第百九十一話 襲撃を受けるが無双できない
夜も更け日付が変わろうとする時間だった。
魔王はベッドに横になり、貴也との議論を思い返していた。
「このような時を過ごせるとは何年ぶりだろうか。いや、何百年か」
思わず漏れた独り言に苦笑しつつも、顔は綻んでいる。
このような楽しい時間は初代タイタニウム公爵と過ごした時以来だったと思う。
いや、勇者やおかしな騎士がいる分、それよりも上かもしれない。
そうするとダイアモンドハートと……
古の魔王の顔を思い出し、苦笑が浮かんだ。
なんだか今日は情緒がおかしい。
こういう時は寝るのが一番立と魔王は目を瞑る。
まあ、元がスライムなので魔王に睡眠など必要がないのだが。
その時だった。
不意に魔王はベッドから起き上がる。
そして、窓に視線を向けた。
「何物だ? ここまで入ってこられるとは大したものだのお」
そこには人の気配も魔物の気配もなかった。
その証拠に眷属のスライムは反応していない。
護衛を任せている物だ気配察知に特化しているはずなのに。
寝室に控えているスライムは訳が分からず、首? を捻っている。
「ふふふ。気付かれるとは思いませんでした。水龍王は刃を抜くまでわたしの存在に気付かなかったのに。流石は世界最古の生き物ですね」
「世界最古の魔王じゃなく。生き物と来たか。貴様は何者だ?」
口調は穏やかなままだったが、魔王の中で警戒心が引き上げられた。
魔王の正体について知っている者はかなり限られる。
目の前にいる侵入者はその者たちではないのは分かる。
では、どうしてだ?
魔王の正体を知るもので口を割るような人は存在しないはずなのに。
魔王は警戒を緩めることはなかったが戸惑っていた。
不思議なことに敵愾心は芽生えてこないのだ。
不機嫌な時だったら、こんな奴直ぐにでも消し炭にしているだろうに
スライムが侵入者の声を聞いて慌てて魔王を守るように前に出てきた。
念話で仲間も読んでいる。
それに気付いた魔王は手で制した。
その姿を見てなくても分かる。
スライムたち束になっても叶う相手ではないことを
そして
「そろそろ姿を見せてくれないかな?」
魔王の言葉を聞いたからか、それとも自発的にか、侵入者はカーテンの影から出てきた。
いつの間にか窓は開け放たれている。
隙間から満月の光が差し込んでいた。
逆光で侵入者の顔を見えない。
だが
「どうしたことだ。これは?」
魔王は頬を流れる物に気付いた。
目から止めどなく熱い液体が流れてくる。
人間の姿を取っている時は生理現象も起こる。
だが、このような体験は皆無だった。
「なぜだ? なぜ、余が泣いている?」
身体が震え、涙が止まらない。
何とか嗚咽を抑えているのは魔王としての矜持だった。
自分の身体に起こっていることがわからない。
だが、恐怖はなかった。
身体の芯の方がポカポカと暖かい。
心地良いくらいだ。
そして、雲が月を隠す。
月明かりが遮られ、周囲が暗くなった。
夜目の効く魔王にとってはこちらの方が良く見える状況だ。
そして
「貴方様は――」
魔王は息を飲んだ。
そこにいたのは少女だった。
真っ白な肌に白い髪。
生まれてきた時に、色を持ってくるのを忘れたんじゃないかと思われるような美しい少女。
顔かたちは全く違う。
だが、魔王にははっきりと分かった。
魂が惹かれるこの感覚。
目の前にいるお方の正体は。
魔王はベッドから素早く降りるとその場に跪く。
その反応に侵入者は戸惑っているのか一歩引いていた。
しかし、直ぐに優雅な微笑みを浮かべる。
魔王は顔を上げることなく頭を下げている。
そこに鈍く光る刃が閃いた。
魔王ルビーアイのその首に
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