第二十二話 偽物をルイズの店で働かせようとするが無双できない。
「おはようございます。遅くなってすみませんでした」
「あっ、た――」
「山田太郎。だだいまやってまいりました」
ルイズが名前を呼ぶのを察した貴也は慌てて声をかぶせにかかった。
突然のことにルイズは驚いているが、ここで貴也の名前をバラシてもらっては困るのだ。
というわけで矢継ぎ早に話を続ける。
「ええっと、今日は遅くなってすみません。こいつが行き倒れてたもんで。ほら、挨拶」
後ろにいた偽物の肩を押して前に出す。
偽物はなぜか狼狽えながら名乗った。
「あっ、相場貴也と申します。異世界から来たばかりで右も左もわからない状態です。よろしくお願いします」
頭を下げる偽物。
だが、貴也はその時、違和感を覚えた。
「あれ? お前、メガネなんてしてたっけ?」
そうだ、こいつ。いつの間にかメガネをかけていた。
変装のつもりか?
ということはもしかしてルイズの知り合いなんじゃないだろうか?
そう思い。ルイズを伺ってみると
「ふえ? 相葉貴也? 貴也さんが二人?」
絶賛混乱中だった。
これはアカン。
この娘の料理以外の対応力を期待した貴也がバカだった。
というわけで
「ルイズさん。こいつは日本から来たそうで、オレ、山田太郎の同郷なんです。こちらに来たばかりで、まだ、混乱しているので、しばらくこの店で働かせながらこの世界のことについて勉強させたいんですけどいいですか?」
「ええ、一人くらいなら問題ないっていうか。人手が足りてないので助かりますけど、貴也さん?」
小首を傾げながらこちらを見るルイズ。
しかし、返事をするのは偽物の方だった。
「はい。なんでしょうか?」
「いえ、あなたじゃなくて」
「オレ、山田太郎」
ニカっと笑う、貴也。
もう変なテンションのキャラだ。
なんだか自分でやっていて面白くなってきた。
「ほえ? 山田太郎?」
ルイズさんの混乱はますます拍車がかかっていく。
まあ、打ち合わせもなしに対応しろという方が間違っているのだろう。
そんなことを考えていると
「ルイズ。そろそろ仕込みに戻って。あとはわたしの方で上手くやっとくから」
厨房の方から若い女性がやってきた。
ランチの時だけホールスタッフとして入ってくれたミラノさん。
この村の出身でルイズの先輩でマリアの後輩だ。
要領がよく空気が読める飲食の店員としてはなかなかの逸材。
だが、いい加減でサボリ癖があるのが玉に瑕だ。
半年前に商業ギルドの職員さんと結婚して専業主婦となったが、昼間は暇なのでいまはここで働いてくれている。
そんな彼女はこちらをちらりと見て、ウィンク。
すべてを把握しているのだろう。
なかなか頼もしい。
「さあさあ、戻った。戻った。新人教育は太郎さんとわたしに任せなさい」
そう言いながら背後に回ったミラノはルイズの背中を押して厨房へと向かった。
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「あのぉ。ミラノさん。状況がわからないんですけど」
「わたしもわからないわよ」
あっけらかんと笑いながら言い切った。
「あははははは。なんだかおもしろいことになってるみたいじゃない。貴也君が相葉貴也を名乗る人を連れてきたのよ。間違いなくないか起こるわ。ここは様子を見ないと」
「そうなんですか」
「そうなのよ」
ルイズが何か言いたそうな顔をしていたが、先輩であるミラノが断言すればそれに逆らうようなことはしない。
それは長年の経験でわかっている。
でも、不安そうな後輩をこのままにしておくのは気が引けるので
「心配いらないわよ。貴也君が危ない人を連れてくると思う? まあ、面白いこと優先みたいなところはあるけどちゃんと考えているわよ。ああ見えてもね」
まあ、トラブルってものは予測しようがないところからやってくるものだけどね。
と最後の言葉は心の中に留めておく。
だって、何も起こらないと面白くないではないか。
愉快犯はミラノも同じなのだが、それは言わぬが花というものだ。
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「よし、店主の了解も取れたところで今日からお前はここのスタッフだ。ビシバシ行くから覚悟しろよ」
「はい。わかりました」
緊張しながら答える偽物。
根が真面目なのか、ここで働く覚悟を決めたようで真剣な眼差しでこちらを見詰めてくる。
本当はここでボケをかましたいところなのだが、開店まで一時間を切っていた。
流石に新人教育と並行しながらランチタイムの戦場を乗り切ることはできない。
なら、とりあえず見学でもさせておけばって?
ふざけるな。
働かざる者食うべからず。
新人で戦力にならなくても働かせるよ。
『仕事は見ても覚えられない。仕事は実戦で覚えるものだ』というのが貴也の信条だ。
というわけでまずはこいつの実力だ。
貴也はモードをプライベートからお仕事に切り替えた。
がらりと変わった貴也の雰囲気に一瞬身体を強張らせる偽物。
「じゃあ、貴也君。接客の経験はある?」
「いえ、ありません」
「そうか。なら、バイト経験は?」
「バイト?」
ああ、そうだった。
こちらの世界にはバイトという概念はなかった。
この世界には正社員や非正規社員という概念はない。
みんな非正規。
いやな意味で平等だ。
労働基準法などないのでみんな個人個人で契約する。
使えなければ平気で首を切られる。
逆にライバルのところに情報を持って引き抜きなんてこともよくある。
でも、普通はそんなことはしない。
そんなことを平気でする人は評判が下がって商売が成り立たなくなっていく。
だから、余計に信用が大切な世界なのかもしれない。
まあ、そんなことは置いといて
「働いた経験は?」
「ありません」
すまなそうに答える偽物。
「じゃあ、家で料理の経験は?」
「ないです」
「家で皿洗いなんかは?」
「すみません。厨房に入れてもらえなかったので」
どんどん小さくなっていく偽物。
だが、貴也はそんなことを全く気にしてなかった。
日本ではそんな若者ごまんといる。
その上、そういう奴に限って、飲食のバイトくらい自分なら簡単に出来ると思っているのだ。
貴也は過去の出来事を思い出して表情が険しくなりそうだったが、そこは抑えて新人教育プランを頭の中で構築していく。
飲食の経験どころかバイト経験もない。家事の経験なし。
注文取りは無理だな。
まずは食器下げだけか。
「ランチは一品500ギル、男性向けが700ギル、デザートはスペシャルと普通、共に200ギルだ。男性二名、女性二名のお客様が来店。男性向け一つと通常ランチが三つ。それにスペシャルデザート普通のデザートが二つずつ。会計はいくらだ?」
「え? ええっと3000ギルです」
いきなりの質問だったが間髪入れずに回答が出た。
計算は早い。
これなら会計は任せられるか。
まあ、得体のしれない奴にお金は触らせられないので先の話になるけどな。
ふふふふふ。さて、こいつはオレの指導についてこれるかな。
オレの名前を騙ったことを後悔させてやろう。
と悪い笑みを浮かべる貴也だった。
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まだまだですが、PVも徐々に増えてて何か嬉しいです。
あと、新作『幼馴染はメガネでヒーロー?』を投稿しました。
良ければこちらも読んでください。