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第九話 ギルド職員が優秀すぎて無双できない。

「じゃあ、ギルド職員にならない?」


「ふえ?」


 意外な提案だった。

 あまりに突然のことに間抜け面をさらす貴也。


 そんな貴也の反応に苦笑しながらマリアが続ける。


「貴也君の能力値からいうと、最適な職業は看護士か職人ね。医療知識があれば医者を進めるけどないでしょ?」


「はい」


「そうなると一から勉強するのは大変だから看護士かな。看護士も資格取るのに時間がかかるけど見習いをしながら資格を取ることが出来る。貴也君の場合、免疫力がAランクだから、資格がなくても疫病の大発生地帯で大活躍出来るわよ。なんならそういう場所、紹介出来るけど」


 想像しただけで行きたくない。

 戦場以上の地獄が想像できる。

 それに罹り難いと言っても病気がうつらない保証はない。

 貴也には人の命を助けるために自分の命を懸けるような高尚な精神はないのだ。


 ブルリと身震いして正直な感想を述べる。


「勘弁してください」


 残念そうなマリアは見なかったことにして次の提案を聞く。


「じゃあ、やっぱり、職人かな。この世界の一般人で器用さD以上の人は大抵職人を目指すわ」


「なるほど」


 マリアの提案にしては至極真面だ。


「筋力が弱いから鍛冶系は無理そうね。細工か裁縫、工作。いろいろあるわよ。経験がないのと年齢がネックになるけど、現状、器用さCでBになる素質があるって言えば雇ってくれる親方は見つかると思うわ」


 物創りは嫌いじゃない。

 というか、大好きだ。

 今までと業種は違うが手に職をつけて一つのことに打ち込んでみるのもいいかもしれない。


 何か希望が見えてきた。


「ただ、修業は厳しいわよ。結構、工房って昔気質の頑固親父が多いからね。逃げ出す人も多いのよ」


「まあ、そういうのは嫌いじゃないから頑張れると思います」


 貴也の気持ちはかなり傾いていた。


 だが


「でもねえ。貴也君、魔力がないから、雑用以外に使い道がないのよね。この世界の高級品は基本魔力を込めないといけないから。普通の品は全部機械製だし」


 忘れていた。

 この人はこうやって人の期待をあげるだけあげといて落とす人だった。


 それに彼女は貴也を勧誘している側だ。

 他の職種を進めること自体おかしいだろう。

 そんな簡単なことに気付かなかった自分のバカさ加減に腹が立つ。


 ジト目でマリアを睨む。


 そんな貴也の視線に気付いたのか笑ってごまかす、マリア。


「冗談よ。そんなに怒んないの。でも、貴也君に仕事を見つけるのって難しいのよ。下手に器用さが高いからどんな事でも出来るだろうけど、一流になろうと思ったら、魔力がないのと身体能力が低いのがどうしてもネックになる」


 この世界の一流と言われる人はどの分野でも超人と言えるレベルの人ばかりらしい。

 凄腕の職人は魔力や身体能力が一定以上で下手な冒険者より強い。

 それくらいじゃなければ特殊な金属を加工できないし、魔力を込めなければ作れない武器や道具もある。


 農業をするのだってそうだ。

 カインはB級上位の冒険者より強いのに一流の農家だ。


 この世界のことだ。

 漁師なんかも一流どころは釣り上げた特殊な魚をしとめるために冒険者以上の力が必要なのだろう。


 別に生活するだけなら問題ないのだが、どうせだったらどんな分野でもいいからこの世界で一流になりたい。


 折角、異世界に来たのだから、なんでもいいから無双したいのだ。


 そんなことを考えているのを知っているのか、いないのかマリアは


「というわけでギルド職員になることをお勧めするわ」


 何がというわけでなのかはわからないが、ドヤ顔で自分の仕事を勧めるマリアだった。


「ギルド職員は基本頭脳労働よ。調整業務と書類仕事がほとんど。さっき、貴也君に書いてもらった書類を見ても要点を付いた綺麗な書類だったし、話してる感じ要領も機転も利きそうだしね。お世辞抜きにこの仕事向いていると思うわよ」


 確かに貴也に残っているのはサービス業ぐらいな気がする。

 冒険者ギルドはいわゆる冒険者の職業斡旋所のようなものだろう。

 となると、悪い話ではないのでは……


 貴也はマリアの話に耳を傾ける。


「冒険者ギルドはね。国を超えた非営利団体なの。設立目的は冒険者の支援。冒険者はこの世界ではなくてはならない仕事なんだけど、戦闘職だから脳筋の人が多いのよ。だから、金勘定や情報収集なんかが苦手な人が多い。それらをサポートして冒険者が本来の業務に集中できるようにするのがお仕事よ」


 この辺の話は小説や漫画と同じで納得がいく。

 貴也は相槌を打ちながら続きを促す。


「職員になるメリットだけど、第一に給料がいいわ。一般人の平均収入の1.5倍は約束できる」


 それは結構な好待遇だな。

 思わず頬が緩む貴也を見てマリアの目が光った。


「第二に冒険者ギルドは国の行政機関じゃないけど、国を超えた巨大な組織だから潰れることはまずない。小国の公務員よりよっぽど安定した職場よ。それに領主や国から依頼を受けることも多いから信頼があるの。そこの職員となるとかなりの範囲で融通が利くわ」


 転移者という身元がはっきりしない自分にはなかなか魅力的な提案だ。

 宙ぶらりんの現状を考えると足場を築くにはなかなかいい職場である。


「第三にしっかりした職場環境。ギルドは二十四時間営業だけど、それは受付だけで通常業務は基本九時五時。週休二日。突発的な問題が起きれば緊急呼び出しがあるけど、そんなこと年に一、二回あればいいところよ。それに福利厚生がしっかりしてて、年一回の健康診断。病院受診や医療魔術師の割引、提携店の商品や公共施設の利用料金の割引。旅行なんか格安でいけるわよ」


 これは魅力的だ。

 今まで定時で帰れる仕事なんてしたことがない。

 貴也の気持ちの天秤は完全に傾いていた。


「そして、最後で最大のメリット。自分のやりたいことが見つかった時、それを実現させやすい点があるわ。さっきも言ったけど国や領主とコネを創りやすいし、モンスター素材を卸す商人とも繋がりが出来る。それに何より一流の冒険者と知り合うチャンスがあるわ。この世界はモンスターがいるから一流冒険者に知り合いがいるのは一つのステータスよ。何処か移動するときに護衛が頼めるし、高級素材を手に入れることが出来るかもしれない。それに自分の拠点にしている街が凶悪なモンスターに襲われ時に優先的に助けに来てくれるかもしれないのよ。生命のことを考えればこれほど心強いことはないわ」


「おお」


 思わず唸ってしまった。

 聞いている限りすごく良い職場な気がする。


 現在、職も住処もない自分には喉から手が出るような好条件だ。


「どう、ギルド職員にならない。今なら寮完備。水道光熱費はギルド持ちで、昼食も付けちゃう。ここに契約書があるわ。ささ、ここにサインして」


 そういって畳みかけるマリア。

 いつの間にか契約書が用意されていた。

 ペンもスタンバイ状態だ。

 

…………


「なんか用意が良すぎませんか?」


 冷たい貴也の声にマリアが顔を強張らせる。

 ギクリという擬音が聞こえてきそうだ。


 だが、それは一瞬のこと表情筋をフル活用してマリアは満面の笑みを浮かべている。


 貴也の頭の中を警鐘が鳴り響いている。

 ブラック企業の文字が赤々と点灯していた。


 貴也は無表情にマリアをうかがう。


 しばらく見詰め合い。

 耐えられなくなったのかマリアが先に口を開いた。


「そお、ギルド職員はいつも不足気味だから契約書はいつでも用意しているわよ」


「はい。ダウト。あれだけ、好条件の職場が何で人手不足なんですか? 普通、募集が殺到する内容でしょ?」


「そっ、そうなんだけど……」


 狼狽えるマリアに貴也は身を寄せて詰め寄る。


「なにか問題があるんですね?」


「う~ん」


 唸るマリア。


 だが、一生が掛かっている貴也は容赦しなかった。


 根負けしたマリアの肩が落ちる。


「わからないのよ」


「へ?」


「だから、わからないって言ってるの! 本当にギルド職員の仕事は好条件で大きな支部ともなれば人気ランキング上位になるような憧れの職業なのよ。でも、ここのギルドはどういう理由か離職率が高いの。もう、わけわかんないわ」


 逆ギレ気味に怒鳴るマリア。

 その目は嘘を言っているようには見えなかった。

 だけど、それならなんでここのギルドは不人気なんだろう。


「新人いじめがあるとか?」


「そんなことはないわよ。ちゃんとわたしが優しく教えてるもん」


「あの教育係はマリアさんなんですか?」


「そうよ。正規の職員はわたしを除くとギルドマスターと情報部、保安部、サポート部、営業部、経理部、渉外部の部長さんくらいだもの」


 何か聞き捨てのならないセリフを聞いた気がする。

 だから、素直に問い質した。


「平のギルド職員ってマリアさんしかいないんですか?」


「ええ、そうよ。でも、全部わたしがやっているわけじゃないわよ」


「ここって村の規模の割に大きなギルドだって聞いたんですけど」


「そうね。遺跡が近くにあるし、魔王城にも近いから冒険者の数が他の街に比べて多い。それにお偉いさん、学者さんの訪問が多いから公爵領の中じゃあ。四、五番目くらいの大きさなんじゃないかしら」


「そんなギルドの正職員が一人しかいないんですか?」


 呆れた顔でマリアを見ると手をあたふたと振りながら


「でも、受付はアルバイトの人達がいるし、経理は商業ギルドから出向してきた専門家がいるわ。保安部や情報部の実務は冒険者が持ち回りでやるルールになってるし、買い取りや解体は冒険者を引退した嘱託職員がいるもの。人手があれば嬉しいけど一人で何とか回すわよ」


「いや、いや、いや。それって大問題ですよ。一人で回すとか間違ってますって」


 うわあ、この人やっちゃってるよ。

 自分の優秀さがちっともわかっていないのだ。


 どんな業務があるかわからないが、普通、大きな組織で六部署を兼任、しかも、実務担当者がサポート要員がいるとしても一人だけなんて考えられない。


 マリアの優秀さを見せつけられた新人が自分にはこんな仕事出来ないと逃げ出すのはよくわかる。

 それが自分に自信を持っている人間ならより顕著だろう。


 天才の相手をするのは同じ天才か、バカか、精神的に鈍感なものにしか出来ないのだ。


 そんなことを考えながらも溜め息交じりに貴也は業務内容を確認することにした。

 もしかしたら、とんでもなく楽な仕事かもしれないから


「とりあえず、業務ってどんな内容なんですか?」


「情報部は情報の整理が主業務。ギルドへの依頼内容の精査、依頼の差し戻し、依頼書の過不足の修正。近隣のモンスターの分布調査や変化の確認、分析、報告、対応。遺跡関連もここの業務ね。あとは不審な冒険者の素行調査くらいかな」


「くらいかなって。まあいいです。次は?」


「保安部は冒険者の取り締まりがメインね。情報部で判明した犯罪の取り締まりや防犯活動。衛兵と連携して村の防衛業務。防衛、避難訓練の企画、計画、実行、結果の分析、報告。ギルド所有の武器、弾薬、設備の管理。あとは犯罪者の収監、尋問、領主への引き渡しかな」


「………次」


「サポート部は冒険者のサポートがメインね。冒険者からの要望、相談、苦情の対応。冒険者同士の揉め事の仲介。メンバーの紹介。武器防具や消耗品のアドバイスに、希望者に対して依頼内容の詳細説明。モンスターなどの討伐の仕方をアドバイスしたり、罠の解除法のレクチャーや特殊技能を習得したい人に専門家を紹介することなどなど」


「…………」


「営業部は――」


「もういいです」


「ほえ?」


「もう十分です。呆れてものが言えません」


 驚きを通り越して怒りすら湧いてくる状態だ。

 なぜこんな状態を放置しているのか理解できない。

 自分には関係ないことなのにいつの間にか拳を握りしめていた。


 そんな貴也の様子を察したのか言い訳するようにマリアが


「でも、ずっとこんな感じよ」


「ダメですよ。ダメダメです。組織として破綻してますよ。何考えてるんですか。マリアさんが病気とかケガでいなくなったらどうするんですか?」


「大丈夫よ。わたし丈夫だし、風邪だってひいたことないもの」


「だったら、結婚したらどうするんですか?」


「ふえ? 結婚? そんな予定ないし、相手もいないけど、結婚しても仕事は続けるわよ」


「じゃあ、妊娠したらどうするんですか?」


「代わりを探す?」


「新人さえ定着しないのに突然代わりが見つかる訳ないじゃないですか」


「臨月まで働いて、産後も一週間くらい休みを貰えれば」


「ふざけんな! 冒険者ギルドは冒険者や住民の生命を預かってるんだろう。そんないい加減なことでどうするんだ!」


 ビクリと肩を震わせて縮こまるマリアを見ているとさらにイライラしてきた。


「責任者だ。ギルドマスターを呼べ!」


「えっと、貴也君。落ち着いて」


「うるさい! ギルドマスターを呼べと言ってるだろう!」


「はいいいいいい」


 マリアは慌てて部屋から駆け出して行った。


 本当にどうなっているんだ。

 大きな組織というのは良い意味でも悪い意味でも職員は歯車でなくてはならない。

 いつでも補充、交換が効くのが大前提だ。

 優秀な人でも不出来な人でも同じ仕事を同じようにこなせなければ意味がない。

 大きな組織であればあるほどルーチンワークは人の質に頼ってはいけないのだ。

 人の質に頼ればその人が欠けたら途端に立ち行かなくなる。

 公共の仕事ではそれが人の死にも直結するのだ。

 それが全く分かってない。

 この場合は優秀な人間は害悪と言っていい。

 現に新人が定着していないじゃないか!

  

 考えていると余計に腹が立ってきた。


 しばらく待っていると、何事だと憮然とした顔でギルドマスターが現れた。

 その太々しい顔を見て貴也の怒りのボルテージは急上昇していく。

 そして、勢いに任せた貴也は組織運営のノウハウ、経営論、リスクマネージメントなどなどを説明しながら、いかに現状が間違っているかを昏々と説教してやった。


 五時間後。


 げっそりとして項垂れるマリアとギルドマスターの後ろから肩を怒らせて歩く貴也の姿が目撃されている。


「あいつ何者なんだ」


「マリアさんのあんな顔、初めて見たぞ」


「ここのギルドマスターって元SS級冒険者だったよな」


 ギルドに戦慄が走っていた。

 しばらくの間、謎の人物の噂がギルドを駆け巡っていた。


 ちなみに一月もしないうちに王都や領都からベテランの補充要因が十名やってきた。

 これは異例のスピードだ。

 王都のギルド支部はこの村のギルドの現状を全く把握していなかったらしい。

 今回の件で初めてギルドマスターが報告をあげて問題が発覚したのだ。

 通常、このような事態になると業務が滞り、クレームが他のギルドから回ってきて発覚するケースが多い。


 しかし、このギルドには優秀すぎる職員がいた為、問題が浮き彫りにならなかった。


 この村には国の役人や貴族、ギルドの幹部もよく訪れる。

 そこで滞るどころか非常に優秀なギルド運営がされているのを目の当たりにしている為、細かい監査などは入っていなかったのだ。

 現にここのギルドは優秀ギルドして三年連続で表彰されている。

 それがたった一人の職員の功績だなんて誰も考えもしないだろう。

 だから、この問題を上層部は気付いていなかったようだ。


 知らなかったでは済まない事態だが問題を理解し、すぐに対応したギルド上層部はかなり優秀なのだろう。


 ちなみにギルドマスターは一年間の減俸処分となった。

 あとで聞いた話だが、ギルドマスターはお飾りの部分が大きいそうだ。

 血の気の多い冒険者を押さえつけるためにギルドマスターは元一流冒険者がなる場合が多い。

 そうでもなければあんなバカはクビだったろう。


 まあ、これでギルドも正常化した。

 各部署の二人弱の担当者は少ないのか多いのかわからないが幾分マシだろう。

 これで新規採用者が来ても逃げ出すことはないと願いたい。


 ちなみに貴也の就職だが


「えっ? ギルド職員? 何それ? 美味しいの? あれだけ、やらかして入れる訳がないだろうが!」


 結果、貴也は頭を抱えて後悔することになった。


 ギルドマスターやマリアはその経営手腕や知識を見込んで頭を下げて入ってくれないかと頼んできたが、勿体ないけどそれはできない。


 多分、恥ずかしくて死ねる。


 冒険者ギルドで無双はできなかった。




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別作品の宣伝です。
カワイイ男の子が聖女になったらまずはお尻を守りましょう
良ければ読んでください。

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