第十五話 店を立て直してハーレム無双できない。中編
「ということを踏まえてどんな店にするか決めましょう」
次にコンセプト決めだ。
これを決めておかなければメニュー開発もくそもない。
行き当たりばったりでは先が見えている。
「まず、ターゲットはどこにしますか?」
「え? ガッツリ系のお弁当にするんじゃないんですか? それが一番売れてるんですよね」
「確かにお客さんは一番多いでしょう。ですが、そこには既に競合相手がいます。強く、たくさんの敵がいる激戦区。そこに勝負を挑みますか?」
小首を傾げているルイズがいる。
どうやら、貴也が言っていることが分かっていないみたいだ。
「それ以外に方法があるんですか?」
「ありますよ。確かにこの村は農家や冒険者が一番多いですが、それ以外の人もいます。飲食以外の店をやっている商人、行商人、ギルド職員、衛兵、あとは家事をやってる奥様方、これらの人はお昼御飯をどうしていますか?」
「なるほど、ガッツリ系を好まない人たちも一定数いると言うわけですね」
「数で勝負するならガッツリ系の弁当で勝負するべきだと思いますが、勝てるかどうかは未知数です。それに僕が手伝ってもそんなに数が作れるとは思えません。また、早朝に売るとすると作るのは夜中になります。夜の営業に支障をきたすんじゃないですか? 本業がおろそかになることはしない方がいいです」
ルイズは目を見開いて驚いている。
「貴也さんってすごいですね。そこまでは考えていせんでした」
ルイズが尊敬の眼差しを向けてくる。
なんだか照れくさい。
貴也はそれを振り払うように話を続ける。
「ということを踏まえてどのような店にするかです。男性向けにするか、女性向けにするか。年齢層は? 高級路線で行くか、価格を下げていくか。品数を抑えるか、メニューの多さで勝負するか。ビュッフェ形式にして、一定額でお客さんに大皿料理を自由にとって貰うって方法もあります。ルイズさんはどうしたいですか?」
「そんなに一辺に言われても困ります。決められません」
ルイズは涙目で首をフルフル振っている。
何このカワイイ生物。
お持ち帰りしたい。
「じゃあ、まず性別から。お客さんが多いのは男性です。ただ、こちらはもう決まった店がたくさんあります。女性向けの店はこの村にはありませんでした」
「なら、女性向けの店がいいんじゃないんですか? 競合相手がいないのは有利ですよね」
素直なルイズにホッコリしながらそれを否定する。
「そうですね。ですが問題は何で女性向けの店がないかです。少し考えれば有利だとわかるのに誰もやらない。どうしてだと思いますか?」
腕を組んで考え込みだした。
組んだ腕に大きな胸が乗っていて目に毒だ。
少し垂れ気味のクリッと大きな目。
ポテっと厚く小さな唇。
髪はアップにまとめてコック帽の中で隠れているが艶やかな栗色の髪がとても似合っている。
小柄で巨乳の妹系女子。
うん。かわいいなあ。
こんな娘が彼女だったらどんなにいいだろう。
店が繁盛して、『貴也さんのおかげです。これからもこの店とわたしを一生大事にしてください』なんて展開になったらどうしよう。
うん。そうだよ。これだよ。
異世界に来て小さな幸せを見つけました。
完結。
こんな終わり方もいいんじゃないだろうか。
なんて妄想にふけりながら、ルイズの立派なお胸を見ていたことに気付いて慌てて思考を切り替える。
あかん。あかん。
こんなことを考えているのに気付かれたらキモがられてそこで終わりだ。
ささやかな幸せENDを迎えるためにもここは心を鬼にしなくてはならない。
貴也はどうしても行ってしまう視線を血の涙を流しながら逸らしてヒントを出すことにする。
「じゃあ、視点を変えましょう。女性の方はお昼御飯をどうしているのですか?」
「それはお弁当を作ったり、自炊して……あっ!」
「そうです。外で食べる事、自体がないんです。お弁当は一人分も二人分もそう手間は変わりません。夫婦で畑仕事するなら、同じお弁当を作って持っていた方が楽ですし、家にいる時なら朝食の残り物やありもので適当に済ませちゃうんじゃないですか? いちいち、外に食べに行くのは時間的にもお金的にもあまり嬉しい事じゃありません」
「それで女性向けの店がないんですか?」
「そうですね。実際、女性向けのメニューを出して失敗した店もあったんじゃないですかねえ。でも、結局は失敗してなくなっていったんだと思いますよ」
「じゃあ、わたしがやっても同じなんですね」
ガクリと肩を落とすルイズ。
だが、貴也はそこでニヤリと笑う。
「そうとは限りませんよ」
「どういうことですか?」
上目遣いで見上げるルイズ。
その視線にドキリとしながらも貴也は続ける。
「多分、女の子目線で店を作らなかったんじゃないですかねえ? 強面の冒険者や農家のムキムキ親父がたくさん並んでいる店にルイズさんは一人で並べますか?」
「それはちょっと遠慮したいですね」
「あと、メニューなんかもただサイズを小さくしただけとか、サラダを付けるだけとか、安易な女性向け弁当とか作ったんじゃないですかねえ」
「ああ、なんかそれ解ります。うちのお父さん。ぬいぐるみをあげとけば喜ぶんだろとか思ってて、プレゼントはいつもぬいぐるみなんです。……ぬいぐるみは好きですけど」
ぬいぐるみ好きというのが恥ずかしいのか、言葉尻が小さくなるルイズ。
ちょっと、ニュアンスが違うんだけどカワイイので許そう。
というわけで話を戻す。
「女性向けメニューを真剣に考えてみると言うのはありだと思います。しかも、ルイズさんは女の子なんで男性のコックより断然有利です」
コクコクと頷きながら目がキラキラと輝いていく。
「だけど、女性向けにするなら問題点が一つあります」
「なんですか?」
「デザートです」
「デザート?」
「はい。なんといっても女性は甘いものが大好きです。安易な考えですが女性を釣るのに一番有効なのはスィーツです」
「なるほど」
顎に手を当ててコクコク頷くルイズ。
そんな彼女を見ていると言いたくなかったが貴也は一言付け加える。
「でも、ルイズさんってデザートはあんまり得意じゃないですよね」
本人も自覚があったのか表情が曇った。
だが、貴也は続ける。
「以前、お食事させていただきましたが、料理はほとんど文句がありませんでした。ただ、料理に比べてデザートは美味しかったんですが、ただそれだけ。ありきたりで普通でした」
ルイズはガクリと肩を落とす。その表情は悔しそうだった。
だから
「挑戦してみませんか?」
「えっ?」
「まだ誰も見たことのない。オリジナルスィーツ。それが出来れば昼の営業は成功したようなものです。それに料理人としても一皮むけられるんじゃないですか?」
「貴也さん……」
自身がないのか俯いている。
ダメかなと一瞬思いかけたが、ルイズの顔が上がった。
その眼には闘志が漲っている。
「やってみます。やらせてください」
「そうですか。では、原価は一個150ギル。まだ誰も見たことのないオリジナルスィーツです。出来ますか?」
「一個の原価が150ギルは安すぎませんか?」
「ワンプレートランチ500ギル、それにデザートが200ギルで合計700ギルです。これくらいの値段設定じゃないと主婦層は家の中から出てきません。いくら美味しくても食べて貰えなければ意味がありません」
「なら、客寄せ目的で利益なしの200ギルにすれば……」
「ダメです。店をするなら最初から採算無視は問題外です。期間限定で赤字覚悟の販売をしてもそのサービスが終われば客は引いていきます。その間にリピーターを捕まえると言ってもそんなものを当てにしてはいけない。サービス期間でも最低限の利益がなければ店はやっていけない」
貴也はそこでいったん区切って笑顔を向ける。
「それに料理人のプライドを持ってください。ただで提供すれば喜ばれるかもしれない。でも、それは料理人ではありません。料理人はお客様の大切なお金を貰って料理を作るんです。ただで働くなんて自分の価値を下げるようなことはしないでください。それはあなたの腕とあなたの料理が好きなお客様をも卑下することになります」
ルイズの目に涙が溜まっていた感動しているのだろう。
本当にこの娘は単純な子だ。
カインともどもこんなにピュアで大丈夫なのか心配になる。
でも、そこはオレが守ってやればいいか、なんてことを貴也は考えながらほくそ笑んでいた。
====================================
「これで完成ですか?」
あれから一週間。
いくつもの試行錯誤を繰り返し、これというものが出来上がった。
嫌になるほどの味見の所為でもう何が美味しいのかわからなくなっている。
甘い物は当分、勘弁してもらいたい。
本当に大変だった。
誰も見たことのないオリジナルスィーツを作ってくださいなんて言ってしまったから大変なことになった。
流石に才能のある人は妥協を知らない。
本気で誰も見たことのないものを作ろうとするのだから……
もう、この世界では下手なことは言わないことにします。
流石にスィーツの専門家じゃないのでそれは無理だと説得しましたが、それでもこの村の人が誰も食べたことのないくらいじゃなければ意味がありません。
とりあえずは定番から試作し、材料を変化させたり組み合わせたりして、さまざまなスィーツを試作しました。
スィーツ男子としては日本の知識をフル活用して新作スィーツ開発に役立てようとしたのですが、残念ながら、素人の知識にあるようなものはこの世界にもあるみたいです。
ということで雑用兼味見、アドバイス係となりました。
作りやすさと食後のデザートという点からベースはレアチーズケーキでさっぱりと食べられるものとなりました。
次に考えるのはこれをどう改良するかです。
これが難航しました。
単純なものだけにオリジナリティーが出せない。
高級食材を使えば美味しいものはできるのですが今回はコストに縛りがあります。
でも、焼き菓子やスポンジ系のケーキはどうしても重くなります。
レアチーズならクリームやゼリー、ムース、果肉などを合わせて味や彩りにバリエーションができると思ったのですが……。
解決したのはカインでした。
完全に行き詰まってしまったので、最後の手段としてカインにあるだけの種類の野菜や果物を持ってこさせたのです。
そして、虱潰しに作った結果、フロスとスターパプリカが残りました。
フロスは二日酔いの時に飲んだ強烈な酸っぱさを持っているのに後味が全くない果物。
スターパプリカはこちらの世界にきて初めて食べた謎野菜。
あの星形の黄色い実です。
あれって、ピーマンの一種だったんだね。
カインから聞いたがピーマンは唐辛子の親戚らしい。
だから、スターパプリカはピーマンの苦みと唐辛子の辛みをもった不思議野菜なんだとか。
でも、とれたては桃のよう甘い。
やっぱり納得いかないけど、あるものは使うべきだ。
というわけで、レアチーズをベースにフロスのムースとスターパプリカのコンポートを合わせて作りました。
この後も、触感や見た目、味のバランスと調整が大変だったがとりあえず完成したのだ。
「では、ルイズさん。あとは原価350ギルでワンプレーとランチを作ってください」
「えっ?」
『何言ってるんだ、こいつ』とキョトンとした顔をする、ルイズ。
だが、貴也は容赦しない。
「メインは料理ですよ。これこそ、ルイズさんの専門でしょ?」
「少し休ませて――」
「何言ってるんですか、お昼も営業をしたいとのはルイズさんですよね」
「――はい」
肩を落として厨房に戻っていくルイズを見送る。
料理に関しては貴也に口が出せることは少ない。
ルイズに任せて問題ないだろう
「さてさて、次はどのような手で行きますか。ふふふ」
ニヤニヤとほくそ笑みながら今後の展開を考える貴也だった。
終わりませんでした。
切りどころを完全に間違えました。
ということで前、中、後編となります。
申し訳ありませんでした。