第二十三話 厳しく新人教育してみたがなぜかなつかれて無双できない
さて、それじゃあ、偽物君の新人教育を開始するか。
彼の実力が全く分からないので基本から叩き込まなくてはならない。
飲食の基本と言えば挨拶だ。
というわけで
「じゃあ、基本事項をレクチャアする。お客様が来たら『いらっしゃいませ』だ。はい!」
「いらっしゃいませ」
「声が小さい!」
「いらっしゃいませ!」
「怒鳴るな! いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ」
「もっとはきはきと!」
「いらっしゃいませ」
「滑舌が悪い」
「いらっしゃいませ」
「声が小さいぞ」
「いらっしゃいませ!」
「だから、怒鳴るな!」
「いらっしゃいませ」
………………
五分後
「よし、そんな感じだ。お客様が来たら接客中でなければ必ず『いらっしゃいませ』だ。そのとき必ず視線と身体を入り口に向けること。空いた皿を持ってるときは注意すること」
「わかりました」
やっと終わった。と安堵の息を吐く偽物。
それを見て貴也はニヤリとほくそ笑む。
「じゃあ、次は『ありがとうございました」だ」
「え?」
「だから、『ありがとうございました」だ。さんはい。『ありがとうございました』」
「ありがとうございました」
「滑舌が悪い」
「ありがとうございました」
「もっと元気よく」
「ありがとうございました」
「なんだ。『いらっしゃいませ}』からやり直すか?」
「ありがとうございました」
……………………
三分後
息を切らす偽物がいた。
案外この挨拶練習はしんどい。
大切なことだがなんだかあまり意味を見出せないところがつらいのだ。
うんうん。
なんか、鬼軍曹になったようで気分がいい。
こういうスパルタ教育は好きじゃなかったのだがやってみると意外と気持ちがよかった。
でも、楽しんでばかりはいられない。
営業時間は刻々と迫っている。
貴也としてはまだまだ合格点はあげられないところだがランチならこのレベルでも問題ないだろうと無理矢理納得する。
時間がないので次の指導だ。
貴也は偽物をテーブルに着かせる。
「よし、お前に任すのは空いたお皿の回収だ。一度、見せるからやってみろ」
貴也は厨房からいくつかの皿とコップを持ってくる。
まずは食器の片づけだ。
これはお客様と直接関わらないのでよっぽどのことをしない限り問題にはならないだろう。
貴也は少し離れてから姿勢を正して歩き始める。
大きな音は立てない。
速足だが、それを伺わせないよう上半身は揺らさないというより動かさない。
店の雰囲気に溶け込み、存在感はあるが、こちらに意識を向けさせない。
存在感を消し過ぎるとお客様を驚かせることになるのでここは要注意だ。
まあ、素人に出来ることじゃないのだけど。
貴也はそんな高等技術に優雅さを交えてテーブル近づく。
そして、手早く空いたお皿をまとめていく。
ランチに使っているお皿は三種類なので同じ大きさのお皿をまとめて、大きなものから順に積んでいけば問題ない。
このとき、最初にフォーク類を一番小さなお皿の上にまとめておくと二度手間を回避できる。
貴也は四人分のお皿を右手に乗せ、四つのコップを左手で掴んで運んでいく。
そして、戻ってくるとテーブルを濡れ布巾で拭き、そのあと、渇いた付近で水気を拭き取る。
乱れた椅子が汚れてないか確認しながら椅子を並べなおす。
このとき床にゴミや汚れがないか確認するのを忘れない。
といった感じで説明しながら一通りこなす。
「じゃあ、やってみて」
そういって貴也は皿を持ってきて並べる。
「はい」
返事はいい偽物は一生懸命頑張っていた。
うん。誠意は伝わってくる。
危なっかしいのは慣れだろう。
「一度に持っていこうとしなくていいよ。今は自分がどれくらい運べるか実力を知ること。二往復くらいする気持ちでやったらいいよ。皿だけ最初に持って行ってコップをよけてテーブルセッティング。その後にコップを持って行ってもいいしね。その辺はやりながら工夫して」
「はい。分かりました」
「あと、基本、お客様の対応はしないこと。お皿を下げようとしたときにお客様に注文をお願いされたりしたら。『少々お待ちください』と声をかけてオレかミラノさんを呼ぶこと。絶対に自分で勝手に判断しない。わかった?」
「はい」
多分、わかってないんだろうなと思いながらも営業時間になりそうだったので教育はここまでだった。
偽物はブツブツと呟きながら今まで習ったことを復習している。
なんか、気負いすぎているのが不安要素であったが
「まあ、問題が起こりそうだったら、厨房に下げればいいか」
そんな軽い呟きは偽物の耳にはとどいていなかった。
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「ふう、これでひと段落かな」
昼の営業が終わってドアにかけてある札をクローズに変える。
今日は夜の営業がないので掃除をして終わりだ。
ルイズたちは宿屋の方の手伝いがあるそうでメニューの開発もない。
ということで今日のお仕事はこれにて終了なのだが……
「貴也。ちょっと来い」
「はい」
テーブルを拭いて椅子を上げていた偽物が慌ててこちらに駆け寄ってきた。
貴也はわざと不機嫌オーラを出して立っている。
それに気付いたのか偽物の顔が若干引きつっていた。
「さて、オレが何を怒っているかわかるか?」
「えっと……すみません。わかりません」
しばらく、考えていたがわからなかったみたいだ。
確かに、偽物の動きは良かった。
最初は緊張からか動きがぎこちなかったが、一時間もしないうちに貴也から見ても合格点が出せる動きを見せていた。
多分、ダンスの経験があるのだろう。
それも社交ダンスの本格的なものの。
動きが滑らかで淀みがなく、重心が安定している。
突発的なお客様の動きに皿を落としそうになる場面もあったが、それもすぐに立て直していた。
これは一朝一夕にできることではない。
それに一つ一つの所作に品がある。
これは長年で培われたものだろう。
敬語もしっかりしていてお客様への対応も問題なかった。
だからだ。
「本当に分からないのか?」
「……はい」
うつむき加減で答える偽物。
そんな彼に貴也は
「お客様に水のお代わりを求められたときお前はどうした?」
「水のお代わりをお持ちしましたが」
「オレは皿の片づけ以外はするなと言ったよな。それ以外のことは『少々お待ちください』と言ってオレかミラノさんの指示を仰ぐようにと」
「でも、水のお代わりくらいなら」
「でもじゃない。皿を下げる以外にするなと言ったのはそれ以外をするとお客様の気分を害する恐れがあるからそう指示したんだ。オレは言ったよな。自分で勝手に判断するなって」
貴也の声は大きくなっていた。
偽物は肩を竦ませていたが、貴也の言っていることに納得がいってないようだ。
その証拠に返事はしたもののその声は不貞腐れていた。
「できたんだからそれでいいと思ってるのか?」
「……」
「お前、水のお代わりくらいって言ったな。それがお前の心情なんだよ。たかが水のお代わり、たかがど田舎の飯屋。そんなことをお前は思ってるんだよ」
「そんなことありません」
「だったら、なんで水のお代わりくらいなんて言葉が出てくる!」
「そ、それは……」
偽物の語尾は尻すぼみに小さくなっていく。
上手く言葉が出てこなくて俯いていた。
「自分でも気付いていない感情はそういう言葉の端々に出るもんなんだ。そんなことないと言っても態度に出てくる」
「……」
「なんで、オレがこんなに怒っているかわかるか?」
「…………」
「自分勝手なことをされると何かあったときにこちらのフォローが間に合わないからだ。お前のミスでお客様を一人失う。その時だけ見ればたかが250ギルの損失だ。だがなあ、失ったお客様は本当に一人なのか? 周りで見てたお客様は? その知り合いは? もし悪い噂がたったら? 小さな店ではそれが命取りになるんだ。結果論では困るんだよ」
貴也は一度、息継ぎをして偽物の目を見る。
「何を大げさなことを言っているかと思うかもしれないが、信用を得るのは大変だけど失うのは一瞬なんだ。そこをよく覚えておけ」
「はい」
貴也はその場を離れた。
偽物は黙々と店の清掃を続けている。
そんな姿を陰からそっと伺っていた。
「で、太郎君はなんであんなに厳しいんですか?」
「うぉっと、ミラノさん」
気配を感じさせず後ろから現れるミラノ。
貴也は慌てて偽物を確認するがどうやら気付いていないようだ。
ホッと一息ついてミラノを目につかない角に連れていく。
「まだ帰ってなかったんですか?」
「ええ、何か面白いものが見られるかと思ったんだけど何の進展もなかったから拍子抜けでね」
ニヤニヤ笑いのミラノを見て逃げ出したかったのだが身体の位置を素早く替えらてしまって逃げ場がなくなってしまった。
貴也の頬を冷や汗が伝う。
「で、何が起こってるの?」
「いやあ、本当に分からないんですよ」
貴也は明後日の方を見ながら惚けてみる。
しかし、ミラノのニヤニヤ笑いは止まらない。
しばらく、待ってみるが、彼女は根気強かった。
貴也は諦めの溜息を吐きながら答える。
「とりあえず、わかってることはあいつが日本から来た相葉貴也を名乗っているくらいです」
「で、なんで太郎君はそんな偽物の相手をしているの?」
「自分の名前を勝手に名乗る奴なんて気になりません」
「う~ん。普通はそういう奴は衛兵に突き出すものよ」
「そうですか? それじゃあ、面白く……」
「やっぱり、太郎君もそういう考えなのね」
ミラノがいやな笑顔をしている。
この人はやっぱりマリアの同類のようだ。
「それでなんであんなに厳しく当たってるの?」
「まあ、あいつの為人を知りたいからですかね。厳しくされて逃げ出す根性ナシなら早めに冒険者ギルドに預けて家に帰らせればいいし、粘るようなら何か目的があるのかもしれないし」
「目的?」
「ええ、あいつには何か目的があるような気がするんです。その目的のためにオレの名前を騙ってるんじゃないかなあって」
「その目的ってなんなの?」
「知りませんよ。まあ、ただの家出少年で、根性ナシで、明日には逃げ出してる可能性の方が大きいですよ」
「まあ、いいわ。結果が出たら詳しく教えてね。太郎くん」
まあ、山田太郎と名乗ったのはオレだけど『太郎』と呼ばれるとなんだか妙に腹が立つ。
貴也は足取り軽く家路につくミラノの背中を忌々しく眺めていた。
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そんなこんなで三日が経過した。
月の日の嵐のような営業を終えて休憩していた時である。
偽物はよく働いている。
何に感銘を受けたのかあの説教に効果があったのか一生懸命働いていた。
貴也の言うことに絶対服従で仕事以外にもまとわりついて来たり、色々質問してきたりとかなりウザい。
懐き方がちょっと気持ち悪かった。
この三日でこいつの人となりは一通り分かった。
真面目で責任感が強く。
思い込みが激しい。
理不尽な貴也の言動も真摯に受け止めている。
根性もあるのだろう。
っていうか、軍隊の訓練みたいな経験があるのかもしれない。
世間知らずのボンボンで頭の回転はいいがどこか抜けている。
そして、悪い人間ではないということだ。
というわけで
「なあ、貴也」
「はい。太郎さん。どうしました?」
「お前、なんで嘘ついてるんだ?」
「えっ、なに言ってるんですか?」
目を見開いて驚いている偽物。
「オレの本当の名前は相葉貴也っていうんだよ」
「ハア?」
愕然と口を開けっ放しにしている偽物。
はてさて、明日は休みだ。時間はたっぷりある。
こいつの反応に乞うご期待!
誤字脱字感想などいただけたら幸いです。
次回は偽物君の正体に迫ります。