第百四十九話 優紀は助かったようだが無双できない
「その娘は快方に向かっている。もう死ぬことはないだろう」
テンペストの言葉に貴也はホッとして脱力していた。
しかし、次の言葉に気を引き締め直す。
「ただ、そこの娘はどうするのだ」
そうだった。
優紀の方はどうにかなあったけど、アスカの状態は悪くなる一方だ。
体力もかなり落ちている。
いま、貴也の血を注射しても……
「血液型とかわからない状態でオレの血を注射すると副作用で彼女が死ぬかもしれない。それに注射しても、もう彼女には体力が……病に勝てるとは……」
「だったら、ただ死を待つのか?」
淡々と告げるテンペストに貴也は憤り、彼を睨み付ける。
そんな貴也を彼は真っ直ぐに見つめ返してきた。
その眼からは何の意図も感じられない。
ただ、単に疑問をぶつけてきただけだった。
だが、貴也にはそれが自分を責めているようにしか感じられなかった。
だから、思わず大きな声を上げてしまった。
「そんな目でオレを見るな。仕方がないだろう。この状態でオレにどうしろというんだ」
テンペストに声を荒げる、貴也。
だが、彼は何も言わない。
ただ、黙って貴也を見ている。
その眼に妙な苛立ちを覚えた。
そんな目で見るな!
オレは悪くない!
オレは精一杯やったんだ!
これ以上、オレにどうすればいいというんだ。
貴也の頭の中を様々な言葉が駆け巡る。
それは彼への罵倒のようですべて自分を責める言葉だった。
そんなことはわかってたんだ。
彼に貴也を責める気などない。
というよりそう言う感情すらないかもしれない。
ならどうして貴也はそんな感情を抱くのか?
貴也は唇を噛み締めて呟いていた。
これは八つ当たりだ。
自分の不甲斐なさに一番憤っているの貴也自身だ。
そのやり場のない怒りをテンペストにぶつけていただけ。
でも、こんな状況なのにひどく冷静な彼も悪いではないか。
ああ、時間がないというのに余計なことばかり考えてしまう。
いまはそんな場合ではないのに。
貴也は頭を振って、余計な考えを吹き飛ばす。
そして、頬を一つ叩いて気合いを入れ直した。
テンペストの言うようにこのままではアスカは確実に死ぬ。
1%でも可能性があるのならそちらに賭けた方が良いだろう。
それが原因でアスカが死んだら……
その十字架を一生背負って生きていく。
それが嫌で何もしない。
そっちの方が何倍も苦しむぞ!
後々後悔する方がオレは嫌だ!
「シャア!」
大きな声を上げて自分の腕に注射を突き刺し、血を抜く。
先程は優紀に魔法をかけて貰ったが、まだ優紀は目覚めていない。
このまま注射するしかない。
でも、それでは効果が出ないかもしれない。
言い訳がまた頭を過る。
しかしそれを貴也は気持ちでねじ伏せた。
貴也はアスカの血管を探る。
脈が弱くてどこにあるかわからない。
時間がないのにと焦ると余計に見つからなくなる。
貴也は大きく深呼吸をして何とか気を落ち着ける。
そして、血管を見つけた。
あとは指すだけ。
貴也はゴクリと唾を飲み込んで注射の針をアスカの腕に――
「少し待て」
「なんだよ。今更止めるのか!」
思わず注射器を地面に叩き付けそうになった。
最後の最後に声を掛けられて苛立ちをぶつける、貴也。
そんな貴也のことなど気にしないテンペストは
「それを貸せ。いまのままでは副作用とやらが出るかもしれないのだろ?」
その言葉に貴也は目を点にする。
そして、疑うような、すがるような複雑な声音で彼に聞いた。
「回復魔法が使えるのか?」
「我はテンペスト。残念ながらわたしに使える力は破壊のみ。だから、その血の効果を高めることは出来ない。だが、その血の中にあるこの病に効果がある成分以外を破壊することが可能かもしれない。ただ、我の力は強大で制御は困難を極める。下手するとここら一帯を消滅させてしまうかもしれない。試してみる気はあるか?」
こんな不確かなことを言うような奴ではないと思っていた。
だから、疑問と不審が浮かぶ。
だが
「頼めるか?」
彼が頷くのを見て貴也は注射器を渡す。
すると、彼の手に黒い光が溢れる。
それは徐々に大きくなっていく。
おい、大丈夫なのか?
貴也の不安が膨らんでいく。
テンペストの頬を汗が伝い、彼の表情が険しくなった。
光はいよいよ2mを越え、貴也やアスカに届きかける。
その時だった。
光が急激に凝縮し始めた。
そしてその光は掌大の大きさにまでなり注射器に注がれていく。
闇よりも深いのにどこか明るさを感じる不思議な光だった。
しばらくして、黒い光がおさまると彼は黙ってそれを渡してくれた。
「成功したのか?」
彼は何も言わない。
だが、貴也は既に決めている。
彼のことを信じようと。
なぜだかはわからない。
いや、キッとあの目を見たからだ。
なんの光も宿していない瞳の奥に貴也は確かに感じた。
深い後悔と諦め、そして願いを
人間の生き死になどになんの感情も抱いていないようだったが、本当は彼も救いたいのではないか?
そんなことを思ってしまった。
だから信じてみる気になったのだ。
貴也は祈るように一度目を閉じ
そして、針をアスカの腕に突き刺した。
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