帰省の前に買出しを
学園から寮に戻った私は、セシリアにこれでもかってほど叱られた。5歳年上のセシリアはミルクティ色のふわふわとしたウエーブ掛かったロングヘアを綺麗に後頭部でまとめ、少したれ目の茶色の瞳が可愛らしいお姉さんだ。そんな彼女が眉間に皴を寄せググッと上半身を折り曲げて迫ってくるのは初めて見た。
今までは感情の起伏があまりなかったから、そんなに怒らせた事も無かったけど怖かった。でも、それくらい心配してくれていると思うとちょっと嬉しくもあった。
「エミル様2日後にはこちらを出発して、ウルメルク領のお屋敷に戻りますのでご準備なさってくださいね」
「へ?」
セシリアの爆弾発言に間抜な声が出た。以前なら絶対に出さないような反応にセシリアは小首をかしげる。
確かに今朝帰省の準備をしていると言っていたけど、早すぎないかね?本音を言えば帰りたくないけど、あの事故後の長期休みだし帰らないわけにはいかないか……。
「エミル様はあの事件の後から少し変わりましたね」
「そうかしら?……そうね、少し変わったかもしれないわね」
セシリアの中では事故ではなく事件らしい。たぶんこれから私の素がもっと出ると思うので肯定しておこう。セシリアとはこれからも仲良くしていきたいし、変わった私も出来れば受け入れてほしいとなとか、ちょっと図々しいかな。
それはそれとして、領地へ戻るならその前に欲しい物がある!
まずは魔法を使うときに使う杖、杖なんか無くても魔法は使えるけど鈍器としても使いたいし、魔女みたいに箒ならぬ杖に跨って……痛そうだから座って空を飛んでみたいなーと。まだ空を飛ぶ魔法は使ったこと無いけどね。そういえば、空飛んでる人とか見たこと無いな、ワープ的なのの方がメジャーだったりするのかな。
それから、ぬののふくならぬ平民の服!学園の制服も令嬢の服も街中だと目立ってしまう。お忍びにも使えそうだしこれは必須なり!平民になりきるのだー!!!って中身が平民なのでそっちの方がたぶん自然体だけどね。
「ねぇセシリア。明日お買い物に行きたいんだけどいいかしら?」
「はい、もちろんです!馬車の手配をしておきますね」
「ありがとう、お願いするわ」
にこって笑うとセシリアも微笑を返してくれた。可愛い。ぎゅってしたい。
昨日の約束通り、セシリアと一緒に王都の商業地区に来た。袖口と裾にシンプルな濃緑のワンピースに帽子と持っている服の中では地味目だけど、チラッチラと視線を感じるのでやはりちょっと浮いてるかもしれない。ちなみに護衛なんて居ないのでちょっと気を引き締めていきたいところ。
最初に入ったのは杖の専門店。学園もあるし王都ならではのラインナップが展開されているはず、今まで魔法を使えなかったから買う必要もなく、お店に入ったこともなかった。
店内に入ってぐるりと見渡すと30センチ程の短い杖から2メートル程の杖まで、様々な長さと素材で出来た杖が所狭しと並べられている。
「はぉー」
「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」
口が開いたままキョロキョロしていたら、挙動不振だったのか店員に声をかけられた。うん、私が店員でも声かけると思う。
「長めで鈍器としても使えるタイプの杖を探しているんですけど、ございますでしょうか?」
「ど、鈍器ですか。それでしたら金属のタイプが良いかもしれません。何本かお持ちいたしますので少々お待ち下さい」
鈍器と言う言葉を聴いてか、隣で控えているセシリアがジト目で見てくる。いやだって、危なくなったら武器としても使えた方がいいじゃない?いいよね。いいはずだ!とお嬢様言葉でセシリアに話してみたけど、理解は得られなかった。
「お待たせいたしました」
と、店員さんは色も形状も異なる数本の杖をカウンターに並べてくれた。どれも個性的で魔法使いっぽいんだけど、どれを選んだらいいのか分からない。なにせ自分の杖を買うのは初めてだし。分からないことはプロに聞くのが一番だ。
「あの、私杖を買うのは初めてで……えっと 武器が持ち主を選ぶことってあるんですか?」
店員さんは「あーこの子御伽噺の様な夢見てるな」という生暖かい視線を向けてきた。うん、そうだよね。そんなインテリジェンスウェポンなんて存在してるわけないですよねー。
「 武器との相性という意味ではありますが、どちらかと言うと持ち主が相性の良い 武器を選ぶ形となりますね。もちろん意思を持った武器は存在していますが、貴重な武器ですので私どもの様な小売店が販売することはありません。発見され次第、王宮や然るべき場所で保管管理されております」
「そうですか。教えてくださりありがとうございます」
思わずですよねーっと言いたくなった。でも存在してるなら手に入る可能性もあるかな?
いや、ないか。王宮とかで管理されている武器庫なんて入れる気がしないし、選ばれるとも思えない。とりあえず無難なやつを買っておこう。
私は店員さんに相談しつつ1本の杖を購入した。お値段金貨5枚、日本円にして50万円位だろうか。お小遣いが一気に無くなってしまった。貴族の令嬢とはいえ、家族の長に嫌われている私には無駄遣いできるほどお金は持ってないのだ。購入した杖の先端には、バッファローの様に前に突き出た角がある骸骨があり、そのまま肋骨位までがデザインされている。肋骨の中には魔法石を仕込めるとのことで闇属性の魔法石を入れてもらった。もちろん代金内で。
見た目は実に禍々しいけど、色は銀色で光沢があるし持つところには滑り止めのゴムっぽい何かが巻いてある。振るってよし殴ってよしの一品だ。セシリアがその見た目に何か言いたげだったけどスルースキルを発動させた。
次にもう少し下町の方へ移動して洋品店で男物と女物の街着をいくつか購入した。店主は私の身なりにいぶかしげな視線を向けてきたけど、使用人への贈り物だと言うと警戒を解いてくれた。
この街着はいずれくるであろうお忍び用の私の服である。ズボンの方が動きやすそうなので特に男物が欲しかった。だってロングスカートで冒険には行きたくない。
お腹が減ったので露天で買った串焼きを食べ歩く。セシリアが超渋い顔している、怖い。後で怒られるかもしれない。貴族のお嬢様は買い食いなんてしないですよねー。そりゃ周りの人達もなんか見てきますよね。恥ずかしいのでちょっと細い路地に入って串焼きをパクつく。味が濃い、油滴る、最高じゃないか!
「…………っ!」
「……」
「…………!」
なにやら路地の奥が騒がしい、行ってみたいような厄介ごとの様な。ちょっと覗くだけならいいよね?
戦場へ赴くため、次の更新は日曜夜位になりそうです。
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