第百四十五話 ポーションが効かなくて無双できない
解毒ポーションを飲ませてしばらく待つ。
もしデッドリ―ポイズンスパイダーの毒ならこれで快方に向かうはずだ。
奴の毒が危険なのは即効性で毒を受けたらたちまち死に至るところにある。
もし毒に耐えらえたらポーションや魔法で癒すことは難しくない。
だが
「やっぱり効き目が出てこない」
地球の薬と違い解毒ポーションの効き目はすぐに表れる。
薬学と魔法の併用でこちらの世界のポーションは非常に効果が高い。
だが、用法にあわなければ効果が現れないのはこちらの世界でも同じだ。
「毒が変異しているのか? それとも、やはり感染症――」
ウィルス性になっていると非常に厄介だ。
デッドリーポイズンスパイダーの毒の症状は多岐にわたる。
その毒の性質をすべて併せ持つ感染症など考えただけでもおぞましい。
それがもし空気感染するとしたら
貴也は考えただけで身を震わせる。
「もし感染症でも抗体が出来れば助かるんだろうけど……」
熱の影響か熱い吐息で喘ぐアスカを見るといつ容体が悪化してもおかしくない。
本当にこのまま身体を冷やすだけでいいのだろうか?
「魔法で……」
「貴也ならそう考えると思ってたよ」
「って、優紀こっちに来ちゃダメだって言っただろう」
貴也は焦って声を荒らげる。
しかし、優紀は動じない。
そして、その眼には覚悟が見える。
「わたしはテンペストの一件から回復魔法の修行は怠ってないんだよ」
「でも、これは――」
貴也が言いかけた言葉を優紀が継いだ。
「毒じゃないんでしょ。あの亜種が持ってたのは病原菌でそれにアスカは感染している」
バカの癖に勘が鋭いのが厄介だ。
「もう! わたしのことバカだと思ってるでしょう。デッドリーポイズンスパイダーの毒に解毒ポーションが有効って教えたのはわたしだよ。それが効かないなら別の物の影響だってことくらいわたしでもわかるよ」
口を尖らせて言う優紀の意見はもっともだった。
「だったら、いまがどんなに危険な状態かわかっているはずだ」
貴也が優紀と目を合わせる。
彼女はこちらから視線を外さずに
「わたしにもうつる可能性があるんでしょ」
「そうだ。ここは危険なんだ。本当ならオレを置いてここから離れて欲しいんだけど……」
「それはダメ。もしかしたら、もうわたしにもうつってるかもしれない。潜伏期間も分かってない謎の病気の疑いがあるものは隔離していないといけないわよ」
貴也はガクリと肩を落とした。
全く持ってその通りなのだ。
それでもバカのこいつに指摘されるとマジでこたえる。
「何か変なことを考えてみたいだけど、まあいいわ。それより早く魔法を使った方が良いんじゃない」
「そうなんだが……」
貴也の返事は歯切れが悪い。
だが、今は他に手がないことも事実だ。
一つ頷いて優紀に魔法をかけることを促す。
結果は
「やっぱり効果がないか」
貴也の悪い予想が当たってしまった。
こちらの世界の回復魔法は二通りある。
自己の回復力を促進するものと機能不全を起こした部位や破壊された部位を復元する物だ。
その力をイメージで調整し身体を癒す。
目に見える傷の場合、このイメージは比較的容易だ。
斬られた傷を塞ぐとか、折れた骨を元通りにするというのは誰でも考えられる。
ただ、腹を切られて内臓までダメージを負ったとなるとこれが簡単にいかない。
内臓の正常な状態など普通の人は知らないからだ。
緊急時に回復魔法を無理やり使って変な風に修復。
後日、後遺症が残ったり、見た目の傷は修復しているが内臓が機能不全を起こしていて死ぬことは少なくない。
だから、緊急時以外の医療系の魔法は専門の教育を受けたもの以外は禁じられている。
今回の優紀が使った魔法はそれを恐れて免疫力を高めることに重点を置いている。
そして、身体中の細胞が活性化し病原菌を倒せれば治るはずなのだが……
「もう一度!」
「優紀。これ以上は止めておけ」
貴也は優紀の手を握り、再度魔法を唱えようとするのを止めた。
というのも今回で5回目になるからだ。
最初は魔法を使うと熱が下がり、息遣いが楽になっているように見えて効果があるような感じだった。
だが、二度、三度と魔法を使うとだんだん効き目が落ちてきている。
「これって魔法に耐性が出来てるってことなの?」
顔を上げてこちらを見る、アスカ。
貴也はそれに対して首を振った。
「多分違う。お前が使っている魔法は病原菌を直接叩くような物じゃない。あくまでもアスカの免疫力を強化しているだけだ。だから、魔法が効かなくなったわけじゃない」
「だったらなんで!」
優紀が怒鳴る。
見ると彼女は涙目になっていた。
顔も心なしか赤い。
そんな彼女に貴也は淡々と答える。
いま、自分が平常心を失ってはならない。
「多分、身体内にある病原菌が増え過ぎて、アスカの強化された免疫力でも対抗できなくなったんだ」
「そんな普通の病気ならこれで治るはずなのに」
「残念だけど抗体ができないとこいつには打ち勝てない。そして、もしかするとこの病気の抗体はこの世界の人間には出来ないんじゃないだろうか」
「良くわっかったな」
突然、後ろから低い男の声が聞こえた。
そこにいたのは全身真っ黒のローブを着た背の高い男。
顔は見えているはずなのに、なぜだが認識できない。
そんな彼に気付いた優紀の身体から殺気が立ち上る。
「テンペスト!!!!」
優紀は剣を抜き放ち、跳びかかろうとしたのだが
「グフォ」
「優紀!」
優紀が血を吐いて倒れてしまった。
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