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私と彼と、俺とキミ

作者: たなか

 思い出したのは本当に突然のことだった。アニメとか漫画とか空想の中でしか、そんなことは起こらないって普通は思うだろう。しかし、今そんな事態が起こっている。

 そんな事態とは何かって?

 それは前世の記憶を思い出したってこと。

 こんなこと人に言うと、何言ってるんだお前って馬鹿にされるか、下手したら頭が狂ってると思われるだろう。しかし、事実私の記憶には前世の記憶がはっきりと浮かんでくる。それは、映像が濁流のように私の脳内を駆け巡り、走馬灯と呼ばれるような体験であった。私の頭は膨大な情報を処理するにはスペックが足りなかったのか(いや、そもそも前世の記憶って今生の16年間より長いから当然ではなかろうか)、体を動かすなんてとてもできない頭痛と倦怠感に、学校を1日休むことになったのだ。その後、私の生活は激変とは言わないが、明らかに変化していた。



「あんたさ。最近おかしくない?」

 唐突に言葉を投げかけてきたのは、友人の里奈であった。周りの女の子も同意しているのだろう。「それ私も思ってた」と、首を縦に振った。

「そうかな? 自分ではわからないけど……」

 いや、本当はわかっているのだ。それが前世の記憶の影響で、思い出す前の自分とは、かなり異なる言動をしているってことは。しかし、こんなこと話せるわけもない。そもそも、思い出してから目の前にいる友人らとなんで交友しているのか、理解できないのだ。

「無自覚って一番質悪いよね。私らといるより、他の子達とかさ。あと、男子とかと話してること多いよね。前は、男子と話しできるような子じゃなかったでしょ」

 ああ。この子は私が他の子と話すことが気に入らないんじゃなくて、男と話すのが癪に障るようだ。言外に「男に色目つかってんじゃねーよ」ってメッセージが発信されてる。ちゃんと届いてるよー。人間ってほんとすごいよね。こんな態度やら言葉にされてなことでも雰囲気とかでわかっちゃうんだから。

「しかも…」と一拍おいて里奈は続ける。

「あんた、最近妙に徹先輩と仲良くない?」

 場の空気が100㎏くらい重くなった気がする。けど、まあ、話の流れでここにいきつくことはわかってた。そうだよねー。あの人気者の先輩と私みたいな元厚化粧で男苦手なやつとなんで? 調子のんなよ。ってことでしょ。

「加賀先輩とは、会ったら挨拶する程度だよ」

 これは嘘だ。というか、私側の認識としては正しいのだが、なぜか件の先輩が私にちょくちょく話しかけくるのだ。私はある理由により興味ないので、話したいと思うわけではないのだが、相手が先輩とあっては強くでることもできず、話に付き合わされる格好になるのだ。

「はあ……あんたのそういうところホントむかつく!」

 里奈の一言は決定打だった。私の裁判はこれにて終了。罪状は……。ぱきっ。



 その日から、私は今生の友人を一気に失った。女の友情は脆いものだ。と言っても、彼女らが私に対して友情を感じていたかどうかは謎だが。私の存在はあのグループでは、最下層で彼女らを輝かせるための影だった。彼女らは頭は良くない(勉強ができないという意味で)が、見た目は派手でメイクもうまく、ちゃらちゃらとしている。現代の高校という場において、カースト上位に位置するであろう。一方、私はメイクも下手だし、厚化粧気味で本来の顔は行方不明の状態だった。加えて、話がうまいとか、性格が良いわけでもない。彼女らを輝かせるための役割を担うことでこのグループで過ごすことを許されていたというわけだ。

 だけど、記憶が戻ってから私は前世の記憶に結構引っ張られて、化粧を薄くしかしなくなり、前世は世渡りが上手かったのか、人と話すことが苦ではなくなった。彼女らにとって私の存在価値が一気に失われたのだろう。結果は見ての通りだ。

 まあ。うん。今の私にとっては別に問題ではないだろう。このグル―プにこだわる必要性はない。友人だってこれからは普通に作れそうだ。前世は某有名大学の経済学部にいたので勉強も特に問題ない。前世のサッカー好きやアニメ・マンガ好きが功を奏して、男子ともうまく話せる。彼女らといると息がつまるところであったので、この状況はむしろ私にとっては行幸である。

 ただ、1つ問題がある。言わずもがな、目の前でその御顔に笑顔を貼り付けてらっしゃる加賀先輩だ。

「牧野さんさあ。今度の土曜日空いてない?」

「空いてません」

この男は空気が読めない。昼休みに、こんな生徒の多い廊下で何をのたまっているのだ。目立ってしょうがない。いや、私以外には読むのだろう。それは評判からしても事実なようだし。本当になんでこの男は私に構うのか? 謎だ。

「残念だなー。Jリーグの試合のチケットがここに2枚あるんだけど」

 悪魔だ。これは悪魔の誘いだ。私のサッカー好きを知っているのか。否、この男に話したことはないはず。では、この状況はなんだ。考えても答えはでない。

 めっちゃ行きたい。でも、この男と2人で行くのは断固拒否だ。となれば……。

「1枚ください!」

 1枚だけもらえばいいのだ! 高校生の分際で指定席など買えないだろう。しれっともらって、当日は別で観戦すればいい。素晴らしい作戦だ。

 しかし、私のこの完璧な作戦は読まれていた。

「残念ながらこのチケットは指定席だよ。しかも隣」

「なん……だと!?」

「あー残念だなー。牧野さん再来週の土曜日空いてないのか。じゃあ1人で行くか。もったいないけど1枚は捨てよう」

 策士め。チケットを揺らしながら、チラチラとこちらを窺っている。顔には邪悪な笑み1000%(当社比)。悪魔ではなく大魔王だ。この男は。

「ぐっ。そうですね。残念ですが、私は行けませんので、楽しんできてください。では失礼します!」

 私はそう言い残して、ダッシュで逃げた。加賀先輩の「あっ!」という虚をつかれた間抜けな声が背中から聞こえたが、無視だ。

 勝った。悪魔の誘いを断った。自分を褒めてやりたい。この男と交流を持つと女子のやっかみが怖い。それは今後の学園ライフに支障をきたすであろう。あーもう早く卒業しろよ、あいつ。ぱきっ。



 あの事件から3日経過した。あれから私は加賀先輩を避けるようになった。私のハッピー学園ライフを邪魔されたくないのと、単に面倒だからだ。

 しかし、女子からはやはり距離を置かれている。里奈のグループは言わずもがな。他の女子は里奈たちと摩擦を起こしたくないのか、私との距離を測っている感じだ。そのため、私は、クラスの男子と必然的に話すようになった。

「牧野さ。加賀先輩と付き合ってるの?」

 この阿呆なことを言ってる男もその1人。サッカー部の1年生、田中良太。名前がすごく普通。顔も普通。ただサッカー好きなだけで、私の好感度はうなぎのぼりである。

「全然。なんでそんなこと聞くの?」

「いや、徹先輩が部活中にお前の話ばっかすんだよ。俺お前とクラス一緒だからめっちゃお前のこと聞かれてさあ」

 あのカス! 何してんだ!

 サッカーしてるだけで好感度(以下略)だが、奴だけはダメだ。なぜ私の平穏を邪魔するのか。ああ神よ。あいつの頭から髪の毛が一本残らず消滅しますように。

「……。何に祈ってるか知らないけど。その感じだと付き合ってないし、興味ない感じ?」

「私が平穏に暮らせるように祈ってた。加賀先輩には全く興味ない。アウトオブ眼中」

 「なんだそれ」と田中は笑った。そして聞こえるギリギリの声で「俺にもチャンスあるな」とつぶやいてた。おいおい。男子高校生よ。私に色目つかっても無駄だぞ。それよりも腹筋2千回男の話で盛り上がろうぜ。ぱきっ。



 放課後はあいにくの雨だった。天気予報は晴れだったが、某アナウンサーの言葉を信じるのではなかった。こういうとき折りたたみ傘を鞄に仕込ませておくのが女子力なのだろうが、前世の影響もありそんなもの微塵もない。つまり傘はない。

 仕方なしに濡れて帰るか、と校舎から足を踏み出した時、悪魔の声が聞こえた。

「牧野さん。どうしたの。傘ないの?」

 こいつはなぜいるのだ。部活はどうした。サボりか。サボりは良くないぞ。雨の日は筋トレしてろ。サッカー部。

「忘れました。でも、家は遠くないので大丈夫です、では!」

 逃げようとしたその時、肩を掴まれて制止させられる。

「待って。一緒に帰ろう。濡れたら風邪ひいちゃうし送っていくよ」

 そう言って、大きめのビニール傘を開いて私の横に立った。

「いえ。大丈夫です。さすがに2人で入ると先輩の肩濡れてしまうし、申し訳ないです。あと肩離してください」

「牧野さん。女の子が濡れて帰ってるところを黙って見てるなんて、男として面目が立たないから。俺を立てるつもりで同意してくれないかな。あと、離したら逃げるからダメ」

 くっ! こいつあの時のこと根にもってやがる!

 というか。そんなフェミニスト気取るなら傘をよこせ。ずぶ濡れになって、風邪ひいて明日から卒業まで欠席しろ。

「逃げませんから。とりあえず肩離してください」

 加賀先輩は仕方ないと肩を話してくれた。が、なぜか私の真正面に周った。その顔にはいつもの笑顔はなく、何かを耐え忍んでいるかのような神妙な表情を浮かべていた。

「……先輩?」

「大事な話があるんだ。今日だけでいいから。一緒に帰ってくれ」

 仕方なかったんだ。そう、あんな雨の日に段ボールの中でびしょ濡れな犬のような表情をされたら頷かざるをえない。はい、そうです。私は現在、加賀先輩の傘の中です。

 先輩はやはり女性のエスコートに慣れているようで、私の歩く速度に合わせてくれるし、車道側に立ってくれる。しかも私ができるだけ濡れないように傘をさしている。なんだこいつ。完璧超人ってやつか。

 ただ、大事な話とやらをなかなか切り出さない。というか何もしゃべらない。気まずい雰囲気が2人の間を覆っていた。私が業を煮やして話を切り出そうとした時。

「牧野さんは。前世って信じる?」

 心臓が止まるかと思った。唐突に話しかけられたからではない。前世という言葉。なぜ今そんな話が?

「前世って輪廻転生というやつですか?」

「そうそれ」

「信じてません。だってそんなの空想の中だけでしょう」

 いや絶賛私のことです。でも、なんでそんなことを聞くのだろう。

「そうか……」

 先輩はため息を1つつき。言葉を探しているようだった。

「先輩は信じてるんですか? 前世」

「信じてるよ。……信じてもらえないかもしれないけど、俺、前世の記憶があるんだ」

 心臓が止まると思った(2度目)。本当にそんな馬鹿な話信じると思うのだろうか。いや、でも、実際に私自身が当事者でもあるし、もしかして本当に先輩もそうなのか。

「本当ですか?」

「ほんとほんと。話そうか? 前世のこと」

「聞いてみたいです」

 先輩はふふっと小さく笑って、視線を上げて話し始めた。

「俺の前世は、たぶんなんだけど大学生で死んでてさ。たぶんっていうのは最後、恋人とデート中に車が突っ込んできたとこで記憶が途切れてるからなんだけど」

 そこで、私の喉がひゅっと鳴り、視線より下からぱきっと音がした。

「で、その恋人とは高校1年の時から付き合ってて、その日が付き合って6年目の日だったんだ」

 私はここで、足が止まった。ひどく混乱してしまっていたのだ。先輩も足を止めて体が向き合う位置に立った。視線が交差する。

「で、相手はさ。ひどい奴で、麻雀か海外サッカー観戦で夜更かしばっかするし、サッカー好きで、良くJリーグの試合を見に行ってたな。あとはアニメとマンガも好きだった。よくほったらかしにされてたよ」

 なんか既視感が……。

「でさ、サッカーするくせに煙草も酒も好きで、ホント愚痴は尽きないんだけど、私のことは大事にしてくれたんだ」

 ……私?

「しかも、癖が特徴的で、動揺したりすると、右手の薬指鳴らすんだ。

 変な癖だ。いや、そんなことより私ははっきり動揺していた。手は震えるし、正直立っているのもやっとだった。だって、それって。

 先輩はそこで、大きく呼吸をして、まっすぐ私の目を見て言った。

「単刀直入に聞くけど、牧野さんの前世は津村俊彦じゃない?」

 頭が真っ白になるとはこういう状況のことを言うのだろう。周囲のことは何も気にならない、雨の音や車の往来でさえこの時は感知できなかった。

 彼は私の前世を知ってる。でも、話を整理すると彼の前世は……。

「……なんで」

 声が震えた。私は今立っているのだろうか、それとも情けなく地面にへたり込んでいるのだろうか。それすらもわからない。私には永遠にも思えた数秒の間、先輩の返答を待った。

「やっぱり」

 先輩は耳たぶを触りながら照れたように笑った。その癖ってやっぱり。

「待って! ありえない! てかありえねー! わけわかんない!」

 私は動揺が限界を超えていた。悟ってしまった真実と、それを否定する感情。それらが頭の中をぐちゃぐちゃに掻き回して身体の感覚が消えていく。

「加賀先輩ってもしかして……安奈?」

 絞り出した私の言葉に、先輩はまた笑った。それはただただ私の、いや前世の俺の恋人を思い出させる笑みだった。彼女と先輩が重なる。そんな非現実な現実。

「そうだよトシ君」

 前世の彼女の呼び方。そう呼ぶのは彼女だけだった。

「……その呼び方。本当に安奈なのか?」

「ほんとだよ! 正真正銘の川谷安奈だよ。あっでも今は加賀徹だけどな」

「どうして俺が津村俊彦だってわかったの?」

「質問に質問で返して悪いけど記憶戻ったのっていつ?」

「6月5日」

「やっぱり同じだね。私もその日。あーちょっとこんがらがるから、男口調でいくわ」

「で、その日って俺たちの交際記念日なの覚えてるか?」

「……うん」

 そう奇しくも、私が前世を思い出したのは私たちの交際記念日なのだ。その時は、ほとんど何も感じなかったけど、今の状況になって偶然では片づけられない何か運命めいたものを感じる。

「それでトシ君のことを思いだしてさ。学校でも今までと同じように過ごせなくて、それで教室から出て気分転換してた時にトシ君…牧野さんの方がいいかな?」

「どっちでもいい」

「じゃあ牧野さんで」

 彼はまた、真剣に語り始めた。

「それで偶々牧野さん見かけてさ。それで、友達と話してるときに、右手の中指鳴らしてたでしょ」

「覚えてない」

「そうなんだよ。気づいてないかもしれないけどトシ君も同じ癖してて。なんか動揺したり不満があったら鳴らすんだよ。それで、興味湧いて話してみたら、トシ君と同じ趣味だし、もう雰囲気からして同じだった」

 私そんな癖があったんだ。知らなかったわ。てか、その癖女の子としてどうなの? すごい駄目な気がする。自分女子力ひっく。

 自分にがっかりしながらも彼の話は続く。

「そんなこと普通ありえないでしょ。でも、俺が前世の記憶持って生まれ変わってるなら、牧野さんももしかしたらって思ったんだ。で、勇気出して今日聞いてみたんだ」

「そんなテキトーな。変わっていないなそういうところ」

 呆れ顔でそう言うと、彼は「テキトーじゃないよ。すごく真剣だったよ。夜も眠れないほど」と弁解した。でも、肌荒れ1つない彼の顔を見て嘘だな、と確信した。

「とにかく良かった。本当にトシ君が生まれ変わってて。牧野さん自分の最後覚えてる?」

「いや……何も、覚えてない」

「そっか。いや覚えてない方がいいと思う」

 いやすごく気になるんですけど。そんなひどい死に方だったのかな私。

 加賀先輩は私の気になる光線(ただの視線)を受けて咳払いを1つうった後、半歩私に近づいた。

「それで、牧野さん。早速なんだけど俺たち」

 意味深な笑みを浮かべ彼はこう言った。

「付き合わない?」




 というわけで、実は私は前世が男で、彼は女だった。しかも恋人同士。

 えっ?告白の答えはって?

 それから私たちがどうなったっていうのはご想像にお任せする。




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