第百二十七話 テンペストについて聞くが無双できない
「それにしてもテンペストについて妙に詳しいんだな」
「一度遭遇したことがあったの。あれには二度と会いたくないわ」
そう言う優紀の顔は苦渋に満ちていた。
優紀がテンペストと遭遇したのはまだこちらの世界に来て間もない頃だった。
冒険者としてそこそこ名を上げ始めていた優紀はディアマンテ王国を離れて放浪の旅に出ていた。
そこで訪れた大陸中央にある小国の小さな町。
そこは脅威に置かされていた。
ブラックデッドリーマウス。
黒死ネズミと呼ばれるマッドマウスの亜種である。
この黒死ネズミの恐ろしいところはある病原菌を持っており、それが人間に感染することにあった。
ここまで言えばわかる人もいるかもしれないが黒死病。
そうぺストである。
この異世界のペストは感染力も毒性も地球のものより強い。
科学も魔法も存在する世界でさえ脅威と言われる病である。
ただ、ペストにはすでに特効薬があり、初期症状の内に薬を投与すればかなりの確率で助かる。
そう初期症状の内に薬を投与できれば……
そこは地獄だった。
ペストの感染力は想像を絶するほどだった。
これがペストだと気付いた時には町の半数以上の人間が倒れていた。
この町にもペストの薬は存在したが町の人全員にいきわたるほどの備蓄があるわけがない。
すぐに王都や他の街に薬の供給を依頼したが、在庫分はアッという間にそこを尽きた。
優紀はそんな街にたまたま訪れてペストの原因である黒死ネズミの討伐の依頼を受けることとなる。
そして……
その町にいた冒険者、兵士、まだ元気な町のみんなの力を借りて黒死ネズミはすべて狩りつくした。
だが、殺すだけでは病原菌はなくならない。
黒死ネズミの死体は集められ、それはすべて燃やされるはずだった。
そこに奴が来たのだ。
テンペスト
うず高く積まれ小山のようになった黒死ネズミに炎がかけられ死体が燃えていく。
その時、黒い一陣の風が舞った。
風が止み視界が戻ってくるとそこにいたのは尻尾が蛇になった巨大な鶏。
そして、最も惹きつけられたのはその赤く輝く邪悪な瞳だった。
優紀たちが呆然とする中、テンペストはその大きな翼を広げて大きくひと鳴きした。
すると、黒い風が激しく吹き荒れ嵐となった。
優紀はそこで意識を失った。
気付いたのは二週間後だった。
騒ぎを聞きつけたその国の軍人がまだ生きていたものを連れ出したのだ。
優紀はペストだけでなく複数の疫病に侵され二週間もの間、死線をさまよっていたそうだ。
生きていたのは免疫力が高く体力があったから。
だが、それでも生きられる確率は五分五分だった。
本当に運が良かった。
そして、軍が訪れた時にはテンペストはいなくなっていたらしい。
町は焼かれ滅菌処理を施したらしいがそこは現在人の住めない不毛の地と化しているとのことだ。
そんなことがあったので優紀はテンペストについて調べていた。
そんな知識がこんなところで役に立つとは……
貴也も端末でテンペストについて調べてみた。
天災と呼ばれるような魔物なので簡単にヒットした。
内容は優紀から聞いたことと大差ない。
討伐されたことは極まれで現れては疫病の嵐を振り撒き、直ぐに消える。
神出鬼没だが、長期間存在するようなこともなく、出現ポイントから周り一体を死の大地に変えるとすぐに消えてしまうらしい。
一説には病気や毒性があるレベルを超えるとそれが凝縮され爆発する自然現象だと言われている。
なんでも、これ以上脅威を広げないように一部の土地を犠牲にして毒性を無毒化する神が造ったシステムだとか。
まあ眉唾な話だ。
まあ、その話を優紀にしたらあの目には意思があった。
自然現象なんてありえないと言っていたが……
「テンペストの発生を防ぐ方法は不明。考えられるのは毒モンスターや病原菌を抱える魔物の集団発生の予防。もし集団発生したら速やかに駆除すること。まあ、状況からするとそれだけしかないわなぁ」
そんなことを独り言ちながら優紀に視線を向ける。
「優紀がテンペストに遭遇したのは黒死ネズミの駆除が終わってからなんだよなあ」
「そう、焼却処分をしようとしたら奴は現れた」
う~ん。貴也は顎に手を置いて考え込む。
テンペストのトリガーがわからない。
毒性モンスターの数がキーなら駆除が終わった時点でテンペストは現れないはず。
それとも死んでいても数はリセットされずに一定量に達した毒性が一定の時間が経過することで現れるのか。
なら炎に包まれた瞬間に現れたのは偶然なのか?
もし死体を燃やしたことがテンペストを呼び出すことを推進していたとすると……
分からない。
情報が少なすぎる。
ジルコニアが逃げ出したのもこの情報量の少なさからだろう。
街中なら危険を冒してもすべて蜘蛛を退治しただろう。
そうしないとテンペストだけでなくデッドリーポイズンスパイダーの影響で街は壊滅する。
だが、今回は森の中だ。
広大な森の奥の一部が死の大地と化そうとそれほど影響はないと考えても不思議ではない。
テンペストが発現地点の周囲しか、その影響を及ぼさないというのなら妥当な判断と思える。
ならどうする?
選択肢は三つ。
1.デッドリ―ポイズンスパイダーを全滅させてテンペストの出現を抑える。
2.デッドリ―ポイズンスパイダーを無視してアスカを早急に見つけ出して脱出する。
3.テンペストを倒す。
まあ、2が妥当だろうな。
そう貴也が思っているが優紀の目が爛々と輝いてるのが気になった。
確か、オリンピックの決勝でアメリカに負けて、その後、行われたワールドカップの決勝で宿敵アメリカと対戦することが決まった時の目に似ている。
もう嫌な予感しかしない。
貴也は盛大に溜息を吐きながら逃げてきた道を引き返し始めた。
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