第百八十二話 あの事故について聞くが無双できない
「そうじゃ、お前がこの世界に来る原因を作ったあの忌まわしい事故じゃ」
絞り出すような声の中に凄まじい怒りが混じっているのを貴也は感じていた。
「人間の欲には際限がない。別に我は欲を否定はしない。欲は進歩の為に必要なものだ。だが、行き過ぎた欲は世界すら滅ぼす。それを我はあの事件でほとほと実感した」
そういう魔王の顔には陰りが見えた。
怒り、失望、後悔……表情が複雑すぎて読み取れない。
多分、あの事故の前後にもいろいろあったのだろう。
もしかするとあの遺跡に関わっているのかもしれない。
パルムの遺跡と呼ばれる。過去の遺物。
世界を滅ぼしかねなかった大事故の痕跡。
ある科学者が無限のエネルギーを生み出そうと夢見た。
当時、科学は現在の水準に近いレベルまで発展していた。
だが、そこにある問題が降ってわいた。
エネルギー問題。
生活を豊かにするためにあらゆる機械が発明され進化を続けた。
それに伴いエネルギーの消費量も右肩上がりに伸びていく。
人類もそこで足踏みしていなかった。
地球と同じように水力や火力を利用した発電。
そして魔力を使ったものまで生まれた。
ただ、増え続ける需要にこたえるには限界があった。
そして、地球と同じように悪魔の発見をする。
『原子力』
核分裂による発生する膨大なエネルギーはすぐに注目を浴びた。
そして、そこに潜む危険には目を瞑り次々に研究開発されていった。
幸か不幸か原子力発電は大規模な事故など起こすことなく順調にその数を増やしていった。
環境にやさしいクリーンで安全なエネルギーともてはやされた。
そして、その時は訪れた。
パルムにある原子力発電所が事故を起こしたのである。
大爆発で辺り一面が吹き飛んだ。
そして、そこには死の灰が降り注ぎ、多くの生物が生命を奪われた。
植生が変わり生態系も狂う。
人は近づくことも叶わない不毛の地と化した。
ただ、大爆発の中、魔物だけが生き残った。
魔物たちの天国が生まれたのだ。
だが、それも長くは続かない。
生き残った魔物たちは生物が死に絶えたために餌に困った。
わずかに残った物を奪い合い、互いに争い食い合った。
そして、すぐに限界が訪れる。
しかし、魔物たちはそこで死を待ったりはしなかった。
餌を探して大移動を開始したのだ。
パルムのスタンピートと呼ばれ記録に残される大事件である。
膨大な数の魔物が人間の街や村に雪崩れ込んだ。
周囲の畑や森も食いつくされていく。
田畑を食い荒らし、その場に草の根すら残さないイナゴの群れなど比較にならないほどの被害だった。
その時、ディアマンテ王国は全人口の1/5を失うことになる。
現地であるタイタニウム領は一番被害が大きくその半数を失ったとされている。
そして、世界は原発廃止の方に舵が切られた。
だが、まだエネルギー問題は残っている。
人が一度覚えた楽を捨てることなど出来るわけがない。
エネルギーの確保に世界中で緊張状態が起こった。
そして、新な物質が発見された。
『反物質』
電荷が通常物体とは正反対な粒子で構成される物質。
反物質は物質とぶつかるとその質量が抱えるエネルギーを持った光となることが発見された。
そして、これによりエネルギーを生み出せないかと考えたわけだ。
未来のエネルギーの研究で過去の悪夢を拭い去ろうとパルムの事故跡地に研究施設が建設された。
そして、悪夢は再びやってくるのだった。
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