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このセカイの表面は、優しさで塗り固められている。裏面を除けば、途端にひどく冷たい風に当てられる。
それは、嘘。
このセカイはきっと、嘘でできている。
「昔はね、学校には屋上っていうものがあったんだだって」
そう言った輝ノ崎虚乃は、一面ガラス張りの壁の向こう側に広がる都市を見つめていた。それを見つめる彼女の瞳は冷たく、負の感情を焚いているように見えた。
「おくじょう?」
俺が不思議そうに繰り返すと、輝ノ崎虚乃はクスリと笑って、
「うん。今では、自殺する人がいるかもっていう理由でなくなってるけどね」
虚乃は何でも知っている。俺の知らないことを全て知っているのではと思うくらい、どんな情報でも出てくる。クラスの中でも一番頭がいい、誰も近寄らない女の子。
「でも、高い所から下に広がる景色を一望したいっていう声もあって、こういう展望台が普及するようになったんだ」
「昔の学校には……」
「なかったよ。展望台なんてある学校は、きっと裕福なんだろうね」
「裕福って……歴史の授業でやってたな」
「ま、今もそのカリキュラム中なんだけどね」
そう。虚乃の言う通り、生徒達は今、教室でカリキュラムを受けている。
「私達、不良だなぁ」
足をパタパタと遊ばせて、愉しげに笑う虚乃。
「お前が俺を連れ出したんだろ。カリキュラムなんて退屈だから私と話そうって」
俺は呆れて息を吐いた。彼女の気紛れに振り回されるのは、正直疲れる。
虚乃はぷくーっと頬を膨らませて、
「何よぉ。ソラは成績とかいいんだし、カリキュラムの一つや二つ、無視しちゃってもいいじゃない」
「お前なぁ……」
「ソラはさ」
虚乃の声色が変わった。途端に寂しそうに、すがるような声をかけてくる。
「このセカイ、好き?」
いつもと変わらぬ、虚乃は変な質問をしてくる。
「……」
絶対的、永久的な安全が保証されるこのセカイ。みな誰もが笑って、争いのない日常を過ごす、幸福に満ち溢れたセカイ。
その裏にある嘘を、俺は知っている。故に、
「……嫌いだ」
道行く人の幸せそうな顔も。
元気な子供の笑い声も。
教師の授業も。
絶対的、永久的な安全社会も。
このセカイも。
「カラノは?」
訊くと、数秒の間もなく、
「大っ嫌い」
そう返事が来る。
そっか。俺と一緒なんだ。彼女は、ひょっとしたら俺のこういった反社会的思考を見抜いて近寄ってきたのかもしれない。だとしたら、彼女が何者なのかより一層謎が深まる。
「理由を訊いても、いいか?」
ソラにならいいよ、と彼女は言って、穢れのない白く長い髪を束ね、後頭部を見せてきた。白い肌に薄ピンク色の縦線が入っていた。その傷は、俺にもある。それどころか、全セカイの人間にある。
「このセカイは、私から大切なモノを奪ったから」
「大切なモノ……?」
虚乃は髪を元に戻して、
「だからね、ソラ。私は、このセカイに報復する」
「……どうやって?」
「安全だと言い張るセカイに、恐怖を思い出させるのよ」
彼女は唄うように、透き通る声で続けた。
「虐殺でね」
あの麗しい身体の中には、きっと悪魔が宿っていた。嘘で塗り固められたセカイが産んだ狂気の悪魔が。
その悪魔は、八年経った今でも俺に囁きかける。
「セカイを壊せ」と。




