第十六話 店を立て直してハーレム無双できない。 後編
次の手といいましたが、そんな変なことしませんよ。
もうやらかすのは勘弁です。
次の日、店に行くと目にクマを作ったルイズが待ち構えていた。
「おはようございます。って、徹夜ですか? そんな無理しなくてもいいのに」
「何言ってるんですか! 貴也さんがやれって言ったんでしょ」
ルイズはかなりのおかんむりのようだ。
寝不足で気が立っているようだ。
貴也は宥めるように
「すみません。言葉が足りませんでしたね。開店の日を決めてないんですから期限はなかったんですよ」
「そんなこと言っても昼の営業が止まってるじゃないですか。出来るだけ早く再開しないとお客様に迷惑がかかるじゃないですか」
「えっ、この店がお昼に営業してるのを知ってるお客様っているんですか?」
「え?」
ルイズは呆けた顔をしている。
ああ、この娘、なんでお店にお客様が来なかった理由をわかってなかったんだ。
「なんで、お客様が来なかったか、一番の理由を教えてあげましょうか?」
「はい」
「宣伝です。この店はもともと完全予約制でしたよね。そんな店がなんの宣伝もなしにお昼の営業を始めても誰も気づきませんよ」
「えっ、ドアにOPENの札かけてるし、隣の宿屋に張り紙してますよ」
「誰がその張り紙見るんですか? あの高級宿屋に泊まる人は外の人がほとんどですし、ドアにかかった掛け札なんて普通に歩いている人は気にしませんよ」
「そんなあ。じゃあ、わたしのやってたことって……」
「まあ、そんなに落ち込まないで下さいよ」
肩を落とすルイズを慰めようとしたが、すぐにキッと顔をあげて睨み付けてくる。
「なんで言ってくれなかったんですか!」
「だって、お客様が少しでも来たら、赤字でも問題解決しないでそのままズルズル続けてたじゃないですか。今ならわかるんじゃないですか? あの時のメニューが問題点だらけだったことが」
ルイズはとりあえず昼の営業でも夜と同じようにコース料理出そうとしていた。
値段は抑えめで、料理もそこまで高級志向じゃなかったがお昼からコースなんて食べようと思う人はそうはいない。
「うっ」
とルイズがたじろいでいる。
そんなルイズもカワイイが、ここでいじめてても話が進まない。
それに試作のランチプレートがいい匂いをさせている。
今日は試食が多くなると思って朝食を抜いてきたのだ。
ということでまずは写真を一枚。
角度を変えてもう一枚。
と何枚かランチプレートを写真に収める。
「写真はこれくらいでいいかな。では、味見させてもらいますね」
「どうぞ」
覇気のない返事だったが、かまわず試食に移る。
「うん。見た目は問題ないですね。このまま出してもいいくらいだ。カルパッチョ風のサラダとオムレツ、メインはトマトベースのチキンですか。彩りが綺麗でおいしそうだ。それにチキンが一口サイズにあらかじめカットしてあってフォークだけで食べられるようにしてあるんですね。うんうん」
そういいながらサラダにフォークを伸ばす。
かかっているドレッシングの塩見と酸味が絶妙だ。
生野菜もシャキシャキして触感がいい。
ところどころに馴染みのない野菜が混じるが野菜の甘みや苦みのバランスが最高だ。
それにこの魚。
見たことのない魚だが、さっぱりしたドレッシングに脂の乗った白身の甘みが合う。
生魚特有の臭みも全く感じない。
このままサラダだけ食べていたいが、オムレツに手を伸ばす。
一口。
「美味い」
なんだろう。凄いフワフワ。
スフレオムレツっぽいんだけど、もっとフワフワ。
味はほんのり甘辛い。
でも、これって単品で食べるには味が薄くないか?
そうか。
「サラダと一緒でも、メインのトマトソースとつけても美味しいですよ」
そうか、味が移るのを防ぐんじゃなくて一緒に食べても美味しいように考えてるんだ。
「うん。単品でも十分美味しいけど、他のものと一緒に楽しむことができる。オレはこのトマトソースが好みだなあ」
そんなことを言いながらメインに移る。
「うん。これも美味い」
鶏肉はパサつきやすいけどジューシーに仕上がっている。
なかなかいい鳥を使っているみたいで脂の甘みと旨味が強いがトマトの酸味が負けていない。
そこでもう一つ気づいた。
サラダのドレッシングにトマト。
酸っぱいものが続いたがここでオムレツが効いている。
優しい味のオムレツのおかげで味が一辺倒になりそうなのを防いでいる。
「う~ん。スープが欲しいなあ。でも、スープつけると予算オーバーするよね。それに女性向けだとちょっとボリュームが多くない。これにパンをつけるんでしょ?」
「そうですね。パン二つを基本としたらちょっと多いかもしれませんね。じゃあ、全部を三分の二くらいにしてスープをつけましょうか。具を入れない屑野菜や他の料理に使うフォンを使えば手間はかかるけどコストはそんなにかからないと思うんですよ」
「じゃあ、その手で行きましょう」
「やったあ。これでやっとお昼の営業、再開できますね」
「何言ってるんですか?」
「へ?」
「同じメニューを続けられませんよ。あと、最低でも四種類のワンプレートランチを作って貰わないと」
呆然とするルイズ。
その顔を見ながら貴也は呆れたように
「だから、言ったじゃないですか。ランチは大変ですよって。やっぱり、止めますか?」
「ここまできて引き下がれません」
「そうですか。なら、あと四種類いつまでにできますか?」
「五日……いや、三日で仕上げます」
意気込むルイズを見ながら貴也は溜息。
「じゃあ、メニュー決定は七日後にしましょう。営業開始は十日後の月の日です」
「七日貰えるのはありがたいですけど。月の日は休みなんじゃないんですか?」
小首を傾げるルイズ。
ルイズの言い分もわかる。
この世界は日本と一緒で一週間が七日である。
太陽の日で始まり、火、水、木、風、土ときて最後が月の日。
元々は夜の日とか、闇の日と言われてたけどあまり縁起が良くなさそうなので月の日と呼ばれるようになった。
それで普通の人は夜に休むということで月の日は休み。
農家や畜産業、衛兵など休めない仕事は仕方ないが、その人たちもできる範囲で働かないようにしている。
ルイズが疑問に思うのも当然なのだ。
だから、ここがチャンスなのである。
「そうですね。でも、世の奥様方は月の日だからって休めないですよね。だから、せめて我々がお昼の準備を代わりにやって休ませてあげるんですよ」
ニヤリと悪い笑みを浮かべる。
「それに月の日に営業している飲食店はうちだけです。競合がいませんよ」
「なんか貴也さん怖いです」
怯えるルイズを余所に貴也は高笑いをあげていた。
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ということで、開店日も決まったので宣伝です。
宣伝と言えば人通りの多いところ、この村で一番人が多いのは……
「マリアさん。チラシ貼らしてください。あと、どこかに置いて配ってもらえませんか?」
「いいわよ」
交渉するまでもなくOKが出た。
「えっ? いいんですか?」
「別にかまわないわよ。ルイズのレストランの昼営業の件でしょ? これがチラシ? うわ、美味しそう。これって先に食べられたりするの?」
「賄賂になりません?」
「これくらいなら大丈夫よ。それにわたしに文句を言う人なんていないし」
「ふふふふふ、お主も悪よのお」
「お前さんこそ」
二人の高笑いがギルドに響き渡った。
ということで次は商業ギルド。
こちらは向こうのように簡単にはいかないだろう。
とりあえず、窓口で要件を言おうとすると、受付のお姉さんがあっという間に奥の方へ。
そして、溜め息交じりのギルドマスターが現れた。
もう、貴也担当はギルドマスターで決まっているようだ。
こっちが溜め息つきたいよ。
「それでどういう要件ですか?」
「昼の営業開始のビラを配りたいんですけど、ここってビラ配りはしてはいけないとかあるんですかね?」
「別にかまいませんよ。ゴミが出るようならあとで掃除してくれれば問題ありません。って、そんなことをわざわざ確認しに来たのですか?」
「はい。確認せずに問題になるのは困るので」
「殊勝なことですね。要件はそれだけですか?」
ギルドマスターがホッと一息吐いた。
貴也はそれを見逃さない。
「あと、もう一つお願いがあるんですよ」
ギルドマスターの表情が一変するが貴也は気にせず続ける。
「このチラシをギルドに貼ってもらいたいんです。それと隅の方でいいんで何部か置いて貰いたいんですけど」
ギルドマスターはチラシを一眺めしてから眉間に皺を寄せた。
一呼吸入れたことで動揺はなくなっているのは流石だ。
「貴也さんの頼みなので聞いてあげたいんですけど、ここは商業ギルド。すべての商店に平等に接さないといけません。だから、例外的に個人に肩入れするわけにはいかないんですよ」
「チラシを置くくらいもダメですか?」
「チラシを置くことを認めると他の店もチラシを置きたいと言ってきますからね。例外は認められません」
毅然とした対応に貴也は感心する。
でも、ここで引き下がるわけにはいかない。
「では、個人じゃなければ問題ないんじゃないんですか?」
「個人じゃないというと?」
「あの店は領主が経営していることは知ってますよね。つまり、ギルドなどと一緒で公の店舗です」
「それは詭弁じゃないですか」
「ええ、詭弁です。でも、言ってることは間違ってないですよね」
ギルドマスターは黙り込んだ。
どう断ればいいか考えているようだ。
眉間の皺がどんどん深くなっていく。
貴也はニヤリと笑って畳みかける。
「実は領主様に今回のリニューアルオープンについて全権委任されているんですよ」
「はい?」
「領主様は好きにやっていいと言ってくださいました。それを断るのはどうなんですかねえ。証拠もありますよ」
そう言って貴也はポケットからスマホを取り出す。
そして、この前、許可をいただいた時に記録していた会話を再生した。
「ほらね。領主様の声で好きにしていいと言ってるでしょ」
「しかし――」
貴也は人差し指を立ててギルドマスターの言葉を封じる。
「たかが、チラシくらいのことで揉めるのもなんでしょう。ここは何も知らない異世界人が勝手にやったってことにしませんか?」
超高速で頭が回転してるのか難しい顔のまま固まっているギルドマスター。
そして、しばらくして大きな溜息をつく。
「隅にチラシを置くのは認めましょう。チラシを張るのはギルドの外にしてもらえませんか?」
「はい。わたしが勝手にギルドの外に貼った。開店日が過ぎたら職員が気づいて剥がしたってことでいいですね」
「クレームが来たらすぐに剥がしますよ」
「わかりました。そのたびに開店日までは貼りに来ますのでよろしくお願いします」
「わたしは知りませんよ」
「そうですね。物を知らない怖い異世界人が勝手にやったことです。職員は注意がしづらいでしょう。ギルドマスターはそう職員に伝えておいてください」
「…………」
ギルドマスターはもう呆れてものが言えないようだ。
貴也は一言、礼を言って商業ギルドを後にする。
あとは、適当にビラ配りしようかな。
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開店当日。
何が効いたのか開店前なのに行列が出来ていた。
先にマリアに賄賂という名の試食をしてもらったのも良かったかもしれない。
マリアはスペシャルスィーツがいたく気に入って友人知人に話してくれたらしい。
それに加えて貴也の最大の仕込み
『スペシャルスィーツ限定二十個』
やっぱり、女の子は限定に弱いよね。
この一文でかなりの呼び込み効果が期待できたと思う。
ということで
「ルイズさん。接客一人じゃ回りません」
「厨房もよ! 貴也さん。手伝って!」
戦場でした。
多めに百五十食用意したランチはあっという間に完売し、お客様に謝って帰ってもらう事態になってしまいました。
本当に想定外です。
おかしくないですか?
冒険者合わせても三千人前後の町で百五十食、用意して足らないというのは……
まあ、休日だからだろうと無理やり納得しながら、平日も一応、二百食用意することで本日の営業は終了しました。
そして、次の日。
平日でも忙しさは変わりませんでした。
最後の仕込みの効果でしょうか。
『日替わりランチ投票。最も投票が多かったものは月の日の定番ランチに!』
これのせいで全食制覇して決めようというお客様が沢山いました。
それに限定スィーツを食べられないというクレームが多いこと。多いこと。
だから、スタンプカードを作ってスタンプを五個貯めたら無条件で限定スィーツを食べられるようにしました。
これがダメ押しだった気がします。
忙しい。このままでは死んでしまう。
「マリアさん。人増やしましょう。二人じゃこれ以上無理です」
「そうですね。至急募集しましょう」
でも、新人がきてもすぐには使い物になりません。
「誰か助けて」
売り切れと同時に貴也は床に倒れこんでいた。
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どれくらいそうしていただろう。
営業は順調過ぎるくらい順調。
このままいけば貴也の『ささやかな幸せED』は目前のような気がする。
というわけで
「貴也、おい、貴也」
貴也が目を覚ますと
「うげ、なんだよ。カインかよ」
「なんだとは酷いだ!」
ここはルイズに優しく起こしてもらってラブラブイベントだろ。
空気読めよ。この老け顔め。
「なんか、酷いことを言われてるような気がするっぺよ」
そんな風に騒いでいると、厨房まで声が届いていたのかルイズがやってきた。
「ああ、カインさん」
パタパタと小走りでやってくるルイズ。
顔は満面の笑顔で、目はキラキラしている。
声のトーンも心なしか高い。
「今日はどうしたんですか?」
「ああ、噂を聞いて陣中見舞いに来たっぺよ。大繁盛みたいでえがったなあ」
「はい。これもカインさんのおかげです」
「おらはなんもしてないっぺよ」
「そんなことないです。いつも美味しい野菜を安く卸してもらって」
「あははは。そんなこと当たり前だっぺよ。それに野菜も一流の料理人に料理された方が喜ぶっぺ」
「そんなあ。一流の料理人だなんて」
頬を抑えていやん、いやんと首を振る、ルイズ。
あれ? なんかおかしいぞ?
「あれ? 貴也君は知らなかったの。ルイズは小さい頃からカイン一筋なのよ」
「ってどこから現れたんですか!」
マリアがいつの間にか現れていた。
この人、本当に暇なんだろう。
神出鬼没でどこにでも現れる。
「ちゃんと玄関から入ってきたわよ」
「そんなことより本当なんですか? 聞いてませんよ、そんなこと!」
「でも、あれを見れば一目瞭然でしょ。気付いてないのはカインだけよ」
嘘だ。よりによってカインに負けるだなんて。
「ルイズちゃんも早く告白してくっついちゃえばいいのに」
「うぐ」
「あれ? もしかして貴也君。ルイズのこと」
ニヤニヤが止まらない、マリア。
貴也は呆然とその場に崩れ落ちた。
そんな貴也に
「ねえ、貴也君。限定スィーツ、一つちょうだい。なんか急に食べたくなっちゃって」
なんかわがままを言ってるマリアがいるがそんなことはもうどうでもよかった。
もしかして、独り相撲だった?
妄想?
今までの苦労は水の泡?
オレのささやかな幸せは?
どうやら、店を立て直してルイズと幸せにはなれないようだ。
ガックリ。
「ねえ、貴也君。スィーツ」
「売り切れだって言ってるだろうが!」
貴也の絶叫が店内に木霊していた。