第十七話 冒険者資格が失効しそうで無双できない。
「あら、貴也君。今日はお休み?」
カインの畑の脇で優雅に日光浴をしているとマリアがやってきた。
「今日は定休日ですよ」
「あれ? 今日は木の日でしょ。定休日って太陽の日じゃなかったっけ?」
「ああ、先週から木の日も休みになったんですよ」
ルイズの店は幸いなことに連日大繁盛である。
はっきり言って忙しすぎるくらいだ。
ホールスタッフを一人雇い、領主館から見習い料理人が一人やってきても状況はあまり変わらなかった。
幸い、夜の予約がなかったので回っているのだが、このままではルイズが倒れてしまう。
というわけで三週目から太陽の日が五週目から木の日も定休日となりました。
月の日はもちろん営業してますよ。
なんて言ったって書き入れ時なんだから。
その証拠にポツポツと月の日に営業する店が増えてきている。
敵が増えるのは困るのだが、正直、ホッとしているが本音だ。
「マリアさんはまた暇つぶしですか?」
「失礼ね。人を暇人呼ばわりしないでよ。見回りよ。見回り」
いつマリアの業務に見回りが追加されたのかは知らないが、藪を突っついて蛇を出しても仕方がないのでここは黙っておく。
というわけで、
「おやすみなさい」
ゴロンと転がり身体の向きを変える。
今日は余計なことをしたくない。
大分慣れたとは言え、疲れが溜まっているのだ。
マリアの相手をして疲れるわけにはいかない。
だが、そんな貴也の意図に気付いているだろうにマリアは身体を揺すってくる。
「ねえ、なんか面白いことない。今なら付き合ってあげてもいいわよ」
「何言ってるんですか。仕事中なんでしょ。遊んでちゃダメでしょ」
「何言ってるのよ。初心者冒険者のアフターフォローもわたしの仕事よ。さあ、お姉さんになんでも相談してもいいのよ」
目をキラキラとさせながら聞いてくる。
はっきり言ってウザかったが、このまま無視していても多分諦めないだろう。
貴也は盛大に溜息を吐きながら身体を起こす。
「って、初心者冒険者になった覚えはないんですがね」
「あら? 初めて冒険者ギルドに来た時に登録手続きしたじゃない。異世界人は誰でも最初は冒険者ギルドに登録することになるのよ。そうしないと戸籍も何もなくて困るもの」
「そうなんですか?」
「そうよ。でも、あと一月もしないうちに失効しちゃうけどね」
「え、冒険者の資格って失効するんですか?」
「当たり前でしょ。貴也君、渡した規約を読んでないわね。登録したらFランク冒険者になるんだけど、三か月以内にEランクにならないと冒険者資格を失うの。再度、登録するときは登録料がかかるわよ」
「マジですか? でも、オレの場合、冒険者になる予定がないから問題ないですよ」
「じゃあ、貴也君は市民登録をもう済ませたの?」
「市民登録?」
貴也は首を傾げていた。
それを見てマリアは額に手を当てて嘆いていた。
「まずいわよ、貴也君。貴也君はいま、冒険者としてこの村に滞在しているの。冒険者は税金を払う代わりにギルドの依頼を受けることで村に貢献する。その対価として公共の福祉を受けられるの。例えば病院の治療費に保険が適用されたり、年金が出たり、村に入るのに税金を取られなかったりとかね。だから、冒険者資格を失うと貴也君は医者にはかかれないし、村から出たら、戻ってくるのにお金を取られちゃうわけ」
「マジですか」
貴也は目を見開いて驚いていた。
これは非常にまずい状況なのでは
「そうね。ここの住人になればこの村に限って便宜が図られるけど、税金はかかるし他の町に拠点を移す時に手続きが色々と面倒よ。貴也君がこの村に骨を埋める覚悟が出来てるなら問題がないけど」
う~ん。そこまでは考えていない。
今は流されてルイズの店で働いているが、ルイズと結ばれる可能性がないならばそんなに長居するつもりはないのだ。
「となると、Eランク冒険者を目指さなくてはいけないわけですか。でも、オレ、モンスターの討伐なんてできませんよ」
「そうよね。弱いものね、貴也君」
本当のことだが面と向かって言われると腹が立つ。
ギロリと睨み付けると、マリアは手をひらひら振りながら笑って謝罪している。
全然、反省の色は見えないが、いまは気にしていられない。
「何か方法はないんですか?」
「あるわよ」
マリアの返事は軽いものだった。
呆気にとられながらも藁にもすがる思いで聞き返す。
「なんですか? 教えてください」
「ええ、どうしよっかなあ。最近、貴也君、冷たいし」
こちらを値踏みするようにニヤニヤ笑っている。
かなりイラつく行為だが、逆らってはいけない。
ここは平身低頭だ。
「マリア様。愚かなわたくしめに御教授ください」
「ええ、そんなことを言ってもわたしにメリットないし。貴也君は何してくれるのかな?」
くぬぅ。言わせておけば調子に乗りやがって。
でも、逆らえるわけもない。
「じゃあ、スペシャルスィーツ三個で」
「五個。これ以上は引き下がれないわよ」
「じゃあ、ランチ用とディナー用のスペシャルスィーツ一個ずつでどうですか?」
「へ? ディナー用ってなに?」
よし食いついた。
貴也は内心ニヤ付きながらも淡々と説明する。
「夜のお客様用に用意しているデザートです。ランチと違って見た目も量もクオリティーも段違いで一個1500ギルで提供してます」
「何それ、聞いてないわよ」
「それはまだ誰も食べてないですから。折角、美味しいスィーツを開発したんだから高級者向けにアレンジして出さないと勿体ないでしょ。どうです。絶品ですよ」
「わかったわ。それで手を打ちましょう。早速、明日、食べれる?」
「ルイズさんの都合がありますからね。明日、店に行ってから連絡しますよ」
「了解。楽しみにしてるわ」
マリアはまだ見ぬスィーツを想像してか、口から涎を垂らさんばかりに相好を崩していた。
「それで、冒険者ランクを上げる方法は?」
「ああ、貴也君はすでに冒険者ランクEよ。暇なときにギルドカードを持ってきてね。更新するから」
「へ?」
依頼を受けた覚えがないのになんで冒険者ランクが上がってるの?
いきなりのことで思考が追い付かない。
そんな貴也を見ながら、してやったりとマリアが
「ギルドの依頼って別にモンスターの討伐や危険地域での採取だけじゃないの」
「他に何かあるんですか?」
「難易度でポイントが変わるけど衛兵の応援やお店のお手伝いなんかも冒険者ギルドでは受け付けているわ。じゃないと、自分たちにあった依頼がなかった時、お金に困ることになるでしょ。お使い系の依頼はランク外の依頼として色々受け付けているの。まあ、手数料は取られるけどね」
「もしかして、ルイズさんがギルドに依頼を出しててくれたんですか?」
「そうよ。わたしが言っといたの。それに住民以外を勝手に雇うのも、雇われるのも、脱税とかで犯罪になるのよ。まあ、そんなに厳密には取り締まってないけどね。感謝してよ」
「う~ん」
感謝するべきことなんだが、なんだろう。モヤモヤする。
この行き場のない怒りはどこに向ければいいのだろう。
とりあえず、マリアと騒いでいたのに気付いてやってきたカインを殴っておく。
「うご――いきなり何するだ?」
驚いて目を白黒させているカインはとりあえず無視だ。
「じゃあ、とりあえずは問題なしということでいいんだな」
「ええ、ただ、こんな反則技はそう何度も使えないわ。次は一年後に冒険者カードの更新をしないといけないんだけど、その時までに既定のポイント稼がないと今度こそ失効よ」
「それはマズいですね」
「どうする。ギルド職員になれば国際公民権をとれるわよ。冒険者の権利と市民権を足したような権利ね。スゴイ便利よ」
「職員になるつもりはないですよ」
にべも突き放す貴也にマリアは唇を尖らせているが、元々、勧誘が上手くいくとは思っていなかったのだろう。
すぐに表情を戻す。
「でも、ちゃんと考えておいてね。更新に必要なポイントだけならランク外のお手伝い依頼だけでも稼げるんだけど、Fランク以上は数回の同ランクか一つ上のランクの依頼を達成することが義務付けられているの」
「なんでなんですか?」
「冒険者って危険な仕事だからかなり優遇されているの。税金を払わなくていいし、国の出入りも自由だし、病院や治療魔法も割引される。しかも、誰でも登録できるでしょ。冒険者になるつもりもないのに登録する人が沢山いたの。だから、そういう人を排除するためにそういう規定ができたのよ」
まあ、納得のいく理由だ。
依頼の手数料が税金より安いならそちらの方が得だろう。
安易に冒険者になろうとするものが増えるのもわかる気がする。
わかる気がするが、それで自分がピンチに陥るというのは納得ができない。
猶予は一年あるが、一年なんてあっという間だ。
本当にここは貴也に優しくない世界だ。