第百七十三話 魔王の正体を聞くが無双できない
「なぜ君がその名を知っているのかな?」
口調や表情は同じだが雰囲気ががらりと変わっている。
魔王から感じる圧迫感で押しつぶされてしまいそうだ。
貴也は何とかそれに耐えながら笑顔を浮かべる。
「サラボネ山脈の麓にある魔の森にてデッドリーポイズンスパイダーの大繁殖が発生しました。わたしはちょうどそこに立ち会ってしまったのです」
そこまで言うとすべて悟ったのか、魔王は目を瞑り、懐かしいのか悲しいのか複雑な表情を浮かべている。
場に沈黙が降りた。
貴也は黙って魔王の反応を見ている。
そして、しばらく。
魔王は目を開け、厳かに口を開いた。
「テンペスト様にあったのだな」
貴也は黙って頷いた。
「なら、もう我の存在も君には予想が出来てるのではないかね」
ジッとこちらを見詰めてくる、魔王。
貴也は目を逸らさずに相手の意図を読み取ろうとする。
ここでの選択のミスは生命に関わることを肌で感じていた。
だが、魔王の思惑は貴也に読み切れるようなものではなかった。
だから
「この世に魔力を生みし者。白様が作りし、最初の魔物ですね」
貴也は駆け引きなどせず正直に答えた。
その答えに魔王は……
「そうだ」
そう一言呟くように言った。
そして、しばらく沈黙が続く。
その間、貴也は一言も発さなかった。
魔王が纏っていた圧迫感は消えている。
「すまなかったな。少し昔のことを思い出しておった」
そう言って口元に笑みを浮かべる。
「なんとも懐かしい人の名を聞いた。テンペスト様はお元気であったか?」
「元気かといわれるとわたしにはわかりません。あの方は白様を救えなかったことを後悔し、その使命の為だけに生きているようでした」
「あの方らしいなあ」
遠い目をしながら魔王は彼の物を懐かしんでいる。
そして、貴也は徐に魔王に質問する。
「なぜ、お会いになられないのですか? あなたにならテンペストの所在も分かるでしょう。会いに行くことも可能なはず」
それに魔王は首を振って応える。
「我にはあの方たちに会わす顔がない」
「なぜですか? 最後の最後まで白様を守ろうとした。テンペストはそんなあなたを誇りに思っているようでしたよ」
魔王は苦渋に顔を歪める。
そしてとつとつと話しだした。
「なぜ、我が生きているかわかるか? 我は確かに白様の盾になろうと飛び出した。無駄だとわかっていたがそうせずにはいられなかったのだ。だが、これが間違いだった」
「どういうことですか?」
「破壊神の力は凄まじい。我が身体は一瞬も耐えられず塵も残らず消えた。そして魂すら消え去ろうとした時、あの方は我に手を差し伸べた。自分の身が危うい時にだ」
魔王は唇を噛み締める。
その時のことを思い出しているのだろう。
怒りからか殺気が周囲にばらまかれる。
これは貴也達に向けられたものではない。
多分、自分の不甲斐なさに立ちするものだろう。
その余波を浴びただけで貴也はふらついてしまった。
だが、何とか堪える。
そんな貴也の様子に気付きもせず魔王は話を続ける。
「白様も自分が不利な状態だったことは理解していただろう。逃げようと思えば逃げることも可能だったはず。だが、彼の方はそんなことをしなかった。我なんかの為にその時を失ったのだ」
魔王は大きく息を吸い込む。
「自分を守る力を割いて白様は我が魂を守り、世界の果てにへと飛ばしてくださった。その所為で白様は逃げるタイミングを逸したのだ。我が愚かにも飛び出たりしなければ白様は逃げ延びれたかもしれないのに」
「そんなことは……」
「黙れ。慰めなど必要ない」
一喝が室内に響き渡る。
そして、しばらくすると魔王は貴也に対して一言謝罪した。
魔王は話を続ける。
「我の魂は数百年彷徨い。一匹のスライムに定着した。生まれ変わった我にはもうかつての力はなかった。ただ知識は残っていたので自らの身体を改造し進化して今の姿へとなったのだ」
そう言うと魔王は黙り込んだ。
話はここで終わりだというように
だけど、貴也は黙っていられなかった。
余計だと思いつつも口を開く。
「テンペストに会う意思はないのですか?」
「ない」
「ですが、テンペストはあなたを助けられなかったことを非常に悔いておられました。生きてるとわかれば――」
魔王は手を上げて貴也の言葉を制す。
「くどい。それ以上言うな。君の言葉は非常にありがたいが、それは我と彼の方たちのこと。貴様に立ち入る資格などない!」
貴也は黙り込むことしか出来なかった。
確固たる拒絶に貴也が踏み込む余地はない。
この話はここで切り上げるべきだろう。
納得はいかないが、確かに貴也に口を挿む権利はないのだ。
気まずい空気が周囲な流れる。
今日はここまでということになり、貴也達はスライムに案内されてそれぞれの部屋で休むことになった。
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