第百十九話 情報収集するが無双できいない
人の口に戸は立てられないとはよく言ったものだ。
貴也がクロード達から話を聞いて一日も経っていないのにジルコニア侵攻の話は世界中に広まっていた。
ジルコニア王国の声明は魔王に与するガーネット共和国は人類の敵であり、討伐されるべきだということだった。
その横暴な発言に各国の反応は様々だ。
だが、おおむねはジルコニアを非難する声が多かった。
ただ
「聖教国 アクアマリンが沈黙を保っているというのはどういう事なんですか?」
貴也はまとめられた情報に目を通しながらエドに咬みついていた。
昨日あれから休息をとるように言われて無理やり部屋に下げられていた。
戦争とアスカの行方不明の報を聞いて寝てなんていられないと思っていたのだが、二日間の徹夜で疲労が余程溜まっていたのだろう。
ベッドに横になったらいつの間にか眠ってしまって気付いた時には朝日が出ていた。
軽く15時間は寝ていたことになる。
これには流石の貴也も苦笑していた。
我ながら図太いというか、薄情というか。
まあ、そんなことはどうでも良い。
貴也は目が覚め、身支度を整えると足早に執務室に訪れていた。
そこで集まってきた情報に目を通したのがいまである。
「わかりません。わたしもジルコニアに対する非難と薔薇騎士団に対する処分を発表すると思っていたのですが……」
エドの顔に困惑が見える。
この聡明な領主の子息には珍しい表情だ。
それを見ながら貴也は嫌な予感を感じながら最悪の考えを口にする。
「今回の薔薇騎士団の遠征が独断でなく、アクアマリンの意思だなんてことはないですよね」
それに対する回答はなかった。
貴也が思いつくようなことは政治に精通したエドに考え付かないわけがないのだ。
だが、それは信じたくないことでもあった。
「バカな。聖教国はどの国にも与せず絶対の中立を表明しているんじゃないんですか。戦争を非難するどころかそれに協力するなど」
「貴也さん落ち着いてください。まだ、意思表明してないだけでどちらに味方するとも言ってないのですから」
エドは自分でも信じてないことを言って貴也を窘めていた。
アクアマリンは聖教国を名乗るだけあってこの世界の宗教の総本山。
歴代教皇はその力を理解していて、いままで建前上、中立を保っていた。
今回、その禁を破ったというなら……
「いまは情報が少なすぎます。アクアマリンの動向も注視しながら情報収集に励みます」
エドが忌々しそうにそう呟く。
そんなエドの態度に貴也は咬みついた。
「それではガーネットを見捨てるのですか?」
「わたしはタイタニウム公爵領の公爵代理。最優先は我が領地とディアマンテ王国です。下手なことをして聖教国を敵に回すことは出来ないのです」
「でも……」
貴也はエドの表情を見てその後の言葉を続けられなかった。
エドも不本意で仕方がないのだろう。
でも、立場上、アクアマリンの意図が判明しない内は動くわけにはいかないのだ。
そのことが頭ではわかっていても心がついてこない。
貴也は落ち着くためにもう一度書類に目を通す。
そして
「いまやれるのはアスカの捜索だけですね」
「貴也さん?」
「すみません。しばらくの間、お暇をいただけませんか?」
エドが目を見開いてこちらを見ている。
「アスカを探してきます。彼女の行方不明には謎が多すぎます。彼女が見つかれば打開策が見つかるかもしれません」
「状況は流動的です。現時点ではタイタニウム家は動けないと言ったはずです。許可は出せません」
真っ直ぐにこちらを見つめる、エド。
何らかの陰謀に巻き込まれたアスカを助けに向かうということはその陰謀の渦中に飛び込むのと同意だ。
現在、詳細が判明していない状態ではこの件に関わることは公爵家として出来ない。
だから
「何かありましたら、わたしはクビにしたことにしてください。調度、鉱山での諸々がありますから独断専行に対する処分だということにすれば言い訳になるでしょう」
エドは貴也をジッと見詰めている。
そして、大きな溜め息を吐いた。
「薔薇騎士団を始めとする教会関係者とは極力接触を避けてください。ジルコニアが相手なら何とかしますが、聖教国は本当に相手が悪いのです」
顔を歪めるエドに貴也は笑顔を向ける。
「心配いりません。わたしだってまだ死にたくないですからね」
そう言って貴也は執務室を後にするのだった。
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