんだ!」
貴也はアルの襟首を掴みスゴイ剣幕で詰め寄る。
アルは貴也の態度が豹変したことに驚きながらもなんとかその手を振り払う。
「ゲホン、ゲホン。もういきなりどうしたんですか、貴也さん」
「悪い。ちょっと取り乱した。でも、そんなことよりその勇者の名前はなんていうんだ」
「ツバサ。ホンダツバサと名乗ってました」
「ツバサだと。ユウキじゃないのか? カワサキユウキの間違いだろ?」
貴也の剣幕に気圧されながらもアルは首を横に振る。
「いえ。ホンダツバサです」
「そうか。ホンダツバサかあ」
貴也の肩が落ちていた。
身体から力が抜けていく。
期待した分、落ち込み方が酷かった。
心配そうに気遣うアルが尋ねる。
「そのカワサキユウキという方は?」
「オレの幼馴染だ。こちらの世界に来る一年くらい前に事故で行方不明になったんだ。死体が出てこなかったから、もしかしてこちらの世界にきているかとも思ったんだけど……」
もう、何も話したくなかった。
「悪いけど続きは明日にしよう」
貴也はそれだけ言い残すと重い足取りで自分の部屋に帰っていった。
う~ん。アルの正体は中途半端でしたね。
申し訳ない。
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