第百八十三話 あの事故について聞くが無双できない 中編
「あの時のことは思い出したくもない」
そういう魔王の声には怒りがにじんでいる。
「まだ早すぎたのだ。というより、あんなものをこの地上で行うこと自体に無理があったのだ」
ブツブツと文句を言い始める。
詳しく聞くと魔王はその件に反対したそうだ。
リスクが大きいと。
当時、核分裂発電が禁止され、その余波で核融合の研究も凍結されていた。
その時期に原子力の件は完全なタブーだったのだ。
そして、原子力とは関係ないという詭弁で反物質の研究が主張されだした。
全然、関係ないわけないのに。
この件に対してタイタニウム公爵は反対していた。
それはそうだろう。
また、自領で大参事を引き起こしたいと思う領主はいない。
だが、ディアマンテ王国内の貴族はこの件に賛同するものが少なからずいたのだ。
問題はエネルギー問題。
原子力発電がストップしてその代替エネルギーの決め手がなかったのだ。
いまの地球と同じように火力や水力をメインに使い。
太陽光や風力などの自然エネルギーの開発が急がれていた
が、それは上手く行ってなかった。
再生可能エネルギーは自然にゆだねるもので、どうしても出力に不安定さが残ってしまうのだ。
そのような状態で王も強く反対できず、そして、大参事の復興中であるタイタニウムはその復興の援助を盾に取られて口をふさがれてしまった。
そして、実験用一号炉が完成したのである。
第一回目の実験は緊張の中行われ、大成功の内に終わった。
その結果は予想以上で、想定の1.5倍の発電量を記録した。
そのことは大々的に報道され、民衆に大きな支持を得ることに成功した。
そして流れが決まった。
気を良くした推進派は実験は繰り返した。
そして、7度目の実験。
警報ランプが灯った。
炉内に異物が混入しているというサインだ。
炉内は完全密封状態中には物質が混入する余地がないように出来ている。
唯一の入り口は加速器から反物質が投入されるところだけだ。
燃料となる氷もいつもそこから投入される。
氷を投入するときには最新の注意を払われ。
塵ひとつ空気すら0.1%の濃度に抜かれる。
そして、投入作業が終了し密閉措置が施された時には警告が出ていなかった。
直ぐに密閉状態を確認されたが問題はない。
空気の濃度にも変化はなかった。
ならどうして警告が?
密閉されているのは確実だ。
そんな炉内に異物を入れることなど不可能なことだ。
通常なら実験中止、点検が入るのだが、スケジュールは決まっている。
ここで点検を始めれば次の実験を行うのに軽く一か月はかかるだろう。
そして、反対派から安全性だの何だのと抗議が上がり、さらに実験が伸びるかもしれない。
その時、気象庁から通達が来た。
大規模な太陽フレアが観測されたと
大量の電磁波は既に観測されており、第一陣の高エネルギー粒子はあと18分ほどで到着すると推測される。
プラズマが来るのは明日か明後日くらい。
そして、残念なことにいまも活動が激しく続いているらしい。
その終わりはいつになるかわからないとのことだ。
決断が迫られている。
マニュアルなら太陽フレアが観測された時点で実験中止だ。
理論上、電磁波は炉内に張られているシールドで完全に遮断できることになっている。
高エネルギー粒子やプラズマだって問題ない。
だが、反物質は繊細なものだ。
何が起こるかわからない。
「炉内の電磁波に異常は?」
「ありません」
「待ってください。重力波の乱れが基準値を超えました」
いま、もう一つ警告ランプが点灯した。
重力波の計器は通常値の三倍近い乱れを示している。
波形が基準値を行ったり来たりしていた。
「時間が経てば経つほど状況は悪くなる。高エネルギー粒子が届く前に実験を終わらせるぞ」
所長が決断した。
そして、運命のボタンに手が置かれる。
それが地獄の門を開くものだとは誰も思っていなかった。
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