第九十九話 爺やは曲者みたいなので無双できない
「それではそろそろ真面目な話に戻りましょうか?」
それは公爵家側にとって待ちに待った言葉なのだが、爺やのただ者ではない雰囲気からすると決して油断できるものではない。
はっきり言って相手の力は圧倒的だ。
彼等にとってみれば公爵領を消し飛ばすことなど造作もない。
現にレンレンの不用意な一撃でこちらは絶賛大混乱中なのだから。
そんなことを内心で思いながらも貴也はいっさい目を逸らさない。
だが、内心では『真面なのが出てきたんだから、誰か交渉変わってくれないかなあ』なんてことを思っていた。
ただ、そんな気持ちをおくびも出さずに貴也は軽く深呼吸する。
さあ、交渉の始まりだ。
「まずは現状確認をさせて貰ってよろしいですか?」
爺やは深く頷く。
「最初に確認したいのですが、あの揺れは水龍様のお戯れが原因であって自然現象ではないのですね」
流石に彼女のいない場所でレンレンとは呼べないので水龍様と言っておく。
その配慮に気付いたのか爺やの反応は悪くない。
「はい。姫様の寝室に何者かが侵入し危害を加えようとしたところを撃退されたそうです」
「それでは同じような揺れが起こったり、津波の被害が起こったりということはないのですね」
貴也が確認すると爺やはこちらの意図を察したのか頷く。
「その点は心配ご無用です。周辺の海は制御下にありますし、結界を多重に貼り直したので攻撃の余波が外に漏れることはありません。それに姫様の寝室に忍び込まれるような失態はもう二度と起こしません」
ギロリと目の色が変わった。
貴也は背筋を凍らせる。
そう、これは比喩表現でなく本当に目の色、いや、瞳自体が変わったのだ。
それは爬虫類の目だった。
見た目は人間にしか見えなかったが本当にこの人はドラゴンなのだ。
そんな貴也を見ながら爺やは柔和な笑みを浮かべる。
「これは失礼した。わたしも姫様のことを悪く言えませんな。年甲斐もなく気が立っていて感情のコントロールが上手くできないようです」
にこやかに笑っているがそこに怒気が混ざっているのを感じる。
これが自分に向いている物ではないとはわかっていても緊張してしまう。
だが、ただ怯えている訳にはいかない。
貴也はエドに視線を向ける。
エドはそれだけで貴也の思惑を察したようで周囲の重臣たちに支持を出した。
今までただことの成り行きを見守っていた重臣たちが慌ただしく動き始めた。
非常警戒を解除し、避難から救援、復旧に活動をシフトしなくてはならないのだ。
官僚団の仕事の本番はこれからだ。
そんな彼らを横目に見ながら貴也は肝心なことに切り込む。
「それで賊の身元は?」
場の緊張が高まった。
映像越しなのに冷気のような物を感じる。
怒りは熱さを越えると底冷えするような冷気に変わることを初めて知った。
「わかりません」
ぐるると獣のような唸り声を上げながら忌々し気に吐き出した。
そこには爺やの怒りがこもっている。
そう自分自身に対する怒りが。
「賊は我々に気付かれることなく姫様の寝室に侵入し、あろうことか姫様の顔に傷を付けました。すぐ治癒できるほどのかすり傷ですが、姫様に……」
キシリと何かが軋む音がする。
よく見ると爺やの口の端から血がにじんでいた。
貴也は今はこれ以上の話はするべきではないと思い、話を区切ろうとするが爺やはそれを手で制した。
「構いません。現状がわからなければそちらに不安も残りましょう。説明を続けます」
そこからの爺やは冷静そのものだった。
彼が言うには
まず、賊は誰に気付かれることもなく水龍の城の最奥、主の寝室に潜入できるほどの凄腕であること。
そして、一番の問題は水龍にかすり傷とはいえ傷を負わすことが出来たという点だ。
「少なくとも姫様に傷を負わせられる人間がそういるとは思えません。失礼ですが、そこにいる勇者でさえ姫様に傷を負わすことは出来ないでしょう」
ブルードラゴンを討伐したことのある優紀ですら出来ない偉業をその侵入者はやってのけたと言う訳だ。
貴也はゴクリと息を飲む。
「それでその賊の遺体は?」
「発見されてはいません。姫様の本気の一撃を受けたのです。普通に考えれば跡形もなく消し飛んだと思うのですが……」
爺やの歯切れが悪い。
疑問に思った貴也が聞き返すと
「信じられない話ですが、姫様が言うには賊はまだ生きているというのです」
貴也は唖然としていた。
余波だけで百キロ以上離れた領都に大地震を起こさせる一撃。
それを受けて生きている物がいるなどと。
そんなことがありえるのだろうか?
「そんなことを出来る存在がいるのですか?」
爺やは首を横に振る。
「現在、それが可能なのは他の龍の皆様と精霊王、魔王ルビーアイに数体の幻想種くらいでしょう。魔王トパーズホーンでさえ姫様の本気の一撃には耐えられないと思います」
トパーズホーンの規格外さは身をもって知っているのでレンレンがいかに規格外なのかが想像できる。
しかし、そうなるとその賊は一体……
「その者の目的が何なのかが気になりますね。水龍様に手を出して何のメリットがあるかわからない」
その時、エドがボソリと呟いた。
「もしかして龍玉を……」
エドは最後まで言葉を言えなかった。
爺やがそのワードに過剰な反応を示したのだ。
目どころか顔さえ竜に近づいている。
「なんと不届きな。姫様の龍玉を狙うとは!」
ただの声のはずなのにビリビリと部屋全体が振動している。
貴也はそんな苛烈な反応する爺やを何とかなだめた。
まだ、平常心とは思えないのだが、何とか話が出来るくらいまで落ち着いている。
「申し訳ありません。少々取り乱しました。本当は今後のことについて話し合いたいのですが、今は出来そうにありません。後日改めて時間を取っていただきたい。その時に謝罪とお礼に伺います」
貴也達は爺やの提案を受け、今回の会談はこれで終わった。
ただ、最後に爆弾が
「そうでした。まだ、名乗ってもいませんでしたね。これは失礼しました。わたしの名は『リヴァイアサン』と申します。今後ともよしなに」
その一言を残して通信は切られてしまった。
その場に残されたエド以下重臣たちは完全に凍り付いている。
そんな中、クロードだけが肩を竦めて
「あれであの人に悪気はないんですよ」
と苦笑していた。どうやらクロードは知っていたみたいだ。
海竜リヴァイアサン
海の悪魔と恐れられ、その力は龍や神に匹敵すると言われている。
上位竜の最高峰の存在。
海中なら魔王どころか大魔王にすら対抗できると言われており、超魔王が海には手を出さなかったのは彼が存在していたからと、まことしやかにささやかれている。
水龍様に仕えているただの執事的な爺さんと思っていたらとんでもない大物だったわけだ。
それに……
「あの人、後日改めて来るみたいなこと言ってましたけどいいんですか?」
貴也の問題発言に静まり返っていた場が騒然となった。
しばらく、収拾がつかないだろう。
そんな中、貴也はクロードに
「えっと、退職願いってどこに出せばいいのですか?」
「残念ながら全部片付いてからじゃないと受理はされませんよ」
ニヤリと笑いながらそんなことを言うクロードだった。
どうやら、貴也に押し付ける気満々のようだ。
多分、クロードの中ででは既に貴也は厄介ごと担当になっているのだろう
そう言う訳で貴也の受難はまだまだ続くのだった。
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